英語の動詞と語順の変遷
古英語から現代英語への移行において、動詞体系と語順は相互に関連しながら大きく変化した。強変化動詞の母音交替パターンの平準化、完了形の形成方法の変化、語順の固定化、そして機能語の発達は、英語の文法構造を根本的に変えた変化である。本稿では、これらの変化を整理し、あわせてフランス語の否定構文との比較を通じて、言語変化の一般的なパターンを考える。
強変化動詞の母音交替と平準化
現代英語の動詞 shrink には、過去形として shrank と shrunk の二つの形が存在する。この併存は、英語の強変化動詞(不規則動詞)における歴史的な平準化(leveling)の過程で生じたものである。
アプラウトと古英語の強変化動詞
古英語の強変化動詞は、アプラウト(Ablaut、母音交替)と呼ばれる体系的な母音変化によって時制を表した。アプラウトはインド・ヨーロッパ祖語にまで遡る現象であり、語根の母音を交替させることで文法的な区別を表す。
古英語では、強変化動詞の過去形は単数と複数で異なる母音を持っていた。たとえば singan(歌う)は以下のように変化した。
- 現在: singan(歌う)
- 過去単数: sang(歌った)
- 過去複数: sungon(歌った)
- 過去分詞: sungen(歌われた)
平準化の過程
中英語期から初期近代英語期にかけて、過去単数と過去複数の異なる母音形の間で平準化が進行した。すなわち、いずれかの母音に統一される過程が生じたのである。
sing の場合は sang(旧単数形の母音)が過去形全体の標準となった。しかし shrink の場合は shrank(旧単数形の母音)と shrunk(旧複数形・過去分詞形の母音)の両方が生き残り、現代英語でも併存している。同様の併存は sank/sunk(sink の過去形)、sprang/sprung(spring の過去形)にも見られ、特にアメリカ英語では旧複数形に由来する形が過去形としても用いられる傾向がある。
was と were が現在でも過去の単数形と複数形として区別されているのは、この平準化を免れた唯一の例である。
be + 過去分詞による完了形
現代英語の完了形は have + 過去分詞で表されるが、かつては自動詞(特に移動や状態変化を表す動詞)において be + 過去分詞で完了を表す用法が存在した。
古い用法
古風な英語には以下のような表現がある。
- The hour is come. (決断の時が来た)
- The guests are all arrived. (お客様は全員おそろいです)
これらは has come、have arrived と同義であり、be + 過去分詞が完了を表している。ドイツ語(ist gekommen)やフランス語(est arrivé)には現在もこの用法が標準的に残っている。英語ではこの用法の大部分が have + 過去分詞に置き換わった。
現代英語に残る痕跡
be gone(なくなっている)や be finished(終わっている)は、意味上は完了に相当するが、形式上は be + 過去分詞の構造を保っている。
- When I woke up, all my things were gone. (目が覚めると持ち物が全部なくなっていた)
- Aren't you finished eating yet? (まだ食べ終わらないの)
ただし、be gone と have gone は常に交換可能ではない。Keep an eye on Dorothy while we are gone. では we have gone は不自然である。be gone が完了の結果としての状態を表すのに対し、have gone は動作の完了を表すという意味的な分化が生じているためである。
語順の変化と屈折の喪失
現代英語の基本語順は SVO(主語-動詞-目的語)であるが、古英語では語順はより自由であった。
古英語の語順
古英語の散文における語順は以下のような傾向を持っていた。
- 主節: SVO が基本
- 従属節: SOV が多い
- 代名詞が目的語の場合: SOV が通例
- and に導かれる等位節: SOV がしばしば見られる
主節ではすでに SVO が基本であったものの、従属節やその他の環境では SOV が広く用いられており、語順の自由度は現代英語よりもはるかに高かった。
屈折の喪失と語順の固定化
この語順の変化は、屈折(語形変化)の喪失と密接に関連している。
古英語では「冠詞 + 形容詞 + 名詞」の結合においてその三語すべてが格変化をしていた。たとえば þā gōdan menn(the good men)では、þā は定冠詞 se の複数形、gōdan は形容詞 gōd の弱変化複数形、menn は mann の複数形というように、各語が文法情報を担っていた。
しかし中英語期にかけて屈折変化が急速に失われ、現代英語では the good man → the good men と名詞だけが変化する。屈折が失われると、語の形だけではその文法的役割(主語なのか目的語なのか)を判別できなくなる。その結果、語順によって主語と目的語を区別する必要が生じ、SVO の語順が全体的に固定化していったと考えられる。
主節では古英語の段階ですでに SVO が基本語順であったが、従属節でも次第に SVO が一般化し、語順が統一されていった。主節において先に語順が固定した理由としては、主節が文の核心的な情報を担い、聞き手にとって意味の曖昧さが許容されにくい環境であることが挙げられる。従属節は接続詞や文脈によって意味が補われやすいため、語順の自由度がより長く保たれたと推測される。
接続詞 that の発達
現代英語の接続詞 that(We all know that he once lived here. の that)は、指示代名詞 that から発達した。この変化の過程は、以下のように整理できる。
第1段階(指示代名詞として後方照応)
もともと指示代名詞 that は先行する節全体を指示する機能を持っていた。
He once lived here: we all know thát.
