大学生活
正しさのなかで眠りにつく問いたち
「多様性を尊重しよう」。誰も反対できないこの言葉が、議論のなかで使われると、不思議なことが起きる。議論が終わるのである。 美しい言葉が思考停止装置になるとき 「多様性を尊重しよう」は倫理的に正しい響きを持っている。多様な価値観を認め合おう、異なる背景を持つ人々を排除しないようにしよう。この理念自体に問題はない。 問題は、このフレーズが議論の場で「結論」として持ち出されるときに起きる。価値観が衝突し、どちらかを選ばなければならない場面で「多様性を尊重しよう」と言うことは、判断を保留することと同義になる。しかも、判断を保留していることが道徳的に正しいかのように見えてしまう。 価値衝突は「尊重」では解決しない 現実には、互いに両立しない価値が衝突する場面がある。 たとえば表現の自由と他者の尊厳。ヘイトスピーチを表現の自由として保護すべきか、それとも他者の尊厳を守るために規制すべきか。この問いに対して「多様性を尊重しよう」と答えることは、何も答えていないのと同じである。 「表現の自由も大事だし、尊厳も大事だよね」は事実の確認であって、衝突の解決ではない。どちらを優先するかの判