物撮りは遠くから
物撮りがうまくいかない原因は、たいていシンプルだ。近すぎる。
被写体に寄れば寄るほど、手前と奥の距離差が相対的に大きくなる。結果、手前が膨らみ、奥がすぼまる。円筒形のボトルが台形に見え、箱の前面だけが不自然に大きくなる。これは「広角レンズの歪み」と呼ばれがちだが、正確ではない。歪みの原因はレンズではなく、距離だ。
パースペクティブは距離で決まる
よくある誤解がある。「望遠レンズを使えば歪みが減る」。結論だけ見れば間違っていない。しかし理屈が違う。
パースペクティブ、つまり遠近感の見え方を決定するのは、カメラと被写体の距離だけだ。焦点距離は画角を変えるが、パースペクティブそのものには関与しない。同じ距離から撮れば、35mmで撮ってもトリミングしても、85mmで撮っても、パースペクティブは同じになる。
望遠レンズで「歪みが減る」のは、同じ大きさに被写体を写そうとすると、焦点距離が長いぶん後ろに下がらざるを得ないからだ。離れるから歪まない。レンズが歪みを消しているのではなく、距離が歪みを消している。
物撮りでマクロレンズの90mmや105mmがよく使われるのも、これが理由だ。マクロレンズは近接撮影能力が売りだが、物撮りにおける真価は焦点距離の長さにある。同じフレーミングを得るために、自然と被写体から離れることになる。その距離が、形を正確に写す条件を整えてくれる。
圧縮効果という整理術
距離をとることの恩恵は、被写体の形だけにとどまらない。背景が変わる。
望遠寄りのレンズで離れて撮ると、背景の要素同士が圧縮されて見える。いわゆる圧縮効果だ。これもレンズの光学的な作用ではなく、被写体との距離に起因する。カメラが遠くにあるほど、被写体と背景の距離差が相対的に小さくなり、背景が近く、大きく写る。
物撮りにおいて、これは背景の整理を意味する。近くから広角で撮ると、背景が広く写り込み、余計なものが目に入る。離れて望遠で撮れば、背景に写る範囲が狭まり、画面がすっきりする。Eコマースの商品写真で70mmから100mm相当の焦点距離が定番とされるのは、被写体の形を正確に捉えつつ、背景を最小限に抑えられるからだ。
スマホの物撮りが「スマホっぽい」理由
スマートフォンのメインカメラは、35mm換算でおよそ24mmから26mm相当の広角レンズだ。小さな被写体を画面いっぱいに写そうとすれば、必然的に近づくことになる。
近づけば、パースペクティブが強調される。手前が大きく、奥が小さく写る。商品の形が微妙に歪み、奥行きが実物より誇張される。加えて、広い画角のせいで背景が広く写り込み、生活感のある雑多な要素が画面に入ってくる。
「スマホで撮るとどうしてもスマホっぽくなる」という感覚の正体は、このパースペクティブの強調と背景の散漫さだ。センサーサイズや画像処理の差ももちろんあるが、見た目の印象を最も左右しているのは距離と画角の関係だろう。
もしスマートフォンで物撮りをするなら、2倍や3倍のズームに切り替えて、被写体から離れて撮るだけで印象は大きく変わる。近づくのではなく、離れる。原理は一眼カメラと同じだ。
離れることの制約
「離れて撮ればいい」。原理はそれだけだが、現実にはいくつかの壁がある。
まず物理的な空間。85mmで小さな被写体を適切なサイズに収めるには、1メートル以上の撮影距離が必要になることもある。自宅の机の上で撮るには、部屋の奥行きが足りないことがある。レンズは一本でいいで書いたように、単焦点レンズは画角の制約を足で補うことを要求するが、物撮りではその「足で補う」先に壁があるかもしれない。
次に手ブレ。距離が離れるほど、わずかなブレが画面上で大きく影響する。三脚の使用がほぼ前提になる。手持ちで気軽に、というわけにはいかない。
そして被写界深度。焦点距離が長くなり、被写体に一定の大きさを確保しようとすると、被写界深度が浅くなる。商品全体にピントを合わせるには絞り込む必要があり、絞れば光量が減る。照明の工夫か、ISO感度の妥協か、あるいはフォーカスブラケットか。離れることで解決する問題がある一方で、離れることで新たに生じる問題もある。
まとめ
物撮りで形が歪むのは、レンズのせいではない。距離のせいだ。
望遠レンズが物撮りに向いているのは、レンズが何かを補正しているからではなく、同じフレーミングを得るために撮影者を後ろに下がらせるからだ。距離がパースペクティブを穏やかにし、圧縮効果が背景を整理する。原理はこれだけだ。
物撮りに高価な機材は必ずしも要らない。必要なのは、被写体から十分に離れること。そしてそのための空間と、ブレを抑える三脚と、少しの忍耐だ。