大学入試と選抜

📝
本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。

本稿の目的

入試には大学の財源確保という側面や、そもそも大学が高等教育を施す学術研究中心であり、文化に関して寄与する部分も大きく、長期的な視点から見ると、単に財政的視点から考察することは短絡的な結論を導いてしまう危険性をはらむ。そのため、本稿ではむしろ学生と大学の関係性から眺めた入試について論じる。

入試のあり方

現代の日本の大学はM. トロウの提唱した高等教育の分類では、ユニバーサル型へ進歩した状態であるが、大学の大衆化が指し示す状況は、国民のほとんどが大学に行くことができるようになった社会がすでに形成されたということでもあり、昔に比べ大学に入ってくる学生も多様化するのは自明といえる。歯止めがきかない少子化と増える大学数がすでに調和を超えており、大学側も受験者の多様化への対応を迫られている。入試を構成する要因は多く、天野は例として「大学としての個性、属性」、具体的には「校風とか伝統といわれるもの」、「教育内容、カリキュラム」として挙げている(1)。本稿では、前者の要素にさらに学力、授業料、立地、知名度などを具体的な要素として加えることとする。

前述のトロウによる高等教育と社会構造の変化は、日本においては大学受験の主客の転倒というかたちで起こっている。三宅によれば現代の社会では「今や生徒が選り好みをしなければ、どこかの大学へ入学できるという時代になった」と指摘しており、この変化により「学生を"選抜"するための役割を果たすべき試験がその機能を失い、ある状況へと時代は変化したのである。いわば、大学は選ぶ時代から、選ばれる時代へと変わった」と社会構造の変化がもたらした大学と学生との新しい関わり方を論じている(2)。

文部科学省による通知「令和5年度大学入学者選抜実施要項」を参照すると「各大学は、入学者の選抜を行うに当たり、公正かつ妥当な方法によって、入学志願者の能力・意欲・適正等を多面的・総合的に評価・判定する」とやや抽象的に大学側からの多様化の受容の必要を認め、「入学後の教育との関連を十分に踏まえた上で、入試方法の多様化、評価尺度の多元化に努める。なお、高等学校の学科ごとの特性にも配慮する」と大学側からの多様化を促すよう強調している。それに加え「入試方法」についても言及しており「一般選抜のほか、各大学の判断により、入学定員の一部について、以下のような多様な入試方法を工夫することが望ましい」と述べておりその下に「総合型選抜」や「学校推薦型選抜」などの選抜方法を示している(3)。ここから、国も入学志願者の多様化に伴い、大学へ変化を求めているとわかる。

学力と人間性の評価

ところで、大学の選抜の多様化を平たくいってしまえば、テストによる学力測定方法を変えていこうというものである。つまり、合格点付近に注目すれば、ほぼ同じ得点の受験生が集まっており、そのなかのごくわずかな点数の差で序列をつけることが果たして本当に関心・意欲の高い学生を選抜することにつながるかということである。しかし、テストの得点以外の観点から入学志願者を評価するとはいえ、ペーパーテストによって測られる知識などを軽視してはならない。梶田は知識と人間性の測定における偏重について

ある程度の<知識・理解・技能>があって、なおかつ<人間性>はどうなのか、ということが問われると、現在の日本の議論では両者を合算して考えるという発想しか出てこないことが多い。だから<関心・意欲・態度>をどう点数化するのか、という話にもなってしまうのである。(中略)基本的に性質の違うものを無理にでも合算し、一つの次元で評価してしまう、という発想に固着しすぎているのではないだろうか。

と指摘している(4)。知識への偏重だけでなく、入試制度が異なることによって引き起こされる問題についても研究がなされており、三宅は「選抜性の違いによって大学生の意識や行動に違いが見られる」と指摘し、調査結果を提示している(5)。

一方で、AO入試などの新しい入試制度ができたことによる否定的側面について読売新聞教育部は「一部の私立大ではAO入試などが事実上の『学力不問』になってきているケースもある」と一般入試に比べて学力を軽視する傾向を批判している。しかし、そう述べた後で「入試方法別で見ると、AO入試による入学者の中退率が高い大学も少なくない」と指摘しつつも、「AO・推薦入試でも学力をきちんと確認している国公立大などを中心に『AO入試組こそ優秀』という追跡調査の結果が出ている」と本来の入試のあり方を確認することで成功した事例も挙げている(6)。

まとめ

入学志願者に対して大学がすでに飽和し、今後もその傾向は加速すると考えられるため、大学側は入学者の選別において、学力を軽視しないながらも入学志願者の素質を多面的に評価する入試の実施により、大学側は良質な人材を確保することが可能になり、世の中に輩出する人材もさらに質の向上が望める。結果的に評判なども高まり、循環的な効果を期待することができる。他方で入学志願者はそれぞれのニーズに合った学校とマッチすることが可能となると考えられる。

