写真の物理学 ㊺ 印刷の物理学
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。
写真の最終出力にはディスプレイともうひとつ、印刷がある。ディスプレイが自ら光を発して色を作るのに対し印刷は光を吸収して色を作るという根本的な違いがあり、この物理を理解しないまま「モニターで見たとおりに刷れない」と嘆くのは問題の入口にすら立てていない。本稿ではインクジェット・銀塩プリント・オフセット印刷の物理的原理とそれぞれが抱える色再現の限界を記述する。
減法混色の物理
ディスプレイの物理学で論じたとおり、ディスプレイはRGBの加法混色で色を作る。赤・緑・青の光を足し合わせ、すべて足すと白になる。印刷はその逆で、白い紙に反射した光からインクが特定の波長を吸収し、残った光が目に届くことで色が知覚される。これが減法混色である。
CMYの三原色は、それぞれRGBの補色にあたる。
- シアン(C) は赤の光を吸収し、緑と青を反射する
- マゼンタ(M) は緑の光を吸収し、赤と青を反射する
- イエロー(Y) は青の光を吸収し、赤と緑を反射する
シアンとマゼンタを重ねると赤と緑の両方が吸収され、青だけが残る。マゼンタとイエローを重ねれば赤、シアンとイエローを重ねれば緑になる。三色すべてを重ねれば、理論上はすべての可視光が吸収されて黒になる。
ここで「理論上は」と書いたのには理由がある。
なぜCMYだけでなくK(黒)が必要なのか
理想的なCMYインクであれば、三色を等量重ねれば完全な黒が得られる。しかし現実のインクは、吸収スペクトルが理想的な矩形関数ではない。各インクには不要な波長域での吸収や、本来吸収すべき波長域での漏れが存在する。このスペクトルの不純物が、CMY三色を重ねても濁った暗褐色にしかならない原因である。
Kインクを追加する理由は、この不純物問題だけではない。
- コントラストの確保。テキストや細線の描画では、深い黒が不可欠である。CMYの重ね刷りでは到達できない濃度をKが補う
- インク使用量の削減。暗い色をCMY三色の重ねで表現すると、紙に載るインクの総量が過大になる。Kで置き換えることで、乾燥時間の短縮と紙の波打ち防止につながる
- 色安定性の向上。三色の微妙なバランスで黒を作ると、わずかな量の変動で色味がずれる。Kの単色で黒を出せば、安定した再現が得られる
CMYKの「K」は「Key」の頭文字であり、印刷の位置合わせにおいて黒版が基準(キープレート)として使われたことに由来する。
インクジェット印刷の物理
インクジェットプリンターは、微細なインク滴を紙に向けて噴射する。液滴の生成方式は大きく二つに分かれる。
ピエゾ方式
ピエゾ素子(圧電素子)は、電圧を印加すると機械的に変形する材料である。この変形によってインク室の壁面が押され、ノズルからインク滴が射出される。
ピエゾ方式の特徴は、インクを加熱しない点にある。電圧波形の制御によって液滴サイズを精密に変えられるため、階調表現の自由度が高い。加熱がないぶんインクの化学的劣化がなく、顔料インクや溶剤インクなど、熱に弱いインクも使用できる。Epsonのプリンターがこの方式を採用している。
サーマル方式
ノズル近傍に配置された薄膜ヒーターが瞬間的にインクを加熱し、気泡(バブル)を発生させる。この気泡の膨張圧力でインク滴が射出される仕組みで、HP、Canonなどが採用している。
サーマル方式は、ヒーターの微細加工が容易なためノズルの高密度化に有利である。ただし、加熱と冷却のサイクルを繰り返すため、ヒーターの寿命が有限であり、熱に弱いインクは使いにくい。
いずれの方式でも、現代のプリンターが噴射する液滴の体積はおよそ1.5〜4ピコリットルである。1ピコリットルは $10^{-12}$ リットル、直径にしておよそ12マイクロメートルの球に相当する。
ドットサイズと解像度
dpiの物理的意味
dpi(dots per inch)は、1インチ(25.4mm)あたりに配置できるドットの数を表す。プリンターのカタログに「2400×1200 dpi」と書いてあれば、水平方向に1インチあたり2400個、垂直方向に1200個のドットを打てるという意味である。
ただし、dpiの数値だけで「解像度が高い」と判断するのは早計である。インクジェットのドットは基本的にオン/オフの二値であり、1ドットで中間調を表現できない。中間調は複数のドットの密度パターンで疑似的に作り出す(後述するハーフトーニング)。したがって、実効的な階調解像度はドット解像度よりも低くなる。
知覚的限界
