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生きること

全知の退屈

もしあらゆることを知れるとしたら、あなたは知りたいだろうか。ほとんどの人は、反射的に「知りたい」と答える。知識は善いものだと、私たちはずっと教わってきた。知は力であり、光であり、自由だと。けれど、それは「まだ何も知らない」側にいる者の感想にすぎない。すべてを知った先に何があるのかを、誰も見たことがない。 おそらく、見ないほうがいい。 知るなと言われていた 人類がもっとも古くから語り継いできた物語のひとつは、知ることへの警告だった。 旧約聖書の創世記には、エデンの園に「善悪の知識の木」が立っていたとある。食べてはならない、と神は言った。しかしアダムとイヴはそれを食べた。手に入れたのは知識だった。失ったのは楽園だった。 ギリシア神話のプロメテウスは、神々から火を盗み、人間に与えた。火は技術であり、文明であり、知の象徴として読まれてきた。その代償として彼は岩山に鎖で繋がれ、鷲に肝臓を啄まれ続けた。ゲーテの『ファウスト』では、あらゆる学問を修め尽くした博士が、それでも満たされず、悪魔メフィストフェレスと契約を結ぶ。 文化も時代も違うのに、この構図は繰り返される。知への渇望が破滅を

By Sakashita Yasunobu

生きること

何人殺せば正しくなるのか

ある思考実験がある。 暴走するトロッコの前に、あなたは立っている。このまま放っておけば5人が死ぬ。レバーを引けばトロッコは別の線路に逸れ、5人は助かる。ただし、そちらの線路にいる1人が死ぬ。 あなたはレバーを引くか。 多くの人は「引く」と答える。5つの命と1つの命。どちらが重いかは明らかだ、と。算数としてはこれ以上ないほど簡単な問題に見える。 でも、少しだけ立ち止まってほしい。あなたは今、「人を殺すことが正しい」と言ったのだ。 善意の算数 この思考実験は1967年、イギリスの哲学者フィリッパ・フットが提唱したものだ。のちにジュディス・ジャーヴィス・トムソンがこれを「トロッコ問題」と名づけ、倫理学における定番の思考実験になった。 問いの核はシンプルだ。「より多くの人を救うために、より少ない人を犠牲にすることは許されるか」。功利主義の立場からすれば、答えは明快に思える。全体の幸福を最大化する選択が正しい。5人の命は1人の命より重い。引け。 ところが問題は、この計算がどこまで通用するかだ。 1人を犠牲にして5人を救う。では、1人を犠牲にして100人を救うのは? 1,000

By Sakashita Yasunobu

生きること

4000週間の暇つぶし

あなたが平均寿命まで生きるとして、残りの夏はあと何回来るだろう。仮に60回としよう。60回しかない、と思っただろうか。60回もある、と思っただろうか。 どちらでもいい。その感想は、どうせ何も変えない。 明日も同じ時間に目が覚めて、同じように一日が始まり、同じように終わる。残りの夏が60回だろうと600回だろうと、月曜日の朝の憂鬱さは1ミリも変わらない。 それなのに、なぜ人はこういう数字を知りたがるのだろう。 永遠だったはずの夏 覚えているだろうか。子どもの頃の夏休みが、どれほど長かったか。毎日が途方もなく広くて、退屈すら贅沢品だった。プールの水面に跳ねる光、アスファルトの陽炎、夕暮れの蜩。あの夏は確かに永遠だった。 ところが今はどうか。一年が一瞬で終わる。気がつけば春が来て、気がつけば年末で、気がつけばまた一つ歳を取っている。カレンダーの上では同じ365日なのに。 19世紀のフランスの哲学者ポール・ジャネは、この感覚にひとつの仮説を残した。主観的に感じる時間の長さは、その人の年齢に反比例するというものだ。10歳にとっての1年は人生の10分の1。50歳にとっての1年は50

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生きること

良い人生なんてない

「良い人生とは何か」と問うとき、ほとんどの人はすでに間違えている。 「良い」という形容詞を使った瞬間、何かしらの尺度を前提にしている。幸福か。意味か。道徳か。生産性か。どれを選んでも、選ばなかった残りが影のように後をついてくる。しかも、問うている本人は今まさに生きている最中だ。完成していない小説を批評するようなもので、原理的に公正な評価はできない。 それでも人は問い続ける。だから、ここでもその問いに付き合ってみたい。ただし、答えは用意しない。 幸福は最近できた 現代の「幸福」は、意外と歴史が浅い。 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で「エウダイモニア(εὐδαιμονία)」について長大な考察を展開した。この言葉はしばしば「幸福」と訳されるが、今の私たちが使う「幸福」とはかなり違う。アリストテレスにとって、エウダイモニアとは徳に基づいた魂の活動のことだ。「気分がいい」とか「欲しいものが手に入った」という状態ではなく、人間としての機能を卓越した仕方で発揮し続けるという、動的な営みを指していた。 「幸せになる」のではなく、「よく生きる」。状態ではなく、

