写真の物理学 ② 電磁波としての光

Share
📐
写真の物理学シリーズ ②
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。

前回は光が「どう進むか」を記述した。本稿では一歩引いて、光とは「何か」を問う。答えはマクスウェル方程式が予言する電磁波であり、同時にプランクの関係式が記述する光子でもある。この二面性が、写真のあらゆる局面に顔を出す。

マクスウェル方程式と光速

19世紀半ば、ジェームズ・クラーク・マクスウェルは電場と磁場の振る舞いを記述する四つの方程式を統合した。その帰結として、電場と磁場が互いを生み出しながら空間を伝播する波、すなわち電磁波の存在が予言された。

マクスウェル方程式から導かれる電磁波の伝播速度は

$$ c = \frac{1}{\sqrt{\varepsilon_0 \mu_0}} $$

で与えられる。ここで $\varepsilon_0$ は真空の誘電率( $\approx 8.854 \times 10^{-12}$ F/m)、 $\mu_0$ は真空の透磁率( $= 4\pi \times 10^{-7}$ H/m)だ。この二つの定数から計算される速度は $\approx 2.998 \times 10^8$ m/s となり、当時すでに精密に測定されていた光の速度と一致した。この一致は偶然ではありえない。マクスウェル自身が1864年に「光は電磁的な擾乱の横波伝播である」と結論づけた。

電磁波の基本的な関係式は

$$ c = \lambda \nu $$

だ。 $\lambda$ は波長(波の一周期分の空間的な長さ)、 $\nu$ は振動数(1秒あたりの振動回数、単位はHz)である。光速 $c$ が一定であるから、波長と振動数は反比例の関係にある。波長が短いほど振動数は高く、波長が長いほど振動数は低い。

電磁波スペクトルにおける可視光の位置

電磁波は波長によって分類される。波長の短い方からガンマ線、X線、紫外線、可視光、赤外線、マイクロ波、ラジオ波と続く。物理的にはすべて同じ電磁波であり、違いは波長(と振動数)だけだ。

人間の眼が感知できる領域、すなわち可視光の波長範囲はおおよそ 380 nm から 780 nm である(1 nm = $10^{-9}$ m)。短波長側が紫、長波長側が赤に対応する。

この境界に厳密な物理的断絶があるわけではない。380 nm より短い紫外線も、780 nm より長い赤外線も、電磁波としての性質は可視光と連続的につながっている。「可視」と「不可視」を分けるのは、人間の眼の分光感度特性だ。つまり可視光の定義は物理ではなく生理学に属する。

紫外線と可視光の境界付近(380 nm 前後)では、水晶体による吸収が急激に増加する。赤外線側の境界(780 nm 前後)では、錐体細胞の感度が急速に低下する。これらの生理学的な限界が、可視光の範囲をおおむね決定している。

波長とエネルギーの関係

1900年、マックス・プランクは黒体放射のスペクトルを説明するために、光のエネルギーが連続的ではなく離散的な単位(量子)で放出・吸収されるという仮説を導入した。一つの光子が持つエネルギー $E$ は

$$ E = h\nu $$

で与えられる。 $h$ はプランク定数( $\approx 6.626 \times 10^{-34}$ J·s)だ。 $c = \lambda\nu$ から $\nu = c/\lambda$ を代入すれば

$$ E = \frac{hc}{\lambda} $$

とも書ける。エネルギーは波長に反比例する。紫の光(短波長)は赤の光(長波長)よりエネルギーが高い。

この関係は写真の随所に現れる。紫外線がフィルムや人間の皮膚に及ぼす影響が赤外線より大きいのは、光子一個あたりのエネルギーが高いからだ。デジタルセンサーのシリコンが約1100 nm より長い赤外線を検出できないのも、シリコンのバンドギャップ(約1.12 eV)を超えるエネルギーを持つ光子でなければ電子を励起できないからである。波長1100 nm の光子のエネルギーは $E = hc/\lambda \approx 1.13$ eV であり、バンドギャップとほぼ一致する。

電磁波の横波性と偏光

電磁波は横波である。電場と磁場は互いに直交し、かつ進行方向にも直交する方向に振動する。この振動方向の性質が偏光(polarization)だ。

直線偏光と円偏光

電場の振動が一つの平面内に限定されている場合を直線偏光(linear polarization)と呼ぶ。太陽光や電球の光は、あらゆる方向に振動する電磁波の重ね合わせであり、非偏光(unpolarized)だ。

位相が90°ずれた二つの直交する直線偏光を重ね合わせると、電場ベクトルの先端がらせんを描く円偏光(circular polarization)が生じる。振幅が異なる場合は楕円偏光となる。

