写真の物理学 ⑪ 被写界深度の厳密な導出

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写真の物理学シリーズ ⑪
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。

絞りを開ければボケが大きくなり、絞ればパンフォーカスに近づく。焦点距離が長いほど、被写体が近いほどボケやすい。本記事では、これらの経験則を幾何光学の原理から厳密に導出し、4変数がそれぞれどの程度被写界深度に効くのかを偏微分で定量化する。

許容錯乱円(Circle of Confusion)の定義

被写界深度を定義するには、まず「ピントが合っている」とはどういう状態かを定量的に定める必要がある。

薄肉レンズの結像公式により、ある距離 $d$ にある被写体は、レンズの後方のある一点に結像する。この合焦面から前後にずれた位置にある被写体は、センサー上で点ではなく円(ボケ円)として記録される。このボケ円の直径が十分に小さければ、人間の目には「点」と区別がつかない。この「点と区別がつかない最大のボケ円の直径」を許容錯乱円(Circle of Confusion, CoC)と呼び、$c$ で表す。

被写界深度とは、ボケ円の直径が $c$ 以下に収まる被写体距離の範囲のことである。

CoCの決定基準

CoCの値は物理定数ではない。「人間がどの条件で鑑賞するか」に依存する閾値である。決定には以下の連鎖的な条件が関わる。

1. 人間の視力の分解能

正常視力(1.0)の人間の眼の角度分解能はおよそ1分角($1/60°$)、すなわち約 $0.00029\,\mathrm{rad}$ である。

2. 鑑賞距離

鑑賞距離を $D_v$ とすると、鑑賞者が識別できる最小の長さは $D_v \times 0.00029$ である。標準的な鑑賞距離として25 cmを仮定すれば、識別限界は約 $0.073\,\mathrm{mm}$ となる。

3. 鑑賞サイズとセンサーサイズの関係

プリントや画面上で鑑賞する像は、センサー上の像を拡大したものである。拡大率を $M_v$ とすると、センサー上で許容されるボケ円の直径は

$$ c = \frac{D_v \times 0.00029}{M_v} $$

となる。

4. 慣例的な値

歴史的に、CoCはセンサー(フィルム)対角線長の $1/1500$ 程度として定められてきた。フルサイズセンサー(対角線約 $43.3\,\mathrm{mm}$)の場合、$c \approx 0.029 \,\mathrm{mm}$ であり、実用的にはおよそ $0.03\,\mathrm{mm}$ が広く使われる。APS-Cでは約 $0.02 \,\mathrm{mm}$、マイクロフォーサーズでは約 $0.015\,\mathrm{mm}$ となる。

センサーサイズが小さいほどCoCも小さくなるのは、同じ鑑賞サイズを得るために拡大率が大きくなるからであり、この幾何学はセンサーサイズと換算焦点距離の正体で導いたクロップファクターと同じ構造を持つ。被写界深度が「センサーサイズが大きいほど浅い」と言われる物理的根拠はここにあり、フォーマット間の定量比較はセンサーサイズとボケの統一的理解で展開する。


ボケ円径の幾何学的導出

ここからが本題である。合焦面から外れた被写体がセンサー上にどれだけの大きさのボケ円を作るかを、幾何光学で導出する。

設定

  • 焦点距離:$f$
  • 合焦被写体距離(レンズ前面から被写体まで):$d$
  • F値(絞り値):$N$
  • レンズの有効口径:$A = f / N$
  • 合焦時の像距離(レンズ後面からセンサーまで):$v$

薄肉レンズの結像公式は

$$ \frac{1}{f} = \frac{1}{d} + \frac{1}{v} $$

であり、像距離は

$$ v = \frac{fd}{d - f} $$

と求まる。

合焦面からずれた被写体のボケ円

被写体距離 $d$ に合焦しているとき、別の距離 $s$($s \neq d$)にある点光源を考える。この点光源の像は距離

$$ v_s = \frac{fs}{s - f} $$

の位置に結像するが、センサーは $v$ の位置にあるため、像は点ではなく円になる。

このボケ円の直径 $\delta$ は、レンズの有効口径 $A$ と、像のずれ量 $|v_s - v|$ から、相似の関係で求まる。

$s > d$(被写体が合焦面より遠い)の場合、$v_s < v$ となり、光束はセンサーに届く前に収束して再び広がる。$s < d$(合焦面より近い)の場合、$v_s > v$ となり、光束がまだ収束しきらないうちにセンサーに届く。いずれの場合も、ボケ円の直径は

