写真のしくみ ⑩ シャッタースピードと動きの表現

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シリーズ「写真のしくみ」について
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。

写真は「一瞬」を記録します。でも、その「一瞬」の長さは、自分で決められます。1/1000秒の世界では水しぶきが空中に止まり、1秒の世界では車のライトが光の川になる。その秘密を握っているのが、カメラの中にある小さな幕、シャッターです。

シャッターはカメラの「まぶた」

目をぎゅっとつぶって、パッと開けて、またすぐつぶる。ほんの一瞬だけ目を開けたとき、目の前の景色はピタッと止まって見えるはずです。

カメラの中にも、これとそっくりな「まぶた」があります。シャッターと呼ばれる薄い幕です。シャッターボタンを押すと、この幕がサッと開いて光をセンサー(フィルムカメラならフィルム)に届け、設定された時間が経つとパタンと閉じます。この「開いている時間」のことをシャッタースピード(シャッター速度)といいます。

シャッタースピードは「1/1000秒」、「1/60秒」、「1秒」といった数字で表します。1/1000秒というのは、1秒を1000等分したうちのたった1回ぶんの時間です。まばたきが約0.3秒と言われていますから、1/1000秒はまばたきの300分の1。想像もつかないほど短いですね。逆に「1秒」や「30秒」という長い時間を設定することもできます。

つまりシャッタースピードとは、カメラが光を受け取る「時間の長さ」のこと。この時間をどう設定するかで、写真のできあがりがまるで変わってきます。

速いシャッターで「一瞬」を止める

蛇口から水を出して、コップに注いでいるところを想像してみてください。ふつうに目で見ると、水はサーッと流れ続けています。ところが1/1000秒や1/4000秒といったすごく速いシャッタースピードで撮ると、水の粒ひとつひとつが空中に浮かんで止まったように写ります。

なぜでしょう。シャッターが開いている時間があまりにも短いからです。その一瞬のあいだに水の粒が動く距離は、ほとんどゼロに近い。だから写真には「静止した水」が記録されるのです。

スポーツの写真を思い出してみましょう。サッカー選手がボールを蹴る瞬間、ボールがぐにゃっとへこんでいる写真を見たことはないでしょうか。あれも速いシャッタースピードのおかげです。1/500秒や1/1000秒で撮れば、全力で走っている人でさえピタッと止まって見えます。ボールの変形という、肉眼では絶対にとらえられない一瞬が、写真には残るのです。

もうひとつ身近な例を挙げましょう。犬や猫がジャンプしている瞬間です。ペットを飼っている人なら、走り回るペットを撮ろうとしてぶれぶれの写真になった経験があるかもしれません。シャッタースピードを1/500秒以上に上げてみると、宙に浮いた瞬間をピタリと止めた、びっくりするほどシャープな写真が撮れます。もっと速い世界を覗きたければ、ストロボの極めて短い閃光という別の武器もあります。

速いシャッタースピードは、肉眼では見えない「一瞬」を切り取る力を持っています。

遅いシャッターで「時間の流れ」を写す

今度は逆に、シャッタースピードをうんと遅くしてみましょう。

夜の道路を走る車のテールランプを思い浮かべてください。1秒とか5秒とか、長い時間シャッターを開けっぱなしにすると、テールランプの赤い光が一本の線になって写ります。「光の軌跡」と呼ばれるものです。シャッターが開いている間にも車は走り続けていますから、光の位置がどんどん変わっていく。その動きのすべてがセンサーに記録されて、一本の光の線になるのです。

山や渓谷の写真で、白い絹のように滑らかに流れる滝を見たことがあるかもしれません。あれも同じしくみです。1/4秒や1秒くらいの遅いシャッタースピードで撮ると、水の流れがとろりとした白い帯のように写ります。実際に水が絹になったわけではありません。水が動いた軌跡がすべて重なって、一枚の写真に記録されているのです。

もっと極端な例もあります。夜空にカメラを向けて数十分もシャッターを開けておくと、星が弧を描いて流れる「スタートレイル」の写真が撮れます。地球は自転していますから、長い時間をかけて見ると星の位置がずれていく。その動きの軌跡が、美しい光の線として写真に刻まれるのです。ちなみに、この「動きがぶれて記録される」という現象は、映画がなめらかに動いて見える秘密とも深くつながっています。

遅いシャッタースピードは、肉眼では見えない「時間の流れ」を一枚の写真に閉じ込める力を持っています。

手ぶれの正体

ここで、ちょっと実験をしてみましょう。

片手をまっすぐ前に伸ばして、人差し指の先をじーっと見つめてみてください。指先がほんの少しだけ揺れていませんか?

実は、人間の体は完全に静止することができません。心臓が動いている。呼吸をしている。筋肉は絶えず微妙に震えている。立っているだけでも、体は少しずつ揺れています。これは健康な人でも同じです。むしろ、生きている証拠とも言えます。

カメラを手で持って撮影するということは、この「揺れている体」の上にカメラが乗っているということです。シャッターが開いている間にカメラが動けば、光がセンサーの上をすべって、写真全体がぼやっとにじんでしまう。これが手ぶれの正体です。

シャッタースピードが速ければ、シャッターが開いている時間が短いので、その間に体が動く量はごくわずかで済みます。だから手ぶれの影響はほとんど出ません。しかしシャッタースピードが遅くなるほど、体の揺れがそのまま写真に記録されてしまいます。

