日常の構造

Why you always sit in the same seat. Why you bought three things you didn't need at the convenience store. Why nobody speaks first in a group. These entries take apart the invisible mechanisms behind ordinary moments — cognitive biases, spatial norms, social scripts, attention design — and show that very little of what feels like free choice actually is. Not philosophy in the grand sense, but philosophy at ground level.

倫理と思考実験

自販機の前

自販機の前に立つ。30本ほどの飲み物が並んでいる。数秒、迷う。結局、いつもと同じものを買う。 この数秒間に、何が起きているのか。たかが飲み物の選択にすぎない。しかし、その「たかが」の中に、意思決定の構造がそのまま映し出されている。 二つのシステム ダニエル・カーネマンは2011年の著書『ファスト&スロー』で、人間の思考を二つのシステムに分けた。システム1は直感的で高速な処理。システム2は論理的で低速な処理。日常の大半の判断はシステム1が担っている。 自販機の前での選択は、典型的なシステム1の領域だ。ボタンを押すまでに、価格、味の好み、気温、喉の渇き具合、前回の経験といった変数が、意識にのぼることなく統合されている。「なんとなくこれ」という直感は、怠惰ではなく、高速な情報処理の結果だ。 ただし、新商品が並んでいるときは事情が変わる。見たことのないパッケージが視界に入った瞬間、システム2が起動する。「これは何だろう」「おいしいだろうか」「値段は」。処理速度が落ち、選択に時間がかかる。自販機の前で立ち止まる時間が長い人は、優柔不断なのではなく、新しい情報を処理しているだけかもしれ

By Sakashita Yasunobu

日常の構造

信じた者から沈んでいく

信頼しろ、と世界は言う。協力は美徳であり、裏切りは悪だ、と。だが、もしあなたが合理的であればあるほど、裏切ることが唯一の正解になる構造があるとしたら。囚人のジレンマとは、善意を持つことが構造的に不利になる世界の設計図だ。 二人の囚人、二つの部屋 1950年、RAND研究所のメリル・フラッドとメルヴィン・ドレシャーが一つの実験を設計した。のちにアルバート・タッカーが「囚人」の物語として再定式化し、この名がついた。 二人の共犯者が別々の部屋で尋問されている。互いに連絡はとれない。選択肢は二つ。黙秘するか、自白するか。 両方が黙秘すれば、証拠不十分で軽い刑になる。片方だけが自白すれば、自白した方は釈放され、黙秘した方は最も重い刑を受ける。両方が自白すれば、両方ともそこそこの刑を受ける。 さて、あなたは黙秘するか、自白するか。 裏切りが「支配戦略」になる 相手が黙秘するなら、自白したほうが得だ。釈放されるから。相手が自白するなら、やはり自白したほうが得だ。最悪の刑を避けられるから。相手が何をしようと、自白が合理的な選択になる。 ゲーム理論はこれを「支配戦略」と呼ぶ。

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

言葉のなかの見えない距離

「年上だから敬語を使う」。多くの人がそれを当然のルールとして受け入れている。だが、考えてみてほしい。ただ先に生まれたというだけの理由で、なぜ言葉の形式を変えなければならないのか。時間を長く過ごした人が必ず敬意に値するなら、何もせずに過ごした時間にも価値があることになる。 敬語は「尊敬の表現」だと教わる。しかし実際には、敬語はもう少し複雑な機能を担っている。 敬語は距離の調節装置である 日本語の敬語は、大きく5種類に分類される。尊敬語、謙譲語I(謙譲語)、謙譲語II(丁重語)、丁寧語、美化語。2007年の文化審議会答申以降、従来の3分類からこの5分類に整理された。 この分類を見れば分かるとおり、敬語は単に「相手を持ち上げる」ための装置ではない。自分を下げる表現、場を整える表現、言葉を美しく見せる表現が含まれている。つまり敬語の本質は、話し手と聞き手の距離を調整することにある。 ブラウンとレヴィンソンのポライトネス理論(1987)では、人は対面的なやりとりの中で相手の「フェイス(面子)」を脅かさないように振る舞うとされる。敬語はその最も体系化された道具の一つだ。「いらっしゃいま

By Sakashita Yasunobu

倫理と思考実験

あなたを撮った

街を歩いている。ふと、知らない人がこちらにレンズを向けている。シャッター音が聞こえたかもしれないし、聞こえなかったかもしれない。あなたの顔は、いまこの瞬間、誰かのSDカードに記録された。許可は求められていない。 あなたは怒るだろうか。それとも、気づかないまま歩き続けるだろうか。 ストリートスナップと呼ばれる行為がある。公共の場で、見知らぬ人を、断りなく撮る。撮る側はそれを「表現」と呼び、撮られる側はそれを「侵害」と呼ぶことがある。どちらも間違っていない。どちらも正しくない。この記事はその境界線について書くが、線は引けない。引けないということを、もう少しだけ丁寧に絶望してみたい。 シャッターという所有 スーザン・ソンタグは1977年の『写真論(On Photography)』で、写真を撮る行為を「所有」の一形態として記述した。 To photograph is to appropriate the thing photographed. 撮影することは、撮影された対象を占有することだ、と。カメラは記録装置であると同時に、

By Sakashita Yasunobu
雨の日の道路にいたイモリらしきもの

日常の構造

雨の日の道路にいたイモリらしきもの

雨の日、濡れた道路の上をのそのそ歩いている生き物を見つけた。帰りにはもういなかった。元気にしているといい。 おそらくアカハライモリ 断言はしないが、体の特徴からしてアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)ではないかと思う。 * 皮膚が細かい粒状でしっとりしている。爬虫類のヤモリとは質感が違う * 体が細長く、尾が長い * 指先にヤモリのような吸盤がない * 頭の形がサンショウウオよりも平たく、いわゆる「イモリ顔」 * 体の縁にうっすら赤みがある アカハライモリは日本の固有種で、本州、四国、九州の水辺に広く生息する両生類である。雨の日に道路に出てくるのは、水辺の間を移動する途中でよくあることらしい。 腹側を確認すれば赤い模様の有無でもっとはっきり分かるのだが、そこまでする機会はなかった。 イモリとヤモリ 名前が似ているので紛らわしいが、イモリとヤモリはまったく別の生き物である。 * イモリ: 両生類。皮膚がしっとりしていて、水辺にいる。「井守」(井戸を守る) * ヤモリ: 爬虫類。皮膚が乾いていて、壁や天井に張り付く。「家守」(家を守る)

By Sakashita Yasunobu