写真のしくみ ⑰ 光が遠くで暗くなる理由とストロボが届ける一瞬の光
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
夜道で懐中電灯を持って歩いたことはありませんか。足元はしっかり明るいのに、10メートル先を照らそうとすると、ぼんやりとしか見えません。「電池が弱いのかな?」と思うかもしれませんが、電池は関係ありません。光そのものに、離れれば離れるほど弱くなるという性質があるのです。
この回では、その「光が弱くなるルール」を知り、そのルールを逆手にとって暗い場所でも写真を撮れるようにする道具、ストロボ(フラッシュ)のしくみを見ていきましょう。
懐中電灯を遠くに向けると暗くなるのはなぜ?
懐中電灯の光は、まっすぐ一本の線のように飛んでいくわけではありません。スイッチを入れた瞬間から、光は少しずつ広がりながら進んでいきます。
壁に懐中電灯を向けてみるとわかりやすいでしょう。壁に近づけると、小さくて明るい丸ができます。壁から離れると、丸はどんどん大きくなりますが、そのぶん明るさは落ちていきます。
これは、光の「量」が増えたり減ったりしているわけではありません。同じ量の光が、より広い面積に薄くのばされているだけです。バターをトーストに塗るところを想像してみてください。小さなトーストに塗れば厚くなりますが、大きなトーストに同じ量のバターを塗ったら、薄くなります。光もまったく同じことをしています。
逆二乗則 : 距離が2倍で明るさは4分の1
光が広がりながら弱くなるルールには、きちんとした法則があります。逆二乗則(ぎゃくにじょうそく)という名前です。名前はむずかしそうですが、中身はシンプルです。
想像してみましょう。ストロボから1メートル離れた場所に、1メートル四方の壁があります。光はこの壁をちょうどぴったり照らしています。では、壁を2メートル先に動かすとどうなるでしょうか。光は広がり続けていますから、2メートル先では縦にも横にも2倍の範囲を照らすことになります。つまり面積は 2×2 で 4倍。同じ光が4倍の面積にのばされるのですから、1平方メートルあたりの明るさは 4分の1 になります。
3倍の距離なら? 3×3 で9倍の面積。明るさは 9分の1 です。
これが逆二乗則です。距離が何倍になったかの「二乗」ぶんの一に明るさが減る。距離が2倍なら明るさは 1/4、3倍なら 1/9、4倍なら 1/16。
この法則を知ると、ひとつ面白いことに気づきます。光源に近いところでは、ほんの少し距離が変わるだけで明るさが大きく変化します。でも光源から遠いところでは、少しくらい距離が変わっても明るさはあまり変わりません。たとえば1メートルから2メートルに離れると明るさは1/4にガクンと落ちますが、10メートルから11メートルに離れても、明るさの変化はごくわずかです。
この性質は、ストロボを使った撮影で「光の当たり方をコントロールする」ときにとても重要になります。覚えておきましょう。
ストロボとは何者か
ストロボは、写真を撮る瞬間にパッと強い光を出す装置です。英語では「フラッシュ(flash)」とも呼びます。日本では「ストロボ」という呼び方もよく使われています。
ストロボの内部にはキセノン(Xe)という気体が封入されたガラス管が入っています。ここに一瞬だけ高い電圧をかけると、キセノンガスが電離してプラズマとなり、強烈な白い光を放ちます。この発光時間はとても短く、速いものでは数万分の1秒ほどです。人間の目には「パッ」としか見えませんが、そのほんの一瞬の光でカメラのセンサーには十分な明るさが届きます。
余談ですが、キセノンは車のヘッドライトにも使われてきた気体です。元素周期表では54番、希ガスと呼ばれる仲間のひとつで、空気中にもごく少量含まれています。
ガイドナンバー : 光の届く距離の「ものさし」
ストロボを買おうとすると「GN(ガイドナンバー)」という数字を目にします。これはストロボの光がどのくらい遠くまで届くかを示す、いわば光のパワーの目安です。
ガイドナンバーの求め方は驚くほどシンプルで、次のひとつの式だけで済みます。
$$ \text{GN} = \text{距離(m)} \times \text{F値} $$
ここでいう「距離」はストロボから被写体までの距離、「F値」はレンズの絞りの値です。この式はISO 100のときの関係で、ほとんどのメーカーがISO 100を基準にガイドナンバーを表記しています。
たとえばGN 40のストロボを持っているとしましょう。絞りをF8に設定するなら、光がちょうど届く距離は
$$ 40 \div 8 = 5\text{(メートル)} $$
