Latest

光と写真

写真の物理学 ⑧ 絞りと有効口径の物理的意味

📐写真の物理学シリーズ ⑧ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 「明るいレンズ」、「暗いレンズ」という区別は、F値という一つの数に集約される。だが、なぜ焦点距離を口径で割っただけの無次元量がセンサー面の明るさを決定するのか。本記事では、立体角と照度の物理からF値の意味を導き、有効口径の定義から極端に明るいレンズが直面する光学的困難までを扱う。 有効口径とは何か レンズの「口径」は前玉の物理的な直径ではない。光学系が集める光束の幅を実質的に決定するのは開口絞り(aperture stop)であり、この絞りを物体側から光学系を通して見たときの像を入射瞳(entrance pupil)と呼ぶ。入射瞳の直径 $D$ が有効口径である。 有効口径が重要なのは、物体空間から見た光学系の「窓」の大きさを決めるのがこの量だからである。被写体から発せられた光のうち、入射瞳を通過する光束だけがセンサーに到達する。 $D$ が大きいほど、より多くの光を集められる。同じ原理は人間の眼の光学にも成り立ち

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑳ 光の硬さと柔らかさ

📐写真の物理学シリーズ ⑳ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 ソフトボックスの光はなぜ柔らかく、裸のストロボの光はなぜ硬いのか。「大きい光源は柔らかい」という経験則の背後には、影の形成に関する明快な幾何学がある。本記事では、光の硬さと柔らかさを決める物理的メカニズムを幾何光学から定量的に導出し、モディファイヤーの設計原理、バウンスライティング、光の指向性制御、ライティング比の設計までを一貫して扱う。 光の「硬さ」と「柔らかさ」とは何か 光の硬さ・柔らかさは、被写体に生じる影の境界の鮮明度で定義される。硬い光は影のエッジが急峻で、明暗の境界がくっきりと分かれる。柔らかい光は影のエッジが緩やかに遷移し、明暗が滑らかにつながる。 この違いは主観的な印象ではなく、幾何光学で厳密に記述できる。鍵となるのはペナンブラ(半影)の幅である。 点光源と面光源のつくる影 点光源の場合 理想的な点光源を考える。光源のサイズがゼロであるため、不透明な物体の背後にはシャープな影(本影, um

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㊷ 虹・ハロ・蜃気楼の光学

📐写真の物理学シリーズ ㊷ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 空に虹がかかり、太陽の周りに光の環が現れ、水平線の向こうに存在しないはずの景色が浮かぶ。これらの大気光学現象はいずれも光の屈折・反射・回折という基本法則の帰結として定量的に理解できる。本稿では大気中の水滴や氷晶がつくる虹・ハロ・蜃気楼などの幾何光学的構造を、スネルの法則と波動光学から導出する。 一次虹の光学 虹は、大気中に浮遊する球形の水滴が太陽光を屈折・反射することで生じる。一次虹(primary rainbow)の形成に関与するのは、水滴に入射した光線が2回の屈折と1回の内部反射を経て観測者に届く光路である。 水滴内の光路 太陽光が球形の水滴に入射する過程を追跡する。入射角を $i$、水滴内部での屈折角を $r$ とすると、スネルの法則により $$ n_{\text{air}} \sin i = n_{\text{water}} \sin r $$ が成り立つ。空気の屈折率 $n_{\text{air}

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑩ 露出の統合と逆数則

📐写真の物理学シリーズ ⑩ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 絞り、シャッター速度、ISO感度。この三者が露出を決定することは広く知られている。だが三者を統一的に扱う数学的枠組みは意外と語られない。本記事では、露出の三角形を定量的に記述したうえで、その前提にある「相反則」の物理的な成立条件と破綻のメカニズムに踏み込む。 露出値(EV)の定義と対数スケールの物理的合理性 写真における露出の議論は、つねに「倍」と「半分」の言葉で進む。絞りを1段開ければ光量は2倍、シャッター速度を1段速くすれば光量は半分。この事実は偶然ではない。人間の感覚器官が写真の物理学 ㊼ 視覚の知覚心理物理学で体系的に論じるウェーバー・フェヒナーの法則に従い、刺激の対数にほぼ比例した知覚量を生じるという心理物理学的事実の反映である。この知覚法則が写真のトーン再現にもたらす帰結は写真の物理学 ㉝ ガンマとトーンカーブの知覚心理物理学で詳述する。 10 cd/m² の輝度と 20 cd/m² の輝度の差は、10

