テンスとアスペクト
日本語の時間表現は、テンス(時制)とアスペクト(相)という2つの文法カテゴリーによって成り立っている。本稿ではル形・タ形によるテンス表現、従属節における相対テンスの仕組み、そして「ている」が持つ多様なアスペクト的意味について整理する。
テンス(時制): ル形とタ形
テンスとは発話時点を基準として、出来事が過去のものか非過去のものかを区別する文法カテゴリーである。日本語のテンスは基本的にル形(辞書形・ます形)とタ形(た形・ました形)の対立で表現される。
ル形は「非過去」を表す。未来の出来事(「明日、映画を見る」)と、現在の習慣・反復(「毎朝コーヒーを飲む」)の両方をカバーする。英語のような現在形と未来形の区別は日本語にはない。
タ形は「過去」を表す。すでに完了した出来事を示す(「昨日、映画を見た」「朝ごはんを食べた」)。
テンスと文の種類
テンスの現れ方は文の種類によって異なる。動詞文では「食べる(非過去)」対「食べた(過去)」、い形容詞文では「高い(非過去)」対「高かった(過去)」、な形容詞文・名詞文では「静かだ/学生だ(非過去)」対「静かだった/学生だった(過去)」となる。
名詞文やな形容詞文では、非過去形が「現在の状態」を表す(「今日は暇だ」)一方、動詞文のル形は「現在進行中の動作」ではなく「未来」や「習慣」を表すことが多い。「今、食べる」とは通常言わず、現在進行中なら「今、食べている」と表現する。この点は英語話者にとって混乱しやすいポイントである。
タ形の特殊な用法
タ形は過去だけでなく、いくつかの特殊な意味を持つ。発見の「た」(「あ、ここにあった!」=今見つけた瞬間の発見)、想起の「た」(「そうだ、明日は会議だった」=忘れていたことを思い出す)、確認の「た」(「お名前は何でしたか」=すでに知っているが確認する)などがある。これらは過去の出来事を述べているのではなく、発話時の心的態度を表している。
従属節のテンス: 絶対テンスと相対テンス
主節(文末)のテンスは発話時点を基準とする「絶対テンス」だが、従属節のテンスはより複雑な振る舞いを見せる。
時間を表す従属節では、主節の出来事を基準とする「相対テンス」が働く。「朝ごはんを食べたあとで、学校に行きます」の「食べた」は過去ではなく、「学校に行く」よりも前の出来事であることを示している。逆に「朝ごはんを食べる前に、歯を磨きます」の「食べる」も未来ではなく、「歯を磨く」よりも後の出来事であることを示す。
これは英語の時制の一致とも異なる独特の仕組みであり、「主節の出来事との時間的前後関係」によってル形・タ形が決まるという点がポイントである。
名詞修飾節のテンス
名詞修飾節においても相対テンスが現れる。「昨日買った本を明日読む」の「買った」は主節の「読む」より前の出来事を示している。「明日届く荷物を楽しみにしている」の「届く」は主節より後の出来事を示す。
引用節のテンス
引用節(「~と思う」「~と言った」)では、原則として発話時のテンスがそのまま保たれる。「田中さんは明日来ると言った」の「来る」は過去に変換されない。この点も日本語のテンスの特徴的な振る舞いである。
アスペクト: 動作の時間的展開
アスペクトとは、出来事の内部的な時間構造に注目する文法カテゴリーである。日本語のアスペクトは「ている」を中心に組み立てられている。
動詞の種類とアスペクト
「ている」が表す意味は動詞の種類によって大きく異なる。動詞はアスペクト的性質によって大きく2つに分類できる。
継続動詞は動作に時間的な幅がある動詞で、「食べる」「読む」「走る」「書く」「歌う」などが該当する。これらの「ている」形は動作の進行を表す。「今、ご飯を食べている」は食べるという動作が進行中であることを意味する。
瞬間動詞は動作が瞬間的に完了する動詞で、「死ぬ」「結婚する」「届く」「消える」「壊れる」「始まる」などが該当する。これらの「ている」形は結果の状態を表す。「結婚している」は結婚するという動作の結果が今も続いている状態を意味する。「電気が消えている」も消えた結果の状態である。
この区別は学習者にとって非常に重要である。「死んでいる」は「死にかけている(dying)」ではなく「すでに死んだ状態(dead)」を意味する。同様に「開いている」は「開けている最中」ではなく「開いた状態」を表す。
「ている」のその他の用法
反復・習慣の用法もある。「毎朝ジョギングをしている」「毎週月曜日に会議をしている」のように、繰り返される行為を表す。この場合、個々の動作ではなく習慣全体を捉えている。
経験・記録の用法では、「3回日本に行っている」「この本は100万部売れている」のように、過去の出来事の記録や累積を表す。
単純な状態を表す動詞もある。「似ている」「優れている」「ありふれている」のように、「ている」の形でしか使われない動詞がこれにあたる。
アスペクトの体系: 「ていない」「てある」「ておく」「てしまう」
アスペクト表現は「ている」だけではない。
「ていない」は「ている」の否定形だが、継続動詞では「動作が進行していない」(「まだ食べていない」)、瞬間動詞では「変化がまだ起きていない」(「まだ届いていない」)を意味する。
「てある」は意志的な行為の結果状態を表す。「窓が開けてある」は「誰かが意図的に窓を開けた、その結果が残っている」ことを意味する。「窓が開いている」(単なる結果状態)との違いは、意図性の有無にある。
「ておく」は将来に備えた準備的行為を表す。「明日のためにお弁当を作っておく」「ホテルを予約しておく」のように使う。
「てしまう」は完了(「全部食べてしまった」)や、意図しない結果への遺憾の気持ち(「うっかり忘れてしまった」「壊れてしまった」)を表す。話し言葉では「ちゃう/じゃう」に縮約される(「食べちゃった」「忘れちゃった」)。
自動詞と他動詞のアスペクト的対応
日本語には「開く(自動詞)/開ける(他動詞)」「閉まる/閉める」「壊れる/壊す」のような自他の対(ペア)が豊富に存在する。アスペクトとの関連で重要なのは、結果状態の表し方の違いである。
「ドアが開いている」(自動詞+ている=結果状態の描写)と「ドアが開けてある」(他動詞+てある=意図的行為の結果)は、いずれもドアが開いた状態を表すが、意図性の有無という点で異なる。学習者がこの微妙な違いを理解することは、自然な日本語表現の習得にとって重要である。
学習者が注意すべきポイント
最後に、テンス・アスペクトに関する典型的な注意点をまとめておく。
第一に、ル形は「現在進行中」を表さない。現在の動作は「ている」を使う。「今、食べる」ではなく「今、食べている」が正しい。
第二に、タ形は常に「過去」ではない。発見・想起・確認など、発話時の心的態度を表す用法がある。
第三に、「ている」の意味は動詞の種類によって変わる。継続動詞では進行、瞬間動詞では結果状態を表す。この区別を意識しないと大きな誤解が生じる。
第四に、従属節のテンスは発話時ではなく主節の出来事を基準にすることがある。「食べたあとで行く」の「食べた」は過去ではなく、主節より前の出来事を示す相対テンスである。