写真の物理学 ⑮ 回折限界と最適絞りのトレードオフ
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。
絞りを絞れば被写界深度は深くなるが、絞りすぎると回折によって像全体のシャープネスが低下する。被写界深度と解像度のどちらを優先するかは、撮影現場で常に直面するトレードオフだ。本記事では、エアリーディスクの物理をフラウンホーファー回折から導出し、被写界深度と回折の競合を最適化問題として定式化して最適絞りを解析的に導く。
幾何光学の限界
絞りと有効口径の物理的意味で導出したように、F値は $F = f/D$ で定義され、絞りを絞ることは有効口径 $D$ を小さくすることに等しい。
幾何光学では光は直線的に進む光線として記述される。この近似のもとでは、絞りを絞るほど光線の収束は改善され、点像は際限なく小さくなるはずだ。しかし現実の光は電磁波であり、開口のサイズが波長に比べて小さくなると、開口端での回折が無視できなくなる。
この転換を見通す量としてフレネル数 $\mathcal{F} = D^2/(4\lambda f)$ がある。 $\mathcal{F} \gg 1$ では幾何光学的な近似が成立し、 $\mathcal{F}$ が1に近づくと波動光学的効果が支配的になる。写真レンズでは $F = 16$ でもフレネル数は $\mathcal{F} \sim 10^2$ のオーダーにあり、回折の影響は全体の光学系に対しては小さな補正にすぎない。しかしこの「小さな補正」が高画素センサーの画素ピッチと比肩する大きさに達したとき、解像力の実質的な上限となる。
エアリーディスクの物理学
フラウンホーファー回折と円形開口
十分に遠い点光源からの平行光が、直径 $D$ の円形開口を通過してセンサー面に結像する状況を考える。フラウンホーファー回折の条件下で、円形開口から生じる回折パターンの強度分布は、第一種ベッセル関数 $J_1$ を用いて
$$ I(\theta) = I_0 \left[\frac{2\,J_1(x)}{x}\right]^2, \quad x = \frac{\pi D \sin\theta}{\lambda} \tag{1} $$
と表される。ここで $\theta$ は光軸からの角度、 $\lambda$ は光の波長である。この式は開口面上の振幅分布に対するフーリエ変換(ハンケル変換)から導かれる。
式 (1) が記述する同心円状の明暗パターンをエアリーパターンと呼び、中央の明るい円盤をエアリーディスクと呼ぶ。エアリーディスクには全エネルギーの約84%が集中しており、残りの16%が周囲の明暗リングに分散する。
エアリーディスク径の導出
エアリーディスクの大きさは、第一暗環(強度が最初にゼロになる位置)で定義される。 $J_1(x) = 0$ の最小の正の根は $x_1 = 3.8317\ldots$ であるから、
$$ \frac{\pi D \sin\theta_1}{\lambda} = 3.8317 $$
近軸近似 $\sin\theta_1 \approx \theta_1$ のもとで整理すると、
$$ \theta_1 = \frac{3.8317}{\pi} \cdot \frac{\lambda}{D} = \frac{1.22\,\lambda}{D} $$
これがレイリーの角度分解能基準 $\theta_R = 1.22\,\lambda/D$ である。
被写体が十分に遠いとき像はレンズの焦点面に結ばれる。センサー面上でのエアリーディスクの第一暗環の半径 $r_1$ は、
$$ r_1 = f \cdot \theta_1 = 1.22\,\lambda\,\frac{f}{D} = 1.22\,\lambda\,N $$
したがって直径は
$$ \boxed{\;d_{\text{Airy}} = 2.44\,\lambda\,N\;} \tag{2} $$
可視光の中心波長 $\lambda = 550\,\text{nm}$ を代入すると、
$$ d_{\text{Airy}} \approx 1.34\,N \quad [\mu\text{m}] \tag{3} $$
各F値での概算値を示す。
- $F = 4$ → $d_{\text{Airy}} \approx 5.4\,\mu\text{m}$
- $F = 5.6$ → $d_{\text{Airy}} \approx 7.5\,\mu\text{m}$
- $F = 8$ → $d_{\text{Airy}} \approx 10.7\,\mu\text{m}$
- $F = 11$ → $d_{\text{Airy}} \approx 14.8\,\mu\text{m}$
- $F = 16$ → $d_{\text{Airy}} \approx 21.5\,\mu\text{m}$
- $F = 22$ → $d_{\text{Airy}} \approx 29.5\,\mu\text{m}$
