日本語を外から見る

📝
本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。

日本語の母語話者にとって、日本語は空気のような存在である。意識せずに話し、意識せずに聞き取り、意識せずに読み書きする。だからこそ、日本語を「外国語」として捉え直す視点は新鮮な発見に満ちている。

外国語として日本語を眺めると、普段は当たり前すぎて気にも留めない仕組みが、実は精緻な体系をなしていることに気づかされる。「です」「ます」の語尾でウが聞こえないのはなぜか。「は」と「が」の使い分けを外国人に説明できるか。「雨に降られた」がなぜ成立するのか。母語話者であるがゆえに見えなくなっているこうした問いに対して、日本語学と日本語教育学は明快な分析の枠組みを提供してくれる。

本シリーズでは、日本語の音声・文字・語彙・文法・語用の各領域を8本の記事にまとめた。日本語を教える立場からの知見を軸にしつつ、言語学的な分析も交えている。個別の記事は独立して読めるが、以下の順に読み進めると体系的に理解しやすい。

音声と文字

日本語の音声体系

日本語の音の世界を概観する記事。英語のような強弱ではなく高低で意味を区別するピッチアクセント、日本語のリズムを支える拍(モーラ)の概念、調音点・調音法・声帯振動による音の分類、そしてプロソディ(韻律)まで。「グリコ」遊びに現れる等時的な拍感覚や、「ん」が実は6種類もの異なる音として発音されている事実など、母語話者にとっても意外な発見がある。

日本語の文字と表記

ひらがな・カタカナ・漢字という三種の文字体系がどのように成立し、それぞれどんな役割を果たしているかを整理する。漢字の音読み・訓読みの仕組み、呉音・漢音・唐音の系統、六書による成り立ちの分類、重箱読み・湯桶読み・熟字訓といった特殊な読み方、そして現代仮名遣いに残る歴史的表記のなごりまで。学習者が直面する文字体系の困難についても触れている。

語彙と意味

日本語の語彙と意味

和語・漢語・外来語・混種語の分類と、それぞれの語種が持つニュアンスの違い(「宿」と「旅館」と「ホテル」の位相差など)を出発点に、複合語・派生語・畳語の構成原理、連濁・転音・音便といった合成時の音韻変化、類義語・対義語・上下位語の意味関係、多義語やコロケーションの問題、比喩表現の4分類(直喩・隠喩・換喩・提喩)、そしてオノマトペの体系性まで、語彙と意味の広がりを見渡す。

文法の核心

品詞・活用・誤用分析

学校教育で学ぶ国文法と、外国語教育のために再編された日本語教育文法の違いを踏まえながら、品詞の判定方法、動詞の3グループ分類と活用体系(ない形・て形・可能形など)を整理する。「きれい」がい形容詞ではなくな形容詞であること、色彩語の品詞的な振る舞いの違いなど、母語話者でも意外に迷う判定問題にも触れ、学習者に多い誤用パターンの分析方法を紹介している。

格助詞と「は」「が」

日本語の文構造を支える格助詞(が・を・に・で・へ・と・から・まで・より)の用法を体系的に整理したうえで、日本語学習の最大の難関とも言われる「は」と「が」の使い分けに切り込む。主題と主語、既知情報と新情報、対比と排他、従属節の制約といった複数の観点から分析し、場所を表す「に」「で」「を」の選択基準も解説している。

テンスとアスペクト

「た」は本当に「過去」なのか。ル形とタ形によるテンス(時制)の仕組み、従属節に現れる相対テンス(「食べたあとで行く」の「食べた」は過去ではない)、そして「ている」を中心とするアスペクト(相)の体系を掘り下げる。継続動詞と瞬間動詞による「ている」の意味の違い、「てある」「ておく」「てしまう」との対比、自他動詞とアスペクトの組み合わせなど、日本語の時間表現が持つ奥行きを解説している。

日本語のヴォイス

受身・使役・使役受身・自他動詞の対応など、「誰の視点で出来事を語るか」を選択する文法的な仕組みを整理する。とりわけ日本語独特の間接受身(「雨に降られた」)の発想、使役文における助詞選択の規則、そして日本語に豊富に存在する自他動詞ペアの形態的パターンと視点選択としての機能に焦点を当てている。

コミュニケーションの仕組み

モダリティと語用論

文法的に正しい文を作れるだけではコミュニケーションは成立しない。話者の確信度や態度を表すモダリティ(推量・義務・許可・禁止)、普通体と丁寧体の使い分けとスタイルシフト、接続表現とコソアド体系による談話の一貫性、発話行為理論と間接的な発話行為、授受表現が示す恩恵の方向、5分類に拡張された敬語体系、そしてポライトネス理論によるフェイス(面子)への配慮まで。日本語のコミュニケーションを総合的に捉える記事である。

