写真のしくみ ㉗ フィルムの性格を決める感度と粒子と色の個性
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
フィルムには「感度」というものがあります。ISO 100、ISO 400、ISO 800……。箱に書いてあるこの数字、じつはフィルムの写りをまるごと変えてしまうほど大きな意味を持っています。
同じカメラ、同じレンズで撮っても、フィルムを変えるだけで写真の雰囲気はがらりと変わります。なめらかでしっとりした写真になったり、ザラザラと荒々しい写真になったり。明るいところの粘り方も、色の出方も、フィルムごとにまったく違います。
今回は、フィルムの「性格」を決めている正体に迫ります。
感度ってなんだ?
フィルムの感度とは、ひとことで言えば「光に対するフィルムの敏感さ」です。
ISO 100のフィルムは、光にちょっと鈍感。しっかり光を当ててあげないと像が写りません。一方、ISO 800のフィルムは光にとても敏感で、少しの光でもちゃんと反応します。
暗い部屋で写真を撮りたいとき、ISO 100だとシャッターを長く開けなければなりません。手ブレしやすくなりますし、動いている人はぶれてしまいます。ISO 800なら、同じ暗さでもシャッターを速く切れるから、ブレにくくなります。
じゃあ、いつもISO 800を使えばいいのでは? そう思いますよね。ところが、話はそう単純ではありません。感度が上がると、引き換えに失うものがあるのです。
粒子の大きさが写りを決める
フィルムの表面には、ハロゲン化銀という光に反応する小さな結晶がびっしり塗られています。この結晶のことを「銀塩粒子」と呼びます。光がフィルムに当たると、この粒子の表面にごく微小な変化が起きます。これが「潜像」と呼ばれる、目には見えない像の種です。そのあと「現像」という化学処理を行うと、光を受けた粒子が純粋な金属の銀に変わり、はじめて目に見える像が現れます。
ここで大事なポイント。高感度のフィルムほど、一つひとつの粒子が大きいのです。
粒子が大きいと、光をたくさんキャッチできます。だから少ない光でも反応できます。これが「高感度」の正体です。でも、粒子が大きいぶん、写真を拡大するとその粒々が目に見えてしまいます。これが「粒子が荒い」「ザラザラしている」と言われる状態です。
逆に、ISO 100のような低感度フィルムは、粒子がとても細かいです。一粒一粒が小さいから、光をキャッチする力は弱いけれど、写真はきめ細やかでなめらかになります。
砂浜で考えるとわかりやすいかもしれません。
- 低感度フィルム → サラサラの細かい砂。手ざわりはなめらかで、砂で絵を描くと線がきれい
- 高感度フィルム → ゴツゴツした砂利。ひとつひとつが大きくて存在感があり、粗いけれど力強い
どちらが「良い」ということではありません。なめらかな写真が必要な場面もあれば、ザラッとした質感がむしろかっこいい場面もあります。フィルムの粒状感は、ノイズではなく「表現」の一部なのです。
ラチチュード 明暗の幅をどこまで写せるか
写真を撮るとき、世界には明るいところと暗いところが同時にあります。太陽に照らされた白い壁と、その足元の深い影。人間の目はこの両方をなんとなく見ることができますが、フィルムやセンサーには限界があります。
この「明るいところから暗いところまで、どのくらいの幅を一枚の写真に収められるか」を表す言葉がラチチュード(露出寛容度)です。
ラチチュードが広いフィルムは、ちょっと露出を間違えても大丈夫。明るすぎても暗すぎても、ある程度まではちゃんと写ってくれます。逆にラチチュードが狭いフィルムは、露出をぴったり合わせないと、すぐに白く飛んだり真っ黒につぶれたりしてしまいます。
たとえば、カラーネガフィルム(ふつうのフィルム)はラチチュードがかなり広いことで知られています。とくに明るい側に強いのが特徴で、多少露出オーバーになっても、ハイライトの情報がしっかり残ります。
一方、リバーサルフィルム(スライドフィルム)はラチチュードが狭いです。そのぶん、色の鮮やかさやコントラストは見事で、うまく露出を合わせたときの美しさは息をのむほどです。でも、ちょっとでも露出を外すと容赦なく白飛びや黒つぶれが起きる。まさに「じゃじゃ馬」タイプのフィルムです。
フィルムは白飛びに強い?
