写真の物理学 ㊹ ディスプレイの物理学
このシリーズでは、写真にまつわる現象を物理学の言葉で記述する。「なんとなくそうなる」を「なぜそうなるか」に変換することが目的である。
撮った写真は最終的にディスプレイに表示される。センサーが記録した光の情報はレンズの光学と現像の数学を経てディスプレイという出口を通り人間の目に届くが、その出口の物理を知らなければ色も階調も制御できない。本稿ではLCD・OLED・量子ドットディスプレイの発光原理から色域、ガンマ、カラーマネジメント、鑑賞環境が写真の見え方に与える影響までを体系的に扱う。
加法混色の物理
ディスプレイはすべて加法混色で色を作る。赤(R)、緑(G)、青(B)の3つの光を重ね合わせることで、任意の色を合成する原理だ。
加法混色の物理的根拠は、人間の網膜に3種類の錐体細胞(L錐体、M錐体、S錐体)が存在し、それぞれが異なる波長帯域に感度を持つことにある。ディスプレイのR/G/Bサブピクセルは、この3種類の錐体をそれぞれ選択的に刺激するように設計されている。
1画素は通常、R/G/Bの3つのサブピクセルで構成される。各サブピクセルの発光強度を独立に制御することで、その画素が放射する光の分光分布を変化させ、結果として知覚される色を制御する。3つのサブピクセルすべてが最大輝度で発光すれば白に、すべてが消灯すれば黒に見える。
ここで注意すべきは、ディスプレイが生成する「白」は物理的な白色光(太陽光のような連続スペクトル)ではないということだ。R/G/Bの3つの狭帯域ピークの重ね合わせにすぎない。それが白に見えるのは、3種類の錐体がそれぞれ適切に刺激されるからであり、スペクトルの連続性とは無関係だ。この事実は、ディスプレイ表示と印刷物の色が光源によって異なって見えるメタメリズムの根本にある。
LCDの物理
液晶ディスプレイ(LCD)は、液晶分子の配向を電界で制御し、偏光の透過量を変化させることで画像を表示する。LCDは自ら光を発しない。背面にあるバックライトが光を供給し、液晶層がその光の透過量を画素ごとに制御するという構造だ。
偏光制御の原理
LCDの基本構造は、2枚の偏光フィルタの間に液晶層を挟んだものである。2枚の偏光フィルタの透過軸は互いに90度回転して配置されている。
液晶分子は棒状の有機分子であり、電界がない状態では配向膜の処理によって特定の方向に整列している。電圧が印加されると、液晶分子は電界の方向に沿って配向を変える。
電圧がかかっていない状態では、液晶分子は入射した偏光の振動面を90度回転させながら光を導く。バックライトからの光は第1偏光フィルタを通過して直線偏光となり、液晶層で90度回転し、第2偏光フィルタの透過軸と一致して透過する。つまり、画素が明るく見える。
電圧を印加すると、液晶分子が電界方向に立ち上がり、偏光の回転が抑制される。光は第2偏光フィルタの透過軸と直交したまま到達し、遮断される。画素は暗くなる。
電圧の大きさを連続的に変化させれば、液晶分子の傾き角が変わり、偏光回転の度合いが中間状態を取る。これにより、各サブピクセルの透過率を0%から100%まで連続的に制御できる。
以上は最も古典的なTN(Twisted Nematic)方式を例にした基本動作原理である。後述するVAやIPSは、液晶分子の初期配向と電界の印加方向を変えることで、視野角やコントラスト特性を改善している。
カラーフィルタ
LCDの各サブピクセルには赤、緑、青いずれかのカラーフィルタが貼られている。バックライトの白色光がカラーフィルタを通過すると、特定の波長帯域のみが透過し、R/G/Bの色光となる。液晶層はこの色光の強度を制御する。
カラーフィルタは光のエネルギーの大部分を吸収するため、LCD全体の光利用効率は低い。バックライトが発する光のうち、最終的に観察者の目に届くのはわずか数パーセントにすぎない。偏光フィルタで約50%、カラーフィルタでさらに約67%が失われ、この2段階だけで透過率は約17%に低下する。さらにTFTの開口率(画素内の有効透過面積の比率)や各種光学フィルムの吸収損失が加わり、総合的な光利用効率は5%から10%程度にとどまる。
