Realforceのアップデートで文鎮化して焦った話

Realforceのアップデートで文鎮化して焦った話
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Realforceのアクチュエーションポイントを浅くしたくて設定ソフトであるRealforce Connectをダウンロードするために、久しぶりにRealforceのホームページにいってみたところ、ファームウェアFWのバージョンが随分とアップデートされていた。

ソフトウェア | REALFORCE | 日本製プレミアムキーボードの最高峰

ついでにと思い、ファームウェアのアップデートをしてみた。

どうやらFWはキーボードの型番によって異なるようだが、キーボードをひっくり返して確認するのもめんどくさい。

たしかソフトから見れたよなあと思い、まずはRealforce Connectをインストール。

どうやら私の手元のキーボードはR3HC23というものらしい。

製品:R3 KEYBOARD / R3HC23 | REALFORCE | 日本製プレミアムキーボードの最高峰
打つ悦び。カスタマイズ可能な第3世代キーボード、R3シリーズ。

とりあえず、対応するFWをダウンロードページからダウンロード。

Realforce ConnectからFWアップデートを始める。

アップデート失敗?!

ななななんと、あっけなくFWアップデートに失敗。

画面には「ファームウェアアップデートに失敗しました」と表示され、キーボードは文鎮と化した。

一切反応しない。

USBを抜き差ししても、意味ないし、そもそも電源ボタンが反応しない。

時は夜中の2:45。

調べてみたら同じ事象に出会った方がいて、「3 万円以上もする高価な製品がこんな簡単に文鎮化するとは・・・と思ってしばし呆然としていた」と書き残されていたが、私も完全に同じ反応をしていた。

Realforce R3 のファームウェアアップデートに失敗したら
Realforce R3 のファームウェアアップデートをしようとしたら「ファームウェアアップデートに失敗しました」という表示が出て、キーボードが無反応になってしまってびっくり。USB ケーブルを抜き差ししたり、電源ボタンを長押ししたりしても何の反応もありません。3…

記事には親切にも公式の当該Q&Aのリンクが貼られており、どうやらUSBと電池の抜いて、USBだけで差し込みなおせばいいらしい。

https://realforcesupport.zendesk.com/hc/ja/articles/5777952605715-ファームウェアの更新に失敗し-キーボードが反応しなくなりました

一件落着

半信半疑でやってみると確かに治った。FWのバージョンがB0.01と表示され、とりあえず、反応するようになった。

そのままの状態で、もう一度FWアップデートをかけてみたらうまくいった。

「アップデートに成功しました。デバイスの接続を待っています。」

一件落着。

怖いのは原因がわからないってところ。たぶんアップデートは電池抜いてやればいいのかな?

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怪物の口に幸福が吸い込まれる

幸福の総量を最大化する。それが正しいと言われてきた。しかし1974年、ロバート・ノージックはたった一つの問いでその前提を破壊した。もしある存在が、他の全員よりも圧倒的に多くの快楽を得られるなら、功利主義は全員の取り分をその「怪物」に差し出すことを要求する。 あなたの幸福は計算の端数だった。切り捨てられた。 幸福を貪る口 1974年、ロバート・ノージックは『アナーキー・国家・ユートピア』のなかで一つの思考実験を置いた。 功利主義は、効用の怪物の可能性によって困惑させられる。怪物は、他の人々の犠牲から、その人々が失う以上に圧倒的に大きな効用の増加を得る。 仕組みは単純だ。功利主義の原則に従えば、社会全体の幸福を最大化する資源配分が「正しい」。ここに一人、あらゆる資源からとてつもない快楽を引き出す存在が現れたとする。りんご一個で他の百人分の快楽を得る。映画を一本見れば千人分の歓喜を感じる。 功利主義はこの怪物にすべてを差し出すことを要求する。他の全員が飢えても、怪物の快楽が総量を上回る限り、それが「最善」だと計算は告げる。 ノージックが示したかったのは、功利主義が論理的に正し

By Sakashita Yasunobu

綱を引く手が一本ずつ消えていく

あなたは集団のなかで、少しずつ消えている。 それは比喩ではない。測定可能な事実だ。19世紀末、フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンは、人が集団で綱を引くとき、一人あたりの力が確実に減少することを発見した。人数が増えるほど、個人は薄まる。誰のせいでもなく、誰も怠けているわけではなく、ただ構造がそうさせる。 もしあなたがいま、何かのチームに属しているなら、あなたはすでに全力を出していない。そしてそのことに、おそらく気づいてもいない。 綱を引く手が教えたこと リンゲルマンの実験は素朴だった。 1880年代から1900年代初頭にかけて、彼は農業機械の効率を研究する過程で、人間が集団で水平方向に荷を押したり引いたりする際のパフォーマンスを測定した。その結果は1913年に報告されている。一人で綱を引くとき、その人間は持てる力をすべて発揮する。二人になると、一人あたりの出力は約93%に落ちる。三人で85%。八人になると、49%。半分以下だ。 この数字の意味を考えてみてほしい。八人で綱を引いているとき、あなたは一人のときの半分も力を出していない。しかもそのことに自覚がない。全員が

By Sakashita Yasunobu

嘘が真実を食い尽くす朝

「この文は嘘である」 この一文を前にして、あなたは立ち往生する。もし真だとすれば、文の内容に従って偽になる。もし偽だとすれば、「嘘である」という主張が間違っていることになり、真になる。真だと仮定しても偽だと仮定しても、反対の結論にたどり着く。出口がない。 これは言葉遊びではない。2300年以上にわたってこの問いに取り組んできた哲学者と論理学者たちは、いまだに合意に至っていない。解決策はいくつも提案されてきた。どれも、別の問題を抱えている。 あなたが自分自身について何かを語ろうとするとき、同じ構造がそこにある。 循環の入口 試しにやってみてほしい。「この文は嘘である」が真か偽か、判定する。 真だと仮定する。この文は「嘘である」と主張しているのだから、偽になる。仮定と矛盾する。 では偽だと仮定する。「嘘である」という主張が偽ということは、嘘ではない。つまり真になる。やはり仮定と矛盾する。 どちらに転んでも矛盾する。そしてこの矛盾は、推論のどこかでミスを犯したから生じたのではない。前提そのものに埋め込まれている。 エピメニデスの不発弾 よく混同されるが、古代ギリシアの

By Sakashita Yasunobu

何でも飾れる額縁だけが残った

1917年、マルセル・デュシャンは既製品の男性用小便器に「R. Mutt」と署名し、「泉(Fountain)」と名づけてニューヨーク独立芸術家協会の展覧会に出品した。拒否された。それだけの話だ。だが「それだけ」のはずの出来事が、それ以降のすべての芸術を汚染した。美しさも技巧も素材の選択も関係ない。署名ひとつ、提示の身振りひとつで、便器が「芸術」を名乗れる。そしてその瞬間から、「芸術とは何か」という問いは回答不能になった。回答不能のまま、100年以上が過ぎている。 目で見えないものが芸術を決める 1964年、アンディ・ウォーホルはスーパーマーケットに並ぶブリロの箱と見た目がまったく同じ「ブリロ・ボックス」をギャラリーに置いた。哲学者アーサー・ダントーは、この事態に根本的な問いを見出した。視覚的に区別できない二つの対象のうち、片方だけが芸術である。では芸術を芸術にしているのは何なのか。 ダントーの答えは「アートワールド」だった。芸術作品を芸術たらしめるのは知覚可能な性質ではなく、理論と批評と歴史が編み上げた解釈の共同体、その「理論的雰囲気」なのだと。あなたには何も見えていない。文字

By Sakashita Yasunobu