生きること
透明人間の倫理
善人はたぶんいない ひとつ、思考実験をしよう。 もし今この瞬間、あなたが完全に透明になれるとしたら。誰にも見えない。カメラにも映らない。記録も残らない。法も届かない。そうなったとき、あなたは今と同じように振る舞うだろうか。 約2400年前、プラトンの『国家』第2巻で、グラウコンがソクラテスに向かってひとつの寓話を語った。 リュディア王に仕えるギュゲスという羊飼いが、ある日、地震によって大地に開いた裂け目へ降りていく。そこには青銅でできた馬があり、扉を開けると、中には人間の骸骨が横たわっていた。その指に、金の指輪がはまっている。ギュゲスはそれを抜き取った。 後日、指輪の石を内側に回すと自分の姿が見えなくなることに気づく。透明人間になったギュゲスは王宮へ上り、王妃を誘惑し、王を殺害し、自ら王座に就いた。 グラウコンはソクラテスにこう問いかけた。もし正しい人間と不正な人間それぞれにこの指輪を与えたなら、二人の行動に違いは出るだろうか。彼自身の答えは明快だった。違いはない。どちらも同じことをする。人が正しくあるのは、見られているからにすぎない。正義とは、弱さゆえの社会的な妥協であっ