人間の眼の光学で述べたとおり、人間の眼の角度分解能は最良条件でおよそ1分角(1/60度)である。通常の読書距離(約25〜30cm)でこれを換算すると、約300 dpiに相当する。つまり、300 dpiを超えるドットの微細構造は、通常の観賞距離では知覚できない。
ただし、これはドットが一つ一つ独立に認識できるかどうかの限界であり、ハーフトーンパターンの粗さやモアレのような周期的な構造は、より低い解像度でも知覚される。このため、実用上は360 dpi以上のプリント解像度が、高品質な写真プリントの目安とされている。
ハーフトーニングと誤差拡散法
連続階調から離散ドットへ
写真のトーンは連続的に変化するが、インクジェットの各ドットは「打つか打たないか」の二値である。連続階調を離散的なドットパターンで近似する技術がハーフトーニングであり、その歴史は19世紀の活版印刷にまで遡る。
AM(振幅変調)スクリーニング
伝統的なハーフトーンは、規則的な格子点上にドットを配置し、ドットの大きさを変えて濃淡を表現する。明るい領域ではドットが小さく、暗い領域ではドットが大きい。新聞や雑誌を虫眼鏡で見ると、この規則的なドットパターンが確認できる。
AMスクリーニングではスクリーン線数(lpi: lines per inch)が解像度の指標となる。商業印刷では通常150〜175 lpi、新聞印刷では85〜100 lpi程度が用いられる。
FM(周波数変調)スクリーニング
一方、ドットの大きさを一定にし、ドットの密度(配置間隔)を変えて濃淡を表現する方式がFMスクリーニングである。確率的スクリーニングとも呼ばれ、規則的な格子を使わないため、モアレが原理的に発生しない。
インクジェットプリンターの多くは、このFMスクリーニングの一種を採用している。
誤差拡散法
Floyd-SteinbergのアルゴリズムがFMスクリーニングの代表的な実装である。各ピクセルを二値化したときに生じる量子化誤差を、まだ処理していない周辺ピクセルに分配する。
具体的には、あるピクセルの入力値が100で、閾値128で二値化して白(0)にした場合、誤差は +100 となる。この誤差を右隣に 7/16、左下に 3/16、真下に 5/16、右下に 1/16 の割合で加算する。結果として、局所的にはドットの有無が乱雑に見えるが、巨視的には入力画像の階調が忠実に再現される。
誤差拡散法が生み出すドットパターンは、空間周波数の観点からブルーノイズ特性を持つ。すなわち、低周波成分(大きなまだら模様)が抑制され、高周波成分(細かいランダムパターン)が支配的になる。視覚の知覚心理物理学で扱うコントラスト感度関数が示すとおり、人間の視覚系は高周波ノイズに鈍感であるため、この特性は知覚的に好ましい。写真におけるクロマサブサンプリングで述べたとおり、人間の視覚系が輝度の空間変化には敏感で色度には鈍感であるという非対称性は、印刷のハーフトーニングでも本質的に同じ原理で利用されている。
インクと紙の相互作用
インク滴が紙に着弾した瞬間から、複数の物理化学プロセスが同時に進行する。
浸透と拡散
インク滴は紙の繊維に接触すると、毛細管力によって繊維間の隙間に浸透する。同時に、液滴は表面張力の影響を受けて紙の表面上で横方向に広がる。この横方向の拡散をドットゲインと呼び、印刷されたドットが意図したサイズよりも大きくなる現象として現れる。
ドットゲインが大きいと、暗部が潰れ、シャドウのディテールが失われる。コート紙やフォトペーパーでドットゲインが小さいのは、表面のコーティング層がインクの浸透を制御し、液滴の広がりを抑えているためである。
乾燥
染料インクは水溶性であり、溶媒(水)の蒸発によって乾燥する。一方、顔料インクは微細な固体粒子がバインダー樹脂とともに紙の表面に定着する。顔料インクの方が耐水性・耐光性に優れるのは、色素が紙の繊維内部に浸透するのではなく、表面に物理的に固着するためである。
紙の白さと光の相互作用
反射率と紙の白さ
印刷において「白」を作るインクは存在しない。白は紙そのものの反射によって表現される。したがって、紙の白さと反射特性が、印刷物の色域とコントラストを根本的に規定する。
フォトペーパーの反射率は典型的には90〜96%であり、100%には届かない。この損失が、印刷物のダイナミックレンジの上限を制約する。白い壁に近づいても露出が変わらない物理学的理由で扱った反射の物理が、ここでも本質的な役割を果たしている。
蛍光増白剤
