写真のしくみ ㉟ 空の青と夕焼けの赤を生む光の散乱
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
空を見上げてみてください。
昼間はまっさおな青。夕方になると燃えるようなオレンジや赤。朝焼けはやさしいピンクで、曇りの日の雲は白、雨雲はどんよりした灰色。同じ空なのに、こんなにも色が変わるのはなぜでしょう?
じつはこの秘密、ぜんぶ「光の散乱」というひとつのしくみで説明できてしまいます。今回は、空の色の正体をいっしょに追いかけていきましょう。
太陽の光は「白」じゃない
まず、大前提の話から始めましょう。
ふだん何気なく浴びている太陽の光。あれは「白い光」だと思っている人が多いかもしれません。けれど、太陽の光をプリズム(三角柱のガラス)に通すと、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と、虹のようにたくさんの色に分かれます。ニュートンが17世紀にやった有名な実験です。つまり太陽の光は、いろいろな色の光が全部混ざった「ごちゃまぜの光」なのです。
色の正体は、光の「波長」のちがいです。光は波の性質を持っていて、その波の山から山までの長さ(波長)が色を決めています。赤い光は波長が長く、およそ 700 nm(ナノメートル。1 nm は 100万分の 1 mm)。青い光は波長が短く、およそ 450 nm。紫はもっと短くて約 400 nm あたりです。人間の目に見える光(可視光)は、だいたい 400 nm から 700 nm の範囲に収まっています。
この「波長のちがい」が、これから話す空の色の秘密を解くカギになります。
空が青い理由
光は大気にぶつかると「散らばる」
太陽から届いた光は、地球の大気、つまり空気の層に飛び込んできます。大気は窒素(約78%)や酸素(約21%)などのとても小さな分子でできています。光がこの小さな分子にぶつかると、いろんな方向に散らばります。これを散乱(さんらん)といいます。
ここで大事なのは、すべての色の光が同じように散らばるわけではないということです。
レイリー散乱という名前のしくみ
19世紀のイギリスの物理学者レイリー卿(本名ジョン・ウィリアム・ストラット)が、この散乱のしくみを数学的に明らかにしました。彼の理論によると、散乱の強さは波長の4乗に反比例します。
……と言われても、ピンとこないかもしれません。ものすごく簡単に言い換えましょう。
波長が短い光ほど、圧倒的に散らばりやすい。
どのくらい「圧倒的」かというと、青い光(波長 約450 nm)は赤い光(波長 約700 nm)に比べて、ざっくり約6倍も多く散乱されます。波長が少し短いだけで、散乱される量は一気に跳ね上がるのです。これがレイリー散乱と呼ばれるしくみです。
つまり、太陽からやってきたいろんな色の光のうち、青い光が最も激しく空気の分子にぶつかって四方八方に散らばっている。だから、空のどこを見上げても青い光が目に飛び込んでくるのです。これが「空が青い」理由です。
「でも、紫のほうがもっと波長が短いよね?」
するどい。紫の光は青よりも波長が短いので、レイリー散乱の理屈だけで言えば、紫のほうがもっとたくさん散乱されているはずです。では、空が紫色に見えないのはなぜでしょう?
理由はおもに2つあります。
- 太陽の光には、紫の成分が青ほど多くない。 太陽のスペクトル(どの波長の光がどれだけ含まれるかを示す分布)を見ると、紫の領域は青に比べて光の量が少ないのです。散乱されやすくても、もとの量が少なければ目立ちません。
- 人間の目は紫をとらえるのがあまり得意ではない。 私たちの目には赤・緑・青に反応する3種類のセンサー(錐体細胞)があります。紫の光は「青センサー」を強く刺激しつつ「赤センサー」もわずかに刺激するのですが、結果として脳は「青っぽい」と解釈します。さらに、大気上層のオゾン層が紫外線に近い短い波長の光を一部吸収していることも影響しています。
これらが重なって、私たちの目には空が「紫」ではなく「青」に見えるというわけです。
夕焼けが赤い理由
太陽が沈むと、光の「通り道」が長くなる
昼間、太陽が頭のほぼ真上にあるとき、太陽の光は大気を比較的短い距離だけ通って私たちの目に届きます。ところが、夕方になって太陽が地平線に近づくと、光は大気を斜めに、ずっと長い距離通らなければならなくなります。
イメージしてみてください。もし大気の厚さを薄い毛布にたとえるなら、真上から毛布を突き抜ける光は短い距離で済みます。でも、毛布の端っこからほぼ横向きに突き抜けようとしたら、毛布の中をものすごく長く進まなくてはなりません。夕方の太陽の光は、まさにそういう状態です。
青が「散りきって」赤が残る
光が大気の中を長い距離進むということは、その道中で空気の分子にぶつかる回数がものすごく増えるということです。レイリー散乱で青い光はどんどん横にそれていきます。道のりが十分に長いと、青い光はほとんどすべて散乱されきって、私たちの目に直接届く光の中からは消えてしまいます。緑の光もかなり減ります。
最後まで散乱されずにまっすぐ突き進んでくるのは、波長の長い赤やオレンジの光です。こうして、沈みゆく太陽とそのまわりの空が赤く染まる。これが夕焼けのしくみです。
大気がきれいな日には、夕焼けは穏やかな黄色やオレンジになることが多いです。一方、空気中にちりやエアロゾル(微粒子)が多い日は、より鮮やかで深い赤になりやすくなります。微粒子がさらに光を散乱させ、青や緑をいっそう取り除くからです。火山が大噴火した後に世界中で真っ赤な夕焼けが見られることがあるのも、同じ理由です。
朝焼けと夕焼けはどうちがう?