偏光フィルターとマリュスの法則

偏光フィルター(偏光板)は、特定の振動方向の電場成分だけを透過させる光学素子だ。非偏光が偏光フィルターを通過すると、強度は半分になり、透過光は直線偏光となる。

直線偏光が、透過軸と角度 $\theta$ をなす偏光フィルターに入射するとき、透過する光の強度はマリュスの法則(Malus's law)に従う。

$$ I = I_0 \cos^2\theta $$

$I_0$ は入射光の強度、 $\theta$ は偏光方向と透過軸のなす角だ。 $\theta = 0$ で全透過、 $\theta = 90°$ で完全遮断となる。

この法則は1809年にエティエンヌ=ルイ・マリュスが発見した。物理的な機構は単純だ。入射する電場ベクトル $\mathbf{E}$ のうち、透過軸方向の成分 $E\cos\theta$ だけが通過する。強度は電場振幅の二乗に比例するから、 $I \propto (E\cos\theta)^2 = E^2\cos^2\theta = I_0\cos^2\theta$ となる。

写真において偏光フィルター(PLフィルター、C-PLフィルター)は、水面やガラスからの反射光を低減し、空の青をより深くするために用いられる。これは、フレネルの式が示すとおり反射光が部分的に偏光しているため、マリュスの法則に従って選択的に除去できることを利用している。

コヒーレンスとインコヒーレンス

コヒーレンス(coherence)とは、波の位相関係が時間的・空間的に安定していることを指す。

レーザーは高いコヒーレンスを持つ光源だ。単一波長(に極めて近い)の光が、空間的にも時間的にも揃った位相で放射される。このため干渉縞が容易に観察でき、ホログラフィーや精密計測に利用される。

太陽光は典型的なインコヒーレント光源だ。広い波長範囲にわたるスペクトルを持ち、各波長の位相はランダムに分布している。日常の照明や自然光の下での写真撮影は、ほぼすべてインコヒーレント光のもとで行われる。

コヒーレンスの度合いを定量する指標としてコヒーレンス長(coherence length)がある。光源のスペクトル幅を $\Delta\nu$ とすると、コヒーレンス長 $l_c$ はおおよそ

$$ l_c \approx \frac{c}{\Delta\nu} $$

で推定できる。レーザーのコヒーレンス長は数メートルから数キロメートルに達する一方、白色光のコヒーレンス長はわずか数マイクロメートルだ。

写真撮影においてコヒーレンスが問題になる場面は限定的だが、レンズコーティングの薄膜干渉やセンサー前面のカバーガラスでの干渉縞(ニュートンリング)は、部分的なコヒーレンスが関わる現象だ。

光の強度と振幅の関係

電磁波の強度(単位面積あたりのエネルギー流束)は、電場振幅の二乗に比例する。真空中の平面波に対して

$$ I = \frac{1}{2}\varepsilon_0 c E_0^2 $$

と書ける。 $E_0$ は電場振幅の最大値だ。

振幅が2倍になれば強度は4倍になる。この二乗則は、写真における光量の計算で繰り返し登場する。白い壁に近づいても露出が変わらない物理学的理由で議論した逆二乗則も、この強度と振幅の関係を前提にしている。点光源から距離 $r$ の球面上に広がる光は、球面の面積 $4\pi r^2$ に反比例して強度が減少する。これは振幅が $1/r$ に比例して減衰し、その二乗が強度に反映される結果だ。

写真に関わる電磁波の全域

写真は可視光だけの技術ではない。電磁波スペクトルの複数の領域が、撮影技術や画質に関与する。

紫外線(UV)写真

波長200~380 nm 付近の紫外線を利用する写真。通常の光学ガラスは約350 nm 以下の紫外線を吸収するため、石英ガラス製のレンズやフィルターが必要になる。法医学、鉱物学、皮膚科学で活用される。花の蜜標(nectar guide)のように、紫外線下でのみ現れるパターンの撮影にも用いられる。

赤外線(IR)写真

波長780 nm~約1000 nm 付近の近赤外線を利用する。デジタルカメラのシリコンセンサーはこの領域に感度を持つが、通常はIRカットフィルターで遮断されている。IRカットフィルターを除去し、可視光カットフィルターを装着することで赤外写真が撮影できる。植生が白く輝く独特の描写は、クロロフィルが近赤外線を強く反射する性質による。