多くの高品質用紙には蛍光増白剤(OBA: Optical Brightening Agent)が添加されている。OBAは光と物質の相互作用で述べた蛍光現象の応用であり、紫外線を吸収して可視光(主に青〜青紫の波長域)として再放出することで紙の見かけの白さを向上させる。
問題は、この「白さ」が光源に依存する点である。紫外線を多く含む昼光下ではOBAが強く蛍光し、紙は青白く見える。紫外線をほとんど含まないタングステン光下ではOBAが働かず、紙は黄みがかる。これは後述するメタメリズムと同根の現象であり、プリントの色評価を複雑にする要因のひとつである。
ブロンジング
顔料インクで印刷した暗部が、特定の角度から見ると青銅色や赤銅色に光って見える現象をブロンジングと呼ぶ。顔料粒子が紙の表面で薄膜を形成し、その膜が薄膜干渉を起こすことで特定の波長が強調される。光と物質の相互作用で論じたコーティングの薄膜干渉、シャボン玉の色づきや油膜の虹色と同じ物理原理である。
ブロンジングは光沢紙で顕著に現れ、マット紙では表面の微細な凹凸が干渉を打ち消すため目立ちにくい。
銀塩プリント
デジタル露光と化学現像のハイブリッド
銀塩写真の化学で述べたとおり、銀塩写真はハロゲン化銀の感光性を利用する技術である。銀塩プリント(いわゆるラムダプリント、RA-4プリント)は、この化学プロセスをデジタルデータの出力に応用したものだ。
具体的な工程は次のようになる。
- デジタル露光。レーザー(赤・緑・青の三色)またはLEDアレイで、デジタル画像データに基づいてカラー印画紙を画素ごとに露光する
- 化学現像。露光された印画紙をRA-4処理液(発色現像液・漂白定着液・安定液)に通し、フィルム現像の化学と暗室の光学で扱った化学反応と同種のプロセスで潜像を可視像に変換する
- 水洗・乾燥。残留薬品を洗い流し、乾燥させる
銀塩プリントの最大の特徴は、連続階調(コンティニュアストーン)で出力される点にある。インクジェットのようにドットの有無で階調を表現するのではなく、印画紙内のハロゲン化銀粒子が連続的に現像されることで滑らかなトーンが得られる。肌のトーンやグラデーションの再現において、インクジェットとは質感が異なる。
ジクレープリント
ジクレー(Giclée)はフランス語で「噴射」を意味し、アーカイバル品質のインクジェットプリントを指す用語として美術・写真の分野で定着している。
ジクレープリントを一般的なインクジェットプリントと区別するのは、素材の耐久性に対する要求水準である。
- アーカイバルインク。顔料インクを使用し、光・湿度・ガスによる退色に強い。メーカーの加速試験に基づく推定では、適切な展示条件下で60〜200年以上の耐光性が謳われている
- アーカイバル用紙。酸を含まない(acid-free)コットンラグ紙やアルファセルロース紙を使用する。酸性紙は経年劣化で黄変・脆化するが、中性〜弱アルカリ性のアーカイバル紙はこの劣化が極めて遅い
耐光性の化学的根拠は、顔料粒子の分子構造にある。染料は溶媒に溶解した分子であり、紫外線によって化学結合が切断されやすい。顔料は結晶構造を持つ固体微粒子であり、結晶内部の分子は紫外線から遮蔽されるため、退色速度が桁違いに遅い。
メタメリズムの実践
なぜモニターとプリントで色が合わないのか
モニターで見た色とプリントの色が一致しない原因のひとつがメタメリズム(条件等色)である。
メタメリズムとは、二つの色がある光源下では同じ色に見えるが、別の光源下では異なる色に見える現象を指す。物理的には、色とは何かで導出した三刺激値の枠組みで説明できる。二つの物体の分光反射率曲線が異なるにもかかわらず、特定の光源のスペクトルとの積が同じ三刺激値を生む場合に発生する。
モニターは赤・緑・青の発光素子のスペクトルの組み合わせで色を作る。インクはCMYKの吸収スペクトルの組み合わせで色を作る。両者の分光特性はまったく異なるため、演色性とメタメリズムで論じた照明メタメリズムの崩壊が不可避的に生じ、D50光源で色を合わせても蛍光灯下やLED照明下では色がずれる。ストロボの色温度管理とグレード選びで扱った色温度の問題が、ここでは光源のスペクトル形状という、より根本的なレベルで再び現れる。
ソフトプルーフの数学
ICCプロファイルとは何か
ICC(International Color Consortium)プロファイルは、デバイスの色特性を数値的に記述したファイルである。カメラ、モニター、プリンターなど、それぞれのデバイスが再現できる色域(ガマット)と、デバイス固有の色値(RGB、CMYK)と色空間の数学で導出したデバイス非依存の色値(CIE XYZまたはCIE L*a*b*)との対応関係を定義する。