By Sakashita Yasunobu

生きること

善も正義もない

あなたは善人ではない。正義の味方でもない。そんなことはとっくに知っている。知っていて、毎朝、善人と正義の味方のふりをして家を出る。その茶番を哲学は2500年かけて証明してきた。以下はその記録だ。読み終えても何も解決しない。むしろ、知らないふりが少しだけ難しくなる。 三等分の絶望 ケーキを三人で分けることを考える。 数学的には精密に三等分できる。しかし、ひとりが「チョコレートの側がいい」と言い、もうひとりが「大きいほうがいい」と言い、最後のひとりが「そもそもケーキなんていらなかった」と言ったとき、三等分という概念は崩壊する。欲望の形が違う人間たちに、ひとつの基準で「公平」を割り当てること自体が、最初から破綻した企てなのだ。 割り勘もそうだ。少食な人間が大食いの人間と同じ金額を払う。「不公平だ」と感じる。その感覚は素朴で、おそらく正当だ。しかし「正当な不満」が存在するなら、不満を解消する「正当な方法」も存在するはずで、その方法が何かについて、三人は永遠に合意できない。 正義とは、要するにそういうものだ。 無知は誰も救わない ジョン・ロールズは1971年の『正義論(

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人生に筋書きはない

あなたがこの文章を読んでいるのは、偶然だ。 あなたがこの国に生まれたのも、この言語を読めるのも、今日という日にこの画面を開いたのも、すべて偶然だ。もちろん、あなたはそうは思わないだろう。人間はそう思わないようにできている。何かの意味がある、と。ここに至るまでの道のりには筋書きがある、と。 でも、本当にそうだろうか。 この文章は「運命」と「偶然」について考える。考えた結果、何か明確な結論にたどり着くつもりはない。たどり着けるとも思っていない。ただ、考えるほどに足場が崩れていく、その感覚を正直に書き残しておきたいと思った。 「運命」は後から書かれる 「あの出来事がなければ今の自分はいない」。誰もが一度は口にしたことがあるだろう。失敗も、偶然の出会いも、振り返ればすべてが一本の線でつながっているように見える。 だが、それは本当につながっているのだろうか。 ここで起きているのは、おそらく遡行的な意味づけだ。出来事が先にあり、物語は後から来る。私たちは過去の偶然を「あれは必然だった」と語り直すことで、人生に一貫性を与えようとする。だが、それは出来事そのものの性質ではなく、人間の認

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生きること

未来の自分は答えない

「もし未来の自分にひとつだけ質問できるとしたら?」 SNSで定期的に浮上するこの話題。コメント欄はいつも賑やかだ。宝くじの番号、株価、結婚相手の名前。楽しそうでいい。誰も深く考えていないし、たぶんそれが正解だ。 少しでも真面目に向き合うと、思った以上に深いところまで連れていかれる。 質問は自白だ たったひとつしか聞けないとき、あなたは何を選ぶだろうか。 「幸せですか?」と聞く人は、今、幸せかどうかわからずにいる。「仕事は続けていますか?」と聞く人は、今、仕事に不安を抱えている。「まだ生きていますか?」と聞く人のことは、ちょっと心配したほうがいい。 つまり、あなたが未来の自分に投げかける質問は、未来について何かを明らかにするのではなく、今この瞬間のあなたの不安の輪郭を、驚くほど正確になぞる。 未来を覗いているつもりで、覗き返されているのは自分のほうだ。 どう答えても壊れる 仮に「幸せですか?」と聞いたとする。 未来の自分が微笑んで「はい」と答える。安堵する。でも、その瞬間から何かがずれはじめる。「幸せになれる」と知ったあなたは、今の苦しみに耐える根拠を手に入れる代

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倫理と思考実験

AIの文章に価値はあるか

AIが生成した記事や、AIとのチャット履歴がネットに溢れている。そしてその大半は、正直なところ、読む気にならない。 AIの記事はなぜ退屈なのか 不思議なことに、AIとの対話は当人にとっては有意義であることが多い。問いを投げ、応答を得て、考えを整理する。その過程には確かな手応えがある。だが、同じやり取りを第三者が読むと、途端に退屈になる。 この落差はどこから来るのか。 AIとの対話で当人が得ているのは、「自分の問い」に対する応答だ。その問いの背後には、これまで何を考え、何に引っかかり、何を言語化できずにいたかという厚い文脈がある。応答がその文脈の上に載ることで、初めて対話に意味が宿る。 第三者にはその文脈がない。文脈を欠いた応答は、ただの情報の羅列だ。 ここに本質的な理由がある。多くのAI生成記事は「誰かの視点」を持たない。何を選び、何を捨てたかという編集の痕跡がなく、あらゆる方向に平等に情報が並ぶ。結果として、誰が書いても同じになるような文章が量産される。誰のものでもない文章は、読者に語りかけない。 シェイクスピアと猿 視点を変えてみよう。 有名な思考実験がある。

