スタジオ撮影における露光ムラの原因と対策
概要
自宅スタジオでの撮影中、画面下部が暗くなる露光ムラが発生した。原因は、スタジオストロボ(Godox DP600III-V)の閃光時間がフォーカルプレーンシャッターの幕走行時間に対して長いことにある。シンクロ速度(X=1/200s)付近では後幕走行中もストロボの閃光テールが残存しており、後幕が最初に到達するセンサー上端(=画面下端)の受光量が不足する。SS=1/125s以下に設定することで均一な露光が得られる。
機材と撮影設定
カメラはNikon Z5を使用した。シャッターは電子制御上下走行式フォーカルプレーンシャッターで、同調速度はX=1/200s、シャッターモードは電子先幕シャッター(EFCS)である。ストロボはGodox DP600III-Vで、閃光時間(t=0.5)はフル出力で1/800s、最低出力で1/2000s、出力範囲は1/64から1/1。トリガーにはGodox X2T-Nを使用した。絞りはf/13で撮影している。
症状
SS=1/200s(=X)で撮影すると、画面下部に露光不足が発生する。ライティングの配置や角度を変更しても改善しない。SS=1/125sに変更すると解消し、SSを1/60sまで遅くするにつれ画面全体がわずかに明るくなる傾向が確認された。SS=1/15s付近では色温度の変化が観察された。
原因分析
シャッターの走行方向と画面下部が暗くなる理由
Nikon Z5のフォーカルプレーンシャッターは上下走行式であり、先幕・後幕ともにセンサーの上端から下端へ走行する。レンズは像を倒立させるため、センサー上端は画面下端に対応する。
露光シーケンスとしては、まず先幕がセンサー上端から下端へ走行し、各行を順次露光開始する。先幕走行が完了した時点でシンクロ信号が発火し、ストロボがトリガーされる。設定した露光時間の後、後幕がセンサー上端から下端へ走行し、各行を順次遮光する。
後幕が最初に到達するのはセンサー上端(=画面下端) であるため、閃光にテール(減衰部分)が残存している場合、画面下端ほど早期に遮光され、受光量が減少する。
閃光のモデル化と時間特性
ストロボの閃光強度を指数関数減衰 \(I(t)=I_0 \cdot e^{-t/\tau}\) でモデル化する。メーカー公表の「閃光時間 t=0.5」は光量がピークの50%に減衰するまでの時間であり、減衰時定数 \(\tau\) は以下で求まる。
\[\begin{aligned}\tau = \frac{t_{0.5}}{\ln 2}\end{aligned}\]
Godox DP600III-Vのフル出力時( \(t_{0.5} = 1/800\text{s} = 1.25\text{ms}\) )では
\[\begin{aligned}\tau = \frac{1.25\text{ms}}{0.693} \approx 1.80\text{ms}\end{aligned}\]
となる。光量がピークの10%に減衰する時刻 \(t_{0.1}\) は
\[\begin{aligned}t_{0.1} = \tau \cdot \ln 10 = 1.80 \times 2.303 \approx 4.15\text{ms}\end{aligned}\]
である。指数関数減衰の性質上、総発光エネルギーの50%は \(t_{0.5}\) (1.25ms)以降に放出される。スペック上は「1/800秒」と高速に見えるが、エネルギーの半分は1.25ms以降の長いテールに分布している。実際の閃光パルスは理想的な指数関数よりもさらに長いテールを持つ傾向があるため、この計算は保守的な見積もりである。
行ごとの受光量の定式化
シャッター幕走行時間を \(T_c\) 、シャッタースピードを \(SS\) とする。センサー上の位置 \(y\) (0が上端で画面下端、1が下端で画面上端)における、フラッシュ発光開始から後幕が遮光するまでの有効時間は
\[\begin{aligned}T(y) = (SS - T_c) + T_c \cdot y\end{aligned}\]
で表される。画面下端(y=0)では \(T_{\min} = SS - T_c\) 、画面上端(y=1)では \(T_{\max} = SS\) となる。各行が受け取るフラッシュエネルギーの相対値は
\[\begin{aligned}E(y) \propto 1 - e^{-T(y)/\tau}\end{aligned}\]
であり、画面上下端のエネルギー比(均一性の指標)は
\[\begin{aligned}R = \frac{E(0)}{E(1)} = \frac{1 - e^{-(SS - T_c)/\tau}}{1 - e^{-SS/\tau}}\end{aligned}\]
となる。
数値計算
以下、幕走行時間 \(T_c = 4\text{ms}\) と仮定する。Nikon Zマウントフルサイズ機の幕走行時間は非公開だが、同調速度との関係および同クラス機の測定例から概ね3.5~4.5ms程度と推定される。 \(T_c\) が大きいほど問題は深刻になる。
SS = 1/200s(5ms)、フル出力の場合
画面下端では \(T(0) = 5 - 4 = 1.0\text{ms}\) となり、 \(E(0) \propto 1 - e^{-1.0/1.80} = 1 - 0.574 = 0.426\) である。一方、画面上端では \(T(1) = 5.0\text{ms}\) 、 \(E(1) \propto 1 - e^{-5.0/1.80} = 1 - 0.062 = 0.938\) となる。均一性比は \(R = 0.454\) で、露出差は約1.14EV(約1.1段) に達する。画面下端は上端の半分以下の光量しか受け取っておらず、明確に視認できる露光ムラとなる。
