ことばと文学

Language shapes what can be thought. These entries examine how Japanese is structured, how English changed, how stories are built, and what it means to write at all. Linguistics, literature, and the act of putting words in a row.

ことばと文学

ポーとミステリの誕生

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 ミステリとは何か。この問いに対する答えは、時代や論者によって少しずつ異なる。 江戸川乱歩は1951年の『幻影城』において「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く径路の面白さを主眼とする文学である」と定義した。一方、イギリスの批評家H・R・F・キーティングは1987年の『Crime and Mystery: The 100 Best Books(ミステリ百選)』において、ポーからP.D.ジェイムズに至る100作を選出しながら「エンタテインメントとしての価値を第一に書かれた小説であり、その主題が何らかの犯罪の形をとっている小説」をミステリの基本的な枠組みとして論じている。両者に共通するのは、犯罪にかかわる謎解きが物語の核であるという認識だ。 ところが、これらの定義には欠けているものがある。乱歩の定義はいわゆる「本格ミステリ」にしか当てはまらず、サスペンスやハードボイルドのような幅広いミステリの領域をカバーできない。そしてどちらの定義にも、主人公への視点が含ま

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

モダリティと語用論

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 文法的に正しい文を作れるだけでは、円滑なコミュニケーションは実現しない。話者の態度を表すモダリティ、場面に応じた文体の選択、談話の一貫性、そして語用論的な配慮まで、日本語のコミュニケーションには多層的な知識が求められる。本稿ではこれらの領域を概観する。 モダリティ: 話者の態度を表す モダリティとは、命題(出来事の内容そのもの)に対する話者の態度や判断を表す文法カテゴリーである。「田中さんが来る」という命題に対して、「来るだろう」(推量)、「来るかもしれない」(可能性)、「来るはずだ」(当然の推論)、「来なければならない」(義務)など、話者の主観的な判断が加わる。 認識的モダリティ 話者の確信度を表すモダリティで、日本語には段階的な表現がある。 確信度が高い順に並べると、「に違いない」(ほぼ確実)→「はずだ」(論理的な推論に基づく確信)→「だろう/でしょう」(推量)→「かもしれない」(可能性)となる。「田中さんは来るに違いない」は「間違いなく来る」という強い確信、「来るかもしれない

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

日本語のヴォイス

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 ヴォイス(態)とは、同じ出来事を異なる視点から表現する文法的な仕組みである。日本語のヴォイスには受身・使役・自他動詞の対応などが含まれ、「誰の視点で出来事を語るか」を選択する機能を果たしている。本稿ではこれらの表現を体系的に整理する。 受身文: 出来事を受け手の視点から語る 受身文は、能動文で目的語や影響を受ける側にあたるものを主語に据えて、出来事を語り直す表現である。日本語の受身には大きく分けて3つの種類がある。 直接受身 直接受身は、能動文の目的語を主語にした受身文で、最も基本的な形である。 能動文「先生が学生を褒めた」→ 受身文「学生が先生に褒められた」 能動文の目的語「学生」が受身文の主語になり、能動文の主語「先生」は「に」で標示される。他動詞の目的語がそのまま受身の主語に転換される点が特徴的で、英語の受身文に近い構造をしている。 間接受身(迷惑の受身) 間接受身は日本語独特の受身で、直接的な動作の対象ではない人が、その出来事によって影響(多くの場合は迷惑)を受ける

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

テンスとアスペクト

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の時間表現は、テンス(時制)とアスペクト(相)という2つの文法カテゴリーによって成り立っている。本稿ではル形・タ形によるテンス表現、従属節における相対テンスの仕組み、そして「ている」が持つ多様なアスペクト的意味について整理する。 テンス(時制): ル形とタ形 テンスとは発話時点を基準として、出来事が過去のものか非過去のものかを区別する文法カテゴリーである。日本語のテンスは基本的にル形(辞書形・ます形)とタ形(た形・ました形)の対立で表現される。 ル形は「非過去」を表す。未来の出来事(「明日、映画を見る」)と、現在の習慣・反復(「毎朝コーヒーを飲む」)の両方をカバーする。英語のような現在形と未来形の区別は日本語にはない。 タ形は「過去」を表す。すでに完了した出来事を示す(「昨日、映画を見た」「朝ごはんを食べた」)。 テンスと文の種類 テンスの現れ方は文の種類によって異なる。動詞文では「食べる(非過去)