X線

波長0.01~10 nm の電磁波。レントゲン撮影はX線写真の代表だ。X線は通常のレンズでは屈折しないため、ピンホールや特殊な反射光学系が用いられる。

これらの撮影が可能なのは、利用する電磁波の波長が異なるだけで、基本的な物理法則(電磁波の伝播、検出器への光電変換)は共通しているからだ。

光子としての光

ここまで光を波として記述してきたが、光は同時に粒子(光子)としての性質も持つ。アインシュタインは1905年に光電効果を光子の概念で説明し、光の粒子性を確立した。

光の波動性と粒子性が同時に成立するという波動粒子二重性(wave-particle duality)は、量子力学の基本的な帰結だ。波長 $\lambda$ の光は振動数 $\nu = c/\lambda$ の波であると同時に、エネルギー $E = h\nu$ の光子の流れでもある。

写真において光子の粒子性が最も直接的に現れるのは、ショットノイズ(shot noise)だ。センサーの各画素に到達する光子の数は、ポアソン過程に従う確率変数である。平均 $N$ 個の光子が到達する画素では、到達数のゆらぎ(標準偏差)は $\sqrt{N}$ となる。信号対雑音比(SNR)は

$$ \text{SNR} = \frac{N}{\sqrt{N}} = \sqrt{N} $$

だ。光子数が少ない(暗い場面での撮影)ほど相対的なゆらぎが大きくなり、像がざらつく。ISO感度を上げたときにノイズが目立つのは、センサーに届く光子数が少ない状態で信号を増幅しているからにほかならない。

光が波であれば、十分な露光時間をかけさえすればノイズのない像が得られるはずだ。しかし光が光子であるために、有限個の離散的な粒子で像を構成せざるをえず、統計的なゆらぎが必然的に生じる。ショットノイズは技術的な限界ではなく、光の本性に由来する物理的な限界だ。

まとめ

光は電磁波である。マクスウェル方程式から導かれる伝播速度 $c = 1/\sqrt{\varepsilon_0\mu_0}$ は光速と一致し、 $c = \lambda\nu$ の関係が波長と振動数を結ぶ。

光子一つのエネルギーは $E = h\nu$ で与えられ、波長が短いほどエネルギーが高い。偏光は電磁波の横波性に由来し、マリュスの法則 $I = I_0\cos^2\theta$ が偏光フィルターの物理を記述する。光の強度は電場振幅の二乗に比例する。

可視光は電磁波スペクトルのごく狭い一部であり、紫外線や赤外線を利用した写真も同じ物理法則の上に成り立つ。そして光は粒子(光子)でもあり、光子の離散性がショットノイズとして写真の画質に根本的な制約を課す。

前回の結像の幾何学と、今回の電磁波としての光の性質。次回は、この光が物質に出会ったとき何が起こるかを記述する。反射、屈折、吸収、散乱。写真のあらゆる被写体は、光と物質の相互作用の結果として私たちの目とカメラに姿を現す。

Read more

Dependabotの対応が面倒なのでRenovateを導入する

Dependabotくんはある程度の依存関係の更新を通知してくれるが、山のようにprojectを抱えているとなんとも痒いところに手が届かない。 ということで、Renovateを使ってみる。 Build software better, togetherGitHub is where people build software. More than 150 million people use GitHub to discover, fork, and contribute to over 420 million projects.GitHub ここからGitHub Appを入れる。 あとは、指示に従ってポチポチするだけで、超かんたんだった。 感想 自動化最高。

By Sakashita Yasunobu

nodejsのバグを見つけたのでPRを投げてみた

概要 要するに、node --testで特定のバイナリを標準出力に書くと、テストランナーが固まったり、異常終了したりするバグです。 バグ自体は既知のものだったようで、修正がされていました。 test_runner: infinite loop in FileTest#drainRawBuffer when child stdout contains FF 0F followed by large size bytes · Issue #62693 · nodejs/nodeVersion v25.9.0 (also reproduced on v24.14.1 LTS, v22.21.0 LTS, v23.4.0) Platform Darwin 25.

By Sakashita Yasunobu
青空文庫のParser

青空文庫のParser

青空文庫のParserを作ってます。 GitHub - P4suta/aozora: Pure-functional Rust parser for 青空文庫記法 (Aozora Bunko notation): ルビ, 傍点, 縦中横, 外字, 返り点, indent containers, page breaks.Pure-functional Rust parser for 青空文庫記法 (Aozora Bunko notation): ルビ, 傍点, 縦中横, 外字, 返り点, indent containers, page breaks. - P4suta/aozoraGitHubP4suta Rustで作ってますが、配布物はcargoのほかにnpm/pypiでも入手できます Documentation * Playground — try it in

By Sakashita Yasunobu