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日本語を外から見る

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の母語話者にとって、日本語は空気のような存在である。意識せずに話し、意識せずに聞き取り、意識せずに読み書きする。だからこそ、日本語を「外国語」として捉え直す視点は新鮮な発見に満ちている。 外国語として日本語を眺めると、普段は当たり前すぎて気にも留めない仕組みが、実は精緻な体系をなしていることに気づかされる。「です」「ます」の語尾でウが聞こえないのはなぜか。「は」と「が」の使い分けを外国人に説明できるか。「雨に降られた」がなぜ成立するのか。母語話者であるがゆえに見えなくなっているこうした問いに対して、日本語学と日本語教育学は明快な分析の枠組みを提供してくれる。 本シリーズでは、日本語の音声・文字・語彙・文法・語用の各領域を8本の記事にまとめた。日本語を教える立場からの知見を軸にしつつ、言語学的な分析も交えている。個別の記事は独立して読めるが、以下の順に読み進めると体系的に理解しやすい。 音声と文字 日本語の音声体系 日本語の音の世界を概観する記事。英語のような強弱ではなく高低で

By Sakashita Yasunobu

大学のあり方を問う

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 社会は変わり、大学を取り囲む環境も大きく変わった。少子高齢化、グローバル化、情報技術の進展。こうした変化のなかで大学は何を求められ、どこへ向かおうとしているのか。 筆者は大学の講義を通じて、大学政策に関するレポートを毎回のテーマに沿って執筆した。そのなかで見えてきたのは、大学という組織が抱える課題の多面性である。経営、ガバナンス、入試、研究、地域貢献、国際化。それぞれが独立した問題でありながら、根底では互いにつながっている。 本稿ではこれらのレポートを5つの視点から整理し、各記事への案内とする。 大学と社会 大学は社会のなかでどのような存在なのか。この問いは他のすべてのテーマの出発点となる。 大学と社会の関係性では、企業と大学の類似点に着目し、「公共経営」という概念を手がかりに、大学が企業的手法を取り入れる背景を考察した。営利を目的としない大学がなぜ企業と似た振る舞いを見せるのか。その答えは、公共的課題の解決という共通の目的にある。 大学の理念と個性では、私立大学の教育理念を具体的

By Sakashita Yasunobu

ポーから読むアメリカ文学

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 エドガー・アラン・ポーという一人の作家が、アメリカ文学にどれほど深い刻印を残したか。その全体像を一つの記事で語り尽くすのは難しい。ミステリというジャンルの発明者であり、アメリカ・ロマン派のもっとも暗い側面を体現した作家であり、世界文学に計り知れない影響を及ぼした存在でもある。 本稿は、ポーを起点にアメリカ文学とミステリの世界を概観するための入り口として書かれた。個別の記事では扱いきれなかった全体の見取り図をここで示し、各記事への案内としたい。 ポーが切り拓いた二つの道 ポーの文学的業績は、大きく二つの方向に伸びている。 一つはミステリの発明だ。1841年に発表された『モルグ街の殺人』は世界初の推理小説として文学史に位置づけられている。名探偵オーギュスト・デュパンを主人公とするこの短編は、密室殺人、論理的推理、意外な犯人という、今日のミステリに受け継がれるほぼすべての約束事を一作で確立した。ポーはわずか五つの短編で、コナン・ドイルからクリスティ、チャンドラーに至るあらゆるミステリ作家が立

By Sakashita Yasunobu

名探偵たちの部屋

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 ミステリの主人公である探偵たちはどこに住み、どのような空間で事件に向き合っているのか。一見些末なディテールに思えるかもしれないが、探偵の居住空間はそのキャラクターの本質を映す鏡であり、ひいてはミステリというジャンルの変遷をも映し出している。本稿では思索派から行動派、男性から女性へと探偵像が変化するなかで、その住まいがどのように描かれてきたかを辿る。 二つのタイプの探偵 ミステリに登場する探偵は、大きく二つのタイプに分けられる。 一つは思索派の探偵だ。本格ミステリに登場する安楽椅子探偵たちがこれにあたる。デュパン、シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロ、ミス・マープル。自らの脚よりも頭脳を駆使することを重視し、推理すなわち謎解きの面白さで読者を惹きつける。 もう一つは行動派の探偵だ。ハードボイルド・ミステリに登場するタフガイな探偵たちがこれにあたる。1920年代のアメリカで台頭し、サム・スペード(ダシール・ハメット作)やフィリップ・マーロウ(レイモンド・チャンドラー作)が代表格だ。

