光と写真

Light behaves in ways worth understanding. These entries trace the physics of a flash, the chemistry of film, the geometry of a softbox. Some are technical. Others ask why we bother to photograph anything at all.

光と写真

写真のしくみ ㉝ 映画がなめらかに動く秘密はモーションブラーと180度ルールにあった

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 映画を見ているとき、動きは自然でなめらかに感じられます。でも一時停止してみると、動いている部分がぼんやりとブレていることに気づきます。このブレは、失敗でもノイズでもありません。今回は、映像の「なめらかさ」の正体であるモーションブラーと、その量を決める映画業界の経験則180度ルールのしくみをひも解いていきます。 映画を「一時停止」してみよう きみのお気に入りの映画を再生して、人が走っているシーンで一時停止ボタンを押してみてください。じっくり画面を見ると、走っている人の手足がぼんやりと引き伸ばされたように写っているのがわかるはずです。背景の静かな建物はくっきりしているのに、動いている部分だけがブレている。 このブレのことを モーションブラー(motion blur) といいます。日本語にすると「動きによるブレ」。写真を撮るときにカメラを動かしてしまって写真がブレた、あの「手ブレ」と原理は同じです。シャッターが開いている間に被写体

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真のしくみ ㉑ 朝日と蛍光灯の色がちがう理由は「色温度」にあった

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 朝、カーテンを開けると、部屋に差し込む太陽の光はうっすらオレンジ色をしています。同じ日の昼間に外に出ると、太陽の光はまぶしいくらいに白い。夜になって部屋の蛍光灯をつけると、今度はなんだか青白い。 同じ「白い光」のはずなのに、色がちがう。いったいどういうことでしょう? この回では、光の色のちがいを「温度」で表す 色温度 という考え方と、カメラがそのちがいにどう対処しているかを見ていきます。 そもそも「白い光」って本当に白いの? 私たちの目はとても賢くできています。白い紙を朝日の下で見ても、蛍光灯の下で見ても、「白い紙だな」と感じる。でも実は、朝日に照らされた白い紙はオレンジがかっているし、蛍光灯の下の白い紙は少し青みがかっています。 ためしに、夕方の部屋で蛍光灯をつけて窓の外を見てみてください。窓の外の夕日に照らされた景色はオレンジ色なのに、部屋の中は青白い。同じ「白い光」が、場所によってまるでちがう色をしています。 人

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真のしくみ ⑭ ボケの大きさを決める3つの要素とスマホでボケにくい理由

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 背景がとろけるように美しくぼけた写真を見て、「自分もあんなふうに撮りたい」と思ったことはありませんか。 前回と前々回で、ピントが合うとはどういうことか、そしてボケの正体が「錯乱円」という光の円であることを見てきました。レンズは、ある一つの距離にある被写体をセンサーの上にぴたりと結像させますが、その距離から外れた場所にあるものは「ぼんやりした円」として写ります。 では、このボケを大きくするにはどうすればいいのでしょうか。逆に、小さく抑えるには? 実は、ボケの大きさを左右する要素は、大きく 3つ あります。 * 絞り(F値) * 被写体までの距離 * 焦点距離 この3つをうまく使いこなせれば、写真のボケは思いのままです。一つずつ、順番に見ていきましょう。 要素その1 絞り(F値)が小さいほど、ボケは大きくなる まずは「絞り」のおさらい 絞りとは、レンズの中にある「光の通り道の大きさを変えるしくみ」

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真のしくみ ⑬ 背景がとろけるボケの正体は「光の円」だった

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 写真を撮ったとき、人物の顔はくっきり写っているのに、その後ろの景色がふわっととろけたようになっていることがあります。あの「ふわっ」の正体、気になったことはありませんか。 あれがボケです。 カメラ好きの人たちが「このレンズ、ボケがきれいだなあ」とうっとり語るあの「ボケ」。実はこれ、光がちょっとしたいたずらをした結果なんです。今回は、ボケがどうやって生まれるのか、その正体を光の「円」から読み解いていきましょう。 ピントが合わない光は「円」になる まず、ピントが合うとはどういうことか、思い出してみましょう。 レンズの仕事は、光を一点に集めることです。遠くの小さな光、たとえば夜の街灯を思い浮かべてみてください。レンズがピントをぴったり合わせると、街灯から来た光はセンサー(フィルムでも同じです)の上で、キュッと小さな一点に集まります。これが「ピントが合っている」状態です。 では、ピントが合っていない場所から来た光はどうなるでしょ

