大学生はいい枕を買え

一人暮らしを始めるとき、ベッドフレームやマットレスにはそれなりに気を使う。でも枕はどうか。ホームセンターで一番安いやつを買って、そのまま何年も使っている人が多いのではないか。

枕は安い。安いのに、睡眠の質への影響が大きい。大学生が限られた予算の中で手を出せる投資として、枕ほどコスパのいいものはなかなかない。


睡眠は成績に出る

「睡眠が大事」なんて言われなくてもわかっている、と思うかもしれない。でも数字で見ると印象が変わる。

カーネギーメロン大学の研究チームが3つの大学の600人以上の一年生に毎晩睡眠トラッカーを装着させ、睡眠と成績の関係を調べた(米国科学アカデミー紀要掲載)。平均睡眠時間は6時間半。毎晩6時間未満の学生は成績が明確に低下し、睡眠が1時間増えるごとに期末の成績がわずかに上がるという相関が出ている。

国内でも似た傾向が報告されている。ある調査では、1日の睡眠時間が6時間以上の学生はGPA上位群に44%いたのに対し、6時間以下の学生はGPA下位群の45%を占めていた。睡眠の質、タイミング、量のすべてが良好な学生群は、学修成果や大学への適応度でも明確に良い傾向を示したという研究もある。

影響は徹夜のような一時的なものだけではない。6時間未満の睡眠が習慣化するだけで、慢性的に集中力と記憶の定着が落ちる。レポートの締切前に徹夜するより、毎日の睡眠を30分伸ばすほうが成績に効く。自分の成績を数字で分析したことがある人なら、GPA 0.5ポイントの差がどれだけ大きいかわかるだろう。


枕が合っていない自覚がない

朝起きて首が痛い、肩が凝っている、頭が重い。この手の不調を「寝方が悪かった」で片付けている人は、枕が合っていない可能性がある。

整形外科の研究では、睡眠中の頸椎(首の骨)の角度が適正でないと、首や肩の痛みだけでなく全身の不調につながりうることが指摘されている。仰向けでは首のカーブが自然に保たれる高さ、横向きでは頭と背骨が一直線になる高さが理想とされる。そしてこの理想の高さは体格によって異なるので、万人に合う枕は存在しない。

驚くべきは、枕の高さがわずか5mm違うだけで痛みや睡眠の質に影響が出るという点だ。「なんとなく大丈夫そう」では足りない。

確認の方法は単純で、まず仰向けに寝て天井がまっすぐ見えるかどうか。あごが上がっていれば枕が低すぎるし、あごが引けていれば高すぎる。次に横向きに寝て、顔の中心線が床と平行になっているかどうか。傾いていれば高さが合っていない。


ニトリでいい

「いい枕を買え」と言っても、5万円のオーダーメイド枕を買えという話ではない。ニトリに行けばいい。

ニトリのホテルスタイル枕は、ざっくり3つのグレードがある。スタンダードが約2,000円、中間のセレクトが約3,000円、プレミアム(羽毛入り)が約5,000円。

結論から言えば、3,000円の中間グレードを買えばいい。理由は高さ調節シートが付いているからだ。自分の体格に合わせて高さを調整できる。生活雑貨の比較メディアでも、値段と寝心地のバランスがもっとも良いと評価されている。

プレミアムは羽毛入りで感触は確かにいい。ただ、3,000円のセレクトと比べて2倍良いかと聞かれると微妙なところだ。筆者は最終的にプレミアムを使っているが、正直セレクトで十分だったと思う。

避けるべきは「一番安いやつ」だ。スタンダードも悪くはないが、高さ調節ができない。高さの合わない枕で毎日寝るのは、差額の1,000円以上の損をしている。


枕だけの話ではない

寝具全体の話を少しだけする。

マットレスは高い。まともなものは3万円からで、大学生の予算では手が出にくい。ベッドフレームも場所を取る。一人暮らしの部屋にシングルベッドを置くと、それだけで部屋の使い方が決まる。

でも枕は3,000円で済む。寝具の中でもっとも安く、もっとも交換しやすく、引っ越しのときに捨てても惜しくない。そして値段の割に、睡眠の質への寄与が大きい。

カーテンの遮光性も意外と効く。朝日で目が覚めすぎる人は遮光カーテンを試すといい。エアコンのタイマーを使って寝ている間の室温を一定に保つだけでも、途中で目が覚める回数が減る。どれも数千円の話だ。

マットレスを買い替える余裕がなくても、枕とカーテンとエアコンの設定を見直すだけで、睡眠環境はかなり変わる。


体力は有限だ

SIMSをやったことがある人なら通じると思うが、SIMSでは寝具のグレードが体力回復速度に直結する。安いベッドだと8時間寝ても体力が半分しか戻らないが、いいベッドだと6時間で全回復する。

現実はそこまで極端ではない。でも構造は同じだ。同じ時間寝ても、寝具の質によって回復の度合いが変わる。

大学生活は体力勝負の側面がある。講義、バイト、レポート、サークル、試験。体力が足りなくなったとき、最初に削られるのが睡眠で、最初に影響が出るのも睡眠だ。時間がないと言いながら、その限られた睡眠時間の質を枕ひとつで損している。

スマホケースに5,000円出すのに、毎晩6時間以上頭を預ける枕には1,000円しか出さない。生活の道具を選ぶのと同じで、睡眠にも道具がある。枕はその中でもっとも安い部類だ。