By Sakashita Yasunobu

本格ミステリの系譜

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 エドガー・アラン・ポーが1841年に切り拓いたミステリというジャンルは、その後一世紀あまりのあいだに驚くほど多様な枝葉を伸ばした。サスペンス、ハードボイルド、警察小説、スパイ小説。それぞれが独自の魅力を持ちながら、共通の幹としてポーが植えた一本の木につながっている。本稿ではまずミステリの主要なサブジャンルを概観したうえで、とりわけ「本格ミステリ」と呼ばれる領域に焦点を当て、その技法と系譜を辿る。 ミステリの多様な枝葉 サスペンスは、主人公の不安や緊張といった心理を描くことに重点を置くジャンルだ。論理的な謎解きよりも恐怖体験に重心があり、心理小説としての色彩が強い。ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』(1942)やルース・レンデルの『ロウフィールド館の惨劇』(A Judgement in Stone, 1977)がその代表作として知られる。アルフレッド・ヒッチコックはサスペンスとスリルとショックの違いをこう説明した。「テーブルの下に爆弾が仕掛けられていて、観客だけがそれを知っている。登場人物

By Sakashita Yasunobu

黒猫とアメリカの闇

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 エドガー・アラン・ポーは世界初の推理小説『モルグ街の殺人』の作者として知られるが、彼の文学的業績はミステリの発明だけにとどまらない。ポーはアメリカ・ロマン派のもっとも暗い側面を体現した作家でもあった。1843年に発表された短編『黒猫』は、人間心理の奥底に潜む「闇の力」を描いた作品であり、アメリカ文学におけるロマン主義の本質を理解するうえで欠かせない一作である。 アメリカ・ロマン派の思想的背景 『黒猫』を読み解くためには、まずアメリカにおけるロマン主義の位置づけを確認しておく必要がある。 西洋文学史は大きく、古典主義からロマン主義、そしてリアリズムへと流れをたどる。古典主義は古代ギリシア・ローマの理想化された作品への回帰を志向し、リアリズムは19世紀半ばに社会や日常をあるがままに描く流れとして現れた。その間に位置するロマン主義は18世紀末にヨーロッパで興起し、感情や神秘体験、想像力を重視して、形式的な制約からの解放を追求した。 アメリカにおける思想の流れはさらに独自の展開を見せる。16世

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ポーとミステリの誕生

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 ミステリとは何か。この問いに対する答えは、時代や論者によって少しずつ異なる。 江戸川乱歩は1951年の『幻影城』において「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く径路の面白さを主眼とする文学である」と定義した。一方、イギリスの批評家H・R・F・キーティングは1987年の『Crime and Mystery: The 100 Best Books(ミステリ百選)』において、ポーからP.D.ジェイムズに至る100作を選出しながら「エンタテインメントとしての価値を第一に書かれた小説であり、その主題が何らかの犯罪の形をとっている小説」をミステリの基本的な枠組みとして論じている。両者に共通するのは、犯罪にかかわる謎解きが物語の核であるという認識だ。 ところが、これらの定義には欠けているものがある。乱歩の定義はいわゆる「本格ミステリ」にしか当てはまらず、サスペンスやハードボイルドのような幅広いミステリの領域をカバーできない。そしてどちらの定義にも、主人公への視点が含ま

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モダリティと語用論

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 文法的に正しい文を作れるだけでは、円滑なコミュニケーションは実現しない。話者の態度を表すモダリティ、場面に応じた文体の選択、談話の一貫性、そして語用論的な配慮まで、日本語のコミュニケーションには多層的な知識が求められる。本稿ではこれらの領域を概観する。 モダリティ: 話者の態度を表す モダリティとは、命題(出来事の内容そのもの)に対する話者の態度や判断を表す文法カテゴリーである。「田中さんが来る」という命題に対して、「来るだろう」(推量)、「来るかもしれない」(可能性)、「来るはずだ」(当然の推論)、「来なければならない」(義務)など、話者の主観的な判断が加わる。 認識的モダリティ 話者の確信度を表すモダリティで、日本語には段階的な表現がある。 確信度が高い順に並べると、「に違いない」(ほぼ確実)→「はずだ」(論理的な推論に基づく確信)→「だろう/でしょう」(推量)→「かもしれない」(可能性)となる。「田中さんは来るに違いない」は「間違いなく来る」という強い確信、「来るかもしれない