SS = 1/125s(8ms)、フル出力の場合
画面下端では \(T(0) = 8 - 4 = 4.0\text{ms}\) 、 \(E(0) \propto 1 - e^{-4.0/1.80} = 1 - 0.108 = 0.892\) となる。画面上端では \(T(1) = 8.0\text{ms}\) 、 \(E(1) \propto 1 - e^{-8.0/1.80} = 1 - 0.012 = 0.988\) である。均一性比は \(R = 0.903\) で、露出差は約0.15EV にとどまる。0.15EVは実用上ほぼ均一と言えるレベルであり、SS=1/125sで問題が解消したという観察と一致する。
SS = 1/60s(16.7ms)、フル出力の場合
画面下端では \(T(0) = 16.7 - 4 = 12.7\text{ms}\) 、 \(E(0) \propto 1 - e^{-12.7/1.80} \approx 0.999\) となる。画面上端では \(T(1) = 16.7\text{ms}\) 、 \(E(1) \propto 1 - e^{-16.7/1.80} \approx 1.000\) である。均一性比 \(R \approx 0.999\) で、露出差は約0.001EVと事実上ゼロになる。
最低出力(1/64)でもSS=1/200sでは露光ムラが生じる
最低出力では \(t_{0.5} = 1/2000\text{s} = 0.5\text{ms}\) 、 \(\tau = 0.5/0.693 = 0.72\text{ms}\) となる。画面下端は \(E(0) \propto 1 - e^{-1.0/0.72} = 1 - 0.250 = 0.750\) 、画面上端は \(E(1) \propto 1 - e^{-5.0/0.72} = 1 - 0.001 = 0.999\) で、均一性比 \(R = 0.751\) 、露出差は約0.41EV である。最低出力でも約0.4段の差が生じ、ポートレートや商品撮影では十分に視認できるレベルである。
SS低下に伴い画面全体が明るくなった理由
SSを遅くすると画面が全体的に明るくなったのは、定常光の影響ではなく、閃光テールの捕捉量が増えるためである。SS=1/200sでは閃光エネルギーの一部が後幕に遮断されて失われているが、SSを遅くすると後幕の走行開始が遅れ、より多くの閃光テールが全行で捕捉される。SS=1/60s程度で閃光エネルギーはほぼ100%捕捉されるため、それ以降SSを遅くしても明るさは変わらない。SS=1/60sまで段階的に明るくなるという観察はこれと一致する。
SS=1/15sでの色温度変化
SS=1/15s(67ms)まで遅くすると、ストロボのモデリングランプ(LED定常光)や室内照明が露光に寄与し始める。ストロボ光は約5600Kだが、定常光源が異なる色温度を持つ場合、混色により色温度がシフトする。f/13でも67msの露光時間があれば定常光の影響は無視できなくなるため、想定通りの挙動である。
トリガーのDelay設定が無効だった理由
Godox X2T-Nのディレイ機能(0.1~9.9ms)はシンクロ信号の送出を遅延させるもので、ストロボの発光タイミングを遅らせるだけである。ディレイを加えると閃光テールがより多く後幕に遮断されるため、問題は解決しない(むしろ悪化する)。小さなディレイ(0.1ms程度)では悪化が視認しにくいが、大きなディレイ(例えば5ms)では後幕が走行中に発光が始まるため、画面下部に深刻なケラレが発生する。
電子先幕シャッター(EFCS)は原因ではない
本現象はEFCS固有の問題ではない。EFCSでは先幕動作が電子的リセットに置き換わるが、閃光テールを遮断するのは機械式の後幕であり、メカニカルシャッターでも同一のメカニズムで露光ムラが発生する。
ストロボ使用時に電子シャッター(先幕・後幕とも電子式)が選択できないのは、センサーのローリングシャッター読み出し速度がストロボの同調に対応できないためであり、本件とは別の制約である。
後幕シンクロがスタジオストロボで使用不可な理由
Nikonのマニュアルに「スタジオ用大型ストロボでは正しい同調が行えないため、後幕発光は使用できません」とある。後幕シンクロでは後幕走行直前にストロボを発光させるが、閃光時間の長いスタジオストロボでは後幕走行中に閃光テールが残存し、本件と同様の露光ムラが発生する。本件の原因と本質的に同じメカニズムである。
結論
原因はスタジオストロボの閃光時間が長く、シンクロ速度で撮影すると後幕走行中に閃光テールが遮断されることにある。後幕が最初に到達するセンサー上端(=画面下端)で受光量が最も不足する。カメラの故障や個体差ではなく、フォーカルプレーンシャッターとスタジオストロボの組み合わせで物理的に生じる現象である。
今後の推奨設定としてはSS=1/125s以下を使用する。f/13程度に絞っていればSS=1/60s程度まで定常光の影響は実用上無視できる。SS=1/125sで上下端の露出差は約0.15EV(計算値)であり、十分に均一な露光が得られる。
なお、この問題はIGBT制御により閃光を高速にカットオフするクリップオンストロボ(スピードライト)では発生しにくい。スピードライトは出力を閃光時間の短縮で制御するため、テールが急峻にカットされる。スタジオストロボはコンデンサのフル放電で発光するため、テールが長くなる構造的特性がある。