バックライトの物理
LCDのバックライトは、パネル全面を均一に照明する光源である。現在はほぼすべてのLCDがLED(発光ダイオード)をバックライト光源として採用している。
エッジライト型
パネルの端面(通常は上下または左右の辺)にLEDを配置し、導光板を介してパネル全面に光を拡散させる方式だ。導光板はアクリル樹脂などの透明材料で作られ、内部での全反射とドットパターンによる散乱を利用して、端面から入射した光を均一な面光源に変換する。
エッジライト型の利点は薄型化が容易なことだ。LEDがパネルの端にしかないため、パネル全体の厚みを数ミリメートルに抑えられる。ノートPCやスマートフォンのディスプレイの多くがこの方式を採用している。
一方、光の均一性には限界がある。端面から遠い中央部で輝度が低下する傾向があり、暗いシーンでは画面の端が明るく見える「光漏れ」が発生しやすい。
ダイレクトライト型(直下型)
パネルの背面全体にLEDを配列する方式だ。光源がパネルの直下にあるため、拡散板を介してより均一な照明が得られる。
ダイレクトライト型は厚みが増すが、ローカルディミング(後述)との親和性が高い。LEDの配置密度を高めれば、きめ細かいゾーン制御が可能になる。大型テレビや高画質モニターで採用されることが多い。
Mini LEDバックライトは、ダイレクトライト型の進化形である。従来のLED(チップサイズ数mm)を、0.2mm以下のMini LEDに置き換えることで、同じパネル面積に数千から数万個のLEDを配置できる。ゾーン数の増加は、ローカルディミングの精度を飛躍的に向上させる。
IPS、VA、TNの物理的違い
LCD方式は液晶分子の配向制御の方式によって、いくつかの種類に分かれる。各方式の物理的な違いが、視野角特性とコントラスト特性を決定する。
TN(Twisted Nematic)
前述の偏光制御で示した90度ねじれ構造が、そのままTNの動作原理である。応答速度が速く製造コストが低い。しかし、斜めから見ると液晶分子の見かけのリタデーション(位相差)が変化するため、色調やコントラストの変動が大きい。視野角が狭いことが最大の弱点であり、写真編集用途には適さない。
VA(Vertical Alignment)
電圧がかかっていない状態で液晶分子がパネル面に対して垂直に配向する。垂直に立った分子は偏光にほとんど影響を与えないため、2枚の偏光フィルタで光がほぼ完全に遮断される。これにより、VA方式は3方式の中で最も深い黒を実現し、ネイティブコントラスト比が高い。典型的なVAパネルのコントラスト比は3,000:1から5,000:1に達する。
電圧を印加すると分子が傾き、偏光が回転して光が透過する。斜めからの視認では、TNほど極端ではないものの、色のシフトが生じる。特にガンマカーブが視角によって変化し、暗部が持ち上がって見えることがある。
IPS(In-Plane Switching)
液晶分子をパネル面に平行な平面内で回転させる方式だ。電極をガラス基板の同一面上に配置し、水平方向の電界で液晶分子を制御する。
分子がパネル面内で回転するため、斜めから見ても分子の見かけの配向変化が小さい。これにより、178度という広い視野角にわたって色調とガンマ特性がほぼ一定に保たれる。写真編集やカラーマネジメントを必要とする用途では、色の正確性が角度によって変化しないIPS方式が事実上の標準となっている。
一方、IPS方式は構造上、完全に光を遮断することが難しい。ネイティブコントラスト比はおよそ1,000:1から1,500:1であり、VAの3分の1程度にとどまる。暗い部屋で黒い画面を表示すると、バックライトの光がわずかに漏れて灰色がかって見える。この光漏れは「IPS glow」と呼ばれる。
ローカルディミングの物理
LCDのコントラスト比を改善する最も効果的な手法が、ローカルディミング(局所減光)だ。バックライトを複数のゾーンに分割し、画像の暗い領域に対応するゾーンの輝度を下げることで、黒の沈みとコントラスト比を向上させる。
ゾーン制御の原理
