写真の物理学 ⑲ 逆二乗則とガイドナンバーの物理学

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写真の物理学シリーズ ⑲
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。

ストロボの光はどこまで届くのか。この問いに定量的に答えるのが逆二乗則であり、その法則を撮影現場で即座に使える形に圧縮した指標がガイドナンバーである。本稿では逆二乗則の幾何学的導出から出発し、ガイドナンバーの数学的構造、ISO感度との関係、そして配光制御や複数灯合成まで、ストロボ撮影の背後にある物理を一貫して導出する。

逆二乗則の幾何学的導出

点光源から放射される光の全光束を $\Phi$ とする。この光は真空中では等方的に広がり、距離 $d$ の位置では半径 $d$ の球面上に一様に分布する。球の表面積は $4\pi d^2$ であるから、単位面積あたりの照度 $E$ は

$$ E = \frac{\Phi}{4\pi d^2} $$

となる。ここから直ちに $E \propto 1/d^2$ が導かれる。これが逆二乗則である。

この導出の本質は、光源から放射されるエネルギーの総量 $\Phi$ は距離によらず一定であるのに対し、そのエネルギーが分配される面積が $d^2$ に比例して増大する、という幾何学的事実にある。光が「弱くなる」のではなく、同じ量の光がより広い面積に薄く引き伸ばされるのである。

より一般的に、点光源がある方向に単位立体角あたりの光度 $I$ で発光している場合、その方向の距離 $d$ における照度は

$$ E = \frac{I}{d^2} $$

と書ける。等方光源では $I = \Phi / 4\pi$ であるから、先の式と一致する。立体角の概念を導入することで、後述するリフレクターやフレネルレンズによる配光制御の議論が自然に展開できるようになる。

なお、逆二乗則が成立するための条件は「点光源とみなせること」と「光の吸収・散乱がないこと」の二つである。ストロボの発光管は物理的なサイズを持つが、被写体までの距離がそのサイズに比べて十分大きければ、点光源近似は良い精度で成立する。

ガイドナンバーの導出

ガイドナンバー(GN)は、ストロボの光量を撮影に必要な露出と直結させる指標である。その導出には、逆二乗則に加えてレンズの絞りと有効口径の物理的意味を組み合わせる必要がある。

フィルム面(またはセンサー面)が適正露出を得るために必要な露光量を $H_0$ とする。ストロボ光による被写体面の照度は逆二乗則から $E \propto 1/d^2$ であり、レンズを通過してセンサーに到達する光量はさらに絞り値 $N$(F値)の二乗に反比例する。したがってセンサー面の露光量 $H$ は

$$ H \propto \frac{1}{d^2 N^2} $$

と書ける。適正露出の条件 $H = H_0$ を満たすとき、

$$ d^2 N^2 = \text{const.} $$

すなわち

$$ d \times N = \text{const.} \equiv \text{GN} $$

が得られる。これがガイドナンバーの定義式 $\text{GN} = d \times N$ である。

この式の意味は明快である。ストロボから被写体までの距離 $d$ が決まれば、適正露出に必要な絞り値は $N = \text{GN} / d$ で一意に定まる。あるいは逆に、使いたい絞り値が決まっていれば、適正露出が得られる距離は $d = \text{GN} / N$ である。なんでストロボのGNは被写体までの距離なのかという問いに対する答えは、まさにこの逆二乗則とレンズ透過光量の二つの $1/(\cdot)^2$ 則の合成にある。

ここで注意すべきは、ガイドナンバーは特定のISO感度(通常ISO 100)を基準として定義されるという点である。ISO感度が変われば適正露出に必要な光量が変わるため、GNの値も変化する。

ISO感度とガイドナンバーの関係

ISO感度 $S$ は、適正露出に必要な露光量 $H_0$ と反比例の関係にある。

$$ H_0 \propto \frac{1}{S} $$

ISO感度が高いほど少ない光で適正露出が得られるということである。前節の適正露出条件に代入すると、

$$ d^2 N^2 \propto \Phi S $$

したがって

$$ \text{GN}^2 = d^2 N^2 \propto \Phi S $$

$$ \text{GN} \propto \sqrt{S} $$

が得られる。ISO感度が2倍になるとガイドナンバーは $\sqrt{2} \approx 1.41$ 倍になる。ISO 100でGN 40のストロボは、ISO 400では

$$ \text{GN}_{400} = 40 \times \sqrt{\frac{400}{100}} = 40 \times 2 = 80 $$

となる。ISO感度を上げることでストロボの「到達距離」を伸ばせるのは、この平方根則による。ただし高感度にはノイズの物理学で定量化するノイズ増大というトレードオフが伴うため、どこまでISOを上げるかは画質との兼ね合いで判断することになる。