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

格助詞と「は」、「が」

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 格助詞は日本語の文構造を形作る要であり、名詞と述語の関係を明示する役割を担っている。学習者にとっては最も習得が難しい項目のひとつでもある。本稿では各格助詞の用法を概観したうえで、「は」と「が」の使い分け、場所表現の助詞選択について整理する。 格助詞の全体像 格助詞とは、名詞に後接して、その名詞と述語の間の意味関係(格関係)を示す助詞である。日本語の主要な格助詞には「が」「を」「に」「で」「へ」「と」「から」「まで」「より」がある。 「が」: 主語と対象を示す 「が」の最も基本的な機能は主語の標示である。「雨が降る」「花が咲く」のように、動作や状態の主体を示す。 もうひとつの重要な用法が対象の標示である。能力・感情・好悪・願望・可能を表す述語と共に用いられ、「日本語が話せる」「コーヒーが好きだ」「水が飲みたい」のように使われる。これらは「~を」で置き換えられる場合もあるが、基本的には「

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

品詞・活用・誤用分析

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の文法には、学校教育で学ぶ「国文法」と、日本語学習者向けに整理された「日本語教育文法」という2つの体系がある。本稿ではその違いを踏まえながら、品詞の判定方法、動詞の活用体系、そして学習者の誤用分析について概観する。 国文法と日本語教育文法の根本的な違い 国文法は古文の文法との歴史的なつながりを重視した体系であり、学術的な完全性を志向している。一方、日本語教育文法は学習者が実際に日本語を運用することを重視し、国文法をもとに必要なものを吸味して整理しなおしたものである。 その典型的な違いが動詞の分類に現れる。国文法では活用の種類を5つ(五段・上一段・下一段・サ変・カ変)、活用形を6つ(未然・連用・終止・連体・仮定・命令)で整理する。一方、日本語教育文法では活用の種類を3グループに簡素化し、活用形も「ます形」「辞書形」「ない形」「た形」「て形」など機能別に提示する。「話さない」を国文法では「はな(語幹)+さ(未然形)+ない(

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

日本語の文字と表記

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語はアルファベット以外の文字を使用し、しかも3つの文字体系を併用する「漢字仮名混じり文」という世界的にも極めて特殊な表記法を持つ。本稿ではまず音声に関する重要な現象を確認したうえで、日本語の文字体系の全体像を概観する。 母音の無声化 母音は本来有声音だが、特定の環境では声帯振動を伴わずに発音されることがある。これが母音の無声化である。無声化しやすいのはイとウの2つで、主に2つの環境で生じる。 第一は無声子音に挟まれた環境で、「くさ」「きかい」「つくえ」などがこれにあたる。第二は無声子音のうしろで後続音がない環境で、「~です」「~ます」の語尾がその典型である。日本語の「です」「ます」が自然に聞こえるためには、語末のウの無声化が重要な役割を果たしている。 音素と異音: 「同じ音」の多様な姿 日本語話者が「同じ音」として認識しているものが、実際にはまったく異なる音として発音されていることがある。音韻論ではこれを「音素」と「異音」の関係として説明する。 代表的な例が撥音「ん」(音素/

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

日本語の音声体系

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の音声には、他の言語にはない独特の特徴がいくつもある。本稿では「外国語としての日本語」という視点から、日本語の音声体系を拍・アクセント・プロソディ・調音の各側面から概観する。 拍(モーラ): 日本語のリズムを支える単位 日本語の音声を特徴づける最も基本的な単位が「拍」(モーラ)である。拍とは、日本語話者にとって長さがほぼ等しいと認識される音韻的な時間単位のことだ。子どもの遊び「グリコ」で一歩ずつ手をたたくリズムに、この拍感覚が如実に現れている。 拍を数える基本原則は「仮名1文字=1拍」である。ただし例外がいくつかある。拗音(「ちゃ」「しゅ」「きょ」など)は仮名2文字で1拍として数える。また特殊拍として長音「ー」、促音「ッ」、撥音「ン」はそれぞれ独立した1拍である。「びょういん」は「び・ょう・い・ん」で4拍、「きっぷ」