朝焼けも夕焼けも、太陽が地平線の近くにあるという点では同じです。だから基本的なしくみ(光が大気を長い距離通って青が散乱される)は変わりません。それなのに、朝焼けと夕焼けでは色合いが微妙にちがうことが多いのです。なぜでしょう。
大きな理由は、大気の状態が朝と夕方で異なるからです。
- 夕方の大気は「にぎやか」。 日中、太陽に温められた地面から水蒸気やちり、花粉、排気ガスなどが立ち上り、大気の下層にたくさんの微粒子が漂っています。これらが光を余分に散乱するので、夕焼けは色が広い範囲に広がり、赤みが強く、ダイナミックな空になりやすいのです。
- 朝の大気は「静か」。 夜のあいだに気温が下がり、大気中の微粒子は地面に沈んだり、露として落ちたりします。空気が澄んでいるので、朝焼けはやさしいピンクや淡いオレンジなど、繊細でおとなしい色合いになることが多いのです。
もちろん、天気や季節、場所によって大きく変わるので「朝焼けは必ずやさしい色」とは言い切れません。でも、傾向としては、夕焼けは鮮やかで大胆、朝焼けは繊細で穏やかになりやすいのです。
雲はなぜ白い?
ここまでの話は、光が空気の分子のようなとても小さい粒にぶつかったときの話でした。では、もっと大きい粒、たとえば雲をつくっている水滴にぶつかるとどうなるでしょう?
雲の水滴は直径がおよそ 5〜15 マイクロメートル(μm。1 μm は 1000分の 1 mm)くらいです。可視光の波長(0.4〜0.7 μm)と比べると、水滴のほうがずっと大きいですね。
このように粒子が光の波長と同じくらいか、それより大きい場合に起こる散乱を、ドイツの物理学者グスタフ・ミーにちなんでミー散乱と呼びます。ミー散乱の大きな特徴は、波長によるえこひいきがほとんどないことです。赤も青も緑も、すべての色の光がほぼ同じように散らばります。
すべての色が同じように混ざった光は、私たちの目には白に見えます。だから雲は白いのです。
では、なぜ雨雲は暗い灰色に見えるのでしょう? 答えはシンプルで、雲が分厚くなると太陽の光が雲の中を通り抜けられなくなるからです。光が雲の上面や内部で何度も散乱されて弱まり、雲の底にはほとんど届きません。光が足りなくなった部分は暗く、つまり灰色や黒っぽく見えるというわけです。
空の色は一日中変わっている
空の色というと「昼は青」「夕方は赤」くらいのイメージかもしれませんが、実はもっと繊細に変化しています。一日の空を追いかけてみましょう。
- 夜明け前。 太陽がまだ地平線のずっと下にあるとき、空は濃い紺色です。やがて東の空の地平線付近がわずかに明るくなり、深い青からグラデーションが始まります。
- 朝焼け(日の出前後)。 太陽が地平線すれすれにあるので光は大気を長く通り、ピンクやオレンジの色が空に広がります。太陽の反対側の空にはまだ深い青が残っていて、その境目はなんとも言えない美しさです。
- 午前中。 太陽が昇るにつれて光の通る大気の距離が短くなり、空は鮮やかな青になります。太陽から離れた方向ほど青が濃く、太陽に近い方向はやや白っぽく見えます。太陽付近で白っぽく見えるのは、ミー散乱の影響です。
- 真昼。 太陽が最も高い位置にあるとき、頭上の空は一日でいちばん深い青になります。光が大気を通過する距離が最も短く、レイリー散乱で青だけがきれいに散らばっている状態です。
- 午後。 太陽が西に傾き始めると、少しずつ空全体の色が暖かみを帯びてきます。写真の世界では、日没の1時間ほど前をゴールデンアワーと呼びます。太陽光が金色がかって、風景や人物をあたたかく照らす時間帯です。
- 夕焼け(日没前後)。 さきほど説明したとおり、空が赤やオレンジに染まります。雲があるとさらにドラマチックになります。雲の水滴が、すでに赤みを帯びた夕日の光をミー散乱であらゆる方向に散らし、空全体がキャンバスのように彩られるからです。
- たそがれ(日没直後)。 太陽が地平線の下に沈んでも、空はすぐには暗くなりません。地平線付近にはオレンジが残り、頭上は濃い青に変わっていきます。この時間帯をブルーアワーと呼びます。昼の青とはちがう、深く静かな青です。
