中国のデジタル化はなぜ速かったのか
中国のデジタル化は、いまや世界が注目する現象である。キャッシュレス決済の普及、巨大プラットフォーム企業の急成長、日常のあらゆる場面に浸透するスマートフォン活用。筆者は大学在学中に1年間中国へ留学し、現地のデジタル社会を肌で体験した。帰国後に改めて文献を通じて中国のIT事情を整理すると、その背景には技術的要因だけでなく、経済構造、社会制度、文化的特性が複雑に絡み合っていることが見えてきた。本稿では3冊の文献を中心に、中国のデジタル化がなぜ急速に進んだのかを考察する。
中国のデジタル化の特徴
キャッシュレスという点では、中国は日本のはるか先を行っている。井出啓二は『奥深く知る中国』のなかで、先進国のなかでも日本は特に現金の利用率が高いことを指摘し、ATMインフラの充実がかえって現金社会を維持させていると分析する。一方で中国ではスマートフォン一台でほぼすべての支払いが完結する。伊藤亜聖も『現代中国ゼミナール』で、中国に行くとQRコード決済が完全に普及・定着していることを肌で感じると述べている。
中国では微信支付(ウィーチャットペイ)か支付宝(アリペイ)があれば、ほぼすべての支払いを済ませることができる。私が中国留学中に最も感動したのはこの事実だった。しかもこれは若者だけの現象ではない。関志雄は『現代中国ゼミナール』のなかで、都市部では高齢者もモバイル決済を日常的に使っている姿をよく見ると語っている。
帰国してからは日本の支払い事情が正直面倒に感じた。電車ではSuica、公共料金は現金、ネット通販はクレジットカード、飲み会ではPayPay。よく使い分けているなと我ながら思う。本来は発展の早かった日本のほうがより効率的な仕組みを持っていてもおかしくないはずなのに、気づけば中国のほうが支払いという面ではずっと便利になっている。
なぜこうなったのか。この問いを考えるうえで鍵となるのが「リープフロッグ現象」の視点である。先進国が段階的に積み上げてきたインフラを、後発国が一気に飛び越えて最新技術を導入する現象のことだ。中国では固定電話やクレジットカードが十分に普及する前にスマートフォンとモバイル決済が一気に広まった。日本ではクレジットカードやSuicaなどの既存インフラがすでに十分に機能していたからこそ、新しい決済手段への切り替えが緩やかだった。一方で中国では既存インフラの不在がかえって追い風となり、最新技術への移行が摩擦なく進んだ。この構造的な違いが、両国のデジタル化の速度差を理解するうえでの出発点となる。
巨大企業の台頭
中国のIT事情を語るうえで避けて通れないのが、アリババやテンセントといった巨大プラットフォーム企業の存在だ。
伊藤が『現代中国ゼミナール』で紹介しているデータが象徴的である。1989年の世界時価総額ランキングではトップ10に日本企業が7社入っていたが、2018年にはアップル、アマゾン、アルファベットといった米国IT企業が上位を占め、そこにアリババとテンセントが食い込んでいる。直近のForbes Global 2000を見ても、中国工商銀行や中国建設銀行をはじめ中国企業が上位に多数ランクインしていることがわかる。
伊藤によれば、テンセントとアリババの二社は2000年代にはまだ発展途上だった。テンセントのQQは若者の遊び道具というイメージが強く、アリババの淘宝は偽物の宝庫として知られていた。しかし2010年代にモバイルインターネットへの移行に成功したことで状況は一変する。テンセントはウィーチャットでメッセージ市場を押さえ、ゲーム事業で莫大な売上を上げた。アリババは通販市場を基盤にアリペイで決済領域まで支配した。
注目すべきは、この二社がスタートアップへの積極的な投資を通じてエコシステムを拡大している点だ。伊藤は二社が中国国内だけでなく東南アジアやインドにまで投資を広げていると分析する。TikTokを生み出したバイトダンスの急成長も、こうした中国テック業界の投資文化のなかで育まれたものだろう。