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

日本語の語彙と意味

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 日本語の語彙は、その成り立ちや意味関係において豊かな体系を持っている。本稿では語の構造や出自、意味関係、そして比喩やオノマトペまで、日本語の語彙の世界を広く見渡す。 語彙の基本概念 「語」と「語彙」は区別が必要である。「語」は意味を持った、文を組み立てる最小の独立した単位であり、語形(音や文字)と語義(意味)、そして指示対象(実際のもの)から成り立つ。一方「語彙」は一定の範囲における語の集合を指す。「範疆という語を習った」と言えば個々の単語を指し、「新聞を読むのにどのくらいの語彙が必要か」と言えば語の集合を指す。 機能による分類として、名詞・動詞・形容詞・副詞など実質的な意味を持つ「実質語(内容語)」と、助詞・助動詞・接続詞など主に文法機能を担う「機能語」がある。「私は日本人だ」という文では、「私」「日本人」が実質語、「は」「だ」

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

英語の動詞と語順の変遷

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 古英語から現代英語への移行において、動詞体系と語順は相互に関連しながら大きく変化した。強変化動詞の母音交替パターンの平準化、完了形の形成方法の変化、語順の固定化、そして機能語の発達は、英語の文法構造を根本的に変えた変化である。本稿では、これらの変化を整理し、あわせてフランス語の否定構文との比較を通じて、言語変化の一般的なパターンを考える。 強変化動詞の母音交替と平準化 現代英語の動詞 shrink には、過去形として shrank と shrunk の二つの形が存在する。この併存は、英語の強変化動詞(不規則動詞)における歴史的な平準化(leveling)の過程で生じたものである。 アプラウトと古英語の強変化動詞 古英語の強変化動詞は、アプラウト(Ablaut、母音交替)と呼ばれる体系的な母音変化によって時制を表した。アプラウトはインド・ヨーロッパ祖語にまで遡る現象であり、語根の母音を交替させることで文法的な区別を表す。 古英語では、強変化動詞の過去形は単数と複数で異なる母音を持って

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

英語の名詞と代名詞の変遷

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 古英語から現代英語にかけて、名詞と代名詞の体系は大きく変化した。複数形の規則化、属格(所有格)の表現方法の変容、そして二人称代名詞の統合は、英語の歴史における重要な変化である。本稿では、現代英語に残る不規則な痕跡をたどりながら、これらの変化を整理する。 不規則な複数形 現代英語の名詞複数形は -s/-es が標準であるが、いくつかの名詞はこの規則に従わない。これらの不規則形は、古英語の異なる変化パターンの名残である。 二重複数 children は、古英語の cild の複数形 cildru に、さらに中英語期に -en が付加されて cildren となったものである。すなわち、古い複数語尾の上にさらに別の複数語尾が重ねられた「二重複数」(double plural)である。同様の現象は brethren(brother の古い複数形)にも見られる。brethren は古英語 brōþru に -en

By Sakashita Yasunobu

ことばと文学

ゲルマン語の子音推移

📝本稿は筆者が大学の授業で学んだ内容をもとに、独自の考察を加えて再構成したものである。 インド・ヨーロッパ語族からゲルマン語派が分岐する過程で、子音体系に大規模な変化が生じた。この変化はグリムの法則として知られ、さらにヴェルネルの法則による補正、そしてゲルマン語内部で生じた第二次子音推移を経て、英語とドイツ語の音韻的な差異を生み出した。本稿では、これらの子音推移の内容とその関係を整理する。 グリムの法則 19世紀初頭、ドイツの言語学者ヤーコプ・グリム(Jacob Grimm)は、インド・ヨーロッパ祖語からゲルマン語派への体系的な子音変化を記述した。これがグリムの法則(Grimm's Law)であり、第一次子音推移(First Germanic Sound Shift)とも呼ばれる。変化の内容は以下の三系列からなる。 無声破裂音から無声摩擦音へ インド・ヨーロッパ祖語の無声破裂音 *p, *t, *k は、ゲルマン語で無声摩擦音 *f, *θ, *x(のちに *h)へと変化した。 * ラテン語 pater(父)

By Sakashita Yasunobu