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写真の物理学 ㊳ Log収録とシネマカラーサイエンス

📐写真の物理学シリーズ ㊳ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 映画制作の現場では、カメラの出力を「Log」で収録し、「LUT」を通して色を変換する。写真の世界ではRAW現像が当たり前になったが、動画の世界ではLogという独自の符号化体系が発展してきた。本稿では、Log収録がなぜ必要なのかをリニア符号化の物理的限界から説明し、ACES、各社Log曲線、LUT、カラーグレーディングの信号処理までを体系的に導出する。 リニア収録ではシャドーの階調が失われる 光電効果とフォトダイオードで述べたとおり、デジタルセンサーの応答は線形(リニア)だ。光量が2倍になれば出力信号も2倍になる。このリニアな信号をそのままデジタル値に符号化すると、深刻な問題が生じる。 10ビットのリニア符号化(1,024段階)で14ストップのダイナミックレンジ(ダイナミックレンジとビット深度参照)を記録する場合を考える。最も明るい1ストップ(最上位の露光域)は、コード値512から1,023までの512段階を占める。

By Sakashita Yasunobu

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写真の物理学 ① 光の直進と薄肉レンズの結像

📐写真の物理学シリーズ ① このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 写真はすべて、光がレンズを通り抜けて像を結ぶところから始まる。では光はなぜ直進し、なぜレンズで曲がるのか。本稿ではフェルマーの原理から出発し、スネルの法則を経て、薄肉レンズの結像公式 $1/f = 1/a + 1/b$ を第一原理で組み立てる。この式が、以降すべての回の土台になる。 フェルマーの原理 光はなぜ直進するのか。なぜ境界面で折れ曲がるのか。これらの問いに統一的な答えを与えるのが、ピエール・ド・フェルマーが1662年に定式化した最小時間の原理(フェルマーの原理)である。 光は、二点間を結ぶあらゆる経路のうち、所要時間が停留値をとる経路を通る。 「停留値」とは、経路をわずかに変えても所要時間がほとんど変化しない状態を指す。多くの場合これは最小値と一致するため「最小時間の原理」とも呼ばれるが、厳密には極大や鞍点の場合もありうる。本シリーズで扱う範囲では、最小値と考えて差し支えない。 均一な媒質中では光速は一

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写真の物理学 ⑭ センサーサイズとボケの統一的理解

📐写真の物理学シリーズ ⑭ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 「大きいセンサーはボケる」。間違いではないが、この言い方では本質が見えない。本記事では、最終画像上のボケ量をセンサーサイズの関数として一本の式にまとめ、フルサイズからスマートフォンまでの定量比較と、小型センサーが直面する物理的限界を明らかにする。 「同じ写真」の制約条件 二つの異なるセンサーサイズのカメラで「同じ写真」を撮るとは、最終画像の見た目が一致することを意味する。これは以下の制約を同時に満たすことに相当する。 画角の一致。 同じ範囲が写っていなければならない。焦点距離と画角を幾何学で導くで示したように、画角は焦点距離 $f$ とセンサー対角線長 $d_s$ の比 $f / d_s$ で決まるから、画角を揃えるには $$ \frac{f_1}{d_{s,1}} = \frac{f_2}{d_{s,2}} $$ を満たす必要がある。クロップファクター $C

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写真の物理学 ㉟ HDRとトーンマッピングの数学

📐写真の物理学シリーズ ㉟ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 自然界の輝度範囲は20EVを優に超えるが、一般的なSDRディスプレイの表示能力はせいぜい8から10EV程度にすぎない。この根本的なギャップに対処するために、HDR合成からトーンマッピング、PQ曲線やHLGによるHDR表示規格までの技術が発展してきた。本稿ではDebevec-Malikの応答関数推定からReinhardオペレータ、バイラテラルフィルタ分解、ST 2084の知覚的均等量子化までを数学的に導出する。 シーンの輝度分布 写真撮影において「ダイナミックレンジが足りない」場面を具体的に考える。 窓のある室内を撮影するとき、窓の外の輝度は10,000 cd/m²以上に達しうるが、室内の暗い家具は10 cd/m²程度だ。輝度比は1,000:1、すなわち約10EVに及ぶ。逆光で人物を撮る場合、背景の空と顔の影の輝度差は12から15EVに達することもある。 ダイナミックレンジとビット深度で述べたように、現代の高性能な

