虚空をつかむ

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幸せかと聞かれて、黙り込む人がいる。不幸だからではない。幸福が何なのかを知らないからだ。

知らないまま追いかけている。全速力で。行き先も知らずに。

宝くじの当選者は幸せか

1978年、心理学者フィリップ・ブリックマンらが奇妙な研究を発表した。宝くじの高額当選者22人と、事故で身体が麻痺した29人、そして何も起こらなかった一般の人々22人の幸福度を比較したものだ。

結果は直感に反していた。宝くじに当たった人たちは、何も起こらなかった人たちより幸せではなかった。それどころか、日常のささやかな楽しみから得る喜びは、当選者のほうがむしろ少なかった。

ブリックマンとドナルド・キャンベルは1971年に「ヘドニック・トレッドミル」という概念を提唱していた。ランニングマシンの上をどれだけ走っても景色が変わらないように、どれほど幸運な出来事が起きても、人はやがてもとの幸福度に戻ってしまう。快楽に順応する。当たり前になる。そしてまた走り出す。

もしこれが本当なら、幸福を追いかけるという行為そのものが、永遠に到着しない旅ということになる。

走っている実感だけがある。進んではいない。

満足した豚は黙っている

ジョン・スチュアート・ミルは1863年の『功利主義論』で、快楽には質の違いがあると主張した。「満足した豚であるより不満足な人間であるほうがよく、満足した愚者であるより不満足なソクラテスであるほうがよい」。

有名な一節だ。引用されすぎて手垢がついている。でも、立ち止まって考えると、これはかなり残酷なことを言っている。

ミルの論理に従えば、幸福には格付けがある。何も考えず満たされている状態は、低い。苦悩しながら思考する状態のほうが、高い。つまり、幸福を深く考えれば考えるほど、単純な満足からは遠ざかる。

知ることは、満足の敵だ。(ミルの「満足した豚」と「不満足なソクラテス」が突きつける選択の不可逆性については「考えなければよかったのに、もう手遅れだと気づいたところで何も変わらない」で書いた。)

豚は幸せだ。豚は自分が幸せかどうか考えない。考えないから幸せだ。ソクラテスは不満足だ。ソクラテスは幸福とは何かを問い続ける。問い続けるから不満足だ。

そしてミルは、後者のほうが「よい」と言った。よい。誰にとって?

満足した豚に意見を聞いた者はいない。(幸福の「質」と他者との比較が持つ構造については「あなたの幸福は最初から誰かの書いた脚本の上で踊っているだけだった」でも書いた。)

アリストテレスの高すぎる要求

幸福を状態ではなく活動だと定義した人がいる。アリストテレスだ。

『ニコマコス倫理学』で、アリストテレスは幸福をエウダイモニアと呼んだ。直訳すれば「よく生きること」「よく為すこと」。現代語の「幸福」とは意味がずれている。気分がいいとか、満たされているとか、そういう話ではない。

アリストテレスにとって、幸福とは「徳にかなった魂の活動」だった。正しく生き、正しく行動し、それを生涯にわたって続けること。幸福は到達点ではなく、営みそのものだ。

美しい定義だと思う。思うけれど、これを本気で受け取ると、とんでもないことになる。

幸福が活動だとしたら、止まった瞬間に幸福は消える。寝ているとき、ぼんやりしているとき、何もしていないとき、あなたは幸福ではない。幸福であるためには、常に卓越した行動をし続けなければならない。

休めない。立ち止まれない。

これは要求なのか、それとも呪いなのか。(そもそも「良い人生」という概念自体が幻かもしれないという疑いについては「良い人生なんてない」で考えた。)

苦痛と退屈の振り子

ショーペンハウアーは、もっと冷たい場所に立っていた。

「人生は苦痛と退屈の間を振り子のように揺れ動く」。『意志と表象としての世界』に書かれたこの一節は、幸福についてのあらゆる議論に冷水を浴びせる。

ショーペンハウアーの論理はこうだ。人間は欲望する存在であり、欲望は苦痛を生む。何かが足りない、何かが欲しい、その飢えが苦しい。そして欲望が満たされると、一瞬だけ苦痛が消える。しかしその解放感はすぐに薄れ、今度は退屈がやってくる。退屈に耐えかねて、また新しい欲望を見つける。苦痛に戻る。(この退屈の恐ろしさと、人がなぜ忙しさに逃げ込むのかについては「暇が怖いだけ」で掘り下げた。)

