写真のしくみ ⑯ 虫の目になるマクロ撮影のしくみ
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
前回は、絞りすぎると光の回折でぼやけるという「くっきりの限界」を見ました。今回は視点を変えて、ふだん肉眼では見えないほど小さな世界へ飛び込むマクロ撮影の話です。
きみは道ばたにしゃがみこんで、アリをじーっと見つめたことがあるでしょうか。花びらについた朝つゆをのぞきこんで、小さな水玉の中にひっくり返った景色が映っているのを見て、ちょっとびっくりしたことは?
ぼくたちの目は、ものすごく近いものにはピントが合いません。試しに、人差し指を目の前5センチくらいまで持ってきてみてください。指紋がぼやけて見えるはずです。実はカメラのレンズにも、これとまったく同じ限界があります。
マクロ撮影というのは、その限界をぶち破って、小さなものを大きく写す技術のことです。テントウムシの背中の水玉もよう、タンポポの綿毛の一本一本、蝶の羽についた鱗粉のきらめき。ふだん肉眼では「なんとなく」しか見えなかったものが、写真になると「こんな世界だったのか!」と声が出るほど鮮やかに現れます。
さあ、「虫の目」の世界に飛び込みましょう。
近づけない壁 「最短撮影距離」
カメラのレンズには、最短撮影距離というものがあります。「被写体にこの距離よりも近づくと、もうピントが合いませんよ」という境界線です。
たとえば、よくある50mmのレンズだと、最短撮影距離はだいたい40cm前後のものが多いです。つまり、被写体から40cm以上は離れていないとピントが合いません。テーブルの上に置いたコインを大きく撮ろうとカメラをぐいぐい近づけても、ある距離からピントリングがそれ以上回らなくなります。画面に映るコインはまだまだ小さいのに、これ以上寄れない。もどかしいですよね。
なぜこうなるのでしょうか。レンズの仕事は、光を曲げて、カメラのセンサー(またはフィルム)の上にピッタリ像を結ぶことです。被写体が近づくと、像が結ばれる位置はセンサーよりも後ろ側にずれてしまいます。ピントを合わせるためにはレンズを前に繰り出して像の位置を調整する必要があるのですが、ふつうのレンズは繰り出し量にそこまで余裕がありません。だから「これ以上は無理」という壁ができるのです。
この壁は、レンズの設計上の制約です。どのレンズにも最短撮影距離は必ず存在します。問題は、ふつうのレンズだとこの距離がわりと長いので、小さなものを画面いっぱいに写したくてもできないことが多い、ということです。
手元にカメラがあれば、テーブルの上の小さなものにレンズを向けて、ピントが合う限界までゆっくり近づいてみましょう。「これ以上寄るとピントが合わない」というところが、そのレンズの最短撮影距離です。スマートフォンでも同じ実験ができます。
マクロレンズという特別な道具
そこで登場するのがマクロレンズです。
マクロレンズは、レンズとセンサーのあいだの光学的な距離を、ふつうのレンズよりもずっと大きく変化させられるように設計されています。レンズ全体を大きく前に繰り出すタイプもあれば、最近ではレンズ内部の一部だけが動く設計のものも多いです。いずれにせよ、被写体にぐっと近づいてもピントが合います。
でも、ただ近づけるだけではありません。マクロレンズは、近い距離でも像がきれいに写るよう、レンズの設計そのものが最適化されています。ふつうのレンズを無理やり近接撮影に使うと、画面のすみっこがぼやけたり、色のにじみ(色収差)が出たりすることがあります。マクロレンズは最初から「近くのものを写す」ことを前提に、そうしたクセが出にくいようにレンズの枚数や配置を工夫してあるのです。
たとえるなら、ふつうのレンズは「遠くから風景を眺めるのが得意なメガネ」、マクロレンズは「手元の細かい文字を読むのが得意なメガネ」のようなものです。もちろん、マクロレンズで風景を撮ることもできます。でもいちばんの本領を発揮するのは、小さなものを目の前にしたときです。
マクロレンズの焦点距離は、50mm、90mm、100mm、105mmなどさまざまです。焦点距離が長いマクロレンズほど、被写体から離れた位置で等倍撮影ができます。虫のように近づくと逃げてしまう被写体には、100mm前後のマクロレンズが使いやすいと言われています。反対に、花や鉱物のようにじっとしている被写体なら、50mmや60mmクラスでも快適に撮れます。
「倍率」ってなんだろう?
