写真のしくみ ⑲ ストロボの閃光で動きを止める特別な使い方

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シリーズ「写真のしくみ」について
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。

ある日、コップの水をテーブルにバシャッとこぼしてしまいました。水しぶきが飛び散ります。でもその瞬間を目で追いかけても、ぼんやりした水の塊しか見えません。ところが、ストロボをパッと光らせて写真を撮ると、空中に浮かぶ水滴のひとつひとつが、ガラス玉のようにくっきりと写ります。

なぜストロボを使うと、肉眼では見えないものが写るのでしょうか。今回は、ストロボの「光の短さ」という特別な性質と、それを活かしたいくつかのテクニックを見ていきましょう。

ストロボの光はどれくらい短い?

ストロボの光は、パッと見ると一瞬です。でも「一瞬」といっても、いったいどれくらいの時間なのでしょうか。

人間のまばたきは、だいたい0.3秒くらいかかります。カメラのシャッタースピードでいうと約1/3秒。日常生活では「すごく速い」と感じるかもしれませんが、カメラの世界ではかなりのんびりした速度です。

ストロボの光は、それよりもずっと短くなります。カメラの上に取り付ける小型のストロボ(クリップオンストロボ、スピードライトなどと呼ばれます)の場合、光っている時間はおよそ 1/1000秒から1/40000秒 くらいです。ここでおもしろいのは、ストロボの光の長さが「光の強さ」によって変わるということです。

クリップオンストロボの多くは、IGBT(アイジービーティー)という電子回路で光の量を調節しています。フルパワーで発光させると光っている時間はいちばん長くて、だいたい1/1000秒ほど。パワーを下げていくと光っている時間はどんどん短くなって、最小パワー付近では1/20000秒や1/40000秒にまで縮まる機種もあります。高性能なスタジオ用ストロボの中にはさらに短い閃光が可能なものもあり、1/50000秒を超える製品も存在します。

1/40000秒がどれくらい短いか、想像してみてください。もしこの長さの光を隙間なく並べたら、1秒間に4万回分が収まります。まばたき1回分の時間のおよそ12000分の1。もはや人間の感覚では「光ったかどうか」すら怪しいレベルです。

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閃光時間の測り方には2種類あります。
光がピークから半分(50%)の明るさに落ちるまでの時間を測った「t0.5」と、ピークから10%まで落ちるまでの時間を測った「t0.1」です。t0.5は数字が短く出るので、カタログ上は見栄えがよくなります。しかし動きを止める性能を正しく評価したいなら、光のほぼ全体をとらえている「t0.1」のほうが実用的です。メーカーによって表記が違うので、スペックを比べるときはどちらの値かを必ずチェックしましょう。

短い光で「時間を止める」

では、この短い光でどうやって動きを止めるのでしょうか。

暗い部屋を想像してみてください。部屋を真っ暗にして、カメラのシャッターを開けっぱなしにします。このとき、センサーには何も写りません。光がないのですから当然です。

そこでストロボをパッと1回だけ光らせます。光っている時間が仮に1/10000秒だとしたら、センサーに記録されるのは「その1/10000秒間に存在した世界」だけです。シャッターが何秒開いていようと関係ありません。光があった瞬間だけが写ります。

つまり暗い環境では、シャッタースピードではなくストロボの閃光時間が「実質的な露光時間」になります。これが「ストロボで動きを止める」しくみです。

この原理を使った有名な写真があります。アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の科学者ハロルド・エジャートンが、1930年代から撮り続けた超高速写真です。ミルクの雫が着地した瞬間にできる「ミルクの王冠」、弾丸がリンゴを貫通する瞬間、水風船が割れて水が飛び出す瞬間。どれも肉眼では絶対に見えない世界を、ストロボの極めて短い光で切り取ったものでした。

身近な例でいえば、蛇口から落ちる水滴をストロボで撮ると、まるで透明な宝石が空中に浮いているように写ります。噴水の水しぶき、犬がブルブルッと体を振る瞬間、割れるシャボン玉。ストロボの短い光があればこそ見える景色です。

ここで大切なポイントをひとつ。周囲が暗ければ暗いほど、この効果はきれいに出ます。なぜでしょうか。ストロボ以外の光(部屋の照明、窓からの光など)がセンサーに届いてしまうと、シャッターが開いている間ずっとその光で被写体が記録され続けます。すると、ストロボの一瞬で止めたはずの像に、ブレた像が重なってしまうのです。動きを完全に止めたいなら、ストロボだけが唯一の光源になるように環境を暗くすることがとても重要です。

なぜ1/250秒が「壁」になるのか

ここからは、ストロボとカメラのシャッターの関係について話しましょう。ちょっとだけ複雑ですが、わかるととても面白い話です。

一眼レフやミラーレスカメラのほとんどは、フォーカルプレーンシャッター と呼ばれるシャッターを使っています。これは、センサーのすぐ前にある2枚の幕が上から下へ走る仕組みです。1枚目を「先幕」、2枚目を「後幕」と呼びます。

