希望が先に死ぬ
楽観主義者から先に死んだ。
ベトナムの捕虜収容所で、「クリスマスまでには帰れる」と信じた者たちが、心を折られて死んでいった。希望は彼らを支えなかった。希望が彼らを殺した。
そして、最も長く生き延びた男は、楽観主義者でも悲観主義者でもなかった。彼はその両方だった。
墜落した先にあったもの
1965年9月9日、海軍パイロットのジェームズ・ストックデールは北ベトナム上空でA-4スカイホークを撃墜された。対空砲火を浴び、コックピットに煙が充満した。射出座席で脱出する瞬間、彼の頭にあったのは「テクノロジーの世界を離れ、エピクテトスの世界に入る」という一文だった。
パラシュートで降下しながら、鉈や熊手を持った群衆が近づいてくるのを見下ろしていた男が、最後に思い浮かべたのは古代の奴隷哲学者の名前だった。
ストックデールは「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれた捕虜収容所に収容された。米海軍の最高位将校として、7年半以上にわたって拘束され、20回を超える拷問を受けた。釈放の日程も、生きて家族に再会できる保証も、何一つなかった。
2001年、ジム・コリンズが Good to Great(邦題『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』)でこの逸話を取り上げた。コリンズがストックデールに「誰が生き残れなかったのか」と尋ねたとき、返ってきた答えはこうだった。
楽観主義者だ。クリスマスまでには出られると信じた者たち。それが過ぎると、復活祭までにはと信じた。それも過ぎると、感謝祭までにはと。そして感謝祭が過ぎると、また次のクリスマスまでには、と。彼らは心が折れて死んでいった。
ふたつの楽観
ストックデールのパラドックスが突きつけるのは、楽観主義の中にある断層線だ。
一方に、「きっと大丈夫」という楽観がある。根拠を問わない。期限を切る。「来月にはよくなる」「年末には片がつく」。この種の楽観は脆い。期限が来るたびに裏切られ、そのたびに少しずつ摩耗する。摩耗しきったとき、人は倒れる。
もう一方に、ストックデールが体現した楽観がある。「最終的には必ず切り抜ける。しかし、それがいつかは分からない」。この楽観には期限がない。期限がないから裏切られない。だが同時に、現在の地獄を一ミリも値引きしない。
この区別は単純に見えて、実行するのは困難を極める。「状況は最悪だ」と「最終的にはうまくいく」は、人間の認知にとって同居しにくい二つの命題だからだ。認知的不協和の理論が教えるように、人間は矛盾する二つの信念を抱えると、どちらかを弱めたがる。状況の深刻さを過小評価するか、希望を手放すか。ストックデールのパラドックスは、そのどちらの安楽も拒む。両方を最大強度で保持し続けろ、と要求する。
握りしめると消えるのと同じ構造がここにもある。「希望」を直接追い求めた者が、希望に殺された。
エピクテトスの弟子
ストックデールがパラシュートの下で思い浮かべたエピクテトスは、ローマ帝国時代の奴隷出身のストア哲学者だった。その核心的教えは簡潔だ。「自分にコントロールできることと、できないことを区別せよ」。
コントロールできないこと。拷問の有無。釈放の時期。戦争の帰結。仲間の生死。
コントロールできること。自分の態度。自分の判断。自分の言葉。
ストックデールは収容所の中で、この区分を文字通り生存の原理として機能させた。コントロールできないことに期待を寄せない。コントロールできることに集中する。それは「諦め」とは違う。諦めた人間は態度すら手放す。ストックデールは態度だけは手放さなかった。
ヴィクトール・フランクルもまた、ナチスの強制収容所で似た構造を記述している。『夜と霧』の中でフランクルが観察したのは、「クリスマスまでに解放される」という噂を信じた収容者たちが、その日が過ぎると急速に衰弱していった現象だった。苦しみは何も教えないのだとすれば、苦しみに「意味」を見出すこと自体が生き延びるための技術だったのかもしれない、とフランクルの逆説は囁く。
あるいはそれを意味という病と呼ぶべきだろうか。意味を求めずにはいられない人間の性質そのものが、ときに人を殺し、ときに人を生かす。
不協和の中に立ち続けること
通常、人間は不協和を解消したがる。白黒つけたがる。「大丈夫」か「もう駄目」か、どちらかに振り切るほうが認知的に楽だからだ。
ストックデールのパラドックスが異様なのは、不協和を解消するな、と言っているところにある。灰色のまま立て。両方の声を聞け。どちらも弱めるな。
これは認知的に非常にコストの高い作業だ。努力できない仕組みの分析が示すように、人間の認知資源は有限で、現在バイアスに引きずられやすい。「今この瞬間の苦痛」は「いつか来る解放」よりもはるかに重い。楽観主義者たちは、その重さに耐えかねて、未来に逃避したのだろう。そして未来が裏切るたびに、何をしても同じだったという絶望が彼らを覆い尽くした。
カミュならばここで『シーシュポスの神話』を持ち出すだろう。岩を押し上げては転がり落ちる。それを繰り返す。終わりがないことを知りながら、なお岩に手をかける。カミュはシーシュポスを「幸福だ」と言ったが、ストックデールのパラドックスはそこまで親切ではない。幸福かどうかは問わない。立っていられるかどうかだけを問う。
ニーチェのアモール・ファティ(運命愛)もまた、近い地平にある。起きたことを受け入れよ。しかし「受け入れる」は「諦める」とは違う。受け入れた上で、自分の意志で次の一歩を踏む。ストア哲学の系譜はここで一本の線になる。エピクテトスからストックデールへ、フランクルからカミュへ。全員が違うことを言っているようで、全員が同じ場所に立っている。不条理の中に立ち、逃げない。
収容所の外でも
ストックデールのパラドックスはコリンズの文脈ではリーダーシップ論として語られることが多い。偉大な企業は現実を直視しながら信念を捨てなかった、と。
だが、この構造は収容所や企業の外にもある。
試験勉強をしている人間が「受かる」と信じるだけで模試の点数から目をそらせば、それはストックデールが言う「楽観主義者」そのものだ。逆に、模試の点数だけを見て「もう駄目だ」と希望を捨てれば、それもまた違う形の脆さになる。必要なのは、点数を直視した上で、なお机に向かうこと。
後悔は治らないことを知りながら行動を選ぶとき、人はストックデールのパラドックスの中にいる。取り返しのつかなさを直視しながら、それでも次の選択に手を伸ばす。あるいは、決断できない状態の構造に囚われたまま動けずにいるとき、人はまだパラドックスの手前にいる。
闘病もまた同じ構造を持つ。「治ると信じる」ことには一定の心理的効果があるとされる。しかし「治らないかもしれない」ことを直視する覚悟がなければ、その信念は砂上の楼閣になる。信じることと直視することの両立。それはおそらく、人間に要求しうる認知的作業の中でも、最も残酷なものの一つだろう。
希望という凶器
ストックデールのパラドックスは救済を提供しない。
「信じろ、しかし逃げるな」。それだけだ。答えがあるわけではない。保証もない。いつ終わるかも分からない。分からないまま、現実を見据えて、それでも信じろ。
結局のところ、これは「希望の持ち方」についての話ではないのかもしれない。希望というものが、本質的にどれほど危険かという話だ。握り方を間違えれば凶器になる。握らなければ生き延びられない。
楽観主義者は先に死んだ。悲観主義者がどうなったかは、ストックデールは語っていない。おそらく語る必要がなかったのだろう。悲観主義者は、そもそも生き始めていなかったのだから。