写真のしくみ ⑨ カメラの「瞳」が明るさをあやつる

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シリーズ「写真のしくみ」について
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。

カメラの中をのぞいたことはありますか。レンズの奥に、何枚もの金属の羽根でできた穴が見えます。この穴は大きくなったり小さくなったりして、写真の明るさもボケも変えてしまう。今回は、きみ自身の目にも備わっている「絞り」のしくみと、写真の世界で使われる「F値」の正体に迫ります。

きみの目の中にも「絞り」がある

暗い部屋から急に外に出ると、まぶしくて目がくらむことがありますよね。でも少し待つと、ちゃんと景色が見えるようになります。逆に、明るい場所から暗い部屋に入ると、最初は何も見えないのに、だんだん目が慣れてくる。

これ、きみの目の中で何が起きているか知っていますか?

きみの目の中には「虹彩(こうさい)」という色のついた部分があります。日本人なら茶色っぽく、ヨーロッパの人なら青や緑に見えるあの部分です。虹彩の真ん中に開いている黒い穴が「瞳孔(どうこう)」。ふだん「瞳」と呼んでいるのは、実はこの穴のことなんです。

明るい場所では、虹彩の中の筋肉がぎゅっと動いて瞳孔を小さくします。光が目に入りすぎないようにするためです。暗い場所では、別の筋肉が働いて瞳孔を大きく広げます。少しでもたくさんの光を取り込もうとしているんですね。

実はこの「穴の大きさを変えて光の量を調節する」というしくみ、カメラの中にもまったく同じものがあります。それが絞りです。

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やってみよう
鏡の前に立って、自分の目をよく見てみてください。まず明るい部屋で、鏡に映る自分の瞳孔の大きさをよく覚えておきます。次に部屋を暗くして30秒ほど待ちましょう。そのあとスマートフォンのライトをつけて顔を照らしながら鏡を見ると、大きく開いていた瞳孔がきゅっと縮んでいくのが見えるはずです。

この変化は、ほんの一瞬で起きます。きみの体が、何も考えなくても自動で光の量を調節してくれているんですね。目のこの自動調節とカメラの絞りはとてもよく似ていますが、じつは意外なほど大きな違いもあります。

カメラの絞りも、やっていることはこれとまったく同じです。レンズの中にある「穴」の大きさを変えて、フィルムやイメージセンサーに届く光の量をコントロールしています。

絞り羽根のひみつ

では、カメラの絞りはどうやって穴の大きさを変えているのでしょう?

レンズの中をのぞくと、薄い金属の板が何枚も円形に重なっているのが見えます。これが絞り羽根です。ふつうのレンズには5枚から9枚くらいの羽根が入っています(高級なレンズにはもっと多いものもあります)。

この羽根が動くしくみは、意外とシンプルです。羽根の一枚一枚が少しずつ回転することで、重なり合う部分が変わり、真ん中の穴が大きくなったり小さくなったりします。ちょうど、何人かで手を出し合って輪を作り、みんなで手を広げれば穴が大きくなり、手をすぼめれば穴が小さくなる。あの動きに似ています。

きみの目の虹彩には筋肉が入っているから、なめらかに伸び縮みします。穴の形はいつもきれいな丸です。一方、カメラの絞り羽根は金属の板なので、穴の形はどうしても多角形になりやすい。羽根の枚数が多いほど丸に近づきますし、最近のレンズでは羽根の縁にわざと丸みをつけた「円形絞り」を採用して、できるだけきれいな丸い穴を作る工夫がされています。この穴の形は、実は写真に写るボケの形にも影響します。

「F値」ってなに?

カメラや写真の話をしていると、「F2.8」「F5.6」「F11」といった数字をよく耳にします。これがF値(エフち)と呼ばれるもので、絞りの開き具合を表す数字です。

ところが、このF値にはちょっと不思議なルールがあります。

数字が小さいほど、穴が大きくて、明るい。

数字が大きいほど、穴が小さくて、暗い。

ふつうの感覚だと、数字が大きいほうが「たくさん」とか「大きい」イメージがありますよね。でもF値は逆なんです。これがカメラを勉強し始めた人がまず混乱するポイントで、ベテランの写真好きでさえ最初はみんなここでつまずいたはずです。

どうしてこんなことになるのか。理屈はシンプルです。

F値というのは「レンズの焦点距離を、光が通る穴の直径で割った数」なんです。

たとえば焦点距離50mmのレンズで、光が通る穴の直径が25mmだったら、50 ÷ 25 で F2。同じレンズで穴を約9mmまで小さくすると、50 ÷ 9 で約 F5.6 になります。

つまり、穴が大きいと割り算の答えが小さくなり、穴が小さいと答えが大きくなる。F値が「割り算の結果」だから、数字の大小が逆転して見えるというわけです。

「なんでわざわざそんな割り算をするの? 穴の直径をそのまま使えばいいじゃん」と思うかもしれません。実はこの方法にすると、焦点距離が違うレンズ同士でも明るさを同じ基準で比べられるという、とても便利なメリットがあるんです。

たとえば焦点距離50mmのレンズと焦点距離200mmのレンズがあるとします。どちらも「F2.8」なら、センサーに届く光の明るさ(正確には像面での照度)は同じです。もし穴の直径だけで比べていたら、50mmレンズの穴は約18mm、200mmレンズの穴は約71mmになります。数字がバラバラで、比べようがありません。でもF値を使えば、どちらも「F2.8」のひとことで済む。だから世界中のカメラマンが、この共通のものさしを使っているんです。

F2.8とF5.6、どっちがどれくらい明るい?

さて、F2.8とF5.6では、実際にどれくらい明るさが違うのでしょう?