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真のしくみ ⑧ 圧縮効果の正体は望遠レンズではなく撮影距離だった

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 テレビで野球中継を見たことはありますか。バッターボックスに立つ打者と、マウンドにいるピッチャー。画面の中では、ふたりがすぐそばに並んでいるように見えます。でも実際には、ピッチャーとバッターのあいだは約18.44メートルも離れています。学校の25メートルプールの4分の3くらいの距離です。 なのに、テレビの画面ではほとんど隣どうし。不思議ですよね。 「望遠レンズが空間を圧縮するからだよ」と説明されることがあります。たしかに結果だけ見ればそう見えます。でも、この説明には大事なピースが抜けています。望遠レンズが空間をギュッと押しつぶしているわけではないのです。 じゃあ、なにが起きているのでしょうか。今回はその「なぞ」を解き明かしていきます。 広角と望遠で写真の「感じ」が変わる まず、よく言われる現象を整理しておきましょう。 広角レンズ(たとえば24mmや28mm)で撮ると、手前のものがグッと大きく写り、奥のものはずっと小さく遠

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真のしくみ ⑩ シャッタースピードと動きの表現

💡シリーズ「写真のしくみ」について 光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。 写真は「一瞬」を記録します。でも、その「一瞬」の長さは、自分で決められます。1/1000秒の世界では水しぶきが空中に止まり、1秒の世界では車のライトが光の川になる。その秘密を握っているのが、カメラの中にある小さな幕、シャッターです。 シャッターはカメラの「まぶた」 目をぎゅっとつぶって、パッと開けて、またすぐつぶる。ほんの一瞬だけ目を開けたとき、目の前の景色はピタッと止まって見えるはずです。 カメラの中にも、これとそっくりな「まぶた」があります。シャッターと呼ばれる薄い幕です。シャッターボタンを押すと、この幕がサッと開いて光をセンサー(フィルムカメラならフィルム)に届け、設定された時間が経つとパタンと閉じます。この「開いている時間」のことをシャッタースピード(シャッター速度)といいます。 シャッタースピードは「1/1000秒」、「1/60秒」

By Sakashita Yasunobu

光と写真

偏光フィルターの原理

偏光フィルター(C-PLフィルター)は、写真用アクセサリーのなかで唯一、後処理では再現できない効果をもたらす光学素子だ。NDフィルターの効果はシャッタースピードの変更で、グラデーションNDの効果はHDR合成で代替できる。しかし偏光の選択的除去は、光がセンサーに届く前に行うしかない。 本稿では、偏光板の物理的機構から出発し、PLフィルターとC-PLフィルターの違い、ブリュースター角による反射の偏光、大気散乱光の偏光パターン、植生表面の鏡面反射など、偏光フィルターが写真にもたらす効果とその限界を、電磁気学の言葉で体系的に記述する。 偏光の定義 電磁波としての光で論じたように、光は電場と磁場が互いに直交しながら進行方向にも直交して振動する横波である。電場ベクトルの振動方向が偏光(polarization)だ。 電場の振動が一つの平面内に固定されている場合を直線偏光と呼ぶ。位相が90°ずれた二つの直交する直線偏光を等振幅で重ね合わせると、電場ベクトルの先端が螺旋を描く円偏光が生じる。振幅が異なる場合や、位相差が90°以外の場合には楕円偏光となる。楕円偏光は直線偏光と円偏光を特殊な場合

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑯ 収差の物理学

📐写真の物理学シリーズ ⑯ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 薄肉レンズの結像公式は、光線が光軸に対して小さな角度で入射するという「近軸近似」の上に成り立っている。現実のレンズでは光軸から離れた光線がこの近似を破り、さらにガラスの分散によって波長ごとに焦点位置がずれるため、像は理想的な一点に集まらなくなる。本記事では、このずれを総称する「収差」を、スネルの法則の非線形性と分散の両面から体系的に整理し、非球面レンズによる補正戦略と収差がボケの質に与える影響までを論じる。 スネルの法則の非線形性と近軸近似の限界 光と物質の相互作用で導いたスネルの法則は $n_1 \sin\theta_1 = n_2 \sin\theta_2$ である。薄肉レンズの結像公式を導出するとき、私たちは $\sin\theta \approx \theta$ という近似を使った。これが近軸近似であり、光軸に近い、角度の小さな光線だけを扱う限りにおいて成立する。 しかし $\sin\theta$ をテイラ

