留学の準備は一年生から

留学は「行きたい」と思った瞬間に行けるものではない。

交換留学の応募締切は出発の半年から一年前に設定されている。語学試験のスコアは一朝一夕では伸びない。奨学金の申請にも書類の準備と審査の時間がかかる。三年生になって「留学したい」と動き出した学生が間に合わないのは、怠けたからではない。構造的に間に合わないようにできているのだ。

この記事では、大学一年生の時点から何をどの順番で準備すれば交換留学に手が届くのかを、タイムラインに沿って整理する。筆者自身、大学在学中に一年間の留学を経験した。その経験を踏まえて、準備段階でやっておくべきだったことも含めて書く。

逆算のタイムライン

三年生の前期に出発する交換留学を想定して、逆算してみる。

JASSOの海外留学情報サイトによれば、高等教育機関への留学は約一年半前から準備を始めることが推奨されている。出願締切が入学の一年前に設定されている大学や奨学金もある。

つまり、三年前期に出発するなら、一年生の後期には準備を始めている必要がある。

具体的なタイムラインはこうなる。

一年生前期(入学直後)

  • 大学の留学プログラムの概要を把握する
  • 国際交流課(留学支援の窓口)の場所と連絡先を確認する
  • 先輩の留学体験談や報告書があれば読む
  • 語学の現状を把握する(語学試験の模擬テストを受けてみる)

一年生後期

  • 語学試験の対策を本格的に始める
  • 留学先の候補を絞り始める
  • 成績を意識した履修計画を立てる(GPAが選考基準になる場合がある)
  • 奨学金の種類と申請スケジュールを調べる

二年生前期

  • 語学試験を受験する(スコアが足りなければ再受験の余地を残す)
  • 留学先を決定する
  • 学内の交換留学選考に出願する
  • 奨学金に申請する

二年生後期

  • 渡航準備(ビザ、住居、保険、持ち物)
  • 留学先の授業についていくための専門分野の基礎固め
  • 単位互換の確認と計画

このスケジュールを見ればわかる通り、二年生の前期にはすでに出願している。出願に必要な書類(語学スコア、成績証明書、志望理由書)は、その時点で揃っていなければならない。一年生のうちに動き始めなければ、物理的に間に合わない。

語学要件という壁

交換留学で最も多くの学生がつまずくのが語学要件だ。

英語圏への留学の場合、一般的にはTOEFL iBT 61点以上、またはIELTS 5.5以上が出発点とされている。ただし、これは最低ラインだ。人気のある協定校ではTOEFL iBT 80から100点、IELTS 6.5から7.0が求められることも珍しくない。

TOEFL iBTやIELTSのスコアは、受験してから手元に届くまで数週間かかる。さらに、スコアの有効期限は通常2年間だ。早めに受験しても問題はないが、出願時に有効期限が切れていると使えない。受験のタイミングも計算に入れる必要がある。

英語圏以外への留学でも、語学要件はある。中国語圏ならHSK、韓国語圏ならTOPIKなどが求められる場合がある。いずれにせよ、語学試験の準備には最低でも半年、現実的には一年以上かかると見ておいたほうがいい。

一年生の早い段階で一度受験しておくことを強く勧める。現在地がわからなければ、どこまで走ればいいかもわからない。最初のスコアが低くても構わない。それは出発点であって、到達点ではない。

成績は見られている

交換留学の学内選考では、GPAが選考基準に含まれることが多い。

「留学のためにGPAを上げる」というのは、実は本末転倒な発想だ。GPAは日頃の学びの結果として積み上がるものであり、留学のために急に上げようとしても間に合わない。一年生の前期から、ひとつひとつの科目に真剣に取り組んでおくことが、結果的に留学の選択肢を広げる。

ここで自分の成績を偏差値で分析する方法が役に立つ。科目ごとの偏差値を計算すれば、自分が相対的にどの分野で強いかが見えてくる。得意な領域を把握しておけば、留学先での履修計画にも活かせる。

奨学金のスケジュール

留学にはお金がかかる。交換留学であっても、渡航費、現地の生活費、保険料など、相当な出費がある。

JASSOの海外留学支援制度(協定派遣型)は、月額6万円から16万円の給付型奨学金を提供している。返済不要だ。ただし、申請は大学を通じて行うため、大学側の締切に間に合わせる必要がある。大学の国際交流課で募集時期を確認しておくべきだ。

トビタテ!留学JAPANも、文部科学省が推進する給付型の奨学金制度だ。こちらは留学計画の独自性が重視される。計画書の作成には時間がかかるので、早めの着手が必要だ。

