なぜ若者は長文を読まないと言われ続けるのか

「最近の若者は長い文章を読まない」。

この言説を聞いたことがない人は、おそらくいないだろう。そして、この言説にはひとつ奇妙な特徴がある。何十年も前から、ほぼ同じ形で繰り返されているのだ。

テレビが普及した1960年代にも、インターネットが広まった2000年代にも、SNSが日常になった2010年代以降にも。時代の主役となるメディアが変わるたびに、同じ台詞が持ち出される。若者は読まなくなった、と。

しかし、本当にそうだろうか。

数字が語ること

まず、入手できるデータを確認しておきたい。

OECD加盟国の15歳を対象とした国際学習到達度調査(PISA)の2022年の結果では、日本は読解力で世界3位に位置している。2018年の15位から大幅に順位を上げた。OECD平均が全分野で前回から低下するなか、日本の平均得点は統計的に有意に上昇し、低得点層の割合も減少した。

つまり、少なくとも15歳の読解力に関しては、「低下している」とは言い切れない。

出版市場についても見ておく。経済産業省の分析によれば、紙の出版物の売上は確かに下落傾向にある。しかし電子出版が伸びており、市場規模全体としては世間で言われるほどの落ち込みは見られず、横ばいに推移している。ただし、電子出版の内訳を見ると、約9割をコミックが占めている。活字としての「読書」が増えたかどうかは、この数字だけでは判断できない。

統計は万能ではない。しかし、「若者は読まなくなった」という主張が印象論の域を出ていないことは、少なくとも指摘できる。

読まなくなったのか、読む場所が変わったのか

スマートフォンの画面を一日に何時間見ているか。そこで目にしているのは、ほとんどが文字だ。SNSの投稿、ニュース記事、チャットのやり取り、レビュー、ブログ。現代人は、歴史上かつてないほど大量のテキストに日常的に触れている。

問題は「読む量」ではなく、「読む対象と読み方」が変化したことだ。

紙の書籍を通読するという行為は、確かに減っているかもしれない。しかし、その減少をもって「長文を読まなくなった」と断じるのは、読書を紙の書籍に限定する、かなり狭い定義に依拠している。

Web上の記事を最後まで読み通す人が少ないことを示すデータはある。しかしそれは、Web記事の多くが最後まで読む価値のない構成になっているという問題と切り分けて考える必要がある。冒頭で結論を示さず、本題に入るまでに前置きが長く、広告で分断されるテキストを最後まで読まないのは、読解力の問題ではなく、合理的な判断だ。

読む必要のない長文

ここで一つ仮説を立ててみる。長文を読まないのではなく、「読む必要のない長文」が増えただけではないか。

AIの文章に価値はあるかで書いたように、AI生成テキストの氾濫によって、インターネット上のテキストの総量は急激に増加している。しかし、その大半は誰かの視点を持たない、読者に語りかけない文章だ。選択と捨象の痕跡がない文章を前にして、読者が早々にページを閉じるのは、読解力の欠如ではなく、優れた判別力の発揮だとすら言える。

もちろん、これはAI以前の問題でもある。SEO対策のために引き延ばされた記事、本一冊分の内容を薄めて記事十本にしたシリーズ、結論を最後まで隠す構成のまとめ記事。こうした「読ませる気のない長文」が増えたことで、読者の側に「長文は時間の無駄だ」という学習が蓄積されている可能性がある。

長文を読まないのは、長文に裏切られ続けた結果かもしれない。

能力と習慣は別の問題

もう一つ、区別しておくべきことがある。「長文を読む能力」と「長文を読む習慣」は、別の問題だ。

能力の面では、PISAの結果が示す通り、日本の若年層の読解力は国際的に高水準を維持している。複数の情報源を比較し、信頼性を評価し、必要な情報を抽出する力。これは「長文を読む能力」そのものだ。

しかし、能力があることと、日常的にそれを行使することは別だ。長距離を走れる体力があっても、毎日走るとは限らない。長文を読む力があっても、日常的に長文を選んで読むかどうかは、環境と動機の問題だ。

短い刺激が絶え間なく供給される環境では、長い文章に向き合う動機が薄れる。それは能力の低下ではなく、注意の配分先が変わったということだ。

「若者」という主語の雑さ

そもそも「若者は」という主語が、どれほど雑であるかを考えたい。

「若者」とはどの年齢層を指しているのか。15歳か、20歳か、30歳か。大学で哲学書を精読している学生も、SNSのストーリーしか見ない学生も、等しく「若者」にまとめられている。

どの時代にも、本を読む若者と読まない若者がいた。それは今も変わらない。変わったのは、読まない若者が可視化されやすくなったことだ。SNS上で「本なんて読まない」と公言できるようになった結果、読まない層の存在が目立つようになった。読む層は以前と同じように静かに読んでいるが、声を上げない。

「若者は長文を読まない」という言説が何十年も繰り返される理由は、おそらく単純だ。上の世代が下の世代を心配するのは、人類の普遍的な習性だからだ。ソクラテスの時代から、年長者は若者の知性を嘆いてきた。そしてその若者たちは、自分が年長者になったとき、次の若者に同じことを言う。

書く側の問題

この循環が、あと何十年続くかは知らない。ただ、長い文章を書く側として言えることが一つだけある。

読まれないのだとしたら、それは読者のせいではない。書き手の力量の問題だ。

デジタルの紙を超えてで書いたように、情報の「見た目」と「中身」は本来分けて考えるべきものだ。長文が読まれないのは、長文という形式の問題ではなく、その中身が読者の時間に値するかどうかの問題だ。

読む価値のある長文は、いつの時代でも、最後まで読まれている。

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