この構造に従えば、幸福と呼ばれているものは、苦痛の一時的な不在にすぎない。ポジティブな状態ではなく、ネガティブな状態の中断。暗闇の中の光ではなく、痛みの合間の無感覚。

もしそうなら「幸せだった」という記憶は何だろう。痛くなかった瞬間の記録だろうか。

振り子は止まらない。止めようとすることすら、新しい欲望になる。(苦痛と退屈の振り子のあいだで「何も起きない日」がどう感じられるかについては「何も起きなかった日」で考えた。)

慣れるという絶望

話をブリックマンに戻す。

ヘドニック・トレッドミルの厄介なところは、良いことだけでなく悪いことにも当てはまることだ。大きな不幸に見舞われても、人はやがて順応する。あの1978年の研究で、事故で麻痺した人たちの幸福度も、時間の経過とともに一定の水準に落ち着いていた。

これは慰めのように聞こえる。どんなにつらいことがあっても、人は適応する。

でも裏返せば、こうも言える。どんなに素晴らしいことがあっても、あなたはそれに慣れる。感動は薄れる。喜びは日常に溶ける。やがて、何も起こらなかったのと同じになる。

慣れることは、生存のための機能だ。苦痛に慣れなければ生きていけない。でも同時に、幸福にも慣れてしまう。喜びの消費期限は、思っているより短い。

もし人間がすべての幸福に慣れる生き物だとしたら、「幸福を追求する」というのはどういう意味になるのか。追いついた瞬間に消えるものを追いかけ続けること。ゴールが逃げ続けるマラソン。山頂まで押し上げた岩が転がり落ちる、あの永遠の徒労と構造は同じだ。

走ることに意味があると信じるか、走ること自体が罰だと考えるか。その分かれ目は、たぶん哲学の領域ではない。(選択と自由がもたらすめまいについては「それでも明日の朝また幸せになりたいと思ってしまう」で掘り下げた。)

問いは答えない

ここまで来て、何もわかっていない。

幸福は活動だとアリストテレスは言った。でも活動を止めたら消えるなら、それは呪いと何が違うのか。幸福には質があるとミルは言った。でも質を見分ける知性が満足を遠ざけるなら、知ることは罰なのか。幸福は苦痛の不在だとショーペンハウアーは言った。でもそれなら、何も感じないことが最善ということになる。そしてどんな幸福にも慣れると心理学は示した。慣れてしまうものを、なぜこうも必死に追いかけるのか。

深夜の画面をスクロールしていると、誰かがこう問いかけている。「最後に本当に幸せだと感じたのはいつ?」。返信が何百もぶら下がっている。みんな答えようとしている。でも、誰も答えていない。

「あなたは幸せですか」という質問の本当の恐ろしさは、答えが「はい」でも「いいえ」でもないところにある。問われた瞬間に、幸福は対象になる。観察される。測られる。そして、観察されたものは、観察される前とは同じではいられない。(もし問わずに済む装置があったとしたら、あなたはつながるだろうか。「幸福という自殺」で、その問いに向き合った。)

幸せかどうかを考えている時間は、幸せではない。でも、考えないことは、幸福を手放すことと同じだろうか。

たぶん、幸福の正体が見えないのは、隠れているからではない。見ようとした瞬間に形を変えるからだ。

だとしたら、この問いに向き合うこと自体が、幸福からもっとも遠い行為かもしれない。

それでも問わずにいられないのは、なぜだろう。もしかするとそれは、「意味という病」のもっとも静かな症状なのかもしれない。

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Dependabotの対応が面倒なのでRenovateを導入する

Dependabotくんはある程度の依存関係の更新を通知してくれるが、山のようにprojectを抱えているとなんとも痒いところに手が届かない。 ということで、Renovateを使ってみる。 Build software better, togetherGitHub is where people build software. More than 150 million people use GitHub to discover, fork, and contribute to over 420 million projects.GitHub ここからGitHub Appを入れる。 あとは、指示に従ってポチポチするだけで、超かんたんだった。 感想 自動化最高。

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nodejsのバグを見つけたのでPRを投げてみた

概要 要するに、node --testで特定のバイナリを標準出力に書くと、テストランナーが固まったり、異常終了したりするバグです。 バグ自体は既知のものだったようで、修正がされていました。 test_runner: infinite loop in FileTest#drainRawBuffer when child stdout contains FF 0F followed by large size bytes · Issue #62693 · nodejs/nodeVersion v25.9.0 (also reproduced on v24.14.1 LTS, v22.21.0 LTS, v23.4.0) Platform Darwin 25.

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青空文庫のParser

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