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技術

EthernetポートのLEDが示すもの

PCやルーターのEthernetポート(RJ45コネクタ)には、小さなLEDが2つ付いていることが多い。何気なく目にする光だが、それぞれが異なる情報を伝えている。 リンク状態と通信アクティビティ 一方のLEDは、物理的な接続の有無と、データの送受信状況を示す。 * 点灯していれば、ケーブルが正しく接続され、リンクが確立している * 点滅していれば、データパケットの送受信が行われている * 消灯していれば、ケーブルが抜けているか、相手側の機器が応答していない この点滅は一見すると何らかの規則的なパターンに見えることがあるが、実際にはネットワーク上のトラフィック(パケットの送受信)に応じて不規則に発生しているだけであり、点滅のパターン自体に意味はないことがほとんどである。点滅していない場合は、単に通信が発生していない状態である。 通信速度の表示 もう一方のLEDは、リンク確立時にネゴシエーションされた通信速度を色で示す。10/100/1000 Mbps対応のポートでは、一般的に以下のような構成になっている。 * ある色で1000 Mbps(ギガビット)接続を示す

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ことばと文学

日記を書こう

日記を書こう。 そう言ったところで、何を書けばいいかはわからない。何のために書くのかも、よくわからない。ただ、今日あったことを、今日感じたことを、どこかに書き留めておきたいという素朴な衝動がある。たぶんそれだけでいい。 断片を並べる場所 ブログの記事や論文には構成がある。伝えたいことがあって、それに向かって文章が組み立てられている。素材を選び、順序を決め、不要なものを削り、必要なものを足す。それは編集された自己の表出だと言えるかもしれない。 日記は、その手前にある。 編集する前の断片を並べる場所。まだ何が重要かわからない。何と何がつながるのかも見えていない。その日あった出来事、ふと頭をよぎった考え、目に入った光景。それらをただ、順不同で、脈絡もなく、並べておく。 そしてその断片は、書いた瞬間にはほとんど意味を持たない。 宛先のない手紙 日記の不思議なところは、書くときと読み返すときで、まったく違うものになるということだ。 書いている瞬間は、ただの記録にすぎない。今日こんなことがあった、こう思った。それだけのこと。でも三か月後、あるいは三年後に読み返すと、書いたとき

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技術

NTPのStratum階層とGPS時刻同期の仕組み

Windowsの時刻がずれやすいと感じたことをきっかけに、NTPの仕組みやStratum階層、GPSを用いた時刻同期について調べた内容をまとめる。 NTPとは NTP(Network Time Protocol)は、ネットワーク上の機器間で時刻を同期するためのプロトコルである。現在広く使われているのはNTPv4(RFC 5905)で、1985年の初版から改良が重ねられている。 NTPはStratum(階層)と呼ばれるツリー構造で時刻を配信する。上位の正確な時刻源から下位へ順に同期することで、ネットワーク全体の時刻精度を維持している。 Stratum階層 NTPのStratum階層は以下のように定義される。 * Stratum 0 : 基準時刻源そのもの。原子時計やGPS受信機などのハードウェアデバイスが該当する。Stratum 0はネットワーク上のサーバではなく、シリアルポートやUSBなどでStratum 1サーバに直接接続される * Stratum 1 : Stratum 0に直接接続されたNTPサーバ。プライマリタイムサーバとも呼ばれる * Stratum 2

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技術

Ghost CMSでKaTeXを使って数式を表示する方法

Ghost CMSには数式レンダリング機能が組み込まれていないため、外部ライブラリを導入する必要がある。本記事では、Khan Academyが開発した軽量な数式レンダリングライブラリであるKaTeXをGhostに導入する手順を解説する。 KaTeXの読み込み GhostのCode Injection機能を使い、サイト全体のヘッダーにKaTeXのCSSとJavaScriptを追加する。 Settings > Code injection > Site Header に以下のコードを貼り付ける。 <link rel="stylesheet" href="<https://cdn.jsdelivr.net/npm/katex@0.16.25/dist/katex.min.css>" integrity="sha384-WcoG4HRXMzYzfCgiyfrySxx90XSl2rxY5mnVY5TwtWE6KLrArNKn0T/mOgNL0Mmi" crossorigin="

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