これらの値は波長のみに依存し、レンズの焦点距離やセンサーサイズには依存しない。F値が同じであれば、35mmでも200mmでも、フルサイズでもMicro Four Thirdsでも、センサー面上のエアリーディスクの物理的な直径は同一である。
エアリーディスク径とピクセルピッチの比較
回折限界の定義
デジタルカメラのセンサーはピクセルピッチ $p$ で像を空間的にサンプリングする。センサーが本来持つ解像力を活かすには、光学系が $p$ 以下のスポットサイズで像を結ぶ必要がある。
エアリーディスクの直径がピクセルピッチの2倍を超えると、回折による像のぼけがセンサーの解像力を実質的に制限し始める。この条件は、ナイキストのサンプリング定理とベイヤー配列のデモザイキングを考慮した実用的な基準であり、
$$ d_{\text{Airy}} \geq 2p $$
すなわち
$$ N \geq \frac{p}{1.22\,\lambda} \tag{4} $$
で与えられる。式 (4) の右辺を回折限界F値 $N_{\text{diff}}$ と呼ぶ。
各センサーにおける回折限界F値
$\lambda = 550\,\text{nm}$ として、代表的なセンサー構成に対する $N_{\text{diff}}$ を算出する。ピクセルピッチ $p$ はセンサーの横幅を横方向の画素数で割った値である。
フルサイズ(36 x 24 mm)
- 2400万画素( $p \approx 6.0\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 8.9$
- 4500万画素( $p \approx 4.4\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 6.6$
- 6100万画素( $p \approx 3.8\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 5.6$
APS-C(23.5 x 15.6 mm)
- 2600万画素( $p \approx 3.8\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 5.7$
Micro Four Thirds(17.3 x 13 mm)
- 2000万画素( $p \approx 3.3\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 4.9$
1型(13.2 x 8.8 mm)
- 2000万画素( $p \approx 2.4\,\mu\text{m}$ ) → $N_{\text{diff}} \approx 3.6$
この結果が示すのは、画素ピッチが小さいほど回折限界F値が低くなる、すなわち回折の影響が早い段階で顕在化するということだ。同じ画素数であっても、センサーサイズが小さいほど回折の制約は厳しくなる。
また、止まったように見える景色の先へで触れたセンサー解像度の進化には、この物理法則が不可避の天井を設けている。画素数をいくら増やしても、回折が許す以上の解像は得られない。
被写界深度と回折の競合
被写界深度の復習
第11回で導出したように、焦点距離 $f$、F値 $N$ のレンズが被写体距離 $s$( $s \gg f$ )に合焦しているとき、許容錯乱円径 $c$ に対する全被写界深度は近似的に
$$ \text{DoF} \approx \frac{2Ncs^2}{f^2} \tag{5} $$
で与えられる。被写界深度はF値 $N$ に比例する。絞れば絞るほど被写界深度は深くなる。
競合の構造
ここに根本的な競合がある。被写界深度を深くするには $N$ を大きくしたい。しかし $N$ を大きくすると、回折によるエアリーディスクも $d_{\text{Airy}} = 2.44\lambda N$ に従って拡大し、像全体のシャープネスが低下する。
被写界深度の端に位置する被写体の像は、第12回で記述したデフォーカスによる錯乱円径 $c$ のぼけを持つ。これに加えて、回折によるぼけ $d_{\text{Airy}}$ が重畳する。トータルのぼけは二つの成分の二乗和平方根(RSS)で近似できる。
$$ B = \sqrt{c^2 + d_{\text{Airy}}^2} \tag{6} $$
物撮りは遠くからで述べたように、商品撮影では被写界深度の浅さが常に課題になる。絞り込めば被写界深度は深くなるが、回折によるシャープネス低下が始まる。この二つの劣化要因を同時に最小化する絞りが、最適絞りである。
最適絞りの導出
問題の定式化
近点 $s_{\text{near}}$ と遠点 $s_{\text{far}}$ の両方にピントを合わせたいという要求を考える。レンズの焦点距離 $f$ とF値 $N$ に対して、被写界深度の端における幾何学的なデフォーカスの錯乱円径 $c$ は、
$$ c = \frac{A}{N}, \quad A = \frac{f^2(s_{\text{far}} - s_{\text{near}})}{2\,s_{\text{near}}\,s_{\text{far}}} \tag{7} $$