$$ \delta = A \cdot \frac{|v_s - v|}{v_s} $$

と表される。ここで $v_s$ で割るのは、ボケ円がレンズの射出瞳をセンサー面に射影した相似形であるためである。

$v$ と $v_s$ を代入して整理すると

$$ \delta = \frac{f^2 |s - d|}{N s (d - f)} $$

を得る。これが任意の被写体距離 $s$ におけるボケ円径の一般式である。この式を出発点として、ボケ円の光量分布やPSFへの拡張はボケの円を関数で記述するで扱う。


前方被写界深度と後方被写界深度の厳密式

被写界深度の限界は $\delta = c$(許容錯乱円)と置くことで得られる。

近点(前方限界) $D_N$

$s < d$ の場合に $\delta = c$ を解く。

$$ \frac{f^2 (d - s)}{N s (d - f)} = c $$

$s$ について解くと

$$ D_N = \frac{f^2 d}{f^2 + cN(d - f)} $$

これが合焦面の前方(レンズ側)の被写界深度限界である。

遠点(後方限界) $D_F$

$s > d$ の場合に $\delta = c$ を解く。

$$ \frac{f^2 (s - d)}{N s (d - f)} = c $$

$s$ について解くと

$$ D_F = \frac{f^2 d}{f^2 - cN(d - f)} $$

これが合焦面の後方(遠方側)の被写界深度限界である。$f^2 - cN(d-f) \leq 0$ のとき $D_F = \infty$ となり、合焦面の後方は無限遠までピントが合う。

前方被写界深度と後方被写界深度

$$ \Delta_f = d - D_N = \frac{d \cdot cN(d - f)}{f^2 + cN(d - f)} $$

$$ \Delta_r = D_F - d = \frac{d \cdot cN(d - f)}{f^2 - cN(d - f)} $$

全被写界深度は

$$ \mathrm{DOF} = D_F - D_N = \Delta_f + \Delta_r $$

である。


前方と後方の非対称性

被写界深度が前方より後方に深いことは経験的に知られている。これを厳密に示す。

$\Delta_r$ と $\Delta_f$ の比を取ると

$$ \frac{\Delta_r}{\Delta_f} = \frac{f^2 + cN(d - f)}{f^2 - cN(d - f)} $$

$d > f$ かつ $c, N > 0$ であるから、$cN(d - f) > 0$ である。したがって分子は分母より常に大きく

$$ \frac{\Delta_r}{\Delta_f} > 1 $$

が成り立つ。すなわち後方被写界深度は前方被写界深度より常に深い

この比は $cN(d-f)$ が $f^2$ に比べて小さいとき(すなわち望遠レンズ・開放絞り・近距離)には $1$ に近づき、前後はほぼ対称になる。逆に $cN(d-f)$ が $f^2$ に近づくとき(すなわち広角レンズ・小絞り・遠距離)には比が急激に大きくなり、後方が支配的になる。極限として $f^2 = cN(d-f)$ のとき $D_F = \infty$ となり、後方被写界深度は無限大に発散する。


近似式と厳密式の誤差評価

多くの教科書やWebサイトでは、$d \gg f$ の近似のもとで被写界深度を

$$ \mathrm{DOF} \approx \frac{2cNd^2}{f^2} $$

と記述する。この近似がどこから来るのか、そしてどこで破綻するのかを確認する。

近似の導出

$d \gg f$ のとき $d - f \approx d$ と置ける。これを厳密式に代入すると

$$ D_N \approx \frac{f^2 d}{f^2 + cNd}, \quad D_F \approx \frac{f^2 d}{f^2 - cNd} $$

さらに $cNd \ll f^2$(被写界深度が有限の領域)ならば

$$ \Delta_f \approx \frac{cNd^2}{f^2}, \quad \Delta_r \approx \frac{cNd^2}{f^2} $$

と近似でき、全被写界深度は

$$ \mathrm{DOF} \approx \frac{2cNd^2}{f^2} $$

となる。

近似の妥当性

この近似には2つの仮定が含まれている。

仮定1:$d \gg f$

通常の撮影では $d$ は数メートル、$f$ は数十ミリメートルであるから、$d/f$ は100倍以上の場合が多く、この仮定はほぼ常に成り立つ。ただしマクロ領域の光学で扱うマクロ撮影($d$ が $f$ の数倍程度)では破綻する。例えば $f = 100\,\mathrm{mm}$ のマクロレンズで撮影距離 $d = 300\,\mathrm{mm}$(倍率 $m = f/(d - f) = 0.5$)の場合、$d - f = 200\,\mathrm{mm}$ と $d = 300\,\mathrm{mm}$ には33%の差がある。