こうした国内プラットフォーム企業の急成長を語るうえで、中国のインターネット環境の特殊性にも触れておく必要がある。中国ではGoogle、Facebook、Twitterといった海外の主要サービスへのアクセスが制限されており、いわゆる「グレートファイアウォール」と呼ばれるインターネット検閲体制が敷かれている。言論統制という側面では批判の対象となるが、経済的には結果として国内プラットフォームの成長を促す温室のような役割を果たした面がある。海外の巨大企業との直接的な競争にさらされなかったことで、テンセントやアリババは国内市場をじっくりと開拓する余裕を得た。百度がGoogleに代わり、微博がTwitterに代わり、微信がLINEやWhatsAppに代わるという構図は、こうした環境のなかで形成されたものである。
微信という生活インフラ
こうした巨大プラットフォーム企業が生み出した代表的なサービスが、テンセントの微信(ウィーチャット)だ。日本でいうLINEにあたるアプリだが、微信はメッセージのやり取りだけにとどまらない。支払い機能、身分証明(身份证)との連携、各種サービスの登録まで、生活のあらゆる場面が微信一つで完結する。
実際に現地で体験するとその凄さがわかる。QRコードをスキャンして、初めての利用なら登録ボタンを押すだけでアカウントが作られ、利用後の支払いは自動的に引き落とされる。この「なんでもできるアプリ」としての微信こそが、中国のデジタル化の根本にあるのではないかと私は考えている。
2017年にリリースされた「小程序」(ミニプログラム)という仕組みも見逃せない。微信のプラットフォーム上で動く軽量なアプリで、ユーザーは新たにアプリをインストールすることなく、飲食店の注文、タクシーの配車、公共交通機関の乗車、ホテルの予約、行政手続きまでこなせる。小程序の登場により、微信は単なるメッセージアプリから日常生活のインフラへと進化した。
キャッシュレス化の浸透
微信に統合された決済機能は、中国社会全体のキャッシュレス化を強力に推し進めた。𠮷村は『奥深く知る中国』のなかで、キャッシュレス決済が2017年頃から本格的に広まったと述べている。タクシー、レストラン、露店、果ては路上での施しまで、あらゆる場面でスマホのQRコード決済が使われているという。
私自身、海南島の大きな仏像を見に行った際、仏像の足もとにお布施用のQRコードが貼られていて、「お布施もキャッシュレスの時代か」と感心した覚えがある。
キャッシュレス決済の普及はネットショッピングの爆発的な成長も後押しした。淘宝(アリババ)、拼多多、京东といったプラットフォームは中国国内で巨大な市場を形成している。海外向けにはアリエクスプレスやTemuとして展開されており、聞き覚えのある人も多いだろう。𠮷村によれば、淘宝のアクセス数は1日6000万回にのぼるという。
デジタル化の波は伝統的な行事にまで及んでいる。𠮷村によれば、いまや春節の年賀状は视频拜年として動画で送られ、お年玉にあたる红包も微信の送金機能で贈られるようになった。こうした状況を踏まえて、𠮷村は中国がまさにデジタル社会となりつつあると評価している。
シェアリングエコノミーの台頭
デジタル技術はシェアリングエコノミーという新しい消費形態も生み出した。その代表がシェア自転車だ。𠮷村によれば、かつて中国では自転車が洪水のように道路にあふれていた。それが経済発展とともに一時は自動車に取って代わられたが、近年になって再び自転車が街に戻ってきた。ただし今度は「共享单车」として、個人所有ではなく社会全体で共有するシステムになっている。
日本でもバスや電車にスマホだけで乗れる仕組みがあるとしたら便利だと思えるが、中国ではそれに近いことがシェア自転車で実現されている。𠮷村は、経済成長の鈍化により消費行動が控えめになり、個人の所有欲よりも社会でのシェアへと価値観が転換していることを指摘する。世界的な環境保護の潮流と経済的な合理性が合わさって、こうしたシェアリングエコノミーが勢いを増しているのだろう。
日本との比較
中国と日本を比べたとき、サービスへの登録方法の違いが面白い。𠮷村が紹介しているシェア自転車の例では、利用に実名登録が必要で電話番号や住民IDを送信する。しかし中国では情報が一元管理されているため、実際にはボタン一つで登録が終わる。日本では名前、電話番号、住所、メールアドレスといった情報を毎回入力しなければならないことを考えると、体験の差は歴然としている。