しかし、学力偏重の脱却を目指したものであるという特徴は、ともすれば欠点ともなりうる。そのため、大学側は特に各入試制度の目的を意識していくことが求められる。

参考文献

  • (1) 天野郁夫『大学に教育革命を』有信堂高文社、1997年、pp. 144-147.
  • (2) 三宅義和 ほか『大学教育の変貌を考える』第1章「大学の選抜性とは」、ミネルヴァ書房、2014年、p. 2.
  • (3) 文部科学省「令和5年度大学入学者選抜実施要項」令和4年6月3日付 4文科高第302号.
  • (4) 梶田叡一『新しい大学教育を創る』有斐閣、2000年、p. 102.
  • (5) 三宅義和 ほか『大学教育の変貌を考える』第1章第5節「選抜性に関する研究」、ミネルヴァ書房、2014年、pp. 9-21.
  • (6) 読売新聞教育部『大学入試改革:海外と日本の現場から』中央公論社、2016年、pp. 236-239.

Read more

Capture Oneに待望のネガフィルム変換機能が来た

2026年4月3日、Capture One 16.7.4 がリリースされた。目玉はなんといっても Negative Film Conversion(ネガフィルム変換) の搭載だ。これまで Cultural Heritage エディション限定だったネガ反転処理が、ついに通常の Capture One Pro / Studio でも使えるようになった。 何が変わったのか 従来、Capture One でネガフィルムをポジに変換するには、Cultural Heritage(CH)エディションを使う必要があった。CH は文化財デジタル化向けの専用製品で、Base Characteristics ツールに Film Negative / Film Positive モードが用意されていた。しかし一般の写真愛好家がフィルムスキャンのためだけに CH を導入するのは現実的ではなく、多くのユーザーは Lightroom とそのプラグイン(Negative Lab

By Sakashita Yasunobu

雨の中、歩くべきか走るべきか

傘を忘れた日の永遠の問い、歩くか、走るか、いやいっそ雨宿りをするのか。物理で決着をつける。 モデル 人体を直方体で近似。上面積 $A_{\text{top}}$(頭・肩)、前面積 $A_{\text{front}}$(胸・顔)。雨は鉛直一様(落下速度 $v_r$、数密度 $n$)、距離 $d$ を速度 $v$ で直線移動する。 人体の直方体モデルは、上から見た水平断面が $A_{\text{top}}$、正面から見た鉛直断面が $A_{\text{front}}$ の二面で構成される。移動方向は水平、雨は鉛直に降る。 受ける雨滴数は、上面が $n v_r A_{\text{top}

By Sakashita Yasunobu

T-GRAIN・Core-Shell・旧式乳剤の定量比較

Kodak T-GRAIN、Ilford Core-Shell、旧式立方晶乳剤。写真フィルムの性能を左右する三つの乳剤技術を、特許文献と数式に基づいて比較する。 1. 出発点: 旧式乳剤の構造と限界 T-MAXやDeltaが何を改良したのかを理解するには、まず従来の乳剤がどのようなものだったかを押さえておく必要がある。 1980年代以前、標準的なハロゲン化銀乳剤はAgBrやAgBr(I)の結晶が立方体(cubic)か不定形(irregular)の形をしていた。Tri-XやHP5の祖先にあたるこれらの乳剤では、結晶のアスペクト比(直径対厚さの比)はおおむね1:1から2:1。三次元的にほぼ等方的な粒子が乳剤層にランダムに散らばっていた。 この形態が感度と粒状性のトレードオフに直結する。立方晶粒子を一辺 $a$ の立方体として近似すると、表面積と体積、そしてその比は次のとおりである。 $$ S_{\text{cubic}} = 6a^2, \quad V_{\text{cubic}} = a^3, \quad \frac{S}{V} = \frac{6}

By Sakashita Yasunobu

クジラはなぜがんにならないのか

体が大きい動物ほど細胞の数が多い。細胞が多ければ、そのうちどれかががん化する確率も高くなるはずだ。ところが現実には、クジラやゾウのがん発生率はヒトよりも低い。1977年、疫学者リチャード・ピートがこの矛盾を指摘した。以来この問いは「ピートのパラドックス」と呼ばれ、比較腫瘍学における最大の謎のひとつであり続けている。 種の中では予測通り、種の間では崩れる 同じ種の中では、直感どおりの傾向が確認されている。身長の高いヒトはそうでないヒトよりがんの発生率がやや高く、年齢を重ねるほどがんは増える。細胞の数が多いほど、細胞分裂の回数が多いほど、がん化の確率は上がる。 しかし種を超えて比較すると、この関係が崩壊する。シロナガスクジラの細胞数はヒトの約1000倍にのぼるが、がんの発生率がヒトの1000倍になるわけではない。哺乳類全体を見渡しても、体サイズとがんリスクの間に明確な正の相関は長い間見つかっていなかった。がんの発生率は種が異なっても約2倍の範囲にしか収まらないとされてきた。体サイズの差は100万倍を超えるにもかかわらず。 ゾウが持つ余分ながん抑制遺伝子 最もよく知られた説明は

By Sakashita Yasunobu