シャッターボタンを押すと、まず先幕が走ってセンサーが顔を出します。設定した時間が経つと、今度は後幕が追いかけるように走ってセンサーを覆い隠し、露光が終わります。

シャッタースピードが比較的遅いとき、たとえば1/60秒くらいのときは余裕があります。先幕がセンサーを完全に開け終わってから、後幕が動き始めるまでにたっぷり時間があります。つまり、一瞬ですがセンサー全面がまるごと光にさらされるタイミングがあるのです。この「全開」のタイミングでストロボをパッと光らせれば、センサー全体に均一に光が届きます。まったく問題ありません。

ところが、シャッタースピードをどんどん速くしていくと、話が変わってきます。

幕が端から端まで走る速度には物理的な限界があります。たとえば幕が走り切るのに約1/250秒かかるカメラだとしましょう。1/250秒より短い露光時間を作りたければ、先幕が走り終わる前に後幕が追いかけ始めるしかありません。すると、センサーの上を細長い「スリット(隙間)」が走り抜けるような形になります。センサー全面が同時に開いている瞬間は、もはや存在しません。

この状態でストロボを1回パッと光らせるとどうなるでしょうか。ストロボの光はほんの一瞬ですから、その瞬間にスリットから覗いていた部分だけに光が届きます。残りの部分はシャッター幕に遮られて、写真に黒い帯が入ってしまいます。

この「センサー全面が同時に開いていられる最速のシャッタースピード」のことを、フラッシュ同調速度(シンクロスピード、X同調速度とも呼びます)といいます。多くのカメラでは 1/200秒1/250秒 がその上限です。ストロボを普通に使う限り、この速度より速いシャッターは切れません。これが写真家たちが「壁」と呼ぶものの正体です。

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ちなみに、レンズシャッターという例外もあります。 中判カメラなどで使われるレンズシャッターは、レンズの中にある羽根が中心から外側に向かって開閉する構造です。全開の瞬間が必ず存在するため、どのシャッタースピードでもストロボと同調できます。フォーカルプレーンシャッターとはまるで違う仕組みですが、ほとんどの一眼レフやミラーレスカメラにはフォーカルプレーンシャッターが採用されているので、「壁」は多くの人にとって避けられない課題です。

ハイスピードシンクロ 壁を超える技術

「1/250秒より速いシャッタースピードでストロボが使えないなんて、不便すぎる。なんとかならないの?」

なります。ハイスピードシンクロ(HSS) という技術がそれです。

普通のストロボ発光は、エネルギーを一瞬に集中させて「パッ」と1回だけ光ります。ハイスピードシンクロでは、これを「パパパパパッ」と超高速で何度も連続発光させます。スリットがセンサーの端から端へ走り抜ける間ずっと、途切れなく光を出し続けるイメージです。

カメラの側からすると、この高速パルス光はまるで「ずっと点いている照明」のように見えます。だからスリットのどの位置でも均一に光が当たり、結果としてセンサー全体にムラなく光が届きます。同調速度の壁を超えて、カメラの最高シャッタースピード(機種によっては1/8000秒)でもストロボ撮影ができるようになるのです。

ただし、いいことばかりではありません。大きな代償があります。

普通の発光では、すべてのエネルギーを「パッ」の一瞬に集中させるから、強い光が出せます。ハイスピードシンクロでは、同じエネルギーを細かく分割して長い時間にわたってばらまくことになります。ひとつひとつのパルスは当然弱くなりますし、スリット幅が狭いほど(つまりシャッタースピードが速いほど)、各瞬間にセンサーに届く光はさらに少なくなります。

たとえるなら、バケツいっぱいの水を一気にバシャッとぶちまけるか、ジョウロで長い時間シャーッとまくかの違いです。水の総量(ストロボが持つエネルギー)は同じでも、ある一瞬に一点に届く水量(実際に写真に記録される光の量)はまるで違います。

だからハイスピードシンクロは、「同調速度の壁を超えられる代わりに、使える光量がガクッと落ちる」技術です。光量不足を補うために、ストロボを被写体に近づけたり、大光量のストロボを選んだり、あるいは複数台のストロボを同時に使ったりといった工夫が必要になります。

日中シンクロ 逆光のピンチを光で救う

晴れた日に友達の写真を撮ったら、空は明るいのに顔が真っ暗だった。そんな経験はないでしょうか。

これは逆光の場面でよく起きます。被写体の背後から強い光が当たっていると、カメラはその明るい背景に露出を合わせてしまいます。結果、手前の人物が暗く沈んでしまうのです。

ここでストロボの出番です。逆光で暗くなった顔に向かってストロボの光を当ててやれば、背景の明るさと人物の明るさのバランスがとれて、どちらもきれいに写ります。この撮り方を 日中シンクロ(フィルフラッシュ)といいます。「fill(埋める)」の名のとおり、影になった部分を光で埋めてあげるテクニックです。

