大学生は履修上限を超える意味がない

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視野を広げるために、もっとたくさん授業を取りたい。その意欲は理解できる。しかし、GPAの計算式を一度でも冷静に眺めたことがあるだろうか。そこには、履修を増やすことが構造的に不利な賭けであることが、数式としてはっきり書かれている。

GPAは平均だ

日本の多くの大学で採用されているGPAの計算式は、おおむね次の形をとる。

\[ \text{GPA} = \frac{(\text{成績係数} \times \text{単位数}) \text{の合計}}{\text{総履修登録単位数}} \]

成績係数の割り当ては大学によって異なる。もっとも一般的なのは、秀(S)= 4、優(A)= 3、良(B)= 2、可(C)= 1、不可(D)= 0とする方式だ。AA = 4.3を設ける大学もあるし、Sを設けずA = 4から始める大学もある。分母に不合格科目の単位数を含めるかどうか、再履修で成績を上書きできるかどうかにも差がある。

しかし、どの方式であっても根本の構造は変わらない。GPAは加重平均だ。加重平均には、ひとつの冷酷な性質がある。積み上がらない。新たに科目を追加しても、その成績が現在の平均と等しければ、GPAは1ミリも動かない。

上振れしない

数字で確認してみよう。

今学期20単位を履修して、すべての科目で成績係数3.0(優相当)を取ったとする。GPAは3.0だ。ここにさらに4単位を追加して、合計24単位にする。

追加の4単位でも3.0を取れた場合、 \((60 + 12) \div 24 = 3.0\) 。変わらない。追加の努力に対して、GPAは微動だにしない。

追加の4単位が2.0に留まった場合、 \((60 + 8) \div 24 \approx 2.83\)。0.17ポイントの下落。

追加の4単位で最高の4.0を取れた場合、 \((60 + 16) \div 24 \approx 3.17\) 。0.17ポイントの上昇。

上がり幅と下がり幅は、数学的には対称だ。しかし現実は対称ではない。

履修単位を増やせば、1科目あたりに割ける時間は減る。時間が減れば成績が下がりやすくなる。つまり、追加の科目で平均以上の成績を取る確率は低く、平均以下に沈む確率は高い。期待値で見れば、増やすほど損をする賭けだ。

しかも、ここで見落とされがちな点がある。仮に追加の科目で不合格(D = 0)を取ってしまった場合、 \((60 + 0) \div 24 = 2.5\) 。GPAは一気に0.5ポイント下落する。不合格のダメージは大きい。そして不合格の科目も分母に算入されるため、「落としてもプラマイゼロ」にはならない。マイナスだけが確実に残る。

CAP制は味方だ

多くの大学には、1学期に登録できる単位数の上限を定めるCAP制(キャップ制)がある。1998年の大学審議会答申『21世紀の大学像と今後の改革方策について』を受け、1999年の大学設置基準改訂で努力義務として導入された。

大学設置基準では、1単位あたり45時間の学修を想定している。授業時間に加え、予習・復習の時間を含めた数字だ。2単位の授業であれば90時間。1学期を15週とすると、1科目あたり週6時間の学修が前提になる。

文部科学省が示す目安は1学期18単位。これだけで週あたりの学修時間は54時間に達する。フルタイムの労働を超える計算だ。

CAP制は、学生の自由を制限するための規制ではない。1科目あたりの学修時間を確保し、学びの質を守るための仕組みだ。上限を超えて詰め込むということは、制度が前提としている予習・復習の時間を自ら手放す宣言にほかならない。

一部の大学では、前学期のGPAが一定基準を超えた学生に上限の緩和を認めるGPA連動型CAP制を導入している。成績優秀者への配慮だが、これは「超えてもよい」という許可であって「超えたほうがよい」という推奨ではない。実際、ある大学がこの制度を導入した際の効果分析では、履修登録単位数の減少とGPA値の有意な上昇が報告されている。少なく履修したほうが成績が上がるという、ある意味で自明な結果だ。

広く学ぶことと、大量に取ることは違う

「大学では幅広く学ぶべきだ」。この主張は正しい。しかし、幅広く学ぶこととは、大量に履修することではない。

20単位を丁寧に学ぶ学期と、28単位を表面的にこなす学期では、得られるものの質がまるで違う。科目数を増やせば視野が広がったように感じるかもしれないが、それぞれに割く時間が薄まれば、広がったのは視野ではなく表面積にすぎない。

学びをGPAという数字に圧縮すること自体の問題は、もう十分に語られている。GPAが学びの深さを映さない不完全な指標であるという批判は正当だ。しかし、その批判を「だからGPAを気にせず大量に履修しよう」という結論に接続するのは飛躍だ。指標が不完全であることと、その指標を自ら下げにいく行為が賢明であることは、まったく別の問題だ。

そして現実として、GPAは就職活動や大学院入試の選考材料として機能している。不完全だと知りつつ、社会はその数字を使い続けている。その構造の中で、わざわざ自分の数字を下げにいく合理性はない。

枠の外で学ぶ

履修上限があるからといって、学びの量に上限があるわけではない。

多くの大学では、正規の履修登録をせずに授業を聴講することが認められている。教員に事前に相談して許可を得れば、単位にはならないが授業に出席できる場合がある。聴講はGPAに影響しない。CAP制の枠にも算入されない。

正規の履修で成績を守りつつ、聴講で学びの幅を広げる。この使い分けができれば、GPAと好奇心の両方を損なわずに済む。

履修上限を超える方法を探すより、履修上限の外で学ぶ方法を探すほうが、はるかに建設的だ。できることと、すべきことは違う。

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