よく「写真がぶれた!カメラが悪い!」と怒る人がいます。気持ちはわかります。でも、犯人はカメラではありません。カメラを持っている自分自身の体なのです。

手ぶれしないシャッタースピードの目安

では、どのくらい速いシャッタースピードなら手ぶれしないのでしょうか。

昔から写真の世界で語り継がれている、シンプルな目安があります。

使っているレンズの焦点距離の数字を、そのまま分母にしたシャッタースピードより速くする。

たとえば50mmのレンズを使っているなら、1/50秒より速いシャッタースピード(1/60秒や1/125秒など)にします。200mmの望遠レンズなら、1/200秒より速く。これが「1/焦点距離」のルールです。

なぜ焦点距離が関係するのでしょうか。それは、望遠レンズほど遠くのものを大きく拡大して写すからです。大きく写すということは、カメラのわずかな揺れも同じだけ拡大されるということです。

レーザーポインターで考えるとわかりやすいでしょう。手元でほんの少し手が揺れたとします。光を当てている壁が1メートル先なら、光の点はほとんど動きません。でも、100メートル先の壁に当てたらどうでしょう。光の点はブルブルと大きく揺れるはずです。手元の揺れ自体は同じなのに、距離が遠いぶん揺れが大きく見える。望遠レンズで手ぶれが目立ちやすいのは、まさにこれと同じ理屈です。

ただし、これはあくまで「だいたいの目安」であることを忘れないでください。人によって体の安定度は違いますし、カメラの構え方や、最近のカメラに搭載されている手ぶれ補正機能の有無によっても事情は変わります。絶対の法則ではありません。でも、最初のとっかかりとしてはとても便利なルールです。

三脚を使えば夜景も滝も思いのまま

手ぶれの原因が「人間の体が揺れること」だとわかりました。ならば、カメラを揺れないところに固定してしまえばいい。そのための道具が三脚です。

三脚にカメラを載せれば、1秒でも10秒でも30秒でも、好きなだけシャッターを開けていられます。手ぶれの心配はゼロです。

夜景の写真がきれいに撮れるのは、三脚のおかげであることが多いです。夜は光が少ない。少ない光でも十分な明るさの写真にするには、シャッターを長く開けてたくさんの光を集める必要があります。手持ちでは確実にぶれてしまいますが、三脚に載せれば、街の明かりがくっきりと美しく写ります。

さっき紹介した「絹のような滝」の写真も、三脚なしではまず撮れません。滝の水はぶれて流れてほしい。でもまわりの岩や木はくっきり写ってほしい。三脚があれば、カメラは完全に静止しているので、動いているものだけがぶれて、止まっているものはシャープに写ります。動と静のコントラストが、あの幻想的な写真を生み出しているのです。

三脚と聞くと大げさな道具に思えるかもしれません。でも、三脚はいわば「カメラのための安定した地面」です。これひとつで、手持ちでは絶対に撮れなかった世界が広がります。

流し撮り 被写体を追いかけて背景を流す

最後にひとつ、おもしろい撮影テクニックを紹介しましょう。流し撮りです。

ふつう手ぶれは「失敗」です。写真がぶれたら、がっかりします。でも流し撮りでは、カメラを動かすことをわざとやります。

やり方はこうです。走っている車やバイク、自転車など、横に移動している被写体をカメラで追いかけるように、体ごと回しながらシャッターを切ります。シャッタースピードは少し遅め、たとえば1/30秒や1/60秒くらいに設定します。

すると不思議なことが起きます。追いかけている被写体は比較的シャープに写り、背景だけが横に流れたようにぶれます。まるで被写体がものすごいスピードで飛んでいるかのような、迫力ある写真のできあがりです。

なぜこうなるのでしょうか。カメラは被写体と一緒に動いているので、カメラから見ると被写体はほぼ止まっています。一方、背景はカメラの回転とは関係なくそこにあるだけですから、カメラが動いたぶんだけ横にぶれて写ります。つまり、「何を基準にカメラを動かすか」によって、ぶれるものとぶれないものが入れ替わるのです。

流し撮りは正直に言ってかなり難しいです。被写体の速度にぴったり合わせてカメラを動かさなければなりませんし、成功率は決して高くありません。プロのスポーツカメラマンでも、何十枚も撮って「これだ!」という一枚を選んでいます。でも、うまくいったときの爽快感と、できあがった写真の躍動感は格別です。失敗を恐れずに何度もチャレンジする価値があります。

この回のまとめ

この回では、シャッタースピードの世界を旅してきました。最後に大事なポイントを振り返りましょう。

  • シャッターはカメラの「まぶた」。 シャッタースピードとは、光をセンサーに届ける時間の長さのことです。
  • 速いシャッタースピード(1/500秒や1/1000秒など)を使うと、動いているものを一瞬で止めて撮ることができます。肉眼では見えなかった瞬間が、写真に現れます。
  • 遅いシャッタースピード(1/4秒や1秒など)を使うと、動いているものの軌跡が記録され、「時間の流れ」を一枚に閉じ込められます。
  • 手ぶれの正体は、カメラを持っている人間の体の揺れです。シャッタースピードが遅いほど影響が大きくなります。
  • 手ぶれを防ぐ目安として「1/焦点距離」のルールがあります。50mmのレンズなら1/50秒より速く、200mmなら1/200秒より速く。
  • 三脚を使えばカメラを完全に固定でき、どんなに遅いシャッタースピードでも手ぶれしません。夜景や滝の写真は三脚あってこそです。
  • 流し撮りは、被写体を追いかけながら撮ることで背景だけを流し、躍動感ある写真をつくる技法です。

シャッタースピードは、絞りISO感度とともに写真の明るさを決める道具ですが、ただそれだけの数字ではありません。「動き」をどう表現するかという、写真の根幹に関わる道具です。同じ場面でも、シャッタースピードひとつ変えるだけで、まったく違う世界が写真に現れます。一瞬を凍らせるか、時間の流れを描くか。その選択は、カメラを持つあなた自身の手の中にあります。

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