プログラムオートで撮るということ

写真を趣味にしていると、いつか必ず撮影モードの話に出くわす。「マニュアルモードを使えるようになって一人前」、「とりあえず絞り優先で」、「Pモードなんてフルオートと同じでしょ」。こうした声はインターネット上にもカメラ愛好家のコミュニティにも根強く存在する。

自分自身、長いあいだ何も考えずに絞り優先を常用してきた。絞りを自分で選ぶという行為に、写真をコントロールしている実感があったのだと思う。けれどあるとき、ふとPモードで撮ってみたら、思いのほか快適だった。それをきっかけに、各モードの仕組みを改めて考えてみることにした。

考えていくうちに、漠然と信じていたモード間の優劣が、思っていたほど自明ではないことに気づいた。以下はその整理の記録だ。何かを強く主張したいというよりは、自分が考えた道筋をそのまま書き留めておきたくて書いている。

露出の三要素と自由度

写真の明るさ、つまり露出は、シャッタースピード、絞り(F値)、ISO感度という三つの要素で決まる。

ここで一つ、見落とされがちだけれど重要な事実がある。「適正露出」という目標を一つ定めると、三つの変数のあいだに一つの拘束条件が生まれる。その結果、自由に選べるパラメータは実質的に二つだけになる。二つを決めれば、三つ目は露出を合わせるために従属的に定まる。

この「自由度は2」という性質を頭の片隅に置いておくと、各モードの位置づけが少し違って見えてくる。

各モードが引き受けていること

P、S、A、Mの各モードの違いは、三要素のうち何を撮影者が決め、何をカメラに委ねるかという配分に尽きる。

Mモードでは三要素をすべて撮影者が指定する。ただし、適正露出を得たいのであれば、前述の通り創造的な判断は実質二つまでだ。三つ目の変数は露出を合わせるための調整作業になる。

Aモード(絞り優先)では撮影者が絞りを指定し、シャッタースピードをカメラが選ぶ。Sモード(シャッタースピード優先)はその逆で、撮影者がシャッタースピードを指定し、絞りをカメラが選ぶ。いずれの場合もISO感度は手動で固定するか、オートに任せるかを選べる。

Pモード(プログラムオート)では、カメラがシャッタースピードと絞りの両方を自動で選ぶ。ただし撮影者はプログラムシフトでそのバランスを自由に調整できる。ISO感度は同様に手動かオートかを選択可能だ。

こう並べてみると、モード間の差は自動化の範囲のグラデーションであって、どこかに質的な断絶があるわけではないことがわかる。

マニュアル + ISOオートという構成について

ここで少し立ち止まって考えたいのが、Mモード + ISOオートという、多くの人が使っている組み合わせのことだ。

この構成では、撮影者がシャッタースピードと絞りを指定し、ISO感度だけカメラが自動調整する。名前に「マニュアル」とあるので完全に手動で撮っているような印象を受けるけれど、構造を整理してみると面白いことに気づく。

  • Aモード + ISOオート:絞りを撮影者が固定し、カメラがSSとISOで露出を合わせる
  • Sモード + ISOオート:SSを撮影者が固定し、カメラが絞りとISOで露出を合わせる
  • Mモード + ISOオート:SSと絞りを撮影者が固定し、カメラがISOで露出を合わせる

どれも「撮影者がいくつかの変数を決め、残りをカメラが調整して露出の帳尻を合わせる」という同じパターンだ。Mモード + ISOオートは、構造としては半自動露出モードの一種だといえる。

これは良い悪いの話ではない。ただ、自分が思っている以上にカメラの自動制御に助けられているのだとすれば、それは否定するようなことではなくて、むしろカメラの設計のありがたさを感じる話だと思う。

露出を固定したいとき

Mモードの利点として「露出を完全に固定できる」ことがよく挙げられる。確かにその通りだ。同じ照明条件で何枚も撮るとき、カットごとに明るさが揺れないのは心強い。

けれど、この機能はMモード固有のものではない。現行のデジタルカメラにはメーカーを問わずAEロック(自動露出固定)機能が搭載されている。P、A、Sのどのモードでも、AEロックボタンを押せばそのときの測光値が保持され、構図を変えても露出が動かない。

また、露出を意図的に明るくしたり暗くしたりしたい場面、いわゆるハイキーやローキーの表現では露出補正が使える。露出補正はP/A/Sモードではもちろん、Mモード + ISOオートの構成でも機能する(この場合、補正量に応じてISOの目標値がシフトする)。つまり露出補正は特定のモードに紐づいた機能ではなく、すべてのモードを横断して使える道具だ。

「絞りもシャッタースピードも両方指定したい」という声

ここで想定される反論がある。「Aモードでは絞りしか指定できない。Sモードではシャッタースピードしか指定できない。両方を同時にコントロールしたいからMモードを使うのだ」というものだ。

この要求には、現行カメラの多くが備えているAuto ISOの低速限界設定(メーカーによって名称は異なる)が対応する。

たとえばAモードでこの設定を使えば、絞りは撮影者が直接指定しつつ、シャッタースピードが指定した下限を割らないようにカメラが制御してくれる。結果として、絞りとシャッタースピードの下限の両方を撮影者が指定していることになり、Mモード + ISOオートと実質的に同等の制御が得られる。しかもISOの調整はカメラが行うため、操作ステップは少ない。