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写真の物理学 ③ 光と物質の相互作用

📐写真の物理学シリーズ ③ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 光はレンズを透過し、被写体で反射し、大気中で散乱する。写真を撮るという行為は、光と物質の相互作用の結果を記録することにほかならない。本稿では反射・屈折・吸収・散乱・蛍光・干渉を、それぞれの物理法則から整理する。 反射の法則とBRDF 鏡面反射と拡散反射 光が物質の表面に当たると、その一部は反射される。反射の法則は単純で、入射角 $\theta_i$ と反射角 $\theta_r$ が等しいというものである。 $$ \theta_i = \theta_r $$ 鏡やガラスのように滑らかな表面では、この法則どおりに光が一方向へ跳ね返る。これが鏡面反射(specular reflection)である。一方、紙や壁のようにミクロな凹凸を持つ表面では、各微小面がそれぞれ異なる角度で反射するため、光はあらゆる方向へ散らばる。これが拡散反射(diffuse reflection)である。 BRDFの物理的意味

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写真の物理学 ⑧ 絞りと有効口径の物理的意味

📐写真の物理学シリーズ ⑧ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 「明るいレンズ」、「暗いレンズ」という区別は、F値という一つの数に集約される。だが、なぜ焦点距離を口径で割っただけの無次元量がセンサー面の明るさを決定するのか。本記事では、立体角と照度の物理からF値の意味を導き、有効口径の定義から極端に明るいレンズが直面する光学的困難までを扱う。 有効口径とは何か レンズの「口径」は前玉の物理的な直径ではない。光学系が集める光束の幅を実質的に決定するのは開口絞り(aperture stop)であり、この絞りを物体側から光学系を通して見たときの像を入射瞳(entrance pupil)と呼ぶ。入射瞳の直径 $D$ が有効口径である。 有効口径が重要なのは、物体空間から見た光学系の「窓」の大きさを決めるのがこの量だからである。被写体から発せられた光のうち、入射瞳を通過する光束だけがセンサーに到達する。 $D$ が大きいほど、より多くの光を集められる。同じ原理は人間の眼の光学にも成り立ち

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写真の物理学 ⑳ 光の硬さと柔らかさ

📐写真の物理学シリーズ ⑳ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 ソフトボックスの光はなぜ柔らかく、裸のストロボの光はなぜ硬いのか。「大きい光源は柔らかい」という経験則の背後には、影の形成に関する明快な幾何学がある。本記事では、光の硬さと柔らかさを決める物理的メカニズムを幾何光学から定量的に導出し、モディファイヤーの設計原理、バウンスライティング、光の指向性制御、ライティング比の設計までを一貫して扱う。 光の「硬さ」と「柔らかさ」とは何か 光の硬さ・柔らかさは、被写体に生じる影の境界の鮮明度で定義される。硬い光は影のエッジが急峻で、明暗の境界がくっきりと分かれる。柔らかい光は影のエッジが緩やかに遷移し、明暗が滑らかにつながる。 この違いは主観的な印象ではなく、幾何光学で厳密に記述できる。鍵となるのはペナンブラ(半影)の幅である。 点光源と面光源のつくる影 点光源の場合 理想的な点光源を考える。光源のサイズがゼロであるため、不透明な物体の背後にはシャープな影(本影, um

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写真の物理学 ㊷ 虹・ハロ・蜃気楼の光学

📐写真の物理学シリーズ ㊷ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 空に虹がかかり、太陽の周りに光の環が現れ、水平線の向こうに存在しないはずの景色が浮かぶ。これらの大気光学現象はいずれも光の屈折・反射・回折という基本法則の帰結として定量的に理解できる。本稿では大気中の水滴や氷晶がつくる虹・ハロ・蜃気楼などの幾何光学的構造を、スネルの法則と波動光学から導出する。 一次虹の光学 虹は、大気中に浮遊する球形の水滴が太陽光を屈折・反射することで生じる。一次虹(primary rainbow)の形成に関与するのは、水滴に入射した光線が2回の屈折と1回の内部反射を経て観測者に届く光路である。 水滴内の光路 太陽光が球形の水滴に入射する過程を追跡する。入射角を $i$、水滴内部での屈折角を $r$ とすると、スネルの法則により $$ n_{\text{air}} \sin i = n_{\text{water}} \sin r $$ が成り立つ。空気の屈折率 $n_{\text{air}