画面全体を $N$ 個のゾーンに分割し、各ゾーンのLED輝度を独立に制御する。あるゾーン $k$ の輝度 $L_k$ は、そのゾーンに含まれる画素の最大値に基づいて決定される。すべての画素が暗いゾーンはLEDを消灯に近い状態にでき、明るい画素を含むゾーンはLEDを高輝度で駆動する。
ゾーン数が多いほど、明暗の分布をきめ細かく制御できる。エッジライト型のローカルディミングでは8から16ゾーン程度が一般的で、コントラスト比は6,000:1から100,000:1に改善される。ダイレクトライト型では数十から数百ゾーン、Mini LEDバックライトでは数千ゾーンに達するものもあり、100万:1を超えるコントラスト比が実現されている。
ハロー(ブルーミング)の物理
ローカルディミングの本質的な限界は、バックライトのゾーン境界が液晶層の画素境界と一致しないことにある。明るいオブジェクトの周囲のゾーンが点灯し、隣接する暗い領域にまで光が拡散する。これが「ハロー」あるいは「ブルーミング」と呼ばれる光のにじみだ。
ゾーンサイズが小さいほどハローは目立たなくなる。Hsiang らの研究(Optics Express, 2018)では、ネイティブコントラスト比5,000:1のLCDでハロー効果が知覚できないレベルにするには約200ゾーンが必要であり、ネイティブコントラスト比2,000:1では3,000ゾーン以上が必要であると報告されている。Mini LEDバックライトが数千ゾーンを実現することの意義は、まさにここにある。
OLEDの物理
OLED(有機発光ダイオード、有機EL)は、LCDとは根本的に異なる表示原理を持つ。有機化合物の薄膜に電流を流すと光が発せられるという、エレクトロルミネッセンス現象を利用した自発光デバイスだ。
エレクトロルミネッセンスの原理
OLEDの基本構造は、陽極(アノード)と陰極(カソード)の間に数十ナノメートル厚の有機薄膜を積層したものである。電圧を印加すると、陽極から正孔(ホール)が、陰極から電子が有機層に注入される。
正孔と電子は有機層内を輸送され、発光層で再結合する。再結合によってエキシトン(励起状態の分子)が形成され、エキシトンが基底状態に緩和する際にエネルギーを光として放出する。放出される光の波長、すなわち色は、発光層に使用する有機分子の化学構造によって決まる。分子のHOMO-LUMOギャップ(最高被占分子軌道と最低空分子軌道のエネルギー差)が発光波長を規定する。
OLEDの構造
現代のOLEDは、単純な二層構造ではなく、正孔注入層(HIL)、正孔輸送層(HTL)、発光層(EML)、電子輸送層(ETL)、電子注入層(EIL)といった多層構造を採用している。各層は特定の機能に最適化された有機材料で構成され、キャリアの注入効率と輸送効率を最大化することで、発光効率と寿命を向上させている。
RGBの3色を実現する方式としては、各サブピクセルに異なる発光材料を使う「RGB独立発光方式」と、白色発光する有機層の上にカラーフィルタを重ねる「白色OLED + カラーフィルタ方式」がある。前者はスマートフォンに、後者は大型テレビに多く採用されている。
OLEDの利点と限界
完全な黒
OLEDの最大の利点は、画素ごとの完全な消灯が可能なことだ。黒を表示するとき、その画素の有機層には電流が流れず、一切の光が発せられない。物理的に光がないのだから、理論上の黒の輝度はゼロであり、コントラスト比は無限大になる。
これは、どれだけローカルディミングを精緻にしてもLCDでは達成できない領域だ。LCDではバックライトの光漏れがゼロにならない限り、完全な黒は実現しない。ダイナミックレンジとビット深度で論じたように、写真のダイナミックレンジはシャドーとハイライトの両端で定義される。ディスプレイの表示ダイナミックレンジもまた、黒がどこまで沈むかに大きく依存する。OLEDが写真の暗部階調を正確に再現できる物理的根拠は、この完全な黒にある。
広色域
OLEDの有機発光材料は、ピーク波長が比較的狭い発光スペクトルを持つ。これにより、R/G/B各原色の色純度が高く、色度図上で色域の三角形の頂点をスペクトル軌跡に近い位置に配置できる。現行のOLEDパネルの多くはDCI-P3の色域をほぼ100%カバーし、Rec. 2020についても70%から80%程度をカバーしている。