逆二乗則がストロボ撮影に与える実践的制約

逆二乗則の $1/d^2$ という減衰は、日常的な感覚よりもはるかに急峻である。距離が2倍になれば照度は $1/4$ に、3倍になれば $1/9$ になる。露出で言えば、距離2倍で2段のアンダー、距離3倍で3.17段のアンダーである。

これは定常光源にはない制約をストロボ撮影に課す。太陽光のように十分遠方にある光源は、撮影距離の変化に対して照度がほぼ一定である(太陽までの距離に比べれば被写体の移動距離は無視できる)。しかしストロボは被写体から数メートルの距離にあるため、被写体の前後移動がそのまま露出の変動に直結する。

これが白い壁に近づいても露出が変わらない物理学的理由との対比で興味深い点である。カメラ内蔵の測光システムは反射光を測定するため、壁に近づいても露出が安定する。しかしストロボ光の場合、光源と被写体の距離が直接的に露出を支配するため、距離管理が撮影の成否を分ける。

被写体と背景の明暗比

逆二乗則がもっとも劇的に表れるのは、被写体と背景の明暗差である。ストロボから被写体までの距離を $d_s$、被写体から背景までの距離を $\Delta d$ とすると、背景の照度 $E_b$ と被写体の照度 $E_s$ の比は

$$ \frac{E_b}{E_s} = \frac{d_s^2}{(d_s + \Delta d)^2} = \left(\frac{d_s}{d_s + \Delta d}\right)^2 $$

となる。いくつかの具体例を見てみる。

ストロボが被写体から2mの位置にあり、背景が被写体の1m後方にある場合($d_s = 2$, $\Delta d = 1$)、

$$ \frac{E_b}{E_s} = \left(\frac{2}{3}\right)^2 = \frac{4}{9} \approx 0.44 $$

背景は被写体より約1.2段暗くなる。

一方、ストロボが被写体から1mの位置にある場合($d_s = 1$, $\Delta d = 1$)、

$$ \frac{E_b}{E_s} = \left(\frac{1}{2}\right)^2 = \frac{1}{4} = 0.25 $$

背景は2段暗くなる。ストロボを近づけるほど、被写体と背景の明暗差は拡大する。

逆に、ストロボを遠ざけて $d_s = 10$, $\Delta d = 1$ とすると、

$$ \frac{E_b}{E_s} = \left(\frac{10}{11}\right)^2 \approx 0.83 $$

背景はわずか0.27段暗くなるだけで、ほぼ均一な照明になる。

この性質はポートレートや商品撮影で意図的に利用される。背景を暗く落としたければストロボを被写体に近づけ、背景まで均一に照らしたければストロボを遠ざける。逆二乗則が「破綻」するのではなく、逆二乗則そのものが距離比によって異なる振る舞いを見せるのである。

リフレクターとフレネルレンズによる配光制御

ここまでの議論は点光源の等方放射を前提としていたが、実際のストロボにはリフレクターやフレネルレンズが組み込まれており、光の配光パターンを制御している。

点光源が全立体角 $4\pi$ ステラジアンに光束 $\Phi$ を等方的に放射する場合、ある方向の光度は $I_0 = \Phi / 4\pi$ である。リフレクターを用いてこの光を立体角 $\Omega$($\Omega < 4\pi$)の範囲に集中させると、その方向の光度は

$$ I = \frac{\eta \Phi}{\Omega} $$

に増大する。ここで $\eta$ はリフレクターの反射効率である。$\Omega$ を小さくするほど光度は高くなるが、照射範囲は狭くなる。エネルギー保存則により、光の総量 $\Phi$ が増えるわけではない。同じ量の光をより狭い範囲に集中させているだけである。