中国でキャッシュレス化がここまで進んだ理由について、𠮷村は興味深い分析をしている。よく言われる「中国人はせっかちだから」「紙幣が汚いから」といった理由ではなく、大手運営会社による大規模なキャッシュバックキャンペーンや決済手数料の無料化こそがユーザーの心をつかんだのではないか、というのだ。テンセントやアリババといった巨大企業の潤沢な資金力がこうした大々的なキャンペーンを可能にし、ユーザーを囲い込んでいった。
文化的な違いも見逃せない。中国では14億人を効率的に管理するために身份证(身分証明書)の仕組みが整っており、政府に個人情報を預けることへの抵抗感も日本ほど強くないように思える。日本ではマイナンバー制度の導入だけでひと悶着あったことを考えると対照的だ。
制度的に見れば、テンセントとアリババの二社がマーケットの大部分をカバーしていることが大きい。みんなが同じ支払いアプリを使い、QRコード一つで導入できるインフラがすでに整っている。二社の傘下にある企業なら簡単に統合できるし、そうでなくても小程序という形で自らサービスを実装できる。結果として、二社の巨大なプラットフォームの上にすべてが乗っかる構図が出来上がった。
一方で日本はSociety 5.0を掲げてデジタル化に取り組んでいるが、伊藤は特定産業への支援というよりも、デジタル化に対応できるスキルを持つ人材を広く育成する方向に重点が置かれていると分析する。政府の産業政策がデジタル化と技術革新をどこまで支援できるのかという問いには、まだ明確な答えは出ていない。
今後の展望と課題
欧米ではGoogleやMetaによるプライバシーの問題がたびたび議論になる。便利さを追求していくほど、プライバシーは犠牲になりうる。この「効率性」と「プライバシー」のトレードオフは中国に限らず、世界的にもまだ解決策が見えていない。民主主義国家では監視国家にならないようプライバシーを尊重する必要があるが、効率化のためならどこまで許容してもいいのか。この線引きは簡単ではない。
さらに近年では、中国人民銀行が「数字人民币」(デジタル人民元、e-CNY)の実証実験を各都市で進めている。国家が発行するデジタル通貨が普及すれば、民間のキャッシュレス決済とはまた異なる次元でのデジタル化が進む。通貨そのものがデジタル化されるという構想は、中国のデジタル化がすでに決済手段の域を超えて、経済インフラそのものの変革に向かっていることを示している。効率性とプライバシーのバランスという問題は、国家発行のデジタル通貨という文脈ではさらに複雑さを増すだろう。
一方で、ITが中国の政治にも影響を与えているという見方がある。阿古智子は『東大塾 社会人のための現代中国講義』のなかで、微博(ウェイボー)の普及がもたらした変化について論じている。阿古によれば、最も重要でポジティブな変化は、社会的に弱い立場にある人々が声を上げられるようになったことだ。かつては貧しい人や地位の低い人が声を上げても誰にも届かなかったが、いまでは微博を通じて知識人や法律の専門家と直接つながり、支援を得られるようになった。
中国は言論統制が厳しいというイメージがあるが、阿古は微博を開くとみんなが好き勝手なことを言っており、政府批判や政策への不満も公然と投稿されていると語る。実態としてはもはや完全な統制は不可能だという。もちろん中央政府の指導者への直接的な批判は即座にアカウント閉鎖につながるが、政府もSNSを人民の声を聞く場として重要視し始めている。阿古が指摘するように、技術の進歩が政府のコントロールを上回りつつあり、消費者のニーズや経済の動きには逆らえなくなっている。
中国では情報が国家によって管理されているとはいえ、技術の発展がその枠組みを揺さぶりつつある。今後の中国の発展においてITがどのような役割を果たしていくのか。この問いはまだ答えの出ない大きなテーマだ。
参考文献
- 筧文生・井出啓二・山本恒人ら編『奥深く知る中国』かもがわ出版、2019年
- 東大社研現代中国研究拠点編『現代中国ゼミナール』東京大学出版会、2020年
- 高原明生・丸川知雄・伊藤亜聖編『東大塾 社会人のための現代中国講義』東京大学出版会、2014年
- Forbes「The Global 2000」https://www.forbes.com/lists/global2000/