焼き付きの物理的原因
OLEDの最も深刻な弱点は焼き付き(burn-in)だ。これは有機発光材料の経時劣化に起因する。
有機分子は電流を流すたびにエキシトンの生成と緩和を繰り返すが、このプロセスの中で分子構造の一部が不可逆的に変化することがある。特に青色の有機材料は、赤や緑よりも高いエネルギーのエキシトンを扱うため、分子のダメージが蓄積しやすい。
同じパターンを長時間表示し続けると、その領域の有機材料が選択的に劣化し、輝度が低下する。パターンを変えても劣化した領域の輝度が回復しないため、前のパターンが「焼き付いて」見える。
この劣化は不可逆的な化学変化であるため、ソフトウェア的に完全に解消することはできない。ピクセルシフト(表示位置を微小にずらす)や画素リフレッシュ(全画素の輝度を均一化する補正処理)は劣化の進行を遅延させる緩和策であり、根本的な解決ではない。
量子ドットの物理
量子ドット(Quantum Dot, QD)は、直径が数ナノメートルの半導体ナノ結晶である。量子力学における量子閉じ込め効果により、結晶のサイズによって発光波長が変化するという特異な性質を持つ。
量子閉じ込め効果
バルクの半導体では、電子のエネルギー準位はバンド構造として連続的に分布する。しかし結晶サイズがボーア励起子半径(数nm程度)以下に縮小すると、電子と正孔が三次元的に閉じ込められ、エネルギー準位が離散化する。これは量子力学における「箱の中の粒子」問題の三次元版だ。
閉じ込めエネルギーは結晶サイズの二乗に反比例する。結晶が小さいほどバンドギャップが拡大し、より短波長(高エネルギー)の光を発する。大きな量子ドットは赤色を、中程度のものは緑色を、小さなものは青色を発光する。
たとえばCdSe(セレン化カドミウム)量子ドットの場合、直径2nmで青色(約460nm)、直径3nmで緑色(約520nm)、直径5nmで赤色(約620nm)を発光する。サイズの精密制御だけで発光色を連続的に調整できるという性質は、蛍光体や有機発光材料にはない量子ドット固有の特長だ。
ディスプレイへの応用
量子ドットのディスプレイへの応用は、主に2つの方式がある。
QD-LCD(量子ドットバックライト) は、LCDのバックライトに量子ドットフィルムを組み込む方式だ。青色LEDの光で赤と緑の量子ドットを励起し、三原色のバックライトを生成する。従来の蛍光体ベースの白色LEDと比べて、R/G/B各色のスペクトル幅が狭く、色純度が高い。これにより、同じカラーフィルタを使いながらも色域がDCI-P3以上に拡大される。
QD-OLED は、青色OLEDの上に赤と緑の量子ドット変換層を配置する方式だ。カラーフィルタの代わりに量子ドットを使うことで、光の利用効率がカラーフィルタ方式より高い。OLEDの自発光による完全な黒と、量子ドットによる広色域を両立させる。
ディスプレイの色域とカバー率
ディスプレイが再現できる色の範囲は、R/G/B原色の色度座標が決める三角形で規定される。原色の色純度が高い(スペクトル幅が狭い)ほど、色度図上で三角形の頂点がスペクトル軌跡に近づき、色域が広がる。
各表示技術の色域実現度
CIE 1931色度図上の面積比で比較すると、各技術の色域カバー率はおおよそ以下のとおりだ。
sRGB(基準) はCIE 1931色度図上で可視色全域の約35.9%をカバーする。現在でもWebコンテンツとオフィス用モニターの標準であり、大多数の画像はこの色空間で流通している。
DCI-P3 はsRGBの約1.5倍、可視色全域の約53.6%をカバーする。AppleのDisplay P3やHDRコンテンツの標準色域として急速に普及している。
Rec. 2020 は可視色全域の約75.8%をカバーする。原色がスペクトル軌跡上に定義されているため、現行のいかなるディスプレイ技術でも完全なカバーは達成されていない。