デジタルカメラで写真を撮ったとき、明るすぎる部分がパキッと真っ白に飛んでしまった経験はありませんか。空の色が完全に消えて、ただの白い塊になってしまうあの現象です。
デジタルセンサーにもフィルムにも、受け取れる光の量には上限があります。ただし、その上限に達したときのふるまいが大きく違うのです。デジタルセンサーの場合、上限を超えると一気に「真っ白」になります。白と、白でない部分のあいだに、はっきりした境界線ができてしまいます。これをクリッピングと呼びます。
フィルムの場合は、事情がすこし違います。フィルムは光の量が増えていっても、いきなり真っ白にはなりません。明るくなるにつれて、じわじわと、ゆるやかに白に近づいていくのです。この、なだらかに明るさが飽和していく性質をハイライトロールオフと呼びます。
たとえば、窓から差し込む光を撮ったとき。デジタルだと窓の外がバッサリ白く切れてしまうことがありますが、フィルム(とくにネガフィルム)だと、窓枠のあたりからじんわりと明るくなっていって、自然なグラデーションで白に溶けていく。この「粘り」が、フィルム写真独特のやわらかさを生んでいます。
ただし、注意が必要です。現在のデジタルカメラはダイナミックレンジ(記録できる明暗の幅)が大きく向上しており、14段以上の性能を持つ機種も珍しくありません。カラーネガフィルムのダイナミックレンジは一般的に13段程度とされています。リバーサルフィルムはこれよりかなり狭く、5〜6段程度です。つまり、記録できる明暗の幅そのものでは、最新のデジタルカメラのほうが広いことも多いのです。フィルムの強みは「幅の広さ」よりも、「ハイライトの飛び方がなだらかで自然に見える」という飛び際の質にあるのです。
フィルムの「色の個性」
ここまでは感度やラチチュードの話をしてきました。でも、フィルムの「性格」を語るうえで絶対に外せないのが、色の個性です。
フィルムは、メーカーや銘柄によって色の出方がまったく違います。まるで画家が使う絵の具のパレットが違うように、同じ風景を撮っても色合いがガラッと変わります。いくつか代表的なフィルムを紹介しましょう。
Kodak Portra 400
アメリカのコダック社が作る、いまもっとも人気があるフィルムのひとつです。
Portraという名前はPortrait(肖像写真)から来ています。その名のとおり、肌の色がとても自然に、きれいに写るのが最大の特徴です。全体の色味はほんのり暖かく、コントラストはおだやか。ガツンと派手な色ではなく、やさしくてしっとりとした色合いです。
ISO 400でありながら粒子が非常に細かく、「ISO 400のカラーネガフィルムの中でもっとも粒子が細かい」と言われています。さらにラチチュードがとても広く、多少の露出ミスなら余裕で受け止めてくれる。ポートレートはもちろん、旅行、スナップ、風景まで、何を撮ってもそつなくきれいに仕上がる万能選手です。
Kodak Ektar 100
同じコダック社ですが、こちらはPortraとはかなり違う性格をしています。
ISO 100の低感度フィルムで、粒子は極めて細かく、色がとても鮮やかです。Portraがやさしい水彩画だとすれば、Ektarは鮮烈な油絵といったところでしょうか。赤や青がぐっと深く、パキッとした発色をします。
風景写真で使うと、空の青さや紅葉の赤さが印象的に写ります。肌の色もPortraほどではないにせよ自然に出ますが、やや彩度が高いぶん、人を撮るよりも景色や建物を撮るほうが得意といえます。
Fujifilm Velvia 50
日本の富士フイルムが誇る伝説的なリバーサルフィルムです。
Velviaの最大の特徴は、とにかく色が濃いこと。彩度が非常に高く、コントラストも強い。目の前の風景を「現実よりもドラマチックに」描き出してくれます。夕焼けを撮れば空が燃えるように赤く、森を撮れば緑がぎっしりと深く詰まったような写真になります。
ISO 50という低感度ゆえに粒子は極めて細かく、シャープネスも抜群です。風景写真家に絶大な人気があります。ただし、リバーサルフィルムなのでラチチュードが狭く、露出は正確に合わせる必要があります。また、肌の色がやや不自然になりやすいので、人物撮影にはあまり向きません。
性格のちがいを楽しむ
こうして並べてみると、フィルムにはそれぞれ明確な「性格」があることがわかります。
- Portra → やわらかく、あたたかく、なめらか。人を撮るのが大好き
- Ektar → 鮮やかで、くっきり。風景をドラマチックに切り取る
- Velvia → 濃密で、力強く、息をのむほど鮮烈。風景を劇的に描く
これらはほんの一例です。ほかにも、モノクロフィルムの世界にはIlford HP5 PlusやKodak Tri-Xといった名フィルムがありますし、Cinestillのようにもともと映画用のフィルムをスチルカメラ向けに加工したユニークなフィルムもあります。それぞれが独自の色、コントラスト、粒状感を持っていて、まるでフィルム一本一本に人格があるかのようです。
デジタルカメラでは、撮影後にソフトウェアで色味を自由に調整できます。それはとても便利なことです。でもフィルムでは、シャッターを切る前に「どんな色で世界を写すか」を選ぶ。撮影の前に、自分の表現を決める。そこには、デジタルとはちがう種類のワクワクがあります。
お気に入りのフィルムを見つけるというのは、お気に入りの画材を見つけるのに似ています。自分の目に映る世界を、どんな色で、どんな質感で残したいか。その答えは人それぞれ。だからこそ、何十年も前に生まれたフィルムが、いまも世界中で愛され続けているのです。
まとめ
今回は、フィルムの「性格」を決めるさまざまな要素を見てきました。ポイントをふり返りましょう。
- フィルムの感度(ISO)は、フィルムが光にどれだけ敏感かを表す数値です。高感度ほど暗い場所に強いですが、粒子が大きくなりザラッとした写りになります。低感度ほど粒子が細かく、なめらかな描写になります。
- 感度の違いは、フィルム表面に塗られたハロゲン化銀の結晶(銀塩粒子)の大きさで決まります。大きな粒子は光をたくさんキャッチでき、小さな粒子はきめ細かい像をつくります。
- ラチチュードは、明暗の幅をどこまで許容できるかという「露出の懐の深さ」です。カラーネガフィルムはラチチュードが広く、リバーサルフィルムは狭いのが特徴です。
- フィルムのハイライトにはなだらかに白へ向かう性質(ハイライトロールオフ)があります。デジタルセンサーはある点でパキッとクリッピングする傾向があります。ダイナミックレンジの広さでは最新デジタルに軍配が上がることも多いですが、飛び際の自然さはフィルムならではの持ち味です。
- フィルムには銘柄ごとに明確な色の個性があります。やわらかくあたたかいPortra、鮮やかでくっきりしたEktar、濃密でドラマチックなVelviaなど、同じ被写体でもフィルムが違えば写真の印象はまったく変わります。
- フィルムを選ぶということは、撮影前に自分の表現を選ぶということです。その一本一本が持つ「性格」との出会いこそが、フィルム写真の大きな楽しみです。