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉑ ハイスピードシンクロとフラッシュ同調の物理

📐写真の物理学シリーズ ㉑ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 写真のストロボは一瞬の閃光で被写体を照らす。しかしその「一瞬」は物理的にはゼロ時間ではなく、有限の持続時間を持つ放電現象である。閃光の時間構造を理解すると、X同調速度の制約、ハイスピードシンクロの光量低下、後幕シンクロの効果といった現象が、すべて物理法則から必然的に導かれることが見えてくる。 キセノン管の発光メカニズム 写真用ストロボの光源は、キセノンガスを封入した放電管(キセノンフラッシュチューブ)である。両端に電極を持つガラス管の中に、数十kPa程度の低圧でキセノンガスが充填されている。 発光の過程は次の通りである。 まず、主放電用コンデンサが電源回路によって200〜400V程度まで充電される(大出力のスタジオ用パックではさらに高い電圧を用いる場合もある)。しかしキセノンガスは常温で極めて高い電気抵抗を持ち、この電圧だけでは放電が始まらない。 放電を開始するためにトリガー回路が用いられる。トリガーパルス(5

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉘ ダイナミックレンジとビット深度

📐写真の物理学シリーズ ㉘ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 カメラのスペックに並ぶ「14bit RAW」や「ダイナミックレンジ○○EV」は、数字が大きいほど良いと思われがちだ。しかしダイナミックレンジはセンサーのウェルキャパシティとリードノイズの比で決まる物理量であり、ビット深度はその情報を損なわずに格納する器の大きさにすぎない。本稿ではこの二つの概念を物理的に整理し、リニアRAWの構造からデュアルゲインセンサー、HDR合成までを導出する。 ダイナミックレンジの定義 ダイナミックレンジ(DR)とは、センサーが記録できる最も明るい光と最も暗い光の比である。 写真の世界では、この比をEV(Exposure Value)段で表現するのが一般的だ。1EV段は光量が2倍になることに対応する。数式で書くと、 $$ \text{DR} = \log_2 \left( \frac{I_{\max}}{I_{\min}} \right) \quad [\text{EV}] $$ となる。

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㊶ マジックアワーとブルーアワーの物理学

📐写真の物理学シリーズ ㊶ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 日没前後のわずかな時間、空は暖色から寒色へと劇的に変化し、風景全体が柔らかな光に包まれる。マジックアワー、ゴールデンアワー、ブルーアワーと呼ばれるこれらの時間帯は、いずれも大気光学上の明確な物理現象に対応している。本稿では太陽高度の変化に沿って空の色と光の質がどう決まるのかを、レイリー散乱やミー散乱からオゾン層のチャパイ帯吸収、緯度による持続時間の違いまで大気光学の枠組みで記述する。 薄明の定義と太陽高度 太陽が地平線の下に沈んでも、空はすぐには暗くならない。上空の大気がまだ太陽光を受けて散乱し、地上に間接光を届けているからである。この時間帯を薄明(twilight)と呼び、太陽の幾何学的高度(地平線からの角度)によって3段階に分類される。 市民薄明(Civil Twilight) 太陽高度が $0°$ から $-6°$ の区間。地上の物体の輪郭がまだ十分に識別でき、人工照明なしで屋外活動が可能な明るさが残る。

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑬ 同じ被写体サイズでのボケ比較

📐写真の物理学シリーズ ⑬ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 「望遠レンズはボケる」。写真を撮る人なら一度は聞いたことがある。しかしこの命題は、何と比較しているのか、どの条件を揃えているのかを明示しなければ不完全だ。本記事では、被写体を同じ大きさに写す制約のもとで、ボケ量が焦点距離・F値・背景距離の関数としてどう振る舞うかを厳密に記述する。 前提の確認 本稿では、ボケの円を関数で記述するで導出した以下のボケ円径の公式を出発点とする。合焦距離 $d$ にピントを合わせたとき、距離 $d_{\text{bg}}$ にある背景の点光源がセンサー上に作るボケ円の直径 $b$ は $$ b = \frac{f^2}{N} \left| \frac{1}{d} - \frac{1}{d_{\text{bg}}} \right| $$ だ。 $f$ は焦点距離、 $N$

