大学の研究と社会貢献

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本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。

岩崎[1]は大学の基本的機能について、「大学は、教育・文化、科学技術・学術、医療、産業・経済等社会の発展の基盤として中核的な役割を担う重要な機関である。その機能は、教育、研究、社会貢献に分類できる」と説明している。つまり、大学は各機能において幅広く活動をしていることがわかる。本稿では特に大学の研究及びそれに係る社会貢献について、当時の社会情勢に関連させて論じる。

ワクチン開発と企業の対応

2019年末から急速に広がりを見せた新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19と表記する)は、社会で猛威を振るった。感染拡大当初は有効な治療法や事前の免疫獲得のためのワクチンなどがなく、開発・研究が急がれた。先導したのはファイザー(Pfizer)社やモデルナ(Moderna)社、アストラゼネカ(AstraZeneca)社などといった大企業である。このうちファイザー社は世界時価総額ランキング[2]の28位に位置するほどの世界的大企業であり、医療関連分野に限れば世界第2位である。今回の開発でもその潤沢な予算を投じることでワクチン開発において成功を収めたと考えられる。一方で、その他の企業は外部提携の道を選んだ。武田薬品工業CEOのクリストフ・ウェバーによると、ファイザーは長期にわたるバイオテックとの提携によりmRNAワクチンの開発を続けていた。何年にもわたる研究であったわけで、その結果として今回のワクチンの開発につながった。モデルナワクチン開発では武田薬品工業にこれまでにそうした研究はなく、今回から新しい研究を始めることとなった。つまり今回のファイザーの成功は長年にわたる蓄積によるものであったということだ、といった趣旨を株主総会の答弁[3]で述べている。この回答は「過去のファイザーのCEOの意思決定も踏まえて、当社では過去の意思決定の際にmRNAワクチンに投資をするという意思決定をなぜしなかったのか」という質問に対する応答であるが、これはファイザー以外の企業が他企業との提携などによって研究・開発、生産を行ったということにも言及したものであると見ることもできる。

大学と企業の連携

企業同士の提携の詳細については今回の論点から外れるため割愛するが、本稿では企業と大学の連携について着目した。例として、アストラゼネカ社はイギリスのオックスフォード大学と共同し、COVID-19ワクチンを作成した[4], [5]。これは大学の高度な研究能力を活用した、民間企業との社会貢献の一例と言えよう。また、国内に注目すれば、研究機関を筆頭に大学がまとまって研究を始めている[6]。同資料から、ワクチン開発にとどまらず、ワクチン開発の基礎となる研究などは大学が行っていることがわかる。これは資本主義経済において利潤を求める企業が積極的に行わない領域であり、大学が真に学問研究の深化を求めて行っている活動なのではないかと考えられる。ただし、これについては今後さらなる検証が必要である。

大学では、学問を探求し文化として継承していき人類の発展に寄与するという働きを一つとして持つが、COVID-19のパンデミックによる世界的危機は大学の研究及びそれに係る社会貢献のはたらきを浮き彫りにしたのではないかと考えられる。

考察と課題

今回はCOVID-19のパンデミックに係る大学の基本的機能について論じた。しかし、今まさに進行中の話題であったため、信頼できる情報から出所のはっきりしない信憑性に欠く情報まで玉石混淆であり、またそれらは日々更新されていくものでもあったため、まだ体系的な整理がなされていない状態であった。そのため、情報の真偽はもちろんのこと、そもそも調査を進める時点で困難を伴った。書籍で調べるには情報が古く、とはいえ最新の情報を得るためとなるとインターネットを基本とした調査となってしまい、信頼性を担保するために苦心した。また、今回の主題とした大学と企業との連携、そしてその先にある社会貢献について調査を進めるときは、大学を主軸として検索をすることができず、企業を主軸に検索することとなった。そのなかで企業の株主総会の動画を視聴し発言を間接引用したが、公式なものとはいえ会社の発言では公平性という点で改善の余地がある。また、本文中にも書いたが、ワクチン開発の基礎となる研究を大学が担っている要因については今後研究を進めていきたい。

参照文献

  • [1] 岩崎保道『大学の戦略的経営手法』大学教育出版、2016年.
  • [2] STARTUP DB編集部「2022年世界時価総額ランキング。世界経済における日本のプレゼンスは?」Startups, Inc.、2022年1月26日(リンク、2022年5月4日閲覧)
  • [3] クリストフ・ウェバー「株主総会 第145回定時株主総会(2021年6月29日開催)」Takeda(リンク、2022年5月4日閲覧)
  • [4] BBC NEWS「英オックスフォード・アストラゼネカ製のCOVID-19ワクチン、イギリスで承認」2020年12月30日(リンク、2022年5月4日閲覧)
  • [5] University of Oxford "Oxford University breakthrough on global COVID-19 vaccine" 2020年11月23日(リンク、2022年5月4日閲覧)
  • [6] 国立研究開発法人日本医療研究開発機構「令和元/2年度 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の研究開発課題について」2022年1月18日(リンク、2022年5月4日閲覧)