一般的なIPS液晶(蛍光体バックライト)はsRGBの約99%をカバーする。QD-LCDはDCI-P3の95%以上、Rec. 2020の80%程度をカバーする。OLEDはDCI-P3のほぼ100%、Rec. 2020の70%から80%をカバーする。QD-OLEDはDCI-P3の100%、Rec. 2020の80%以上をカバーし、現行技術では最も広い色域を実現している。
写真の現像において重要なのは、作業用モニターの色域と出力先の色域の関係を正しく把握することだ。DCI-P3対応モニターで鮮やかに見えていた色が、sRGBモニターで閲覧する読者には再現できない場合がある。逆に、sRGBモニターで編集した写真は、広色域モニターでは彩度が控えめに見えることがある。
カラーマネジメントの物理
カラーマネジメントとは、異なるデバイス間で色の一貫性を保つための体系的な仕組みだ。カメラ、モニター、プリンターはそれぞれ異なる色域と色再現特性を持つ。これらのデバイス間で色を「翻訳」するために、ICCプロファイルと色変換エンジン(CMM)が使われる。
ICCプロファイルの役割
ICC(International Color Consortium)プロファイルは、デバイスの色特性を記述するデータファイルだ。ディスプレイのICCプロファイルには、R/G/B原色の色度座標、白色点、伝達関数(ガンマ特性)が格納されている。
ディスプレイのキャリブレーションとは、ハードウェアの設定調整(白色点の色温度、輝度、ガンマ値など)を行ったうえで、そのディスプレイの実際の色特性を測定してICCプロファイルを作成する工程だ。OSのカラーマネジメントシステムは、このプロファイルを参照して、画像データのRGB値をディスプレイが正しい色で表示するための値に変換する。
デバイス間の色変換の数学
異なるデバイス間での色変換は、デバイス非依存色空間(通常はCIE XYZまたはCIELAB)を仲介として行われる。
デバイスAのRGB値をデバイスBのRGB値に変換する手順は次のとおりだ。
- デバイスAのICCプロファイルを使い、RGB値をCIE XYZに変換する
- 必要に応じて色域マッピング(後述)を適用する
- デバイスBのICCプロファイルの逆変換を使い、CIE XYZからRGB値に変換する
この変換はリニアRGB空間での $3 \times 3$ 行列演算として実装されるため、計算コストは低い。ただし、変換の前後で伝達関数の適用と逆適用が必要であり、その精度がカラーマネジメント全体の品質を左右する。
色域マッピング
ソースデバイスの色域がデスティネーションデバイスの色域より広い場合、色域外の色を処理する必要がある。ICCプロファイルは4つのレンダリングインテント(色変換の方針)を定義している。
相対的色域圧縮(Relative Colorimetric)は、白色点を合わせたうえで、色域内の色はそのまま保持し、色域外の色のみを最も近い色域境界上の色にクリッピングする。モニター表示での標準的な選択だ。
知覚的(Perceptual)は、色域全体を均等に圧縮して、すべての色の相対的な関係性を保つ。彩度は全体的に低下するが、階調の連続性が維持される。写真の印刷で多用される。
現像ソフトを選び直すで触れたように、RAW現像における色の「味付け」の違いは、各ソフトウェアが適用するデフォルトのトーンカーブやカラーレンダリングの差異に起因する。カラーマネジメントが正しく機能していなければ、現像ソフトで意図した色は最終出力に正しく反映されない。
ディスプレイのガンマとEOTF
ディスプレイに入力される信号値と、画面から出力される光の物理的な関係を定義するのが、EOTF(Electro-Optical Transfer Function、電気光学伝達関数)だ。
sRGBガンマ
sRGBのEOTFは、入力信号値 $C_{\text{sRGB}}$ から出力輝度 $L$ への変換として次のように定義される。
$$ L = \begin{cases} C_{\text{sRGB}} / 12.92 & (C_{\text{sRGB}} \leq 0.04045) \\ \left(\dfrac{C_{\text{sRGB}} + 0.055}{1.055}\right)^{2.4} & (C_{\text{sRGB}} > 0.04045) \end{cases} $$
