写真のしくみ ㉙ トーンカーブで写真の印象を自在に変える
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
写真を見て、「この写真、なんかカッコいいな」とか「ふんわりしていて気持ちいいな」と感じたこと、ありませんか?
同じ場所で、同じカメラで撮ったはずなのに、誰かの写真はドラマチックで、自分の写真はなんだかパッとしない。そんな経験をしたことがある人もいるかもしれません。実は、その「なんか違う」の正体のひとつが、今回のテーマ 「トーンカーブ」 です。
名前はちょっとむずかしそうですが、やっていることはとてもシンプル。この記事を読み終わるころには、「なるほど、そういうことか!」と思ってもらえるはずです。
写真の「トーン」って何だろう
カメラで写真を撮ると、真っ黒から真っ白まで、さまざまな明るさが写ります。木の幹の暗い影、空に浮かぶ雲の白、その間にある何段階もの灰色。この 明るさのグラデーション のことを、写真の世界では 「トーン」 と呼びます。
ピアノの鍵盤を想像してみてください。左端がいちばん低い音、右端がいちばん高い音。写真のトーンもこれとよく似ていて、左端が真っ黒、右端が真っ白。そして、その間にたくさんの「灰色の階段」が並んでいます。
この階段のひとつひとつが、写真の表情をつくっています。暗い灰色がたくさん使われている写真は重厚な雰囲気になりますし、明るい灰色が多い写真はさわやかな印象になります。つまり、トーンとは写真の「声色」のようなものです。同じメロディでも、低い声で歌えば落ち着いて聞こえますし、高い声で歌えば明るく聞こえますよね。写真も同じで、トーンの使い方ひとつで印象がまるで変わるのです。
トーンカーブの正体
さて、ここからが本番です。 トーンカーブ とは、「もとの明るさ」を「新しい明るさ」に変換するしくみのことです。
もう少しくわしく説明しましょう。
- 横軸(左右)に 「もとの写真の明るさ」 をとります。左が暗い、右が明るい。
- 縦軸(上下)に 「変換したあとの明るさ」 をとります。下が暗い、上が明るい。
この2つの軸でできた四角い図の中に、1本の線を引きます。その線が「トーンカーブ」です。
いちばんシンプルなトーンカーブは、左下の角から右上の角へまっすぐ伸びる 直線(斜め45度の線) です。これは「もとの明るさをそのまま出す」という意味になります。暗いところは暗いまま、明るいところは明るいまま。何も変わりません。
ここで大事なのは、この線の上にある点のひとつひとつが「もとの明るさ→変換後の明るさ」の対応を表しているということです。たとえば、直線の真ん中あたりにある点は「50%の灰色を50%の灰色のまま出す」ことを意味しています。
でも、この線を 曲げる と、写真の印象がガラッと変わるのです。
トーンカーブは「明るさの翻訳表」だと思ってください。もとの写真が外国語で、変換後の写真が日本語。直線は「そのまま直訳」。線を曲げると「意訳」になり、ニュアンスが変わります。翻訳のしかた次第で、同じ原文からまったく違う印象の文章ができあがるように、同じ写真からまったく違う雰囲気の写真が生まれるのです。
S字カーブでドラマチックに
トーンカーブの中でもっとも有名な形が、アルファベットの 「S」 に似た曲線です。
S字カーブが何をしているのか、順番に見てみましょう。
暗い部分(グラフの左下あたり)では、カーブが直線よりも下に沈みます。これは「もともと暗かったところを、もっと暗くする」ということです。 明るい部分(グラフの右上あたり)では、カーブが直線よりも上に持ち上がります。これは「もともと明るかったところを、もっと明るくする」ということです。
結果として、暗いところと明るいところの差が大きくなります。これが写真でいう 「コントラストが上がる」 という状態です。