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暇が怖いだけ

今日あなたが「忙しい」と口にした回数を数えてみるといい。三回を超えていたら、それはもう事実の報告ではない。呪文だ。唱え続けることで、自分に存在価値があると確認するための。 忙しさは現代における最も手軽な自己証明になった。忙しくしていれば、少なくとも何かをしていることにはなる。何かをしていれば、生きている意味を問わなくて済む。逆に言えば、暇になった途端に、その問いが戻ってくる。だから人は忙しくする。忙しくあろうとする。忙しいと言いたがる。鎖を愛した動物のように、自分でかけた拘束を手放せない。 ここに一つ、居心地の悪い問いを置いておく。あなたが一日のなかで一番多くの時間を費やしていることは、あなたが一番大切にしていることと一致しているか。一致していないとしたら、その時間は誰のものなのか。 守られない時間 約二千年前、ストア派の哲学者セネカは『人生の短さについて』でこう嘆いた。人は財産や金のことになると吝嗇になるのに、時間を浪費することには驚くほど無頓着だ、と。時間こそ、最も惜しむべきものであるにもかかわらず。 この指摘は二千年経っても古びていない。むしろ悪化している。 財布か

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意味という病

あなたの人生に意味があるかどうか、宇宙は一度も気にしたことがない。 太陽は46億年前から燃えている。地球は回り続けている。そのどこにも、あなたの存在を前提とした設計図はない。もし明日、人類がまるごと消えたとしても、星は瞬き続ける。海は満ちて引く。何も変わらない。 それなのに、人は意味を求める。仕事に意味を、人間関係に意味を、生きていること自体に意味を。朝起きるたびに、意識するにせよしないにせよ、「なぜ」という問いがどこかで回っている。 これは病だと思う。 治す方法があるのかどうかも分からない、厄介な病だ。 観客のいない劇場 一つ、思考実験をしてみる。 もし宇宙のどこにも、人間以外の知的生命体がいなかったとしたら。誰も人類の存在を知らず、誰も観察しておらず、誰も記録していなかったとしたら。人間がこの星の上で営んできたすべてのこと、文明、芸術、戦争、愛、それらに意味はあるだろうか。 直感的には「ある」と言いたくなる。でも、その「ある」の根拠を言語化しようとすると、途端に足元が崩れる。 意味というのは、誰かがそれを認識して初めて成立するものだという立場がある。であれば、宇

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優しい人から壊れる

友人が泣いている。あなたはその隣に座って、背中をさする。言葉が見つからないまま、ただそこにいる。胸が詰まる。相手の苦しみが、自分の胸にも流れ込んでくるような気がする。 それは美しい光景だ、と誰もが言う。 ただ、もう少しだけ先を考えてみてほしい。あなたが感じているその痛みは、本当に相手の痛みだろうか。それとも、相手の痛みに触発された、あなた自身の別の何かだろうか。そして、その区別がつかなくなったとき、壊れるのはどちらだろう。 スポットライトの外は暗い 共感には奇妙な性質がある。近くにあるもの、目に見えるもの、名前と顔があるものに、不釣り合いなほど強く反応する。 イェール大学の心理学者ポール・ブルームは2016年の著書 Against Empathy で、共感をスポットライトに喩えた。照らされた一点だけが鮮やかに浮かび上がり、その外側は真っ暗なままだ。一人の子どもが井戸に落ちれば世界中が涙を流すが、統計の中で消えていく数万の子どもたちには何も感じない。 ブルームの指摘はさらに厄介な方向へ進む。共感はバイアスに満ちている。自分に似た人、魅力的な人、同じ民族や国籍の人に対して、よ

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何も起きなかった日

先月の火曜日に何をしていたか、思い出せるだろうか。 おそらく思い出せない。それは記憶力の問題ではなく、何も起きなかったからだ。何も起きなかった日は記憶に残らない。記憶に残らない日は、振り返ったとき、最初からなかったのと区別がつかない。 人生の大半は、こういう日でできている。 溶けていく曜日 子供の頃の夏休みは果てしなく長かった。35日間が、体感では半年くらいあった。ところが大人になると、半年が体感で35日くらいになる。時間の流れ方が、どこかで反転している。 神経科学者のデイヴィッド・イーグルマンは、この現象を記憶の密度から説明している。脳は新しい経験に遭遇すると、より多くの情報を符号化する。記憶が密であれば、あとから振り返ったとき、その期間は長く感じられる。逆に、毎日が同じパターンの繰り返しなら、脳は記録すべきものをほとんど見つけられない。記憶はスカスカになる。スカスカの記憶を振り返ると、時間はあっという間に過ぎたように感じる。 つまりルーティンは、主観的な人生を縮めている。比喩ではない。知覚の構造として、そうなっている。毎日同じ道を歩き、同じ時間に同じ席に座り、同じもの

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