べき乗部分の指数2.4は、CRTディスプレイの物理特性に由来する。CRTの蛍光体は、印加電圧のおよそ2.2乗から2.5乗に比例する輝度で発光した。CRTは消滅したが、この特性は知覚的に合理的であったため、現代のLCDとOLEDでも電子回路で再現されている。
低輝度域の線形区間は、暗部でのノイズ増幅を防ぐために設けられている。sRGBのEOTFを「ガンマ2.2」と呼ぶのは近似であり、厳密には区分関数だ。
PQ(Perceptual Quantizer)
PQ曲線はSMPTE ST 2084として標準化されたHDR用のEOTFであり、HDR10、HDR10+、Dolby Visionといった主要HDR規格の基盤技術である。人間の視覚系のコントラスト感度特性に基づいて設計されており、0.001 cd/m²から10,000 cd/m²までの輝度範囲を、知覚的にバンディングが見えないように符号化できる。
PQの最大の特徴は絶対的な輝度マッピングだ。信号値と物理輝度が一対一で対応する。コード値0.5は常に同じ物理輝度を意味する。これにより、コンテンツ制作者が意図した輝度が、対応するディスプレイで忠実に再現される。
ただし、ディスプレイのピーク輝度が10,000 cd/m²に満たない場合(現行のほぼすべてのディスプレイが該当する)、PQ曲線の上端がクリッピングされる。1,000 cd/m²のディスプレイでは、PQ曲線の約75%の範囲しか使用されない。残りの25%の信号値は表示できない輝度にマッピングされるため、トーンマッピングが必要になる。
HLG(Hybrid Log-Gamma)
HLGはBBCとNHKが共同開発したHDR方式であり、ARIB STD-B67として規格化された後、PQとともにITU-R BT.2100に採用されている。名前のとおり、低輝度域では従来のガンマ曲線を、高輝度域では対数曲線を使うハイブリッド構造を持つ。
PQがEOTF(信号→表示輝度)で定義されるのに対し、HLGはOETF(シーン光→信号)で定義される。ARIB STD-B67で規定されるHLGのOETFは次のとおりだ。
$$ E = \begin{cases} \sqrt{3 \cdot L_s} & (0 \leq L_s \leq 1/12) \\ a \cdot \ln(12L_s - b) + c & (1/12 < L_s \leq 1) \end{cases} $$
ここで $a = 0.17883277$、$b = 0.28466892$、$c = 0.55991073$、$L_s$ はシーン光(正規化された線形輝度)、$E$ は出力信号値である。
HLGのEOTFは、このOETFの逆関数にシステムガンマ(OOTF)を組み合わせて導出される。システムガンマはディスプレイのピーク輝度に応じて変化し、ピーク輝度が高いほど大きなシステムガンマが適用される。この仕組みにより、異なるピーク輝度のディスプレイでも適切なトーンレンダリングが得られる。
HLGの設計思想はPQと対照的だ。HLGは相対的な輝度マッピングを採用している。信号値は絶対的な物理輝度ではなく、ディスプレイのピーク輝度に対する相対的な値として解釈される。これにより、SDRディスプレイでも特別なメタデータ処理なしにHLGコンテンツを表示できる(ただしダイナミックレンジは制限される)。
放送用途ではHLGの後方互換性が重要な利点となるが、映画やストリーミングではPQ(HDR10/Dolby Vision)が主流だ。写真のHDR表示においても、ディスプレイがどちらのEOTFに対応しているかを把握することが正確な階調再現の前提となる。
環境光とメタメリズム
写真がディスプレイ上でどう見えるかは、ディスプレイの特性だけでは決まらない。鑑賞環境の光が、色と階調の知覚に大きな影響を与える。
環境光による知覚コントラストの変化
