何をしても同じだった

宝くじに当たった人と、事故で脊髄を損傷した人がいる。一年後、両者が日常生活から得る幸福感にはほとんど差がなかった。1978年にこの事実が報告されたとき、「幸福の追求」という人類最古のプロジェクトは静かに足元を失った。

当選者と被害者

フィリップ・ブリックマンらが1978年に発表した研究は、幸福研究の古典として今も引用され続けている。イリノイ州の宝くじ当選者22人、対照群22人、そして事故による脊髄損傷者29人。この三つのグループの幸福度を比較した。

結果は直感に反するものだった。

宝くじ当選者の日常的な幸福感は対照群と有意に変わらなかった。それどころか、当選者は日常の些細な出来事から得られる喜びが対照群より有意に低下していた。友人と話す、テレビを見る、朝食を食べるといった何気ない行為が、かつてほどの喜びをもたらさなくなっていた。最大の幸運が、小さな幸福を奪ったのだ。

一方、脊髄損傷者の幸福度は「予想されるほど不幸ではなかった」と研究者自身が記している。日常的な幸福感においては、宝くじ当選者との差は驚くほど小さかった。

ここにあるのは、良い出来事が人を永続的に幸せにするわけでもなく、悪い出来事が人を永続的に不幸にするわけでもないという、希望なのか絶望なのか判別のつかない構造だ。

同じ場所を走る

この構造に名前をつけたのはブリックマン自身だった。1971年、ドナルド・キャンベルとの共著のなかで、彼は「ヘドニック・トレッドミル」という比喩を提示した。ランニングマシンの上で走り続ける人間。息が切れる。汗が出る。しかし一歩も前に進んでいない。

この比喩の背後にある理論的枠組みが「セットポイント理論」と呼ばれる。人間の幸福度には遺伝的・気質的に定まった基準点があり、外的な出来事による変動は一時的にすぎず、やがて基準点に回帰する。ハリー・ヘルソンの順応水準理論を下敷きにしたこの考え方は、幸福を追い求める行為そのものの意味を構造的に掘り崩す。

虚空をつかむように幸福を追い求めても、手を開けばそこには何もない。快楽を追い求めれば追い求めるほど快楽が遠のくという握りしめると消える構造と、適応によって快楽が消え去るセットポイント理論は、異なる角度から同じ絶望を指し示しているのかもしれない。

慣れてしまう

良いことに慣れてしまうのは、残念ではあるがそれほど有害ではない。新しいスマートフォンの感動が二週間で消えたところで、失うものは感動だけだ。広い部屋に引っ越した喜びが「当たり前」に変わったところで、部屋が狭くなるわけではない。

問題は、悪いことにも人は慣れてしまうということだ。

アマルティア・センはこの構造に鋭い批判を向けた。「適応的選好形成」と呼ばれるこの現象は、抑圧的な環境に置かれた人が、やがてその環境を「普通」と感じ始め、それ以上を望まなくなるプロセスを指す。主観的な幸福度調査で「満足している」と答えていても、それは真の満足ではなく、別の選択肢を想像する力が削がれた結果にすぎないかもしれない。

人が比較でしか幸福を測れないことの根深さはここにもある。幸福に絶対的な単位はない。だから人は比較する。しかし比較の基準点そのものが適応によってずれていくなら、その測定はどこまでも不確かなものになる。「幸福だ」と報告する人が本当に幸福なのか、それとも不幸に慣れただけなのか。この問いに答える術を、私たちはまだ持っていない。

修正される理論、変わらない構造

2006年、エド・ディーナーらはセットポイント理論に大幅な修正を加えた。基準点は感情的に中立ではない。人によって基準点は異なる。幸福感のなかにも複数の基準点がある。そして、おそらく最も重要なこととして、基準点は一定の条件下では変動しうる。

ソニア・リュボミアスキーは著書『The How of Happiness』のなかで、幸福度の約50%は遺伝的要因、約10%は外的環境、残りの約40%は意図的な活動によって左右されると主張した。瞑想、感謝の実践、人間関係の構築。こうした営みは基準点をわずかに動かせるかもしれないという。

しかし冷静に見れば、この「修正」は絶望の輪郭を少しぼかしたにすぎない。基準点が完全に固定されていないことと、基準点を自在に動かせることはまったく別の話だ。トレッドミルの傾斜がわずかに変わったとしても、あなたがトレッドミルの上にいるという事実は変わらない。

国家の経済成長と国民の幸福度の乖離を調べたイースタリンのパラドックスもまた、右肩上がりの絶望として同じ構造を社会全体の規模で映し出す。所得が増えても、幸福度は増えない。トレッドミルは個人の足元だけでなく、社会全体の足元にも敷かれている。

忘れてしまう

後悔にすら人は慣れる。かつて眠れないほど苦しんだ選択の記憶は、やがて輪郭を失い、「そういうこともあった」という淡い色に変わる。後悔は治らないと言いたいところだが、正確に言えば、後悔は治るのではなく、後悔を感じる回路そのものが鈍くなる。それを「治った」と呼ぶかどうかは、もはや言葉の問題にすぎない。

ノージックの経験機械を思い出す人もいるかもしれない。あらゆる快楽を完璧にシミュレートする装置に接続された人間。それは幸福という自殺を選んだことになるのだろうか。セットポイント理論は、経験機械の外にいてすらその問いを突きつける。現実の中で何を経験しても幸福度は元に戻るのだとしたら、「現実」と「シミュレーション」の差は、幸福という観点からは、限りなく薄い。


