あなたはどこにも住んでいない
あなたには住所がある。郵便が届く。鍵を回せばドアが開く。布団があり、台所があり、光の入り方に見覚えがある。だがそこは「家」だろうか。あなたはそこに「住んでいる」だろうか。それともただ、寝る場所があるだけだろうか。
「家」という言葉は、思ったよりも重い。そして思ったよりも捨てがたい。
住まうということ
ハイデガーは1951年の講演「建てる、住まう、考える」で、「建てる bauen」という言葉の語源を探った。古高ドイツ語の buan は「住まう」を意味する。そしてドイツ語の ich bin(私はある)は、もともと「私は住まう」を意味していた。つまり「存在すること」と「住まうこと」は、言語の最も深い層でつながっている。
ハイデガーにとって、住まうとは単に屋根の下にいることではない。それは大地と空のもとで、死すべき者として世界に居ることだ。住まうことは存在の仕方そのものである。しかし現代人は「住居」を大量に供給しながら、ますます「住まう」ことから遠ざかっているとハイデガーは考えた。住居の数を増やしても、人間が「住まう」ことにはならない。
われわれは「投げ込まれた」。この世界に、この場所に。だが投げ込まれた先が「家」であるとは限らない。住まうことは、単にそこにいることではなく、そこに属するという感覚を伴うはずだった。その感覚を失ったまま、私たちは何年も同じ部屋で眠る。
家のなかの宇宙
ガストン・バシュラールは1958年の『空間の詩学』で、家を宇宙として描いた。地下室から屋根裏まで、引き出しからタンスのなかまで、家のあらゆる空間には詩的な意味が宿る。「本当に住まわれたすべての空間は、家という観念の本質を帯びている」とバシュラールは書いた。
バシュラールの方法はトポアナリシス(場所の分析)と呼ばれる。記憶は時間のなかだけではなく、空間のなかにも居場所を持つ。幼少期の家を思い出すとき、あなたは抑象的に思い出すのではない。端の少し軒いだ部屋、階段の三段目の軘り、押入れの匙い。空間の細部が記憶を収納している。身体がその空間を覚えている。
バシュラールにとって、家は単なる建築物ではなく、人間の想像力と記憶の器だ。「経験された家は不活性な箱ではない」。家は空間のなかに生きている。だがそれは同時に、メルロ=ポンティが論じたように、身体が空間を知っているということでもある。家の記憶は頭のなかではなく、身体のなかにある。だから言葉では正確に伝えられない。
帰郷の痛み
ノスタルジアという言葉は、今では生温かい感傷のように使われる。だが元々は病名だった。
1688年、スイスの医学生ヨハネス・ホーファーが、故郷を離れて傭兵として戦うスイス兵たちの症状を記述した。故郷への執拗な思い、発作的な号泣、不安、動悸、不眠、食欲不振。ホーファーはこの症候群に名前をつけた。ギリシャ語の nostos(帰郷)と algos(痛み)を組み合わせて。ノスタルジア。帰郷の痛み。当時それは「脳の病」として扱われ、実際に死に至ることもあった。
ミラン・クンデラは『無知』のなかで書いた。「ノスタルジアとは、満たされない帰還への渇望が引き起こす苦しみである」。帰りたいという欲求が満たされないことの苦しみ。しかし本当に残酷なのは、たとえ帰ったとしても苦しみは消えないということだ。クンデラはそれも知っていた。帰還の後、待っているのは「家」ではなく、変わってしまった場所と、変わってしまった自分だ。あなたが帰りたい場所は、あなたが発った瞬間に消えている。ベルクソンの純粋持続が教えるように、時間は同じ場所を同じままにしておかない。
不気味なもの
ドイツ語には「不気味だ」を意味する unheimlich という言葉がある。その語源は Heim(家)であり、文字通りには「家ではないもの」を意味する。フロイトはこの言葉に注目した。見慣れたものが突然、見慣れぬものに変わる瞬間。自分の家なのに、どこか他人の家にいるような感覚。
ハイデガーは『存在と時間』で、この不気味さを人間存在の根本的な条件と考えた。私たちは根本的には「家にいない」。日常のなかで「家にいる」と感じているのは、根源的な不気味さを覆い隠しているにすぎない。「家にいる」という安心は、「家にいない」という不安の裏返しでしかない。
どこが私なのかという問いと同じように、どこが家なのかという問いにも確かな答えはない。自分が自分であることの不確かさと、自分の家が家であることの不確かさは、同じ根から生えている。
場所か、感覚か
故郷を離れて暮らす人は知っている。「家」は物理的な場所ではない。
帰省して、かつての自分の部屋に立っても、そこはもう「家」ではない。家具が変わり、匂いが変わり、何よりもそこにいる自分が変わった。同じ座標に同じ建物が建っていても、家はそこにない。バシュラールの言うとおり、家が存在したのは空間のなかではなく、空間と記憶と身体が交差する一回限りの瞬間のなかだった。
では「家」は感覚なのか。そう言いたい誘惑はある。「家とは心のなかにある」と。だがその感覚もまた、具体的な場所なしには存在しない。端の少し傾いた部屋、階段の三段目の軘り、押入れの匂い。感覚は場所に繋ぎ止められている。場所なき感覚は宙に浮く。感覚なき場所はただの座標だ。どちらも「家」ではない。
つまり「家」は場所でも感覚でもなく、その両方が同時に成立していた稀な状態だったということだ。そしてその状態は、もう戻らない。持っていたつもりだったと同じように、あなたは「家にいたつもりだった」だけなのかもしれない。
寝る場所
あなたは今夜も帰る。鍵を回し、靴を脱ぎ、電気をつける。見慣れた部屋がある。それを「家」と呼ぶことにする。だが本当は分かっている。そこはただ、寝る場所だ。
鎖を愛した動物のように、私たちはその場所に愛着を持つ。愛着と呼ぶことで、宅配便が届くだけの住所を「家」に変えようとする。だがその愛着は、バシュラールが語ったような親密な空間の詩学とは似て非なるものだ。バシュラールの家は幼少期の記憶に根ざしていた。あなたの今の部屋は、何に根ざしているのか。
ハイデガーは「住居」をどれだけ増やしても「住まう」ことにはならないと言った。バシュラールは家のなかに宇宙を見た。ホーファーは帰郷の痛みに病名をつけた。どの思想家も、「家」が簡単なものではないと知っていた。
あなたはどこかに帰りたい。だが帰る場所は、あなたが探し始めた瞬間に失われている。そもそもそれは、場所ではなかったのかもしれない。