仮定2:$cNd \ll f^2$

この仮定は「被写界深度が有限に収まっている」ことの言い換えである。$cNd$ が $f^2$ に近づくと $D_F \to \infty$ となり、近似式は発散の振る舞いを記述できない。すなわち過焦点距離付近では近似式の信頼性が低下する。


過焦点距離の導出と意味

過焦点距離(Hyperfocal Distance)$H$ は、「その距離に合焦したとき、後方被写界深度が無限遠に達する最短の被写体距離」と定義される。

$D_F = \infty$ の条件は

$$ f^2 - cN(d - f) = 0 $$

であるから

$$ d = \frac{f^2}{cN} + f $$

これが過焦点距離の厳密式である。$f \ll f^2/(cN)$ であるから、通常は

$$ H \approx \frac{f^2}{cN} $$

と近似される。

過焦点距離に合焦したときの被写界深度

$d = H$ のとき、近点は

$$ D_N = \frac{f^2 H}{f^2 + cN(H - f)} = \frac{H}{2} $$

となる。この結果は、厳密な $H = f^2/(cN) + f$ を代入すると $cN(H - f) = f^2$ が恒等的に成り立つため、近似なしで厳密に成立する。すなわち過焦点距離に合焦すると、$H/2$ から無限遠までピントが合う。

具体例

フルサイズ($c = 0.03\,\mathrm{mm}$)、$f = 35\,\mathrm{mm}$、$N = 8$ の場合

$$ H \approx \frac{35^2}{0.03 \times 8} = \frac{1225}{0.24} \approx 5.1\,\mathrm{m} $$

約5.1 mに合焦すれば、約2.5 mから無限遠までピントが合う。

同条件で $f = 50\,\mathrm{mm}$ に変えると

$$ H \approx \frac{50^2}{0.03 \times 8} = \frac{2500}{0.24} \approx 10.4\,\mathrm{m} $$

焦点距離が1.43倍になっただけで、過焦点距離は約2倍になる。これは $H$ が $f$ の2乗に比例することの直接的な帰結であり、物撮りは遠くからで述べたように、焦点距離が被写界深度に対して非常に強い影響力を持つことの定量的な裏付けでもある。


4変数の偏微分による感度分析

被写界深度は $f$、$N$、$d$、$c$ の4つの変数に依存する。どの変数がどの程度影響するかを定量化するために、近似式

$$ \mathrm{DOF} \approx \frac{2cNd^2}{f^2} $$

の各変数に対する弾性率(対数微分)を求める。弾性率とは「変数が1%変化したとき、被写界深度が何%変化するか」を表す指標である。

焦点距離 $f$ に対する弾性率

$$ \frac{\partial \ln \mathrm{DOF}}{\partial \ln f} = -2 $$

焦点距離が1%長くなると、被写界深度は約2%浅くなる。負の符号は、焦点距離の増加が被写界深度の減少に対応することを意味する。2乗の依存性があるため、被写界深度に対して最も強い影響力を持つ変数のひとつである。

被写体距離 $d$ に対する弾性率

$$ \frac{\partial \ln \mathrm{DOF}}{\partial \ln d} = 2 $$

被写体距離が1%遠くなると、被写界深度は約2%深くなる。焦点距離と同じ2乗依存性だが、方向が逆である。被写体に近づくとボケが急激に増すのはこの2乗依存のためであり、この効果は同じ被写体サイズでのボケ比較で実践的な条件のもとに検証する。

F値 $N$ に対する弾性率

$$ \frac{\partial \ln \mathrm{DOF}}{\partial \ln N} = 1 $$

F値が1%大きくなる(1%絞る)と、被写界深度は約1%深くなる。線形依存であり、$f$ や $d$ に比べると影響は穏やかである。

許容錯乱円 $c$ に対する弾性率

$$ \frac{\partial \ln \mathrm{DOF}}{\partial \ln c} = 1 $$

$c$ もF値と同様に線形依存である。センサーサイズを変えること(=$c$ を変えること)の被写界深度への影響は、焦点距離を変えることの半分の強さしかない。

まとめ

弾性率の絶対値の順に並べると

$$ |f| = |d| = 2 > |N| = |c| = 1 $$

である。焦点距離と被写体距離が被写界深度を支配する2大変数であり、絞りとセンサーサイズはそれに次ぐ。「ボケを作りたければまず焦点距離を長くするか被写体に近づけ」という実践知は、この感度分析によって裏付けられる。


