気候変動の環境経済学

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本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書(AR6)は、地球温暖化に関する科学的知見を包括的に評価した文書である。本稿では、同報告書が示す気候変動の現状と将来予測を概観し、環境経済学の視点から分析する。

地球温暖化の現状

IPCC第6次評価報告書によれば、工業化以前(1850年から1900年)の基準期間と比較して、2011年から2020年の世界平均気温は1.09°C上昇した。報告書は、この変化の速度について「1970年以降、世界平均気温は、少なくとも過去2000年にわたって経験したことのない速度で上昇した」と述べている。

温暖化の原因について、報告書は「人間の影響が大気、海洋、陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断定している。根拠として、大気中の二酸化炭素(CO₂)濃度が少なくとも過去200万年のどの時点よりも高いこと、メタン(CH₄)と一酸化二窒素(N₂O)の濃度が少なくとも過去80万年間のどの時点よりも高いことが示されている。

将来予測とカーボンバジェット

報告書は、「向こう数十年の間に温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21世紀中に世界平均気温の上昇が工業化前と比べて1.5°Cおよび2°Cを超える」と予測している。最も排出量の多いシナリオであるSSP5-8.5では、2081年から2100年の気温上昇が4.4°Cに達する可能性がある。

SSPとは「共有社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways)」の略称で、将来の社会経済発展と温室効果ガス排出量の組み合わせを想定した複数のシナリオ群である。SSP5-8.5は化石燃料への依存が続く高排出シナリオにあたる。

不可逆性

特に重要な知見は、気候変動がもたらす変化の不可逆性である。報告書は、温室効果ガスの排出に起因する多くの変化が数百年から数千年にわたって不可逆的であると指摘している。海洋酸性化、永久凍土の融解、海面水位の上昇などは、仮に排出を完全に停止してもかつての状態には戻らない。

カーボンバジェットの残量

温暖化をいかなる水準であれ安定させるためには、人為的なCO₂排出量を正味ゼロ(排出量と吸収・除去量が釣り合う状態)にする必要がある。1.5°C目標を達成するための残余カーボンバジェット(2020年1月時点の推計)は以下の通りである。

  • 達成確率50%の場合: 500 GtCO₂
  • 達成確率67%の場合: 400 GtCO₂
  • 達成確率83%の場合: 300 GtCO₂

世界全体の年間CO₂排出量は約40 GtCO₂(化石燃料・産業起源および土地利用変化の合計)であるため、排出ペースが変わらなければ、67%の確率で1.5°Cに収めるためのバジェットは2020年時点から約10年で枯渇する計算になる。

環境経済学から見た気候変動

地球規模の外部性

気候変動は、環境経済学における外部性の問題が極端な規模で発現した事例として理解できる。通常の環境汚染では、汚染者が便益を享受し、被害者が費用を負担するという構図が地域的・短期的に生じる。気候変動の場合、この外部性が空間的には地球全体に、時間的には数百年から数千年に及ぶ点で、従来の環境問題とは質的に異なる。

カーボンバジェットと資源配分

カーボンバジェットという概念は、大気のCO₂吸収能力を枯渇可能な資源として捉える必要性を示している。しかし、石油や鉱物資源とは異なり、この「資源」には所有権が設定されていない。限られたカーボンバジェットを誰がどれだけ使用できるかという配分問題は、経済的な効率性だけでなく公平性の問題でもある。

先進国は歴史的に多くの温室効果ガスを排出してきた一方、途上国はこれから経済発展のために排出を必要とする局面にある。この配分を巡る対立は、同じ世代の中での公平性(世代内公平性)に関わる課題である。同時に、現在の世代が化石燃料の使用から得る便益に対し、その費用を主に将来世代が負担するという世代間の公平性の問題も存在する。

不可逆性と政策手段の限界

不可逆性は、環境経済学における従来のアプローチの限界を浮き彫りにする。通常の汚染であれば、汚染源を除去すれば環境は徐々に回復するため、汚染のコストと浄化のコストを比較して最適な汚染水準を導出できる。しかし、気候システムにおいては一度越えた閾値は元に戻らない。費用便益分析に基づく事後的な対応では取り返しがつかないため、予防原則に基づくより強い対応が求められる。

炭素税や排出権取引制度は重要な政策手段であるが、不可逆的な損害に対しては事後的な金銭補償が不可能であるという本質的な制約を伴う。

割引率の問題

気候変動の経済分析において特に議論が分かれるのが、将来の損害を現在価値に換算する際の割引率の設定である。

通常の経済分析で用いられる市場利子率に近い割引率(年4から5%程度)を適用すると、数十年先の損害は大幅に割り引かれ、数百年先の損害は事実上無視される。経済学者ウィリアム・ノードハウスはこのアプローチに基づき、気温上昇に伴う被害費用と排出削減費用の比較から、緩やかな排出削減が最適であるとの結論を導いた。

これに対し、経済学者ニコラス・スターンが2006年に公表したスターンレビューでは、ほぼゼロに近い純時間選好率を採用し、将来世代の福祉を現在世代とほぼ同等に評価した。この前提のもとでは、気候変動による将来の損害が現在価値でも極めて大きくなり、即座かつ大規模な排出削減が経済的にも合理的であるとの結論に至った。

この論争が示すのは、割引率の選択が単なる技術的パラメータの設定ではなく、将来世代に対してどの程度の責任を負うかという価値判断を内包しているということである。

おわりに

IPCC第6次評価報告書が示す科学的知見は、人間活動が地球規模の気候システムを不可逆的に変化させている事実を明確にしている。カーボンバジェットの配分における世代内・世代間の公平性、不可逆的な変化に対する予防原則の適用、そして割引率の設定を巡る効率性と公平性の緊張関係は、いずれも環境経済学の中核的な論点であり、気候変動という一つの問題にこれらが集約されている。

参考文献

  • IPCC(2021)Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change(政策決定者向け要約の日本語訳は環境省ウェブサイトで公開)
  • Stern, N.(2006)The Economics of Climate Change: The Stern Review, Cambridge University Press
  • Nordhaus, W.(2018)Climate Change: The Ultimate Challenge for Economics, Nobel Prize Lecture
  • 大沼あゆみ・柘植隆宏(2021)『環境経済学の第一歩』有斐閣ストゥディア

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