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写真の物理学 ⑩ 露出の統合と逆数則

📐写真の物理学シリーズ ⑩ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 絞り、シャッター速度、ISO感度。この三者が露出を決定することは広く知られている。だが三者を統一的に扱う数学的枠組みは意外と語られない。本記事では、露出の三角形を定量的に記述したうえで、その前提にある「相反則」の物理的な成立条件と破綻のメカニズムに踏み込む。 露出値(EV)の定義と対数スケールの物理的合理性 写真における露出の議論は、つねに「倍」と「半分」の言葉で進む。絞りを1段開ければ光量は2倍、シャッター速度を1段速くすれば光量は半分。この事実は偶然ではない。人間の感覚器官が写真の物理学 ㊼ 視覚の知覚心理物理学で体系的に論じるウェーバー・フェヒナーの法則に従い、刺激の対数にほぼ比例した知覚量を生じるという心理物理学的事実の反映である。この知覚法則が写真のトーン再現にもたらす帰結は写真の物理学 ㉝ ガンマとトーンカーブの知覚心理物理学で詳述する。 10 cd/m² の輝度と 20 cd/m² の輝度の差は、10

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写真の物理学 ㉑ ハイスピードシンクロとフラッシュ同調の物理

📐写真の物理学シリーズ ㉑ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 写真のストロボは一瞬の閃光で被写体を照らす。しかしその「一瞬」は物理的にはゼロ時間ではなく、有限の持続時間を持つ放電現象である。閃光の時間構造を理解すると、X同調速度の制約、ハイスピードシンクロの光量低下、後幕シンクロの効果といった現象が、すべて物理法則から必然的に導かれることが見えてくる。 キセノン管の発光メカニズム 写真用ストロボの光源は、キセノンガスを封入した放電管(キセノンフラッシュチューブ)である。両端に電極を持つガラス管の中に、数十kPa程度の低圧でキセノンガスが充填されている。 発光の過程は次の通りである。 まず、主放電用コンデンサが電源回路によって200〜400V程度まで充電される(大出力のスタジオ用パックではさらに高い電圧を用いる場合もある)。しかしキセノンガスは常温で極めて高い電気抵抗を持ち、この電圧だけでは放電が始まらない。 放電を開始するためにトリガー回路が用いられる。トリガーパルス(5

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写真の物理学 ㉘ ダイナミックレンジとビット深度

📐写真の物理学シリーズ ㉘ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 カメラのスペックに並ぶ「14bit RAW」や「ダイナミックレンジ○○EV」は、数字が大きいほど良いと思われがちだ。しかしダイナミックレンジはセンサーのウェルキャパシティとリードノイズの比で決まる物理量であり、ビット深度はその情報を損なわずに格納する器の大きさにすぎない。本稿ではこの二つの概念を物理的に整理し、リニアRAWの構造からデュアルゲインセンサー、HDR合成までを導出する。 ダイナミックレンジの定義 ダイナミックレンジ(DR)とは、センサーが記録できる最も明るい光と最も暗い光の比である。 写真の世界では、この比をEV(Exposure Value)段で表現するのが一般的だ。1EV段は光量が2倍になることに対応する。数式で書くと、 $$ \text{DR} = \log_2 \left( \frac{I_{\max}}{I_{\min}} \right) \quad [\text{EV}] $$ となる。

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写真の物理学 ㊶ マジックアワーとブルーアワーの物理学

📐写真の物理学シリーズ ㊶ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 日没前後のわずかな時間、空は暖色から寒色へと劇的に変化し、風景全体が柔らかな光に包まれる。マジックアワー、ゴールデンアワー、ブルーアワーと呼ばれるこれらの時間帯は、いずれも大気光学上の明確な物理現象に対応している。本稿では太陽高度の変化に沿って空の色と光の質がどう決まるのかを、レイリー散乱やミー散乱からオゾン層のチャパイ帯吸収、緯度による持続時間の違いまで大気光学の枠組みで記述する。 薄明の定義と太陽高度 太陽が地平線の下に沈んでも、空はすぐには暗くならない。上空の大気がまだ太陽光を受けて散乱し、地上に間接光を届けているからである。この時間帯を薄明(twilight)と呼び、太陽の幾何学的高度(地平線からの角度)によって3段階に分類される。 市民薄明(Civil Twilight) 太陽高度が $0°$ から $-6°$ の区間。地上の物体の輪郭がまだ十分に識別でき、人工照明なしで屋外活動が可能な明るさが残る。

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