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日本語のヴォイス

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 ヴォイス(態)とは、同じ出来事を異なる視点から表現する文法的な仕組みである。日本語のヴォイスには受身・使役・自他動詞の対応などが含まれ、「誰の視点で出来事を語るか」を選択する機能を果たしている。本稿ではこれらの表現を体系的に整理する。 受身文: 出来事を受け手の視点から語る 受身文は、能動文で目的語や影響を受ける側にあたるものを主語に据えて、出来事を語り直す表現である。日本語の受身には大きく分けて3つの種類がある。 直接受身 直接受身は、能動文の目的語を主語にした受身文で、最も基本的な形である。 能動文「先生が学生を褒めた」→ 受身文「学生が先生に褒められた」 能動文の目的語「学生」が受身文の主語になり、能動文の主語「先生」は「に」で標示される。他動詞の目的語がそのまま受身の主語に転換される点が特徴的で、英語の受身文に近い構造をしている。 間接受身(迷惑の受身) 間接受身は日本語独特の受身で、直接的な動作の対象ではない人が、その出来事によって影響(多くの場合は迷惑)を受ける

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テンスとアスペクト

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の時間表現は、テンス(時制)とアスペクト(相)という2つの文法カテゴリーによって成り立っている。本稿ではル形・タ形によるテンス表現、従属節における相対テンスの仕組み、そして「ている」が持つ多様なアスペクト的意味について整理する。 テンス(時制): ル形とタ形 テンスとは発話時点を基準として、出来事が過去のものか非過去のものかを区別する文法カテゴリーである。日本語のテンスは基本的にル形(辞書形・ます形)とタ形(た形・ました形)の対立で表現される。 ル形は「非過去」を表す。未来の出来事(「明日、映画を見る」)と、現在の習慣・反復(「毎朝コーヒーを飲む」)の両方をカバーする。英語のような現在形と未来形の区別は日本語にはない。 タ形は「過去」を表す。すでに完了した出来事を示す(「昨日、映画を見た」「朝ごはんを食べた」)。 テンスと文の種類 テンスの現れ方は文の種類によって異なる。動詞文では「食べる(非過去)

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格助詞と「は」「が」

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 格助詞は日本語の文構造を形作る要であり、名詞と述語の関係を明示する役割を担っている。学習者にとっては最も習得が難しい項目のひとつでもある。本稿では各格助詞の用法を概観したうえで、「は」と「が」の使い分け、場所表現の助詞選択について整理する。 格助詞の全体像 格助詞とは、名詞に後接して、その名詞と述語の間の意味関係(格関係)を示す助詞である。日本語の主要な格助詞には「が」「を」「に」「で」「へ」「と」「から」「まで」「より」がある。 「が」: 主語と対象を示す 「が」の最も基本的な機能は主語の標示である。「雨が降る」「花が咲く」のように、動作や状態の主体を示す。 もうひとつの重要な用法が対象の標示である。能力・感情・好悪・願望・可能を表す述語と共に用いられ、「日本語が話せる」「コーヒーが好きだ」「水が飲みたい」のように使われる。これらは「~を」で置き換えられる場合もあるが、基本的には「

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品詞・活用・誤用分析

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の文法には、学校教育で学ぶ「国文法」と、日本語学習者向けに整理された「日本語教育文法」という2つの体系がある。本稿ではその違いを踏まえながら、品詞の判定方法、動詞の活用体系、そして学習者の誤用分析について概観する。 国文法と日本語教育文法の根本的な違い 国文法は古文の文法との歴史的なつながりを重視した体系であり、学術的な完全性を志向している。一方、日本語教育文法は学習者が実際に日本語を運用することを重視し、国文法をもとに必要なものを吸味して整理しなおしたものである。 その典型的な違いが動詞の分類に現れる。国文法では活用の種類を5つ(五段・上一段・下一段・サ変・カ変)、活用形を6つ(未然・連用・終止・連体・仮定・命令)で整理する。一方、日本語教育文法では活用の種類を3グループに簡素化し、活用形も「ます形」「辞書形」「ない形」「た形」「て形」など機能別に提示する。「話さない」を国文法では「はな(語幹)+さ(未然形)+ない(

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