クリップオンストロボのズームヘッドは、まさにこの原理で動作する。ズーム値を望遠側に設定するとフレネルレンズとリフレクターの組み合わせが光を狭い立体角に集中させ、照射方向の光度を上げる。これにより同じ光量のストロボでも、照射角を狭めればガイドナンバーの公称値が大きくなる。スペックシートで「105mmポジションでGN 60」のように照射角ごとにGNが異なるのはこのためである。

フレネルレンズは通常の凸レンズを同心円状の段差に分割して薄型化したもので、灯台の投光器にも使われている。レンズの屈折によって発散光を平行光に近づけることで、遠方への光度を高める。ストロボ内部ではリフレクターが後方に逃げる光を前方に反射し、フレネルレンズがその光をさらに絞り込む、という二段構えの配光制御が行われている。

ベアバルブ発光とリフレクター発光

スタジオ用ストロボの一部やクリップオンストロボの特殊モードでは、リフレクターを外して発光管をむき出しにしたベアバルブ発光が可能である。

ベアバルブ発光では光はほぼ等方的に放射される。前方への光度は低いが、全方向に光が広がるため、天井や壁からのバウンス光が豊富に発生し、柔らかい環境光的なライティングが得られる。ストロボで動きが止まる物理的根拠と限界で論じたように、ストロボ光の短い閃光時間は動体を凍結させるが、バウンス光が多い環境では間接光による二重像が生じる可能性もある。

一方、リフレクター付きの発光では光が前方の限られた立体角に集中する。同じ光束 $\Phi$ に対して前方の光度が高くなるため、直射での到達距離は長くなる。ガイドナンバーはこの前方光度に基づいて算出されるため、リフレクター付きのほうが公称GNは大きくなる。

両者の選択は撮影意図による。直射で遠方の被写体を照らしたいならリフレクター付き、室内全体を柔らかく照らしたいならベアバルブ、という使い分けが物理的に合理的である。

複数灯の光量合成

複数のストロボを同一被写体に向けて同時発光させた場合、合成光量はどうなるか。結論から言えば、照度(強度)は単純に加算される。

$$ E_{\text{total}} = E_1 + E_2 + \cdots + E_n $$

ここで重要なのは、光の重ね合わせが振幅ではなく強度で行われるという点である。波動としての光は電場の振幅で記述され、振幅の重ね合わせ(干渉)が生じうる。二つの光源の電場振幅を $A_1$, $A_2$、位相差を $\delta$ とすると、合成強度には干渉項 $2A_1 A_2 \cos\delta$ が現れる。しかしストロボ光はインコヒーレント光であり、各光源の位相はランダムかつ独立であるため、 $\cos\delta$ の時間平均はゼロになり、観測される照度は各光源の照度の単純和となる。

同一出力のストロボを $n$ 台使用した場合、合成照度は $n$ 倍になる。照度が $n$ 倍ということは、逆二乗則から到達距離は $\sqrt{n}$ 倍に伸びる。ガイドナンバーで表現すると、

$$ \text{GN}_{\text{combined}} = \text{GN} \times \sqrt{n} $$

となる。2台で $\sqrt{2} \approx 1.41$ 倍、4台でようやく2倍である。ストロボの台数を増やしても到達距離は平方根でしか伸びないという事実は、大光量が必要な撮影でのコスト感覚を正しく持つために知っておくべきである。

まとめ

逆二乗則は、点光源からの光が距離の二乗に反比例して減衰するという幾何学的帰結である。この法則とレンズの透過光量則を組み合わせることでガイドナンバー $\text{GN} = d \times N$ が導出され、ISO感度との関係 $\text{GN} \propto \sqrt{S}$ が証明される。

逆二乗則の急峻な減衰は、被写体と背景の明暗差を距離比の関数として定量的に予測することを可能にし、リフレクターやフレネルレンズによる配光制御は、光の総量を変えずに立体角の絞り込みで光度を高める。複数灯の合成はインコヒーレント光の強度加算に従い、ガイドナンバーは台数の平方根に比例する。

これらはすべて、エネルギー保存と幾何学という二つの基本原理から導かれる。ストロボ撮影における露出制御は、経験則ではなく物理法則の直接的な応用なのである。本稿で導出したガイドナンバーの数学的構造は、ハイスピードシンクロとフラッシュ同調の物理におけるHSS時のGN低下の定量的導出に直結する。

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