買い替えろ

枕を買い替えろ。ニトリでいい。高さ調節ができるやつを選べ。3,000円だ。

いい枕を買ったからといって人生が劇的に変わるわけではない。でも、毎朝の首の痛みがなくなって、日中の集中力が少し上がって、肩こりが減る。その「少しだけ」が365日続くと、けっこう大きい。

Read more

怪物の口に幸福が吸い込まれる

幸福の総量を最大化する。それが正しいと言われてきた。しかし1974年、ロバート・ノージックはたった一つの問いでその前提を破壊した。もしある存在が、他の全員よりも圧倒的に多くの快楽を得られるなら、功利主義は全員の取り分をその「怪物」に差し出すことを要求する。 あなたの幸福は計算の端数だった。切り捨てられた。 幸福を貪る口 1974年、ロバート・ノージックは『アナーキー・国家・ユートピア』のなかで一つの思考実験を置いた。 功利主義は、効用の怪物の可能性によって困惑させられる。怪物は、他の人々の犠牲から、その人々が失う以上に圧倒的に大きな効用の増加を得る。 仕組みは単純だ。功利主義の原則に従えば、社会全体の幸福を最大化する資源配分が「正しい」。ここに一人、あらゆる資源からとてつもない快楽を引き出す存在が現れたとする。りんご一個で他の百人分の快楽を得る。映画を一本見れば千人分の歓喜を感じる。 功利主義はこの怪物にすべてを差し出すことを要求する。他の全員が飢えても、怪物の快楽が総量を上回る限り、それが「最善」だと計算は告げる。 ノージックが示したかったのは、功利主義が論理的に正し

By Sakashita Yasunobu

綱を引く手が一本ずつ消えていく

あなたは集団のなかで、少しずつ消えている。 それは比喩ではない。測定可能な事実だ。19世紀末、フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンは、人が集団で綱を引くとき、一人あたりの力が確実に減少することを発見した。人数が増えるほど、個人は薄まる。誰のせいでもなく、誰も怠けているわけではなく、ただ構造がそうさせる。 もしあなたがいま、何かのチームに属しているなら、あなたはすでに全力を出していない。そしてそのことに、おそらく気づいてもいない。 綱を引く手が教えたこと リンゲルマンの実験は素朴だった。 1880年代から1900年代初頭にかけて、彼は農業機械の効率を研究する過程で、人間が集団で水平方向に荷を押したり引いたりする際のパフォーマンスを測定した。その結果は1913年に報告されている。一人で綱を引くとき、その人間は持てる力をすべて発揮する。二人になると、一人あたりの出力は約93%に落ちる。三人で85%。八人になると、49%。半分以下だ。 この数字の意味を考えてみてほしい。八人で綱を引いているとき、あなたは一人のときの半分も力を出していない。しかもそのことに自覚がない。全員が

By Sakashita Yasunobu

嘘が真実を食い尽くす朝

「この文は嘘である」 この一文を前にして、あなたは立ち往生する。もし真だとすれば、文の内容に従って偽になる。もし偽だとすれば、「嘘である」という主張が間違っていることになり、真になる。真だと仮定しても偽だと仮定しても、反対の結論にたどり着く。出口がない。 これは言葉遊びではない。2300年以上にわたってこの問いに取り組んできた哲学者と論理学者たちは、いまだに合意に至っていない。解決策はいくつも提案されてきた。どれも、別の問題を抱えている。 あなたが自分自身について何かを語ろうとするとき、同じ構造がそこにある。 循環の入口 試しにやってみてほしい。「この文は嘘である」が真か偽か、判定する。 真だと仮定する。この文は「嘘である」と主張しているのだから、偽になる。仮定と矛盾する。 では偽だと仮定する。「嘘である」という主張が偽ということは、嘘ではない。つまり真になる。やはり仮定と矛盾する。 どちらに転んでも矛盾する。そしてこの矛盾は、推論のどこかでミスを犯したから生じたのではない。前提そのものに埋め込まれている。 エピメニデスの不発弾 よく混同されるが、古代ギリシアの

By Sakashita Yasunobu

何でも飾れる額縁だけが残った

1917年、マルセル・デュシャンは既製品の男性用小便器に「R. Mutt」と署名し、「泉(Fountain)」と名づけてニューヨーク独立芸術家協会の展覧会に出品した。拒否された。それだけの話だ。だが「それだけ」のはずの出来事が、それ以降のすべての芸術を汚染した。美しさも技巧も素材の選択も関係ない。署名ひとつ、提示の身振りひとつで、便器が「芸術」を名乗れる。そしてその瞬間から、「芸術とは何か」という問いは回答不能になった。回答不能のまま、100年以上が過ぎている。 目で見えないものが芸術を決める 1964年、アンディ・ウォーホルはスーパーマーケットに並ぶブリロの箱と見た目がまったく同じ「ブリロ・ボックス」をギャラリーに置いた。哲学者アーサー・ダントーは、この事態に根本的な問いを見出した。視覚的に区別できない二つの対象のうち、片方だけが芸術である。では芸術を芸術にしているのは何なのか。 ダントーの答えは「アートワールド」だった。芸術作品を芸術たらしめるのは知覚可能な性質ではなく、理論と批評と歴史が編み上げた解釈の共同体、その「理論的雰囲気」なのだと。あなたには何も見えていない。文字

By Sakashita Yasunobu