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉖ 光電効果とフォトダイオード

📐写真の物理学シリーズ ㉖ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 デジタル写真の根幹は、光子をフォトダイオードで電子に変換する過程にある。この変換効率がノイズ、感度、ダイナミックレンジといったセンサー性能の物理的根拠を決定する。本稿では光電効果の量子論からpn接合の固体物理、BSI・積層型センサーの構造設計まで一貫して導出する。 光電効果の物理 外部光電効果とアインシュタインの光量子仮説 1887年、ヘルツが紫外線を金属に照射すると電子が放出される現象を発見した。古典的な波動理論では、光の強度を上げれば電子の運動エネルギーが増すはずだが、実験結果はそれに反していた。光の強度を上げても放出される電子の最大運動エネルギーは変わらず、光の振動数を上げると運動エネルギーが増加した。さらに、ある閾値振動数以下では、どれほど強い光を当てても電子は一切放出されなかった。 1905年、アインシュタインは、黒体放射を説明するためにプランクが導入した量子仮説(色温度と黒体放射で詳述)を拡張し、光

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉒ 色とは何か

📐写真の物理学シリーズ ㉒ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 色は波長ではなく、分光分布が三種の錐体細胞を経て三つの数値に圧縮された知覚現象である。この圧縮過程をCIE 1931表色系の等色関数で定式化すると、メタメリズムや色度図の構造が必然的に導かれる。本稿では、分光分布から三刺激値・色度座標を経て、写真の色再現に至る物理的基盤を構築する。 分光分布 光の物理的な記述は、波長ごとのエネルギー分布で与えられる。これを分光分布(Spectral Power Distribution, SPD)と呼ぶ。SPDは波長 $\lambda$ の関数 $S(\lambda)$ であり、各波長帯における放射パワーの密度を表す。単位は W/nm だ。 太陽光と大気の物理学で詳述するように、太陽光のSPDは可視光全域にわたるなだらかな連続スペクトルである。蛍光灯のSPDは水銀の輝線スペクトルと蛍光体の連続スペクトルが重畳した鋭い山を持つ。LEDのSPDは青色LEDの鋭いピークと蛍光体の広いピー

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ㉔ 色空間の数学

📐写真の物理学シリーズ ㉔ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 同じRGB値でも、sRGBとAdobe RGBでは指し示す物理的な色が異なる。色が「正しい」かどうかは色空間という座標系の選択に依存する。色空間はCIE XYZを基底として原色と白色点で定義され、その三角形が表現可能な色域を決定する。本稿では、主要RGB色空間の変換行列の導出からガンマ補正の数学、Lab色空間の非線形変換までを体系的に扱う。 人間の色覚と三刺激値 色は物理量ではない。色とは何かで定式化したとおり、光はスペクトルという連続的な関数で記述されるが、人間の目はそれを三つの数値に圧縮して知覚する。網膜にあるL錐体(長波長感受性)、M錐体(中波長感受性)、S錐体(短波長感受性)が、入射光のスペクトルをそれぞれの分光感度曲線で重み付け積分し、三つの神経信号を生成する。 この三次元性が、色を三つの座標で表現できる根拠である。スペクトルは無限次元の関数空間に属するが、人間の色覚は三次元の部分空間への射影として動作す

By Sakashita Yasunobu

光と写真

写真の物理学 ⑰ MTFで読むレンズの解像力

📐写真の物理学シリーズ ⑰ このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。 回折限界と収差の議論は、いずれも「レンズがどれだけ細かい構造を再現できるか」という問いに帰着する。本記事では、この問いに周波数領域から統一的な答えを与えるMTF(Modulation Transfer Function, 変調伝達関数)を扱う。点像分布関数のフーリエ変換からMTFを導出し、回折限界MTF曲線、収差の影響、センサーとの合成MTF、そしてMTFの限界までを論じる。 空間周波数という視点 レンズの解像力を語るとき、「何本の線を分解できるか」という表現がしばしば用いられる。白と黒の細い縞模様を考え、1mmあたりに何組の明暗ペア(line pair)が並ぶかを数えたものが 空間周波数 $\nu$(単位: lp/mm, line pairs per millimeter)である。 空間周波数が低い(縞が粗い)パターンは、どんなレンズでも容易に再現できる。一方、空間周波数が高くなる(縞が細かくなる)につれて、

By Sakashita Yasunobu