GhostでWebp/AVIFを使う

GhostでWebp/AVIFを使う

はじめに

最近、WebpやAVIF形式といった次世代画像フォーマットを積極的に使うようになった。これらの形式は、従来のJPEGやPNG形式と比較して、同等の画質を保ちながらファイルサイズを大幅に削減できるという特徴がある。ページの読み込み速度が向上し、画質の劣化も気にならないため、本ブログでも積極的に使っていきたいと考えている。

ただし、Ghostで運用する際には、いくつか把握しておくべき仕様がある。

Ghostにおける画像処理の仕様

Ghostでは、アップロードされた画像に対して自動的な処理が行われる。特に注意すべき点は以下の通りだ。

GhostPro supports webp or avif?
Sharing tests for any future people searching about this. Okay I like to be exacting and detail oriented, especially when learning a new tool/platform, and just did some tests since the Images documentation here: Editor cards says: “Uploaded images will be automatically optimized for the web with lossless compression” But support@ghost said: When uploading images, the supported image formats you use are preserved in Ghost, and used as is if they are 2000px in width or smaller. In testi…

長辺が2000pxを超える画像は、テーマによって自動的に2000pxへとリサイズされる。

この仕様は、SEOの観点から読み込み速度を最適化するためのものと考えられる。大きすぎる画像をアップロードしても、自動的に適切なサイズに調整されるため、必ずしも悪い仕様ではない。しかし、意図しない画質の劣化を避けるためには、この仕様を理解した上でワークフローを構築する必要がある。

推奨ワークフロー

理想的には、画像を事前にWebp形式へ変換し、2000px以下にリサイズしてからGhostへアップロードするのが望ましい。これにより、Ghostの自動処理を回避し、自分が意図した形で画像を配信できる。手元にリサイズ前の画像を残せば、高解像度の画像を楽しむこともできる。

ただし、毎回手動でリサイズを行うのは手間がかかる。そこで、以下のような効率的なワークフローを構築することを推奨する。

手順

  1. 現像時の設定:現像ソフトで書き出す際に、長辺2000px以下の設定で出力する
  2. 高品質JPEG出力:Webpを直接出力できない現像ソフトの場合、JPEG品質100で一度出力する
  3. 一括変換:出力されたJPEG画像をWebp形式へ一括変換する
  4. Ghostへアップロード:変換済みのWebp画像をGhostへアップロードする

補足

多くの現像ソフトは、Webp形式を直接出力する機能を持っていない。そのため、一度高品質なJPEG(品質100)で出力し、それを専用のツールでWebpへ変換するという二段階のプロセスが現実的だ。

JPEG品質100で出力する理由は、この段階での画質劣化を最小限に抑えるためである。JPEGからWebpへの変換時に再圧縮が行われるため、元となるJPEGは可能な限り高品質である必要がある。

一括変換には、コマンドラインツールやバッチ処理スクリプトを利用すると効率的だ。複数の画像を一度に処理できるため、ブログ記事用の画像を準備する際の手間を大幅に削減できる。

まとめ

GhostでWebp/AVIF形式の画像を使用する際は、2000pxの制限を念頭に置いたワークフローを構築することが重要だ。現像時に適切なサイズで出力し、高品質なJPEGを経由してWebpへ変換することで、画質を保ちながらファイルサイズを最適化できる。

この方法であれば、Ghostの自動処理に頼ることなく、自分が意図した品質とサイズの画像を配信できる。

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怪物の口に幸福が吸い込まれる

幸福の総量を最大化する。それが正しいと言われてきた。しかし1974年、ロバート・ノージックはたった一つの問いでその前提を破壊した。もしある存在が、他の全員よりも圧倒的に多くの快楽を得られるなら、功利主義は全員の取り分をその「怪物」に差し出すことを要求する。 あなたの幸福は計算の端数だった。切り捨てられた。 幸福を貪る口 1974年、ロバート・ノージックは『アナーキー・国家・ユートピア』のなかで一つの思考実験を置いた。 功利主義は、効用の怪物の可能性によって困惑させられる。怪物は、他の人々の犠牲から、その人々が失う以上に圧倒的に大きな効用の増加を得る。 仕組みは単純だ。功利主義の原則に従えば、社会全体の幸福を最大化する資源配分が「正しい」。ここに一人、あらゆる資源からとてつもない快楽を引き出す存在が現れたとする。りんご一個で他の百人分の快楽を得る。映画を一本見れば千人分の歓喜を感じる。 功利主義はこの怪物にすべてを差し出すことを要求する。他の全員が飢えても、怪物の快楽が総量を上回る限り、それが「最善」だと計算は告げる。 ノージックが示したかったのは、功利主義が論理的に正し

By Sakashita Yasunobu

綱を引く手が一本ずつ消えていく

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By Sakashita Yasunobu

嘘が真実を食い尽くす朝

「この文は嘘である」 この一文を前にして、あなたは立ち往生する。もし真だとすれば、文の内容に従って偽になる。もし偽だとすれば、「嘘である」という主張が間違っていることになり、真になる。真だと仮定しても偽だと仮定しても、反対の結論にたどり着く。出口がない。 これは言葉遊びではない。2300年以上にわたってこの問いに取り組んできた哲学者と論理学者たちは、いまだに合意に至っていない。解決策はいくつも提案されてきた。どれも、別の問題を抱えている。 あなたが自分自身について何かを語ろうとするとき、同じ構造がそこにある。 循環の入口 試しにやってみてほしい。「この文は嘘である」が真か偽か、判定する。 真だと仮定する。この文は「嘘である」と主張しているのだから、偽になる。仮定と矛盾する。 では偽だと仮定する。「嘘である」という主張が偽ということは、嘘ではない。つまり真になる。やはり仮定と矛盾する。 どちらに転んでも矛盾する。そしてこの矛盾は、推論のどこかでミスを犯したから生じたのではない。前提そのものに埋め込まれている。 エピメニデスの不発弾 よく混同されるが、古代ギリシアの

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何でも飾れる額縁だけが残った

1917年、マルセル・デュシャンは既製品の男性用小便器に「R. Mutt」と署名し、「泉(Fountain)」と名づけてニューヨーク独立芸術家協会の展覧会に出品した。拒否された。それだけの話だ。だが「それだけ」のはずの出来事が、それ以降のすべての芸術を汚染した。美しさも技巧も素材の選択も関係ない。署名ひとつ、提示の身振りひとつで、便器が「芸術」を名乗れる。そしてその瞬間から、「芸術とは何か」という問いは回答不能になった。回答不能のまま、100年以上が過ぎている。 目で見えないものが芸術を決める 1964年、アンディ・ウォーホルはスーパーマーケットに並ぶブリロの箱と見た目がまったく同じ「ブリロ・ボックス」をギャラリーに置いた。哲学者アーサー・ダントーは、この事態に根本的な問いを見出した。視覚的に区別できない二つの対象のうち、片方だけが芸術である。では芸術を芸術にしているのは何なのか。 ダントーの答えは「アートワールド」だった。芸術作品を芸術たらしめるのは知覚可能な性質ではなく、理論と批評と歴史が編み上げた解釈の共同体、その「理論的雰囲気」なのだと。あなたには何も見えていない。文字

By Sakashita Yasunobu