この設定はP/A/Sモードのいずれでも利用可能であり、Mモードの専売特許ではない。

プログラムシフトという道具

Pモードの特徴であるプログラムシフトについて、もう少し見てみたい。

プログラムシフトは、適正露出を維持したまま、シャッタースピードと絞りの組み合わせをスライドさせる機能だ。ダイヤルを回すだけで操作できる。

  • 高速シャッター側へシフトすると絞りが開く方向へ。動きのある被写体やボケを活かした撮影に向く。
  • 低速シャッター側へシフトすると絞りが絞られる方向へ。被写界深度を稼いだり、回折を避けつつ画質を重視する撮影に向く。

操作の精度はMモードやA/Sモードと同じく1/3段刻みだ。プログラムシフトだから粗い、ということはない。

ここで一つの問いが浮かぶ。1/3段の差は、最終的な写真のなかで知覚できるのだろうか。f/2.8とf/3.2の被写界深度の違い。1/250秒と1/320秒のモーションブラーの違い。多くの撮影条件において、この差を見分けることはかなり難しい。

精密に制御できることと、精密に制御する必要があることは別の話だ。そして仮に精密な制御が求められる場面であっても、プログラムシフトは同じ精度で応えることができる。どちらに転んでも、Mモードにしかできないという話にはならない。

焦点距離に応じたプログラムライン

Pモードにはもう一つ、他のモードでは再現しにくい特性がある。ズームレンズの焦点距離に応じて、カメラが選ぶシャッタースピードと絞りの組み合わせパターン、いわゆるプログラムラインが動的に変化するという点だ。

望遠側では手ブレや被写体ブレの影響が大きくなるため、カメラは自動的にシャッタースピードを速めに設定する。広角側ではブレに対する余裕があるため、シャッタースピードをやや遅くしてでもISO感度を低く抑える方向に動く。写真の世界でよく語られる「焦点距離分の1秒」というガイドラインを、カメラが自動的に反映しているわけだ。

MモードやSモードでは、シャッタースピードを撮影者が固定するため、焦点距離を変えるたびに自分で設定を見直す必要がある。Aモードでも、Auto ISOの低速限界設定を「オート」にすれば焦点距離に応じた最低シャッタースピードは確保できるが、それはISO感度が引き上がることで実現されるのであって、シャッタースピードと絞りの両面から最適化するPモードのプログラムラインとは性質が異なる。

地味な機能だけれど、ズームレンズを使うとき、焦点距離を変えるたびに設定を見直す手間がなくなるのは、実際に使うと思いのほか快適だ。

ただ撮る、ということ

ここまで技術的なことを書いてきたけれど、正直なところ、Pモードの一番の魅力は理屈の外にある気がしている。

電源を入れて、構図を決めて、シャッターを切る。それだけで、ほとんどの場合、破綻のない写真が撮れる。

Aモードでは絞りを選ぶ判断がいる。Sモードではシャッタースピードの見当をつける必要がある。Mモードでは三要素すべてを自分で決めなければならない。どのモードであっても「撮る前に考える」というステップが入る。

Pモードにはそれがほとんどない。散歩中にふと目にとまった光景。旅先での何気ない一枚。設定に迷っている間に過ぎてしまうような瞬間を、気負わずに撮れる。カメラを持ち出す心理的なハードルも下がる。

そして、ここまでの節で見てきた通り、Pモードの「自動」は雑な処理ではない。焦点距離に応じたプログラムラインの最適化があり、プログラムシフトによる微調整があり、露出補正による意図的な逸脱もある。介入したくなれば、いつでも介入できる。けれど、介入しなくても破綻しない。

この「何もしなくてもまともに撮れるけれど、手を入れたいときにはいつでも入れられる」という安心感は、実際に使ってみると想像以上に大きい。

Pモードの限界

公平のために、Pモードが苦手な場面にも触れておきたい。

ISOオートとプログラムシフトの併用

一部の機種では、ISOオートを有効にするとプログラムシフトが無効化される。シャッタースピードと絞りとISO感度のすべてが可変になると、シフト操作で何をどう動かすのかが一意に決まらないためだと考えられる。これはPモードの仕組み自体の理論的な欠陥ではなく、カメラのファームウェア実装に由来する制約だが、実際の運用では意識しておきたい点だ。機種やメーカーによって挙動が異なるため、自分の機材で試してみるのが確実だろう。

ストロボを使ったスタジオ撮影

環境光を完全に排除し、ストロボの発光量、絞り、ISO感度をすべて固定して撮影するような場面では、カメラの自動測光がそもそも成立しない。こうした環境ではMモードで三要素を直接指定するのが唯一の合理的な選択だ。

ただし、これはPモードの弱点というより、自動測光に依存するモード全般に共通する話だ。「測光が利かない環境では自動露出が成り立たない」という、当然の帰結に過ぎない。

おわりに

ここまで書いてきたことを振り返ると、各モードの技術的な違いは、自動化の範囲と操作のUIが異なるだけで、得られる写真の質とは直接的な関係がない、ということに行き着く。

Mモードの代名詞ともいえる露出固定はAEロックで代替できる。直接制御の精度はプログラムシフトが同等に備えている。M + ISOオートは構造的にはA/S/Pモードと同じ半自動露出だ。一方で、Pモードのプログラムラインによる焦点距離連動の最適化は、他のモードでは完全には再現できない。

この記事の言いたいことは「Mモードは不要だ」ということではない。モード選択は技術的な到達点の証明ではなく、ワークフローの好みの問題だ、ということだ。Pモードで撮ることにも、Mモードで撮ることにも、それぞれの文脈でちゃんとした理由がある。

自分にとって心地よい撮り方で、目の前の瞬間にシャッターを切る。どのモードであれ、撮影者が表現の意図を持ってカメラを構えている限り、それは写真を撮るという行為そのものだ。モードの名前が何であるかは、写真には写らない。

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