1兆の夜明けを数えた星の沈黙
深夜、ベランダに出て空を見上げる。星が見える。あるいは曇っていて何も見えない。どちらにしても、足元の地面は動いていない。少なくとも、そう感じる。
しかし今この瞬間も、あなたは地球の自転によって時速約1,670km(赤道上の場合)で移動している。新幹線の5倍以上。音速の約1.4倍。それをまったく感じないのは、あなたが地球と同じ慣性系の中にいるからだ。空気も、建物も、コーヒーカップも、すべてが同じ速度で動いている。相対的な差がないから、体感としてはゼロになる。
では、この回転は今まで何回繰り返されたのだろうか。
数えてみる
地球の年齢は約46億年とされている。放射性同位体の崩壊を利用した年代測定(ウラン-鉛法など)によって推定された数値だ。
単純に1日1回転として計算すると、46億年 x 365.25日 = 約1兆6,800億回転。途方もない数だ。しかしこの計算は正確ではない。地球の自転速度は一定ではないからだ。
月の重力が地球の海水を引っ張ることで潮汐が生じる。この潮汐は地球の自転にブレーキをかける。結果として、地球の1日は100年あたり約2.3ミリ秒ずつ長くなっている。わずかな変化だが、数十億年の蓄積は大きい。
2020年に発表された研究では、白亜紀後期(約7,000万年前)の二枚貝の化石の成長線を分析することで、当時の1日が約23.5時間、1年が約372日だったことが示された。恐竜たちは、私たちよりも短い1日を、より多い日数で1年を過ごしていた。
さらに遡ると、約6億2,000万年前の地球では1日が約21時間だったという地質学的な記録がある。地球が生まれた直後は、1日がわずか6時間程度だったとする推定もある。つまり、地球の歴史を通じた回転数は単純な掛け算よりも多い。自転が速かった時代のほうが長いからだ。
正確な総回転数を出すのは極めて難しいが、ざっくり言えば1兆6,800億回よりも多い。おそらく2兆回に迫るか、それを超えるあたりだろう。
回転を「見た」人
地球が回転していることを、人間が直接「見る」ことに成功したのは意外と最近だ。
1851年、フランスの物理学者レオン・フーコーがパリのパンテオンで振り子の実験を行った。長さ67mの糸に28kgの鋼球を吊り下げ、振動させる。振り子の振動面は慣性によって一定方向を保とうとするが、その下にある地球は回転している。だから時間が経つにつれて、振り子の振動方向が少しずつずれていくように見える。実際にはずれているのは地球のほうだ。
フーコーの振り子は、人間が地球の自転を「目で見た」最初の実験だった。それ以前にも地球が回転しているという理論はあったが(コペルニクスの地動説は1543年)、目に見える形で示されたのはこのときだ。2,000年近く、人間は足元が回っていることを知識としては持ちながら、実感としてはまったく持てずにいた。
時間を圧縮してみる
地球の歴史を1年間に圧縮する「宇宙カレンダー」という思考実験がある。カール・セーガンが1977年の著書「エデンの恐竜」や番組「コスモス」で広めた手法だ。
この圧縮では、1月1日の午前0時に地球が誕生する。最初の生命(原核生物)が現れるのは2月下旬から3月頃。多細胞生物は9月頃にようやく登場する。恐竜が地上を歩き始めるのは12月25日あたり。恐竜が絶滅するのは12月30日の朝。
そしてホモ・サピエンスが現れるのは、12月31日の午後11時52分。人類の歴史(約30万年)は地球の回転数に換算すると約1億1,000万回で、全回転数のおよそ0.007%に相当する。
あなた個人の一生はどうか。80年として約29,200回転。1兆6,800億分の29,200。パーセンテージにすれば0が10個以上並ぶ小数点の向こう側にある。
この数字を前にして「だから人生は無意味だ」と結論づけることもできる。しかしその結論は、スケールの大小を意味の有無と混同している。小さいことと無意味であることは同じではない。
回転に意味はあるか
地球の回転そのものには、目的がない。
太陽系が形成された約46億年前、原始太陽の周囲を漂うガスや塵が衝突と合体を繰り返しながら回転運動を獲得した。角運動量の保存則に従って、集積した物質は回転し続ける。それだけだ。誰かが回せと命じたわけでも、何かの目的のために設計されたわけでもない。
しかし人間は、この無意味な回転に意味を載せた。地球が1回転することを「1日」と名付けた。地球が太陽の周りを1周することを「1年」と名付けた。そこに季節を見出し、暦を作り、誕生日を祝い、記念日を設けた。
時間という概念を考えてみると、自然界には「日」や「年」という単位は存在しない。地球が回っているという物理現象があるだけだ。それを区切りとして切り出し、名前をつけ、カレンダーに並べ、「あと何日」と数えるのは、すべて人間の発明だ。
「今日は何月何日で、あなたは何歳だ」という情報は、地球の回転を数えた結果にすぎない。しかしその「数え方」が人間の生活を根本から規定している。締め切りがあり、定年があり、命日がある。回転そのものには意味がないのに、数え始めた瞬間から意味が発生してしまう。
止められない時計
地球の自転は、わずかずつだが確実に遅くなっている。数億年後には1日が25時間を超え、さらに遠い未来には地球は月に対して常に同じ面を向けるようになる(潮汐ロック)。そのとき、地球の片面は永遠の昼、もう片面は永遠の夜になる。
もっとも、太陽の寿命は約50億年後に尽きるとされているから、地球が潮汐ロック状態になるかどうかは微妙なところだ。太陽が赤色巨星に膨張する過程で、地球が飲み込まれる可能性もある。
いずれにしても、回転はいつか止まる。あるいは回転体そのものがなくなる。人生が有限であるように、地球の回転も有限だ。
まとめ
地球はこれまでにおよそ1兆6,800億回以上回転した。自転速度は潮汐力によって少しずつ遅くなっており、恐竜の時代には1日は約23.5時間、1年は約372日だった。
人類の歴史はこの回転数の0.007%。個人の一生は約29,200回転。途方もなく小さな数字だ。しかし「1日」という単位も「1年」という区切りも、回転に意味を見出した人間の発明だ。回転は物理現象にすぎないが、それを数え始めた瞬間に、時間が生まれた。
今夜もまた、地球は回る。あなたが眠っている間も、起きている間も、何も感じないまま。