英語の名詞と代名詞の変遷
古英語から現代英語にかけて、名詞と代名詞の体系は大きく変化した。複数形の規則化、属格(所有格)の表現方法の変容、そして二人称代名詞の統合は、英語の歴史における重要な変化である。本稿では、現代英語に残る不規則な痕跡をたどりながら、これらの変化を整理する。
不規則な複数形
現代英語の名詞複数形は -s/-es が標準であるが、いくつかの名詞はこの規則に従わない。これらの不規則形は、古英語の異なる変化パターンの名残である。
二重複数
children は、古英語の cild の複数形 cildru に、さらに中英語期に -en が付加されて cildren となったものである。すなわち、古い複数語尾の上にさらに別の複数語尾が重ねられた「二重複数」(double plural)である。同様の現象は brethren(brother の古い複数形)にも見られる。brethren は古英語 brōþru に -en が付加されたものであり、現代英語では宗教的な文脈(同胞、信徒仲間)で用いられる。
-en 複数
oxen(ox の複数形)に見られる -en は、古英語の弱変化名詞の複数語尾 -an に由来する。古英語では弱変化名詞は多数存在したが、中英語期に -s 複数形が優勢になるにつれて、-en 複数は少数の語にのみ残った。現代英語では oxen のほかに children、brethren がこの語尾を保っている。
ウムラウト複数
man → men、foot → feet、goose → geese、mouse → mice、louse → lice、tooth → teeth などに見られる母音の交替は、ウムラウト(Umlaut)と呼ばれる音変化に由来する。
古英語以前のゲルマン語において、複数語尾に含まれていた /i/ の影響で語根母音が前舌化した。たとえば fōt(足、単数)の複数形は fōti であったが、語尾の /i/ が前の母音 /oː/ を引き寄せて /eː/ に変え、その後語尾自体が消失したため、母音の変化だけが複数の標識として残ったのである。これを i ウムラウト(i-mutation)と呼ぶ。
この現象はドイツ語にも見られ、ドイツ語では現在もウムラウトが生産的な複数形成手段として機能している(Fuß → Füße、Maus → Mäuse など)。英語ではウムラウト複数は少数の高頻度語にのみ残存しており、それゆえに不規則形として目立つ存在になっている。
単複同形
sheep、deer、fish などは単数形と複数形が同じである。これらは古英語で長い語幹を持つ中性名詞であり、主格・対格の複数形が語尾変化を伴わなかったことに由来する。
属格の変遷
群属格
現代英語では the King of England's crown(イングランド王の王冠)のように、意味上ひとつのまとまりをなす語群の最後に 's を付ける群属格(group genitive)が用いられる。この構文は英語の特徴的な語法であり、デンマーク語にも見られるが、ドイツ語やフランス語には存在しない。
群属格の発達には歴史的な過程がある。15世紀ごろまでは the Kynges son of Irelonde(アイルランド王の息子)のように、主要語に属格語尾を付け、修飾語句を分離して配置するのが通例であった。その後、語群全体の末尾に 's を付ける現在の形式が発達した。
群属格には二つの種類がある。
- 従属群属格: the King of England's crown のように、前置詞句を含む語群の末尾に 's を付けるもの
- 等位群属格: my father and mother's Bible のように、等位接続された語群の末尾に 's を付けるもの。この場合は父母共有の聖書を指す。my father's and mother's Bible と書けばそれぞれ別の聖書を指すため、's の位置によって意味が変わる
his 属格
古英語以来、名詞の後に代名詞 his を置いて属格を表す用法が存在した。シェイクスピアの Mars his Armours がその例である。
この用法が広まった背景には、his が無強勢で発音されると語頭の h が脱落し、-is となって属格語尾 -es, -ys, -is と音声的に区別がつかなくなるという事実がある。すなわち、the King his crown と the Kinges crown は実際の発音上ほとんど同じであったため、属格語尾が his の省略形であるという民間語源的な意識が生まれたのである。特に -s で終わる固有名詞の後で多用された。
his 属格は16世紀から18世紀初めにかけて頻繁に用いられたが、18世紀以降は文語から消滅した。ただし口語では19世紀まで残存した例がある。her や their を用いた同種の表現は、-es 属格との音声的類似がないため使用はまれであった。このことは、his 属格の普及が音声的な類似に支えられていたことを裏づけている。
二人称代名詞の統合
現代英語の二人称代名詞は you に統一されているが、これに至るまでには複雑な歴史がある。
君主の複数
その起点となったのが「君主の複数」(plural of majesty)である。ローマ帝国において複数の支配者が共同統治を行っていた時代、勅令などの主語には一人称複数形(ラテン語の -mus 語尾、英語の we に相当)が用いられた。のちに皇帝が一人になってもこの慣習は継続し、君主が自らを指す際に I ではなく we を用いる「君主の we」(Royal we)が確立した。
敬意の複数
君主が we を用いるのに対し、臣下も君主に対して二人称複数形(ラテン語の vos、英語の ye/you)で呼びかけるようになった。4世紀のラテン語ではこの用法が定着し、5世紀には vos が一般人に対しても敬意を示す二人称単数の呼びかけ語として使われるようになった。
この用法がフランス語に入って vous(敬称の「あなた」)と tu(親称の「きみ」)の区別となり、さらにフランス語の影響を受けた中英語に入って、本来複数形であった ye が二人称単数の丁寧な呼びかけ語としても用いられるようになった。
thou の消滅
こうして成立した thou(親称)と ye/you(敬称)の使い分けは、やがて thou の消滅へとつながった。ye/you が二人称単数代名詞としても広く使われるようになると、thou と ye/you の役割分担は曖昧になり、thou には「目下の者に対して使う語」という含意が帯びるようになった。その結果、thou を使うこと自体が相手を見下す行為と受け取られるおそれが生じ、thou は次第に回避され、最終的に一般的な用法からは消滅した。
現代英語では thou は聖書の祈りの言葉や詩的表現にのみ残っている。日常語としての thou はイングランド北部やスコットランドの一部方言に残存するにとどまる。
現代フランス語の tu(親称)と vous(敬称)の区別が維持されているのとは対照的であり、英語では敬称形がすべての用法を吸収したという点で特異な発達を遂げたといえる。