映画のワンシーンや、雑誌のかっこいいポートレート写真を思い出してみてください。暗い影はぐっと深く沈み、光のあたる部分はぱっと輝いている。あの力強くてドラマチックな雰囲気の裏には、S字カーブが隠れていることがとても多いのです。
ちなみに、S字のカーブを強くすればするほどコントラストは強烈になりますが、やりすぎると暗い部分が真っ黒に潰れたり、明るい部分が真っ白に飛んだりして、細部が見えなくなってしまいます。料理の塩と同じで、ちょうどいい加減が大切です。
スマートフォンの写真編集アプリに「コントラスト」というスライダーがあったら、右に動かしてみてください。写真がパキッとした印象に変わるはずです。実はこのスライダーも、内部ではS字カーブに近い処理をしていることが多いのです。
逆S字カーブでふんわりと
S字カーブの逆、つまり暗い部分を持ち上げて、明るい部分を少し抑える形のカーブもあります。
暗い部分が明るくなり、明るい部分がやや抑えられる。すると、写真全体の明暗の差が小さくなり、やわらかくてふんわりした印象になります。
朝もやの中の風景や、赤ちゃんのポートレートでよく見かける、あのやさしい空気感。逆S字カーブは、そういった「やわらかさ」を写真に与えてくれます。コントラストが高い写真が「はっきりモノを言う人」だとしたら、逆S字カーブの写真は「おだやかにほほえんでいる人」のような存在です。
逆S字カーブとは別に、トーンカーブにはもうひとつ面白いテクニックがあります。暗い部分を完全な黒にしないで、少しだけ灰色に浮かせるというものです。カーブの左下の端を少し上に持ち上げるだけで、写真の中の「いちばん暗いところ」が真っ黒ではなく濃い灰色になります。すると、フィルム写真のような独特の味わいが出てきます。SNSで見かける「エモい」写真にも、実はこのテクニックが使われていることがよくあります。
色だってカーブで変えられる
ここまでは、写真全体の「明るさ」だけを話してきました。でもトーンカーブには、もうひとつすごい力があります。
デジタル写真の色は、赤(R)、緑(G)、青(B)の3色の光を混ぜてつくられています。テレビやスマートフォンの画面を虫眼鏡でのぞいてみると、赤・緑・青の小さな点がびっしり並んでいるのが見えます。この3色の光の強さの組み合わせで、あらゆる色を表現しているのです。
そして、トーンカーブはこの 3色それぞれに別々のカーブ をかけることができます。明るさだけでなく、色そのものを操れるというわけです。
たとえば、こんなことをしてみましょう。
- 青(B)チャンネルのカーブで、暗い部分の青を少し持ち上げ、明るい部分の青を少し下げる
- 赤(R)チャンネルのカーブで、暗い部分の赤を少し下げ、明るい部分の赤を少し持ち上げる
すると、影の部分では青が増えて赤が減ることで青緑(ティール)がかかり、明るい部分では赤が増えて青が減ることでオレンジがかかります。これが、映画や写真の世界でとても人気のある 「ティール&オレンジ」 と呼ばれる色づかいです。
なぜこの組み合わせが人気なのでしょうか? それは、色の理論と人間の見え方の両方に理由があります。
まず、ティール(青緑)とオレンジは 色相環の正反対に位置する補色 の関係にあります。補色同士を並べると、おたがいを引き立て合って目を引きやすくなるのです。
さらに、人間の肌の色はオレンジ系の色味を持っています。背景を青緑に寄せると、肌のオレンジが自然と際立ち、人物に視線が集まりやすくなります。ハリウッドのアクション映画やSF映画のポスターをよく見てみてください。爆発のオレンジと夜空や金属のクールな青緑が対比していることが、驚くほど多いはずです。
お気に入りの映画のワンシーンを思い出してみてください。夕日のシーンで人物の肌がオレンジに輝き、背景の空が深い青緑に沈んでいたら、それはまさにティール&オレンジの配色です。意識して見始めると、あちこちで見つかるので楽しいですよ。
ぼくらの目はズルい?