大学独自の奨学金や、民間の奨学金もある。複数の奨学金を併願できる場合もあるので、選択肢を広く調べておくことが重要だ。

奨学金の申請書類には、志望理由書や留学計画書が含まれることが多い。これらを書くためには、なぜ留学したいのか、何を学びたいのか、帰国後にどう活かすのかを自分の中で整理しておく必要がある。一年生の時点で完璧な答えを持っている必要はないが、考え始めておくことに意味がある。

交換留学と私費留学

大学からの留学には、大きく分けて交換留学と私費留学がある。

交換留学は、自分の大学と協定を結んでいる海外の大学に一定期間在籍する制度だ。多くの場合、留学先の授業料は免除される(自分の大学の授業料は支払う)。学内選考を通過する必要があり、語学要件やGPAの基準がある。留学先は協定校に限られる。

私費留学は、自分で留学先を選び、費用もすべて自分で負担する形態だ。自由度は高いが、費用は桁違いに大きくなる。欧米の大学の場合、授業料だけで年間数百万円に達することもある。

費用面の現実を見れば、交換留学のほうが圧倒的にアクセスしやすい。だからこそ、学内選考に通るための準備を早い段階から始めることが重要になる。

語学力だけでは足りない

留学先での授業についていくために必要なのは、語学力だけではない。

専門分野の基礎知識がなければ、たとえ言葉が通じても講義の内容は理解できない。語学力は入口の条件にすぎず、実際の学びは専門的な内容で勝負することになる。

一年生のうちから専門科目の基礎をしっかり積み上げておくことは、留学の準備としても極めて有効だ。留学先で取りたい授業のシラバスを事前に確認し、前提知識として何が必要かを逆算しておくと、国内での履修計画が明確になる。

単位を取ることだけが学びではないという視点も、ここでは重要だ。留学先で関連しそうな分野の授業を、正規の履修とは別に聴講しておくことで、語学と専門の両方の準備が進む。成績に影響しない聴講だからこそ、挑戦的な科目にも手を伸ばせる。

留学しなくても

ここまで留学の準備について書いてきたが、ひとつ補足しておきたい。

留学は素晴らしい経験になりうるが、留学しなければ国際経験が積めないわけではない。

大学には留学生がいる。国際交流イベントがある。オンラインで海外の大学の講義を受講できるプラットフォームもある。語学の勉強は国内でもできる。異文化に触れる方法は、物理的に海外に行くことだけではない。

留学を目標にすることは悪いことではない。しかし、留学が目的化してしまうと、「留学さえすれば何かが変わる」という漠然とした期待に支配される。何のために行くのか、何を持ち帰るのか。その問いに向き合うことのほうが、渡航の準備よりもずっと重要だ。

配られたカードは人それぞれ違う。経済的な事情や家庭の状況で留学が難しい人もいる。留学できることは、能力の証明ではなく、条件が揃った結果にすぎない。そのことを忘れずにいたい。

就活での留学経験

留学が就活で「有利になる」という話をよく聞く。結論から言えば、留学の経験そのものが直接的に有利に働くわけではない。

企業が見ているのは、留学に行ったという事実ではなく、その経験を通じて何を考え、何を学び、どう成長したかだ。一年間海外にいただけでは、それは「長期旅行」と変わらない。留学中にどんな問題に直面し、どう対処し、何を持ち帰ったのか。語れるものがなければ、履歴書の一行にしかならない。

逆に言えば、留学中に明確な目的を持って行動した経験は、就活で強い武器になる。語学力の向上、専門知識の深化、異文化環境での協働経験。これらを具体的に語れるかどうかが分かれ目だ。

だからこそ、留学前に「何を得て帰ってくるか」を考えておくことが大切だ。完璧な計画である必要はない。ただ、目的意識があるかないかで、同じ一年間の密度はまるで変わる。

荷物の話

最後に、卑近な話をば。

留学の荷物は少なければ少ないほどいい。これは経験者の大半が口を揃えて言うことだ。

「念のため持っていこう」と詰め込んだものの大半は使わない。現地で買えるものは現地で買えばいい。日本から持っていくべきものは、現地で手に入らないもの、具体的には常備薬や度数の合った眼鏡の予備くらいだ。

衣類は最小限でいい。洗濯すればいい。本は電子書籍にすればいい。文房具は世界中どこでも買える。スーツケースに隙間があるくらいが、ちょうどいい。帰りにはお土産と、行きには持っていなかった経験が詰まっているのだから。

まとめ

留学の準備は、一年生から始めてちょうどいい。

語学試験のスコア、GPA、奨学金の申請、志望理由の整理。これらを二年生の出願時期までに揃えるには、一年生の後期には動き出している必要がある。逆算すれば、早すぎるということはない。

「いつか留学したい」を「いつまでに何をする」に変換すること。その最初の一歩が、今日であっていい。

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