ColorChecker Passport × Capture One Pro プロファイル作成手順で扱ったカメラプロファイルの作成は、入力側のICCプロファイルを構築する作業にあたる。ソフトプルーフでは、これに加えて出力側(プリンター+用紙+インク)のICCプロファイルが必要になる。
レンダリングインテント
モニターの色域とプリンターの色域は一致しない。モニターで表示できてもプリンターでは再現できない色(色域外の色)をどう扱うかを決めるのがレンダリングインテントである。ICCは4種類を定義している。
- 知覚的(Perceptual)。色域全体を圧縮し、色同士の相対的な関係を保つ。写真に最も一般的に推奨される
- 相対的色彩(Relative Colorimetric)。色域内の色はそのまま変換し、色域外の色を最も近い色域境界にクリップする。白色点を出力メディアの白に合わせる
- 絶対的色彩(Absolute Colorimetric)。相対的色彩と同様だが、白色点の補正を行わない。プルーフ(校正刷り)用途で使われる
- 彩度(Saturation)。彩度を最大限に保つ。グラフやビジネスグラフィックス向けで、写真には不向き
写真のソフトプルーフにおいては、まず知覚的レンダリングで全体のバランスを確認し、次に相対的色彩レンダリングで色域内の精度を検証するという手順が実用的である。現像ソフトを選び直すで触れたRAW現像ソフトのカラーレンダリングの違いも、このICCプロファイルとレンダリングインテントの組み合わせに帰着する。
印刷のダイナミックレンジとDmax
反射率で決まる最大濃度
ディスプレイのダイナミックレンジは発光輝度の幅で決まるが、印刷のダイナミックレンジは反射率の比で決まる。紙の最も明るい部分(Dmin)と、インクが最も濃く載った部分(Dmax)の濃度差が、印刷物が表現できるトーンの幅である。
光学濃度 $D$ は反射率 $R$ の常用対数の符号反転で定義される。
$$ D = -\log_{10}(R) $$
反射率100%で $D = 0$ 、反射率1%で $D = 2.0$ 、反射率0.1%で $D = 3.0$ となる。
一般的な印刷物のDmaxは以下のとおりである。
- 光沢インクジェット(顔料)。Dmax ≒ 2.2〜2.5(反射率約0.3〜0.6%)
- マットインクジェット。Dmax ≒ 1.4〜1.8(反射率約1.5〜4%)
- 銀塩プリント(光沢)。Dmax ≒ 2.0〜2.3
- オフセット印刷(コート紙)。Dmax ≒ 1.7〜2.0
一方、Dminは紙の白さで決まり、高品質フォトペーパーで $D \approx 0.04$ (反射率約91%)程度である。
ディスプレイとの比較
現代のディスプレイは、SDRで約1,000:1、HDR対応モニターで10,000:1以上のコントラスト比を持つ。これを濃度差に換算すると、SDRで約3.0、HDRで4.0以上に相当する。
光沢インクジェットのDmax 2.5とDmin 0.04の差は約2.46であり、コントラスト比に換算すれば約290:1、すなわちおよそ8段分のダイナミックレンジに相当する。マットペーパーでは約4.5〜6段に縮まる。
これは、ダイナミックレンジとビット深度で論じた14段を超えるダイナミックレンジを持つ現代のカメラセンサーと比較すれば、大幅に狭い。写真のプリントとは、広大なダイナミックレンジを印刷の物理的限界に圧縮するプロセスそのものであり、そこにはHDRとトーンマッピングの数学で扱ったトーンマッピングとレンダリングインテントの判断が不可避的に介在する。
まとめ
印刷の物理は、光の吸収と反射という単純な原理から出発しながら、インクのスペクトル不純物、液滴形成のメカニズム、ハーフトーニングの数学、紙の表面化学、メタメリズムの知覚物理、そしてICCプロファイルによる色空間変換へと広がる。
ディスプレイ上の写真がピクセル単位で自己発光する直接的な色表現であるのに対し、プリントは光源・インク・紙の三者の相互作用によって初めて色が成立する間接的な表現である。この間接性こそが、プリントの難しさであり、同時にプリントでしか得られない物質としての存在感の源泉でもある。
モニターの中の写真はデータだが、印刷された写真は物体である。光を発するのではなく、光を受けて返す。その物理的な振る舞いを理解することは、写真の最終形態を自分の手で制御するための第一歩となる。レンズからセンサー、現像、ディスプレイ、そして印刷へ至る全パラメータの連鎖はすべてを統合するで総括する。