人間は慣れてしまう動物だ。喜びに慣れ、悲しみに慣れ、退屈に慣れ、絶望にすら慣れる。適応は生存のための装置として進化が与えた贈り物なのかもしれない。しかしその贈り物は、幸福を追い求める生き物にとっては呪いでもある。

満ちることのない器に、あなたは明日も何かを注ぐ。水位は一瞬だけ上がり、そしてまた元に戻る。

それを知っていても、注ぐことをやめられない。それが、おそらく最も適応しがたい事実だ。

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怪物の口に幸福が吸い込まれる

幸福の総量を最大化する。それが正しいと言われてきた。しかし1974年、ロバート・ノージックはたった一つの問いでその前提を破壊した。もしある存在が、他の全員よりも圧倒的に多くの快楽を得られるなら、功利主義は全員の取り分をその「怪物」に差し出すことを要求する。 あなたの幸福は計算の端数だった。切り捨てられた。 幸福を貪る口 1974年、ロバート・ノージックは『アナーキー・国家・ユートピア』のなかで一つの思考実験を置いた。 功利主義は、効用の怪物の可能性によって困惑させられる。怪物は、他の人々の犠牲から、その人々が失う以上に圧倒的に大きな効用の増加を得る。 仕組みは単純だ。功利主義の原則に従えば、社会全体の幸福を最大化する資源配分が「正しい」。ここに一人、あらゆる資源からとてつもない快楽を引き出す存在が現れたとする。りんご一個で他の百人分の快楽を得る。映画を一本見れば千人分の歓喜を感じる。 功利主義はこの怪物にすべてを差し出すことを要求する。他の全員が飢えても、怪物の快楽が総量を上回る限り、それが「最善」だと計算は告げる。 ノージックが示したかったのは、功利主義が論理的に正し

By Sakashita Yasunobu

綱を引く手が一本ずつ消えていく

あなたは集団のなかで、少しずつ消えている。 それは比喩ではない。測定可能な事実だ。19世紀末、フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンは、人が集団で綱を引くとき、一人あたりの力が確実に減少することを発見した。人数が増えるほど、個人は薄まる。誰のせいでもなく、誰も怠けているわけではなく、ただ構造がそうさせる。 もしあなたがいま、何かのチームに属しているなら、あなたはすでに全力を出していない。そしてそのことに、おそらく気づいてもいない。 綱を引く手が教えたこと リンゲルマンの実験は素朴だった。 1880年代から1900年代初頭にかけて、彼は農業機械の効率を研究する過程で、人間が集団で水平方向に荷を押したり引いたりする際のパフォーマンスを測定した。その結果は1913年に報告されている。一人で綱を引くとき、その人間は持てる力をすべて発揮する。二人になると、一人あたりの出力は約93%に落ちる。三人で85%。八人になると、49%。半分以下だ。 この数字の意味を考えてみてほしい。八人で綱を引いているとき、あなたは一人のときの半分も力を出していない。しかもそのことに自覚がない。全員が

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嘘が真実を食い尽くす朝

「この文は嘘である」 この一文を前にして、あなたは立ち往生する。もし真だとすれば、文の内容に従って偽になる。もし偽だとすれば、「嘘である」という主張が間違っていることになり、真になる。真だと仮定しても偽だと仮定しても、反対の結論にたどり着く。出口がない。 これは言葉遊びではない。2300年以上にわたってこの問いに取り組んできた哲学者と論理学者たちは、いまだに合意に至っていない。解決策はいくつも提案されてきた。どれも、別の問題を抱えている。 あなたが自分自身について何かを語ろうとするとき、同じ構造がそこにある。 循環の入口 試しにやってみてほしい。「この文は嘘である」が真か偽か、判定する。 真だと仮定する。この文は「嘘である」と主張しているのだから、偽になる。仮定と矛盾する。 では偽だと仮定する。「嘘である」という主張が偽ということは、嘘ではない。つまり真になる。やはり仮定と矛盾する。 どちらに転んでも矛盾する。そしてこの矛盾は、推論のどこかでミスを犯したから生じたのではない。前提そのものに埋め込まれている。 エピメニデスの不発弾 よく混同されるが、古代ギリシアの

By Sakashita Yasunobu

何でも飾れる額縁だけが残った

1917年、マルセル・デュシャンは既製品の男性用小便器に「R. Mutt」と署名し、「泉(Fountain)」と名づけてニューヨーク独立芸術家協会の展覧会に出品した。拒否された。それだけの話だ。だが「それだけ」のはずの出来事が、それ以降のすべての芸術を汚染した。美しさも技巧も素材の選択も関係ない。署名ひとつ、提示の身振りひとつで、便器が「芸術」を名乗れる。そしてその瞬間から、「芸術とは何か」という問いは回答不能になった。回答不能のまま、100年以上が過ぎている。 目で見えないものが芸術を決める 1964年、アンディ・ウォーホルはスーパーマーケットに並ぶブリロの箱と見た目がまったく同じ「ブリロ・ボックス」をギャラリーに置いた。哲学者アーサー・ダントーは、この事態に根本的な問いを見出した。視覚的に区別できない二つの対象のうち、片方だけが芸術である。では芸術を芸術にしているのは何なのか。 ダントーの答えは「アートワールド」だった。芸術作品を芸術たらしめるのは知覚可能な性質ではなく、理論と批評と歴史が編み上げた解釈の共同体、その「理論的雰囲気」なのだと。あなたには何も見えていない。文字

By Sakashita Yasunobu