最後に、トーンカーブが写真編集でこれほど重要になった理由のひとつを紹介しましょう。それは、人間の目の性質 にあります。
こんな経験はありませんか? 夜、部屋の明かりを消して真っ暗な中にいると、スマートフォンの画面がものすごくまぶしく感じる。でも昼間の太陽の下では、同じスマートフォンの画面がぜんぜん明るく見えない。
あるいは、3段階で明るさを変えられる電球を使ったことがある人なら、こんな経験もあるかもしれません。暗い状態から1段階明るくすると「おっ、だいぶ明るくなった!」と感じるのに、すでに明るい状態からもう1段階明るくしても「あれ、あんまり変わらないな」と感じる。
実は、これには科学的な理由があります。
19世紀ドイツの生理学者エルンスト・ウェーバーは、実験を通じてこんな法則を発見しました。
人間が「あ、さっきと変わった」と気づくために必要な変化の大きさは、もとの刺激の大きさに比例する。
これが 「ウェーバーの法則」 です。
もう少しかみくだくと、こういうことです。暗い部屋(もとの刺激が小さい状態)では、ほんの少し明るさが変わっただけでも「変わった!」と気づけます。ところが、もともと明るい場所(もとの刺激が大きい状態)では、かなり大きく明るさを変えないと違いに気づけません。
人間の目は「割合」で明るさの変化をとらえているのです。暗いところで1の光が2になれば(2倍)すぐに気づきますが、明るいところで100の光が101になっても(たった1%増)ほとんど気づかない。
写真にとって、これはとても大事なことを意味しています。 写真の暗い部分(シャドウ)は、見る人の目にとってとても「情報量が多い」場所 なのです。ちょっとした調整が大きな印象の違いを生みます。
だからこそ、トーンカーブで暗い部分をていねいに調整することが、写真の仕上がりに大きな違いを生むのです。逆に、明るい部分を少しいじったくらいでは、見た目の印象はそこまで大きくは変わりません。
プロの写真家やカラリスト(映像の色を調整する専門家)がトーンカーブのシャドウ側をとりわけ慎重に扱うのは、この人間の目の性質をよく知っているからです。トーンカーブは単なる画像処理のツールではなく、人間の知覚の特性と向き合うための道具でもあるのです。
暗い部屋で、懐中電灯を壁に向けてつけてみてください。すごくまぶしいですよね。では、昼間の窓際で同じことをしてみたら? ほとんど変化を感じないはずです。同じ光の量なのに、感じ方がぜんぜん違う。これがウェーバーの法則の「体感」です。
この回のまとめ
今回は、写真の「トーン」とトーンカーブについて学びました。ここで、ポイントをおさらいしましょう。
- トーンとは、写真の中にある明るさのグラデーションのことです。真っ黒から真っ白までの「灰色の階段」が、写真の表情をつくっています。
- トーンカーブは、もとの明るさを新しい明るさに変換するしくみです。グラフ上の線を曲げることで、写真の印象を自在にコントロールできます。
- S字カーブにすると、暗い部分はより暗く、明るい部分はより明るくなり、コントラストの高いドラマチックな写真になります。
- 逆S字カーブにすると、明暗の差がおだやかになり、ふんわりとやわらかい印象の写真になります。暗部を浮かせるとフィルムのような味わいも出せます。
- トーンカーブは RGB(赤・緑・青)のチャンネルごとに個別に調整できます。色味を自由に変えられ、映画でおなじみの「ティール&オレンジ」もこの方法でつくれます。
- 人間の目は 暗い側の変化にとても敏感 で、明るい側の変化には鈍いという性質があります。これはウェーバーの法則として知られていて、写真のシャドウ部分をていねいに調整することが仕上がりの印象を大きく左右する理由でもあります。
トーンカーブは、一見むずかしそうに見えるツールですが、やっていることは「明るさの翻訳」というシンプルな仕事です。たった1本の曲線を曲げるだけで、写真がドラマチックにもやさしくもなります。そして、その背景には人間の目の不思議な性質があるのです。
そう考えると、ちょっとさわってみたくなりませんか?