Read more

AIの文章に価値はあるか

AIが生成した記事や、AIとのチャット履歴がネットに溢れている。そしてその大半は、正直なところ、読む気にならない。 AIの記事はなぜ退屈なのか 不思議なことに、AIとの対話は当人にとっては有意義であることが多い。問いを投げ、応答を得て、考えを整理する。その過程には確かな手応えがある。だが、同じやり取りを第三者が読むと、途端に退屈になる。 この落差はどこから来るのか。 AIとの対話で当人が得ているのは、「自分の問い」に対する応答だ。その問いの背後には、これまで何を考え、何に引っかかり、何を言語化できずにいたかという厚い文脈がある。応答がその文脈の上に載ることで、初めて対話に意味が宿る。 第三者にはその文脈がない。文脈を欠いた応答は、ただの情報の羅列だ。 ここに本質的な理由がある。多くのAI生成記事は「誰かの視点」を持たない。何を選び、何を捨てたかという編集の痕跡がなく、あらゆる方向に平等に情報が並ぶ。結果として、誰が書いても同じになるような文章が量産される。誰のものでもない文章は、読者に語りかけない。 シェイクスピアと猿 視点を変えてみよう。 有名な思考実験がある。

By Sakashita Yasunobu

EthernetポートのLEDが示すもの

PCやルーターのEthernetポート(RJ45コネクタ)には、小さなLEDが2つ付いていることが多い。何気なく目にする光だが、それぞれが異なる情報を伝えている。 リンク状態と通信アクティビティ 一方のLEDは、物理的な接続の有無と、データの送受信状況を示す。 * 点灯していれば、ケーブルが正しく接続され、リンクが確立している * 点滅していれば、データパケットの送受信が行われている * 消灯していれば、ケーブルが抜けているか、相手側の機器が応答していない この点滅は一見すると何らかの規則的なパターンに見えることがあるが、実際にはネットワーク上のトラフィック(パケットの送受信)に応じて不規則に発生しているだけであり、点滅のパターン自体に意味はないことがほとんどである。点滅していない場合は、単に通信が発生していない状態である。 通信速度の表示 もう一方のLEDは、リンク確立時にネゴシエーションされた通信速度を色で示す。10/100/1000 Mbps対応のポートでは、一般的に以下のような構成になっている。 * ある色で1000 Mbps(ギガビット)接続を示す

By Sakashita Yasunobu

日記を書こう

日記を書こう。 そう言ったところで、何を書けばいいかはわからない。何のために書くのかも、よくわからない。ただ、今日あったことを、今日感じたことを、どこかに書き留めておきたいという素朴な衝動がある。たぶんそれだけでいい。 断片を並べる場所 ブログの記事や論文には構成がある。伝えたいことがあって、それに向かって文章が組み立てられている。素材を選び、順序を決め、不要なものを削り、必要なものを足す。それは編集された自己の表出だと言えるかもしれない。 日記は、その手前にある。 編集する前の断片を並べる場所。まだ何が重要かわからない。何と何がつながるのかも見えていない。その日あった出来事、ふと頭をよぎった考え、目に入った光景。それらをただ、順不同で、脈絡もなく、並べておく。 そしてその断片は、書いた瞬間にはほとんど意味を持たない。 宛先のない手紙 日記の不思議なところは、書くときと読み返すときで、まったく違うものになるということだ。 書いている瞬間は、ただの記録にすぎない。今日こんなことがあった、こう思った。それだけのこと。でも三か月後、あるいは三年後に読み返すと、書いたとき

By Sakashita Yasunobu

NTPのStratum階層とGPS時刻同期の仕組み

Windowsの時刻がずれやすいと感じたことをきっかけに、NTPの仕組みやStratum階層、GPSを用いた時刻同期について調べた内容をまとめる。 NTPとは NTP(Network Time Protocol)は、ネットワーク上の機器間で時刻を同期するためのプロトコルである。現在広く使われているのはNTPv4(RFC 5905)で、1985年の初版から改良が重ねられている。 NTPはStratum(階層)と呼ばれるツリー構造で時刻を配信する。上位の正確な時刻源から下位へ順に同期することで、ネットワーク全体の時刻精度を維持している。 Stratum階層 NTPのStratum階層は以下のように定義される。 * Stratum 0 : 基準時刻源そのもの。原子時計やGPS受信機などのハードウェアデバイスが該当する。Stratum 0はネットワーク上のサーバではなく、シリアルポートやUSBなどでStratum 1サーバに直接接続される * Stratum 1 : Stratum 0に直接接続されたNTPサーバ。プライマリタイムサーバとも呼ばれる * Stratum 2

By Sakashita Yasunobu