と表される。 $A$ は焦点距離と被写体距離のみで決まる幾何学的定数である。 $c$ はF値 $N$ に反比例する。絞るほどデフォーカスのぼけは小さくなる。
一方、回折によるぼけは $d_{\text{Airy}} = 2.44\lambda N$ であり、 $N$ に正比例する。
被写界深度端でのトータルのぼけ(式 (6))は、
$$ B^2 = \left(\frac{A}{N}\right)^2 + (2.44\lambda N)^2 \tag{8} $$
最小化
$B^2$ を $N$ で微分してゼロとおく。
$$ \frac{dB^2}{dN} = -\frac{2A^2}{N^3} + 2(2.44\lambda)^2 N = 0 $$
整理すると、
$$ A^2 = (2.44\lambda)^2 N^4 $$
$$ N^4 = \frac{A^2}{(2.44\lambda)^2} $$
$$ \boxed{\;N_{\text{opt}} = \sqrt{\frac{A}{2.44\lambda}}\;} \tag{9} $$
最適絞りの意味
$N_{\text{opt}}$ における二つのぼけ成分を評価する。
デフォーカスのぼけ
$$ c_{\text{opt}} = \frac{A}{N_{\text{opt}}} = \frac{A}{\sqrt{A/(2.44\lambda)}} = \sqrt{2.44\lambda A} $$
回折のぼけ
$$ d_{\text{Airy,opt}} = 2.44\lambda \cdot N_{\text{opt}} = 2.44\lambda \cdot \sqrt{\frac{A}{2.44\lambda}} = \sqrt{2.44\lambda A} $$
$$ c_{\text{opt}} = d_{\text{Airy,opt}} = \sqrt{2.44\lambda A} \tag{10} $$
この結果は直観的にも理解できる。もし回折のぼけがデフォーカスのぼけよりはるかに小さいなら、もう少し絞ってデフォーカスを減らしても回折の増大は軽微であり、トータルのぼけは改善する。逆に回折がデフォーカスより大きいなら、少し開けて回折を減らす方がトータルでは得をする。二つのぼけが等しい点が、トレードオフの均衡点であり、トータルのぼけが最小になる。
立体角の限界効果から求めるソフトボックスの最適サイズで導出したように、物理的な最適化問題は、互いに逆方向に作用する二つの効果の均衡点として解が現れることが多い。本稿の最適絞りもまた、幾何光学(デフォーカス)と波動光学(回折)という二つの領域の競合の均衡として導出された。
最小トータルぼけ
$N_{\text{opt}}$ でのトータルぼけは、
$$ B_{\text{min}} = \sqrt{c_{\text{opt}}^2 + d_{\text{Airy,opt}}^2} = \sqrt{2} \cdot c_{\text{opt}} = \sqrt{2 \cdot 2.44\lambda A} \tag{11} $$
回折を無視してデフォーカスのみで同じトータルぼけ $B_{\text{min}}$ を得るには $c = B_{\text{min}}$、すなわち $N' = A/B_{\text{min}}$ まで絞る必要がある。一方、$N_{\text{opt}} > N'$ であるから、回折の存在をあらかじめ織り込んで最適化することで、同等の画質を維持しつつより深い被写界深度を確保できる。
MTFの観点
回折限界光学系のMTF
完全に収差が補正された回折限界光学系のMTF(Modulation Transfer Function、変調伝達関数)は、瞳関数の自己相関として解析的に求まる。円形瞳に対する回折限界MTFは
$$ \text{MTF}(\nu) = \frac{2}{\pi}\left[\arccos\!\left(\frac{\nu}{\nu_c}\right) - \frac{\nu}{\nu_c}\sqrt{1 - \left(\frac{\nu}{\nu_c}\right)^2}\,\right] \tag{12} $$
で与えられる。ここで $\nu$ は空間周波数(cycles/mm)、 $\nu_c = 1/(\lambda N)$ はカットオフ周波数である。
$\nu_c$ はF値 $N$ に反比例する。絞りを1段絞るとカットオフ周波数は $1/\sqrt{2}$ 倍に低下し、MTF曲線全体が低周波側にシフトする。
実用的な含意
MTFの低下はすべての空間周波数にわたって生じるが、特に高周波成分(細部のディテール)への影響が大きい。低周波成分(大きな形状やトーンの変化)はF22まで絞ってもほとんど影響を受けない。
これは、回折の影響が出力サイズに依存することを意味する。Web用の小さな画像(長辺2000ピクセル程度)では高周波成分がリサイズで失われるため、回折による劣化は目立ちにくい。一方、大判プリントやピクセル等倍での鑑賞では、高周波成分の損失が顕著に知覚される。
風景写真における絞り選択
F11、F16、F22の物理的根拠