明るい部屋でディスプレイを見ると、画面表面で環境光が反射し、黒の輝度が底上げされる。OLEDの完全な黒も、環境光の反射があればゼロではなくなる。
ディスプレイの実効コントラスト比 $CR_{\text{eff}}$ は、環境光反射を考慮すると次のように書ける。
$$ CR_{\text{eff}} = \frac{L_{\text{white}} + L_{\text{ambient}}}{L_{\text{black}} + L_{\text{ambient}}} $$
$L_{\text{ambient}}$ は画面表面での環境光反射輝度だ。環境光が強くなるほど、分子と分母の差が相対的に小さくなり、コントラスト比が低下する。暗室でOLEDのコントラスト比が「無限大」であっても、500 luxのオフィス環境では実効コントラスト比は数百対1に落ち込みうる。
写真の現像を行う環境の照明条件が重要視される理由は、この物理にある。写真編集の業界標準であるISO 3664は、モニター周囲の照度を64 lux以下とすることを義務づけ(shall)、さらに32 lux以下とすることを推奨(should)している。
観察者メタメリズム
ディスプレイの色とプリントの色は、たとえ同じ三刺激値を持っていても、異なる分光分布で構成されている。ディスプレイはR/G/Bの狭帯域発光の重ね合わせであり、プリントはインクや染料の連続的な反射スペクトルだ。
ある光源のもとでモニター上の色とプリントの色が一致して見えたとしても、光源が変われば一致は崩れる。モニターの発光スペクトルは光源に依存しないが、プリントの反射スペクトルは光源の分光分布に直接影響されるからだ。
この問題への対策は、プリントの色評価に高演色性(CRI 90以上)のD50(5000 K)標準光源を使うことだ。さらに、モニターの白色点をプリント評価の光源と一致させることで、メタメリズムによる不一致を最小化できる。
順応と恒常性
人間の視覚系は、環境光の色温度に順応する能力を持っている。白熱灯(約2700 K)の下でも蛍光灯(約5000 K)の下でも、白い紙はおおむね「白く」見える。これは色の恒常性(color constancy)と呼ばれる知覚現象であり、錐体ごとのゲイン調整(フォン・クリース順応)によって近似的にモデル化される。
しかし、ディスプレイの色はこの順応の影響を受ける。暖色系の環境光の下では、ディスプレイの白が青みがかって見え、寒色系の環境光の下では黄みがかって見える。カラーマネジメントが正しく設定されていても、鑑賞環境の色温度がキャリブレーション時と異なれば、知覚される色は変わる。
まとめ
LCDは偏光制御とバックライトの組み合わせで画像を表示する。液晶方式(IPS、VA、TN)の物理的な違いが視野角とコントラスト特性を決定し、ローカルディミングがバックライト方式の限界を補う。
OLEDはエレクトロルミネッセンスによる自発光デバイスであり、完全な黒と広色域を物理的に実現するが、有機材料の経時劣化という不可逆的な制約を抱えている。
量子ドットは量子閉じ込め効果により結晶サイズで発光波長を制御できるナノ材料であり、LCDのバックライトとOLEDの色変換層の両方で色域拡大に貢献している。
ディスプレイの色域はR/G/B原色の色度座標が決める三角形で規定され、sRGB、DCI-P3、Rec. 2020は原色の選択によって段階的に広がる色域規格だ。ICCプロファイルとカラーマネジメントシステムが、デバイス間の色の翻訳を担う。
EOTFはsRGBガンマ、PQ、HLGの3系統があり、それぞれ設計思想と適用範囲が異なる。sRGBガンマはCRTの遺産を引き継ぐSDRの標準、PQは絶対輝度マッピングによるHDRの精密制御、HLGは後方互換性を重視した放送向けHDRだ。
そして最後に、ディスプレイの物理だけでは写真の見え方は決まらない。環境光の反射がコントラスト比を左右し、光源の分光分布がメタメリズムを引き起こし、視覚系の順応が色の知覚を変調する。写真の最終出力を制御するとは、ディスプレイの物理と鑑賞環境の物理と人間の知覚の三者を同時に把握することにほかならない。