つまり5メートル先の被写体を適正な明るさで照らせる、ということです。
逆に、被写体が10メートル先にいるなら、使える絞りは
$$ 40 \div 10 = \text{F4} $$
F4まで絞りを開けないと光が足りません。
ガイドナンバーが大きいストロボほど、遠くの被写体を照らせるか、同じ距離ならより絞った(F値の大きい)撮影ができます。つまりGNが大きい=光のパワーが強いと思って構いません。
ストロボの種類 : 小さなものから大きなものまで
ストロボにはいくつかの種類があります。ここでは代表的な3つを見てみましょう。
カメラ内蔵フラッシュ
カメラ本体にはじめから組み込まれている小さなフラッシュです。なお、スマートフォンに付いている「フラッシュ」はLED(発光ダイオード)であり、キセノン管とはしくみが異なります。LED式は光の量がずっと少なく、動きを止める力も弱いですが、動画撮影時のライトとしても使えるという利点があります。
手軽に使えるのが最大の長所ですが、光の量は少なめです。ガイドナンバーは12前後のものが多く、数メートル先を照らすのが精いっぱいです。さらに、レンズのすぐ近くから光を当てるため、光の方向を変えられず、人物を撮ると正面からべたっと光が当たって赤目(目が赤く光る現象)が起きやすくなります。集合写真で全員の目が赤く光っていた、という経験がある人もいるかもしれません。
クリップオンストロボ(スピードライト)
カメラの上部にある「ホットシュー」という取り付け部に装着して使う外付けのストロボです。内蔵フラッシュよりずっと光が強く、ガイドナンバーは30から60程度のものが一般的です。
最大の特長は、発光部の角度を変えられること。天井に向けて光を飛ばし、天井で反射したやわらかい光を被写体に当てる「バウンス撮影」ができます。直接光を当てるよりもずっと自然な仕上がりになるので、ポートレートやイベント撮影ではよく使われるテクニックです。
スタジオストロボ(モノブロック・ジェネレーターなど)
スタジオ撮影で使う大型のストロボです。光の量が桁違いに大きく、ソフトボックスやアンブレラ(傘型の反射板)などの「光を形づくる道具」と組み合わせて使います。
コンセントから電源をとるタイプが多く、持ち運びには向きませんが、安定して大量の光を繰り返し出せます。ファッション誌のモデル撮影や商品撮影など、光を細かくコントロールしたい現場で活躍しています。
光を「足す」という発想
写真は「そこにある光をそのまま記録するもの」だと思われがちですが、実はそれだけではありません。プロもアマチュアも、自然の光では足りないと感じたとき、ストロボを使って光を足します。
たとえば、晴れた日の屋外で人物を撮るとき。太陽は頭の上にあり、顔に影が落ちています。このとき弱いストロボの光を正面から足してやると、影が和らいで顔がきれいに見えます。これを日中シンクロ(またはフィルイン・フラッシュ)と呼びます。太陽が出ているのにわざわざストロボを使う、というのは意外かもしれませんが、実はとても理にかなった方法なのです。
逆に夜の撮影では、背景の夜景を活かしつつ、手前の人物だけストロボで明るく照らす、という使い方もできます。カメラのシャッタースピードを遅くして背景の光をしっかり取り込みつつ、ストロボの一瞬の光で人物を止めます。スローシンクロと呼ばれるこのテクニックは、夜景ポートレートの定番です。
どちらも「光を足す」という発想の応用にすぎません。ストロボは暗いときだけの道具ではなく、光をデザインする道具なのです。
この回のまとめ
今回のポイントを振り返りましょう。
- 光は光源から離れるほど広がり、弱くなります。これは光の量が減るのではなく、同じ量が広い面積に薄くのばされるためです。
- この関係は逆二乗則と呼ばれ、距離が2倍になると明るさは1/4、3倍なら1/9になります。
- 光源に近いところほど距離の変化に対する明るさの変動が大きく、遠いところでは変化がゆるやかになります。
- ストロボ(フラッシュ)は、キセノンガスの放電によって一瞬の強い光を生み出す装置です。
- ストロボの光のパワーは**ガイドナンバー(GN)**で表されます。GN=距離×F値(ISO 100基準)。
- ストロボには内蔵フラッシュ、クリップオンストロボ、スタジオストロボなどの種類があり、それぞれ光量や使い方がちがいます。
- ストロボは暗い場所で使うだけの道具ではなく、自然光に光を「足す」ことで写真の表現を広げる道具でもあります。
次の回では、ストロボの光が被写体にどんな影をつくるかに注目して、やわらかい光とかたい光の正体を見ていきましょう。