風景写真ではしばしば「F8からF11がスウィートスポット」と言われる。この経験則はレンズ収差と回折のバランスに基づいている。
開放付近ではレンズ収差(球面収差、コマ収差、非点収差など)が像を劣化させる。絞り込むと幾何学的な収差は急速に改善する。しかし同時に回折が増大する。両者の和が最小となるF値がシャープネスのピークであり、多くのレンズでF5.6からF8付近に位置する。
ではF16やF22を使うべきではないのか。答えは場面による。
- F11 :フルサイズ2400万画素機( $p \approx 6\,\mu\text{m}$ )での $d_{\text{Airy}} \approx 14.8\,\mu\text{m}$。ピクセルピッチの約2.5倍であり、回折の影響は検知可能だが、被写界深度とのバランスが取れる実用的な選択である。
- F16 : $d_{\text{Airy}} \approx 21.5\,\mu\text{m}$。ピクセルピッチの約3.6倍。ピクセル等倍ではシャープネスの低下が明確に見えるが、被写界深度はF11の約1.5倍深くなる。近景と遠景の両方を被写界深度に収めたい場合に検討に値する。
- F22 : $d_{\text{Airy}} \approx 29.5\,\mu\text{m}$。ピクセルピッチの約4.9倍。回折による軟化は顕著であり、大判プリントでは目に見えて解像力が落ちる。フォーカスブラケットが使えないやむを得ない場面を除いて、積極的に選ぶ理由は薄い。
プログラムオートで撮るということで述べたように、プログラムシフトでは回折を避けつつ画質を重視する方向へ絞りを調整できる。最適な絞りの見当がついていれば、どの撮影モードを使っていても同じ判断ができる。
フォーカスブラケットという回避策
回折と被写界深度のトレードオフを根本的に回避する方法がある。フォーカスブラケット(焦点合成、第18回で詳述)だ。
ピントの合った薄い層を複数枚撮影し、ソフトウェアで合成する。各カットは回折の少ないF8付近で撮影できるため、シャープネスを犠牲にすることなく、原理的に任意の被写界深度を得られる。回折限界という物理法則自体を変えることはできないが、1枚の写真で回折と被写界深度を同時に満足させる必要がなくなる。
ただしフォーカスブラケットは三脚が必須であり、動体には対応できず、合成時のアーティファクトのリスクもある。万能ではない。しかし物理法則が課すトレードオフに対する工学的な解法として、きわめて合理的な選択肢である。
回折とセンサーサイズの関係
小型センサーが回折に弱い理由
式 (4) から明らかなように、回折限界F値はピクセルピッチ $p$ に比例する。同じ画素数でセンサーが小さくなると $p$ も小さくなり、回折限界F値は低下する。たとえばフルサイズ2400万画素機の $N_{\text{diff}} \approx 8.9$ に対し、1型2000万画素機では $N_{\text{diff}} \approx 3.6$ まで下がる。フルサイズではF11まで余裕のある撮影でも、1型センサーではF4付近で既に回折が効き始める。
これが「小型センサーは絞れない」と言われる物理的根拠である。
等価画像における回折の振る舞い
ただし、この比較にはセンサーサイズ間の等価条件を慎重に扱う必要がある。
第5回で定式化した、同じ画角と同じ被写界深度を得る「等価な撮影条件」では、クロップファクター $k$ に対して焦点距離は $f/k$、F値は $N/k$ となる。画素数が同じであれば、ピクセルピッチも $p/k$ に縮小する。
このとき、エアリーディスク径とピクセルピッチの比は
$$ \frac{d_{\text{Airy}}}{p} = \frac{2.44\lambda \cdot N/k}{p/k} = \frac{2.44\lambda N}{p} $$
フルサイズと同一の比率になる。等価な画像を得る条件のもとでは、回折によるピクセルレベルの劣化度合いはセンサーサイズに依存しない。回折のトレードオフは、等価画像の枠組みにおいてフォーマット不変である。
第14回で詳述したように、小型センサーが実際に不利になるのは、等価条件を外れた場面だ。たとえば「同じF値」で比較する場合、小型センサーは相対的に大きなエアリーディスクを抱える。あるいは被写界深度の絶対値を深く必要とする場面では、小型センサーは短い焦点距離のおかげで有利だが、その有利さはF値を上げる余地が狭いことと相殺される。
まとめ
光が波動であるかぎり、回折は絞りの利益に対して不可避の代価を課す。その代価はエアリーディスク $d_{\text{Airy}} = 2.44\lambda N$ として定量化され、ピクセルピッチと比較することで回折限界F値が具体的な数値として求まる。
被写界深度と回折の競合を最適化すると、最適絞りはデフォーカスのぼけと回折のぼけがちょうど一致するF値として導出される。この均衡条件は、撮影対象の距離範囲と焦点距離が決まれば一意に定まる。
F11か、F16か、F22か。その選択は「許容する回折の量」と「必要な被写界深度の深さ」の間の具体的なトレードオフであり、波動光学がその定量的な根拠を提供する。