「昼間の屋外でストロボ?」と不思議に感じるかもしれません。ストロボは暗い場所で使うもの、というイメージが強いからです。でも実は、プロの写真家がストロボをもっとも頻繁に使う場面のひとつが、この明るい屋外での日中シンクロだったりします。

そして日中シンクロでは、こんな悩みが出てきます。背景をきれいにぼかして人物を引き立たせたいから、絞りを開けたい。でも昼間は光が強いから、そのままでは露出オーバーになってしまう。露出オーバーを防ぐにはシャッタースピードを速くする必要がある。しかし速くしすぎると同調速度の壁にぶつかる。

そう、ここでさっき紹介したハイスピードシンクロの出番というわけです。日中シンクロとハイスピードシンクロは、実は非常に相性のいいコンビなのです。

後幕シンクロ 動きの軌跡を美しく残す

最後にもうひとつ、面白い技を紹介しましょう。後幕シンクロ(リアカーテンシンクロ、セカンドカーテンシンクロとも呼ばれます)です。

ここまで見てきたように、シャッターには先幕と後幕があります。通常、ストロボは先幕がセンサーを開け切った直後に発光します。これを「先幕シンクロ」と呼び、ほとんどのカメラの初期設定はこの方式です。

後幕シンクロでは、発光タイミングを変えて、後幕が閉じ始める直前にストロボを光らせます。

「え、タイミングが違うだけで写真が変わるの?」と思うかもしれません。被写体が止まっていれば、正直なところほぼ同じ写真になります。けれど、動いている被写体をやや遅めのシャッタースピードで撮るときに、この違いが大きな意味を持ちます。

夜の道路を走る車を撮る場面を想像してみてください。シャッタースピードは1/15秒くらい、やや遅めに設定してあります。

先幕シンクロの場合: シャッターが開いた直後にストロボが光って、車の姿がくっきり写ります。そのあと、シャッターが閉じるまでの間に車は前へ進んでいきます。テールランプの赤い光の筋は、くっきり止まった車体の 前方 へ伸びることになります。まるで車が後ろ向きに走っているような、ちょっと不自然な写真になりやすいのです。

後幕シンクロの場合: シャッターが開いている間、車は走り続けます。テールランプの赤い軌跡ができていきます。そしてシャッターが閉じる直前にストロボがパッと光って、車の姿がくっきり写ります。光の筋は車体の 後方 へ流れます。車が前に向かって走っている躍動感が、そのまま一枚の写真に残ります。

後幕シンクロを使うと、動きの方向がとても自然に表現されます。ダンサーの腕の残像が始点から終点へ流れる、自転車のライトが後方に尾を引く、走る人のシルエットの後ろにブレの軌跡が伸びる。スピード感と躍動感を一枚に閉じ込められる、表現力豊かなテクニックです。

この回のまとめ

今回は、ストロボの「光の短さ」を軸にして、いくつかの特別な使い方を見てきました。ポイントを振り返りましょう。

  • ストロボの閃光はとても短い。 クリップオンストロボの場合、フルパワーでおよそ1/1000秒、パワーを絞ると1/20000秒から1/40000秒にもなります。パワーが小さいほど閃光時間は短くなります。
  • 暗い場所では、閃光時間が実質的な露光時間になる。 ストロボの光だけで露光すれば、シャッタースピードに関係なく、閃光が続いた時間分の世界だけが写ります。水しぶき、ミルクの王冠、割れる水風船。肉眼では捉えられない一瞬を切り取れるのは、この原理のおかげです。
  • フラッシュ同調速度は、フォーカルプレーンシャッターの構造で決まる。 2枚の幕が走る速度には物理的限界があり、多くのカメラでは1/200秒か1/250秒が上限です。それより速いシャッタースピードでは、センサー全面が同時に開かなくなり、ストロボの一度の発光では黒い帯が写り込んでしまいます。
  • ハイスピードシンクロ(HSS)は壁を超える代わりに光量を犠牲にする。 1回の発光の代わりに超高速の連続パルス発光で「ずっと光っている」状態を作ることで、同調速度の壁を超えられます。ただし光量は大幅に落ちます。
  • 日中シンクロは、逆光で暗くなった被写体を光で救うテクニック。 明るい屋外で影を埋め、背景と被写体の明るさのバランスをとります。ハイスピードシンクロとの組み合わせが効果的です。
  • 後幕シンクロは、動きの軌跡を自然に残す。 ストロボの発光タイミングをシャッターが閉じる直前にずらすことで、被写体の動きが進行方向に沿って表現され、躍動感のある一枚になります。

ストロボは「暗いところを明るくする道具」と思われがちです。でも実は、ストロボの本当の力は「光の短さ」にあります。目に見えない一瞬を切り取る力、シャッターの壁を超える力、逆光のピンチを救う力、動きの美しさを一枚に閉じ込める力。小さな光の箱には、想像以上にたくさんの可能性が詰まっています。

次の回からは、光のもうひとつの大きなテーマ、「色」の世界に踏み込みます。りんごはなぜ赤く見えるのか。その答えは、光の波長と私たちの目のふしぎなしくみの中にあります。

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