見えない光が写す もうひとつの風景
見えない光で写真を撮る、という行為がある。
カメラのシャッターを切る。構図を決め、ピントを合わせ、露出を調整する。やることは通常の撮影とまったく同じだ。ただひとつ違うのは、写し取る光が人間の目には見えないということ。赤外線写真は、可視光の向こう側にある世界を画像として定着させる技術だ。
出来上がった写真を見ると、緑の木々は真っ白に輝き、空は暗く沈み、雲だけが不気味なほどのコントラストで浮かび上がる。現実の風景を撮っているのに、現実には見えない。この矛盾が、赤外線写真の核にある面白さだ。
赤外線写真とは何か
人間の目が感知できる光(可視光)の波長は、およそ380nmから780nmの範囲だ。赤外線はその上、約780nm以降の波長を持つ電磁波で、近赤外線(780nm-2500nm程度)は写真撮影に利用できる領域にある。
フィルム時代には、赤外線に感光する専用フィルムが存在した。代表的なのはKodak High Speed Infrared(通称Kodak HIE)で、粒子の粗さと独特のハレーションが赤外線写真の「あの雰囲気」を作っていた。残念ながら2007年に製造終了している。
デジタルカメラの場合、センサー自体は赤外線に感応する能力を持っている。しかし通常のカメラには、赤外線がセンサーに届く前にカットするIRカットフィルターが搭載されている。可視光だけを正確に記録するためだ。赤外線写真を撮るには、このフィルターを物理的に除去する改造が必要になる。
改造せずに撮る方法もある。レンズ前面にIRパスフィルター(Hoya R72やWratten 87など)を装着すれば、可視光を遮断して赤外線だけをセンサーに届けることができる。ただしIRカットフィルターが残っているため、センサーに届く赤外線の量はごくわずかで、露光時間が数秒から数十秒に膨れ上がる。三脚は必須、動く被写体はほぼ撮れない。
なぜ世界が変わるのか
赤外線写真の最大の特徴は、植物が白く光ることだ。この現象はウッドエフェクト(Wood Effect)と呼ばれ、赤外線写真の先駆者であるロバート・ウィリアム・ウッド(1868-1955)にちなむ。
メカニズムはこうだ。植物の葉に含まれるクロロフィル(葉緑素)は、可視光のうち赤と青の波長を吸収して光合成に利用し、緑を反射するから緑に見える。しかし近赤外線に対しては、葉の内部構造(海綿状組織)が非常に強く反射する。この反射率は可視光の緑よりもはるかに高い。結果として、赤外線写真では落葉樹の葉が白く、ほとんど発光しているかのように写る。
一方、空は暗くなる。可視光において空が青く見えるのはレイリー散乱によるが、赤外線は波長が長いため散乱されにくく、空を通過してしまう。散乱光が少ないから、空は暗い。雲は赤外線を反射するため白く写り、暗い空との間に極端なコントラストが生まれる。
人間の肌も独特に写る。肌の表層は近赤外線をある程度透過させるため、しみやそばかすが消えて滑らかに見える場合がある。一方で、皮下の血管パターンが浮き出ることもある。普段は見えない層が可視化される。
つまり赤外線写真が見せているのは、「人間の目が見ている世界」と「物理的に存在する世界」のあいだにあるズレだ。木は緑ではなく白かった。空は青ではなく黒かった。ただ人間の目がそう見ていなかっただけで、光はずっとそこにあった。
技術的なハードル
赤外線撮影には、通常の撮影にはない技術的課題がある。
IRカットフィルター除去改造 は不可逆に近い。一度改造すると、通常の撮影には使いにくくなる。改造費用は国内業者で3万円から5万円程度が一般的だ。専用のカメラを一台用意するか、古いボディを改造に回すのが現実的な選択になる。
フォーカスのズレ も無視できない。赤外線は可視光より波長が長いため、同じレンズでも焦点位置がわずかにずれる。オートフォーカスは可視光を基準に合焦するので、赤外線撮影では精度が落ちる。マニュアルフォーカスでの微調整か、絞り込んで被写界深度で補うかのどちらかが必要だ。かつてのMFレンズには赤外線用の指標(赤いR印)が刻まれていたが、最近のレンズにはない。
ホワイトバランス は通常の設定では機能しない。赤外線の世界には「白」の基準がないからだ。カスタムホワイトバランスを取るか、RAWで撮影して後から現像ソフトで調整することになる。
カラー赤外線という世界
赤外線写真はモノクロのイメージが強いが、カラーでも撮れる。フォールスカラー赤外線と呼ばれる手法だ。
デジタルカメラのセンサーはRGBのカラーフィルターを通して情報を記録する。赤外線が混ざった状態で撮影すると、各チャンネルが通常とは異なる波長情報を含むことになる。この画像のRGBチャンネルをスワップ(入れ替え)すると、現実にはありえない色彩が現れる。金色の木々、紫の空、ピンクの芝生。現実を写しているのに、現実にはまったく見えない画像が生まれる。
ジミ・ヘンドリックスのアルバム「Are You Experienced」(1967年)のジャケット写真が有名な例だ。カール・フェリスが赤外線フィルムで撮影したもので、サイケデリックな色彩はフォールスカラー赤外線によるものだ。あの時代の空気と赤外線写真の非現実感が、見事に一致していた。
カメラが目を超える瞬間
写真は記録の道具だ、という理解は間違っていない。しかし赤外線写真は、その理解の範囲を少し広げてくれる。
通常の写真は、人間の目が見ているものを記録する。構図や露出で強調はしても、基本的には可視光の範囲内だ。赤外線写真は違う。人間の目には絶対に見えないものを記録する。レンズの選び方や撮影距離をいくら工夫しても見えないものが、波長を変えるだけで姿を現す。
カメラが人間の目の代替品ではなく、目を超える装置になる瞬間がある。赤外線写真はその瞬間を、もっとも直接的に体験させてくれる方法のひとつだ。
なお、赤外線撮影は芸術表現だけのものではない。農業分野では植物の健康状態の評価(NDVI: 正規化植生指数)に、建築分野では断熱不良の検出に、考古学では地表下の構造物の発見に利用されている。見えない光が、見えないものを教えてくれる。
まとめ
赤外線写真は、人間の目が感知できない約780nm以上の波長の光を使って撮影する技術だ。植物が白く輝き、空が暗く沈み、日常の風景がまったく異なる姿を見せる。
デジタルでの赤外線撮影にはIRカットフィルター除去改造やフォーカス補正、ホワイトバランスの調整といった技術的ハードルがある。しかしその先には、カメラが人間の目の限界を超える瞬間が待っている。
写真という行為の本質が「光の記録」であるならば、赤外線写真は「見えない光の記録」だ。私たちが見ていないだけで、世界にはまだ見えていない層がある。