倫理と思考実験
誰もまだ死んでいない
あなたは自分が死ぬところを想像できるだろうか。試してみるといい。目を閉じて、呼吸が止まり、意識が途切れ、世界から自分という存在が消え去る、その瞬間を。 できない。想像しようとするたびに、「想像している自分」がそこに居座っている。自分の不在を描くには、不在を見届ける自分が必要になる。これは論理の欠陥ではなく、意識の構造そのものだ。 誰もまだ、本当の意味では死を知らない。死んだ人間は語らないし、生きている人間は死を知らない。つまりこの文章も、死について何かを語っているようでいて、たぶん何も語っていない。 届かない手紙 紀元前3世紀、ギリシアの哲学者エピクロスは友人メノイケウスへの手紙のなかで、こう述べた。死はわれわれにとって何ものでもない。善悪はすべて感覚のうちにあるが、死とは感覚の剥奪そのものだからだ、と。われわれが存在するとき死はここになく、死がここにあるときわれわれはもう存在しない。だから死は、生者にも死者にも関わりがない。 明快な論理だ。反論の余地がないほどに。 しかし、この完璧な議論を読み終えたあなたは、たぶん少しも安心していないだろう。エピクロスの論理は死の恐怖を