- 夜。 太陽の光が届かなくなれば、空は暗くなり星が見えてきます。空が真っ黒に見えるのは、散乱させる太陽の光がないからです。
こうして見ると、空は刻一刻と表情を変えるキャンバスのようなものだとわかります。
写真と空の色
カメラをさわる人にとって、空の色は単なる景色ではなく、写真の仕上がりを左右する重要な要素でもあります。
ホワイトバランスの話
私たちの脳は、光の色が変わっても「白いものは白い」と自動的に補正してくれます。これを色順応といいます。ところがカメラにはそんな器用な脳がないので、「いま照らしている光はどんな色?」と教えてあげる必要があります。それがホワイトバランス(WB)です。
真昼の太陽光は青みがかっていますし、夕方の光は赤みが強くなります。朝の日陰は青っぽく、曇りの日も青みが増します。ホワイトバランスを正しく設定すれば、どんな光のもとでも自然な色を再現できます。逆に言えば、ホワイトバランスをわざとずらすことで、夕焼けをもっと赤くしたり、朝の青さを強調したりもできるわけです。
露出への影響
空の明るさは一日を通して大きく変わります。真昼の青空はとても明るいですし、夕焼けの空は意外と暗い。空を背景にした写真で人物が真っ暗になった経験がある人もいるかもしれません。これは、カメラが明るい空に引っ張られて露出を下げてしまうからです。空の色と明るさの変化を理解しておくと、露出の判断がしやすくなります。
写真家が空の色を味方にするには
散乱のしくみを知っていると、「いつ、どこで、どんな空が撮れるか」をある程度予想できるようになります。
- 空気が澄んでいる日は、深い青空が撮れます。頭上、とくに太陽の反対方向の空がいちばん青いです。
- 夕焼けを鮮やかに撮りたければ、大気中に適度な水蒸気やちりがある日を狙いましょう。ただし多すぎると霞んでしまいます。
- 雲が少しある日の夕焼けは、雲がスクリーンの役割を果たして赤やオレンジを映しだし、もっともドラマチックな空になります。
- ゴールデンアワーやブルーアワーは、風景写真やポートレートの黄金タイムです。光のやわらかさと色のうつくしさが、写真に独特の雰囲気を与えてくれます。
空の色は、レンズを通して世界を見る人にとって、もっとも身近で、もっとも奥が深い被写体のひとつです。
この回のまとめ
今回は、空の色がなぜ変わるのかを追いかけてきました。ポイントを振り返りましょう。
- 太陽の光はいろいろな色(波長)が混ざった光。 プリズムに通すと虹のように分かれるのがその証拠です。
- レイリー散乱。 空気の分子のように小さな粒子は、波長の短い光(青)を強く散乱します。これが空が青い理由です。
- 紫が見えないのは、太陽光に含まれる紫の量が少ないことと、人間の目の感度の特性によるものです。
- 夕焼けが赤いのは、太陽が低い位置にあると光が大気を長く通るため、青い光が散乱されきって赤やオレンジだけが残るからです。
- 朝焼けと夕焼けの色がちがうのは、大気中のちりや水蒸気の量が朝と夕方で異なるためです。夕焼けは鮮やかに、朝焼けは繊細になりやすい傾向があります。
- ミー散乱。 雲の水滴のように大きな粒子は、すべての色を同じように散乱します。だから雲は白く見えます。厚い雲が暗いのは、光が通り抜けられないからです。
- 空の色は一日中変わり続けている。 夜明けの紺色、朝焼けのピンク、昼の青、ゴールデンアワーの金色、夕焼けの赤、ブルーアワーの深い青。レイリー散乱やミー散乱を中心とする光と大気の相互作用で説明できます。
- 写真では、ホワイトバランスや露出が空の色に大きく左右されます。散乱のしくみを知ることは、撮影の判断力を高めることにもつながります。
何気なく見上げている空も、光と大気がつくりだす壮大な物理現象です。明日の朝、空を見上げたとき、そこに広がる色のひとつひとつに「ああ、あれは波長の短い光が散乱しているんだな」と思えたら、世界の見え方が、ほんの少し変わるかもしれません。