ここで大事なのは、光が通る穴に入る光の量は、穴の「面積」で決まるということです。直径ではありません。

丸い穴の面積は、直径が2倍になると4倍になります。これは円の面積の性質です。庭に直径1メートルの丸いビニールプールと、直径2メートルの丸いビニールプールを置いたとしましょう。深さが同じなら、大きいほうには4倍の水が入ります。入口が丸い穴だと思えば、光も同じ理屈です。

F2.8とF5.6を比べてみましょう。F値が2倍になっています(2.8 × 2 = 5.6)。F値が2倍ということは、穴の直径が半分ということです(さっきの割り算を思い出してください)。直径が半分になれば、面積は4分の1になります。

つまり、F5.6はF2.8の4分の1の光しか通さない。けっこうな差ですよね。

カメラの世界では、光の量が半分になることを「1段(いちだん)暗くなる」と表現します。F2.8からF5.6は「2段」暗くなる。このとき、光の量は半分のさらに半分、つまり4分の1です。

ちなみに、1段ぶんのF値の変化は、もとのF値に約1.4をかけた数になります。

  • F2.8 × 約1.4 = F4(1段暗い)
  • F4 × 約1.4 = F5.6(もう1段暗い)

この「約1.4」という数字は、面積がちょうど半分になるときの直径の比率にあたります。数学でいう√2(ルート2)という値です。でも、この数字を覚える必要はまったくありません。大事なのは「F値が1段変わると、光の量が2倍(または半分)になる」ということだけです。

よく使われるF値を順番に並べてみましょう。

  • F1.4F2F2.8F4F5.6F8F11F16F22

左にいくほど明るく、右にいくほど暗い。隣どうしで光の量が2倍ずつ違います。いちばん左のF1.4といちばん右のF22を比べると、その差はなんと約256倍にもなります。同じレンズの中の穴の大きさを変えるだけで、これだけの調節ができるんですね。ちなみにこの「段」という考え方はシャッタースピードISO感度でもまったく同じように使われます。ただしF16やF22のように極端に絞り込むと、光の回折という別の問題が出てくることも覚えておきましょう。

絞りを変えると、ボケも変わる

絞りの第一の役割は光の量を調節することですが、実はもうひとつ、写真の見た目に大きく影響することがあります。

それがボケです。

絞りを大きく開ける(F値を小さくする)と、ピントが合っている部分以外がふわっとぼける写真になります。逆に絞りを小さく絞る(F値を大きくする)と、手前から奥までくっきり写る写真になります。

たとえば、花を一輪だけ撮るとき。F2.8くらいまで絞りを開けると、花だけにピントが合い、背景がやわらかくぼけて、花が浮かび上がるような写真になります。一方、風景を隅々まで写したいときにF11やF16まで絞ると、手前の草から遠くの山までしっかり写ります。

「どうして穴の大きさでボケ方が変わるの?」と思ったきみは、とてもいい疑問を持っています。これには光の進み方が深くかかわっていて、しくみをきちんと説明するにはピントと被写界深度の話が必要になります。ボケの大きさを決める3つの要素の回で、その答えをあらためて解き明かすので楽しみにしていてください。ここではまず「絞りは明るさだけでなく、ボケにも影響する」ということを覚えておきましょう。

「開放」と「絞る」

写真の世界では、独特の言い回しがいくつか出てきます。ここでふたつの大事な用語を押さえておきましょう。

開放(かいほう) は、そのレンズの絞りをいちばん大きく開けた状態のことです。レンズがもっとも明るくなる状態ですね。「開放F値」といえば、そのレンズが出せるいちばん小さなF値を指します。たとえば「開放F1.8のレンズ」と言えば、最大でF1.8まで明るくできるレンズということです。

カメラのカタログやレンズの名前に書いてある「f/1.8」や「F2.8」といった数字は、この開放F値を示していることが多いです。お店でレンズを見かけたら、ぜひその数字を探してみてください。

絞る(しぼる) は、絞り羽根を動かして穴を小さくすることです。「もう少し絞って」と言えば、F値を大きくする(穴を小さくする)という意味になります。反対に「開ける」と言えば、穴を大きくする(F値を小さくする)方向に動かすことを指します。

このふたつの言葉は、カメラの説明書でも写真教室でもしょっちゅう出てきます。覚えておくと、ぐっと話がわかりやすくなるはずです。

この回のまとめ

今回は、カメラの絞りとF値のしくみを見てきました。大事なポイントを振り返りましょう。

  • カメラの絞りは、人間の目の瞳孔と同じしくみ。レンズの中にある穴の大きさを変えて、光の量を調節しています。
  • 穴の大きさは絞り羽根という薄い金属の板を動かすことで変わります。羽根の枚数が多いほど、穴の形が丸に近くなります。
  • 絞りの開き具合を表す数字がF値数字が小さいほど穴が大きくて明るく、数字が大きいほど穴が小さくて暗い。
  • F値は「焦点距離 ÷ 穴の直径」で決まるため、焦点距離が違うレンズ同士でも明るさを同じ基準で比べられます。
  • F値が1段変わると、光の量は2倍(または半分)になります。F2.8とF5.6では2段の差があり、光の量は4倍違います。
  • 絞りは明るさだけでなく、ボケにも影響します。開けるとボケやすく、絞るとくっきり写ります。
  • 開放はそのレンズでいちばん明るい状態、絞るは穴を小さくすることです。

穴の大きさを変えるだけで、写真の明るさもボケもまるで変わる。カメラの中にある小さな「瞳」は、想像以上に大きな仕事をしています。次回は、もうひとつの光の量を操る道具、シャッタースピードの世界に踏み込んでいきましょう。

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