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉓ 色温度と黒体放射

📐写真の物理学シリーズ ㉓ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 「色温度」はカメラの設定画面で日常的に目にする数値だが、その単位がケルビン(K)であることに違和感を覚えた人は少なくないだろう。温度で色を表すとはどういうことか。この問いに答えるには、19世紀末から20世紀初頭にかけて確立された黒体放射の物理学まで遡る必要がある。本稿では、プランクの法則を出発点に色温度の物理的意味を厳密に導出し、相関色温度、ミレッド、そしてホワイトバランスの原理へと接続する。 黒体放射とプランクの法則 黒体(black body)とは、入射するすべての電磁波を吸収し、反射も透過もしない理想的な物体である。黒体は熱平衡状態において、温度のみによって決まる連続スペクトルの電磁波を放射する。この放射を黒体放射(black-body radiation)と呼ぶ。 1900年、マックス・プランクはエネルギーの量子化という仮説を導入し、黒体放射のスペクトル分布を完全に記述する式を導いた。プランクの放射法則は次

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉞ RAW現像の信号処理

📐写真の物理学シリーズ ㉞ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 デジタルカメラのシャッターを切った瞬間にセンサーが捉えるのは、色も階調もコントラストもないリニアな整数値の二次元配列にすぎない。この配列が「写真」になるまでには、ブラックレベル補正からデモザイキング、カラーマトリクス変換、トーンカーブ適用、JPEG圧縮に至る十を超える信号処理工程が介在する。本稿ではRAW現像パイプラインの各工程が画像のどの物理量をどう変換しているのかを数式で記述する。 RAWデータの正体:リニアな光子カウント イメージセンサーの各画素(フォトダイオード)は、露光時間中に入射した光子を電荷に変換し、その電荷量をアナログ-デジタル変換器(ADC)で整数値に量子化する。この整数値を ADU(Analog-to-Digital Unit)と呼ぶ。RAWファイルに記録されているのは、このADU値の二次元配列である。 画素 $(i, j)$ におけるADU値 $S_{i,j}$ は、入射光子数 $N_{i,j

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑲ 逆二乗則とガイドナンバーの物理学

📐写真の物理学シリーズ ⑲ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 ストロボの光はどこまで届くのか。この問いに定量的に答えるのが逆二乗則であり、その法則を撮影現場で即座に使える形に圧縮した指標がガイドナンバーである。本稿では逆二乗則の幾何学的導出から出発し、ガイドナンバーの数学的構造、ISO感度との関係、そして配光制御や複数灯合成まで、ストロボ撮影の背後にある物理を一貫して導出する。 逆二乗則の幾何学的導出 点光源から放射される光の全光束を $\Phi$ とする。この光は真空中では等方的に広がり、距離 $d$ の位置では半径 $d$ の球面上に一様に分布する。球の表面積は $4\pi d^2$ であるから、単位面積あたりの照度 $E$ は $$ E = \frac{\Phi}{4\pi d^2} $$ となる。ここから直ちに $E \propto 1/d^2$ が導かれる。これが逆二乗則である。

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉚ 銀塩写真の化学

📐写真の物理学シリーズ ㉚ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 デジタルセンサーが光電効果という量子力学的に確実な変換に依拠するのに対し、フィルム写真はハロゲン化銀の結晶上で起こる確率的な化学変化に賭けている。光が作る目に見えない潜像を、現像という別の化学反応で増幅して初めて像が現れる。本稿ではこの全過程を、バンドギャップから潜像形成のガーニー=モット機構、カラーフィルムの三層構造と経年劣化まで物理化学の言葉で記述する。 ハロゲン化銀の結晶構造と光感受性の起源 写真フィルムの感光材料は、ハロゲン化銀(silver halide)の微結晶である。実用上重要なのは臭化銀(AgBr)、塩化銀(AgCl)、ヨウ化銀(AgI)の三種であり、多くの写真フィルムではAgBrを主体として少量のAgIを固溶させた混晶が用いられる。 AgBrとAgClは岩塩型(NaCl型)の面心立方格子をとる。大きなハロゲン化物イオン(Br⁻やCl⁻)が立方最密充填を形成し、その八面体空隙を小さな銀イオン(Ag⁺

By Sakashita Yasunobu