「F8まで絞ればパンフォーカス」の物理的根拠と限界

風景写真やストリートスナップの文脈で「F8まで絞れば大体パンフォーカスになる」という経験則がある。これを物理的に検証する。

根拠

フルサイズ、$f = 35\,\mathrm{mm}$、$N = 8$ の場合、過焦点距離は先に求めたように約 $5.1\,\mathrm{m}$ である。5 m先に合焦すれば約2.5 mから無限遠までピントが合う。ストリートスナップや風景では被写体が数メートル以遠にあることが多いため、F8で十分なパンフォーカスが得られるケースが多い。

35 mmレンズは初めてのレンズに迷ったらでも扱ったように、スナップに適した画角を持つ。この画角とF8の組み合わせは、過焦点距離を実用的な距離に収めるための合理的なペアリングである。

限界1:焦点距離が長い場合

$f = 50\,\mathrm{mm}$、$N = 8$ では $H \approx 10.4\,\mathrm{m}$ となり、5 m前後の被写体にはパンフォーカスが成り立たない。$f = 85\,\mathrm{mm}$ では $H \approx 30\,\mathrm{m}$ にもなる。「F8でパンフォーカス」は広角から標準域に限定された経験則であることがわかる。

限界2:回折の影響

絞りを小さくすればするほど被写界深度は深くなるが、同時に回折による解像度の低下が発生する。回折限界はエアリーディスクの直径

$$ d_{\mathrm{Airy}} = 2.44 \lambda N $$

で与えられる。可視光の中心波長 $\lambda \approx 550\,\mathrm{nm}$ とすると、$N = 8$ のとき

$d_{\mathrm{Airy}} = 2.44 \times 0.00055 \times 8 \approx 0.0107\,\mathrm{mm} = 10.7\,\mathrm{\mu m}$

現代のフルサイズセンサー(例えば6100万画素クラス)のピクセルピッチは約 $3.7\,\mathrm{\mu m}$ であり、エアリーディスクは約3ピクセル分に相当する。一方、2400万画素クラスのセンサーではピクセルピッチが約 $5.9\,\mathrm{\mu m}$ であり、影響は比較的穏やかである。

つまり高画素機においてはF8ですでに回折がピクセルレベルの解像に影響を及ぼし始める。F11やF16ではこの影響がさらに顕著になり、被写界深度は深くなるが像全体のシャープネスは低下するというトレードオフが生じる。幾何光学的な被写界深度の理論はこの波動光学的限界を含んでいないため、「絞れば絞るほどシャープになる」という単純な結論にはならない点に注意が必要である。

限界3:CoCの前提

F8パンフォーカスの計算は $c = 0.03\,\mathrm{mm}$ という慣例的なCoCに基づいている。これは「対角線の $1/1500$」、「25 cm離れてA4サイズで鑑賞」という前提から導かれた値である。大判プリントや高解像度ディスプレイでの等倍鑑賞では、より厳しい $c$ が必要になり、過焦点距離は長くなる。


まとめ

本記事で導出した主要な結果を整理する。

ボケ円径の一般式

$$ \delta = \frac{f^2 |s - d|}{N s (d - f)} $$

被写界深度の厳密式

$$ D_N = \frac{f^2 d}{f^2 + cN(d - f)}, \quad D_F = \frac{f^2 d}{f^2 - cN(d - f)} $$

過焦点距離

$$ H = \frac{f^2}{cN} + f \approx \frac{f^2}{cN} $$

近似式($d \gg f$ かつ $cNd \ll f^2$

$$ \mathrm{DOF} \approx \frac{2cNd^2}{f^2} $$

感度の序列

$$ |f| = |d| = 2 > |N| = |c| = 1 $$

被写界深度は「ボケの境界をどこに引くか」という人間側の基準(CoC)と、結像の幾何学が組み合わさって決まる量である。厳密式は複雑に見えるが、その構造は薄肉レンズの結像公式と相似の関係だけから導かれる。近似式は実用上十分な精度を持つ一方、マクロ撮影や過焦点距離付近ではその限界を認識する必要がある。

被写界深度を自在にコントロールするために最も効果的なのは、焦点距離と被写体距離の調整である。絞りは確かに効くが、その影響力は焦点距離や被写体距離の半分に過ぎない。レンズは一本でいいで述べたように、レンズ選択(焦点距離の選択)は画角パースペクティブだけでなく、被写界深度の制御においても撮影の根幹を決定する。本記事の感度分析を含む全パラメータの統合は、シリーズ最終回すべてを統合するで完結する。

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