(彼はかつてここに住んでいた。我々はそのことを知っている)
この段階では that に強勢が置かれ、先行する節を指し示している。
第2段階(前方照応への移行)
やがて that が目的語として動詞の直後に置かれ、後続の節を指示する位置に移動した。
We all know that: he once lived here.
この段階では that はまだ指示機能を保っている。
第3段階(接続詞への文法化)
その後、that の指示機能が薄れて強勢を失い、直後の節を導く接続詞へと機能が変化した。
We all know that he once lived here.
最終的に that が省略可能になること(We all know he once lived here.)は、that がもはや指示機能を持たない純粋な接続詞になったことの証拠である。
このように、内容語(指示代名詞)が機能語(接続詞)へと変化する過程は文法化(grammaticalization)と呼ばれ、言語変化に広く見られるパターンである。
ye = the と印刷の歴史
イギリスのパブの看板などで Ye Olde Pub のように、定冠詞 the の位置に ye という綴りが使われていることがある。この ye は二人称代名詞の ye とは無関係であり、その由来は古英語のルーン文字にある。
古英語では /θ/ の音をソーン文字(þ、thorn)で表記していた。しかし15世紀から16世紀にかけて大陸ヨーロッパから導入された印刷機にはソーン文字の活字がなかったため、印刷者たちは形の似た y の文字で代用した。þe(the)は ye と印刷され、þat(that)は yt などと印刷されたのである。
したがって Ye Olde は「イェ・オールド」ではなく「ジ・オールド」と読むのが歴史的には正しい。現代では擬古的な装飾として意図的に用いられており、実際に /jiː/ と発音されることも多い。
この現象は、活版印刷の普及が言語の外面的な統一をもたらした一方で、活字の制約に起因する新たな綴りの混乱も生み出したことを示している。
フランス語の否定構文との比較
言語変化のパターンは英語に限らず、他の言語にも共通して見られる。フランス語の否定構文の発達は、文法機能語が歴史的に変化していく過程の好例である。
古フランス語(9-12世紀)
否定は ne のみで表現されていた。
Jo ne di.(私は言わない)
中世フランス語(12-16世紀)
否定を強調するために、元来名詞であった語彙が付加されるようになった。
- pas(歩み)→ 「一歩も~ない」
- point(点)→ 「一点も~ない」
- mie(パンくず)→ 「パンくずほども~ない」
これらは最小単位を表す名詞であり、「ほんのわずかも~ない」という強調から出発している。
近世フランス語(16-18世紀)
ne + pas の構造が標準化され、他の強調語(point, mie など)は使われなくなった。
現代フランス語(19世紀以降)
書き言葉では伝統的な ne + 動詞 + pas の構造が維持される一方、話し言葉では ne が省略され pas のみで否定を表す傾向が強まっている。
イェスペルセンの循環
この過程は「イェスペルセンの循環」(Jespersen's Cycle)として知られる。元来は否定の意味を持たなかった pas が、否定の強調から否定そのものの標識へと変化し、もともと否定を担っていた ne が衰退するという循環的な過程である。
英語にも同様の循環が見られる。古英語の否定辞 ne に強調の āwiht(「一つのものも」)が付加されて ne... nāwiht となり、やがて nāwiht が naught、not へと変化して否定の中心的な標識となった。もとの ne は消滅し、現代英語では not(および do not)のみが否定を担っている。フランス語の ne... pas → pas の発達と見事に並行する現象である。