生きること
人はなぜ夕方の光で立ち止まるのか
急いでいた。用事があった。それなのに、足が止まる。夕方の光が建物の壁をオレンジに染めている。ただそれだけのことだ。太陽が低くなり、光の波長のうち青が大気に散乱され、赤みを帯びた光だけが地表に届く。色温度にして約3000K前後。物理の教科書に載っている、ありふれた現象にすぎない。 それなのに、あなたは立ち止まる。スマートフォンを取り出すか、あるいはただ黙って見つめる。なぜか。たぶん、あなた自身にもわからない。 身体が先に知っている 「美しい」と思った瞬間には、もう足は止まっている。順序が逆なのだ。 美的判断というのは、通常、知覚してから評価し、そして行動に移るという段階を踏むと考えられている。ところが夕方の光に対する反応は、その手順を無視する。足が止まり、息が浅くなり、視線が固定される。そのあとで「ああ、きれいだ」と思う。判断より先に身体が動いている。 メルロ=ポンティは、知覚が単なる情報処理ではなく、身体そのものが世界と交渉する行為だと考えた。私たちは脳で世界を見ているのではなく、身体で世界に触れている。夕方の光に足が止まるのは、頭で「美しい」と判断したからではなく、身体が