マクロ撮影の世界では、「撮影倍率」という言葉がよく出てきます。これはとても大事な考え方なので、少していねいに説明しましょう。
たとえば、体長1cmほどの小さな虫を撮影したとします。このとき、カメラのセンサーの上に映った虫の像がちょうど1cmだったら、「等倍」つまり「倍率1倍(1:1)」といいます。実物とまったく同じサイズでセンサーに記録されている、ということです。
もし像が0.5cmなら倍率は0.5倍(1:2)。実物の半分の大きさで記録されています。逆に像が2cmなら倍率は2倍(2:1)。実物より大きく記録されていることになります。
ここで大事なポイントがひとつ。倍率は、最終的にパソコンやスマホの画面で見たときの大きさではなく、あくまでセンサーの上にできる像の大きさで決まります。センサーはとても小さいです。フルサイズと呼ばれるセンサーでも横幅が約36mm、APS-Cなら約24mmしかありません。そんな小さなセンサーに1cmの虫が等倍で映っていたら、画面に拡大して表示したとき、虫はものすごく大きく見えることになります。
ふつうのレンズの最大撮影倍率は、0.1倍から0.25倍くらいのものが多いです。つまり、実物の10分の1から4分の1の大きさでしかセンサーに記録できません。これに対して、マクロレンズは最大撮影倍率が1倍(等倍)以上になるように設計されています。「被写体を等倍で写せること」が、マクロレンズを名乗るための大きな条件なのです。
マクロの世界ではピントが紙のように薄い
マクロ撮影を始めると、すぐにぶつかる困りごとがあります。ピントの合う範囲がおそろしく狭いのです。
ふつうに風景を撮るとき、手前の花から遠くの山まで全体がだいたいくっきり写ることがあります。ピントの合っている奥行き、つまり被写界深度が広いからです。ところがマクロ撮影では、倍率が上がれば上がるほど、被写界深度はどんどん浅くなっていきます。
どれくらい浅いかというと、等倍撮影でレンズの絞りをF8くらいまで絞っても、ピントが合っている奥行きはたったの1mmから2mm程度しかないことがあります。花のおしべの先にピントを合わせたら、ほんの数ミリ奥にあるめしべはもうボケています。アリの頭にピントを合わせたら、お腹はもうぼんやり。そのくらいシビアな世界です。
なぜこうなるのでしょうか。このシリーズで以前ふれた被写界深度の話を思い出してください。被写界深度は、撮影倍率が大きくなるほど浅くなります。マクロ撮影はまさに倍率を大きくする撮影ですから、ピントの合う範囲が極端に薄くなるのは避けられない宿命なのです。
だからマクロ撮影では、撮影者がほんのわずか前後に体を揺らしただけでピントがずれてしまいます。経験豊富なマクロ撮影者は、三脚を据えるのはもちろん、カメラを前後にミリ単位で動かせる「フォーカシングレール」という器具を使ったり、息を止めてそっとシャッターを切ったりします。
「じゃあ、めちゃくちゃ絞ればいいのでは?」
たしかに、絞りを絞れば被写界深度は広がります。でもここで別の問題が立ちはだかります。絞りすぎると、光の回折という現象によって画像全体がぼんやりしてしまうのです(前回の話を覚えているでしょうか)。マクロ撮影は、被写界深度と回折のあいだで綱渡りをするような撮影でもあります。
そこで登場するのが、「深度合成(フォーカススタッキング)」という現代の技です。ピント位置を少しずつずらしながら何十枚、ときには何百枚も撮影し、それぞれの写真からピントの合った部分だけを取り出して1枚に合成します。図鑑やポスターで見かける、小さな虫が頭のてっぺんからお尻の先までぜんぶくっきり写っている写真は、この深度合成で作られていることがとても多いのです。まるでパズルのように、何枚もの「いいとこ取り」を重ねて1枚の完璧な写真を作り上げています。
マクロレンズがなくても冒険できる
「マクロレンズ、ほしいけどちょっとお高い……」と思ったきみに朗報です。マクロレンズを使わなくても、小さな世界に近づく方法がいくつかあります。どれも仕組みがわかると「なるほど!」と膝を打つようなアイデアばかりです。
接写リング(エクステンションチューブ)
接写リングは、レンズとカメラ本体のあいだにはめ込む筒です。中にレンズは入っていません。ほんとうにただの空っぽの筒です。
でも、この筒がレンズとセンサーの距離を物理的に広げてくれます。さっき、被写体が近いと像がセンサーの後ろにできてしまう、と説明しました。接写リングはレンズを前に押し出すことで、像がセンサーの上に結ばれるように調整してくれるのです。結果として、ふつうのレンズでもぐっと近くにピントが合うようになります。
お手軽で、比較的安価なのがうれしいところです。ただし、接写リングを付けると遠くのものにはピントが合わなくなりますし、カメラに入る光の量が減るので画面が暗くなります。付けたり外したりしながら、その場の撮影に合わせて使い分けることになります。
クローズアップフィルター
レンズの先端にくるくるとねじ込む、いわば「レンズ用の虫めがね」です。フィルターの中に凸レンズが入っていて、これを付けると最短撮影距離がぐっと短くなります。
取り付けはとても簡単で、レンズの前にねじ込むだけです。ただし、装着すると無限遠にはピントが合わなくなるので、遠くの風景を撮りたいときは外す必要があります。価格はマクロレンズや接写リングに比べるとお手ごろです。
手軽なぶん、画質は専用のマクロレンズにはかなわないことがあります。とくに安価な1枚レンズのものだと、画面の端がにじんだりぼやけたりしやすいです。2枚のレンズを貼り合わせた「アクロマートタイプ」は色にじみが少なく、画質が改善されます。「まずはマクロの世界をのぞいてみたい!」という入り口としては、とてもよい選択肢です。
リバースリング(リバースアダプター)
これはちょっと変わり種です。ふつうのレンズを前後ひっくり返してカメラに取り付けるためのアダプターです。
レンズというのは、遠くにある大きなものを、小さな像に縮小してセンサーに映す道具です。これを逆向きに取り付けるとどうなるでしょうか。近くにある小さなものを、大きく拡大してセンサーに映す道具に変わります。光の通り道を逆にたどらせるわけです。
とくに広角レンズ(焦点距離の短いレンズ)をひっくり返すと、かなりの高倍率が得られることが知られています。うまくすれば等倍を超える拡大撮影も可能です。
ただし、レンズを逆向きにするとオートフォーカスは効かなくなり、絞りの自動制御もできなくなることがほとんどです。すべてを手動で操作する必要があります。さらに、レンズの後ろ側(本来カメラ内部に隠れている面)がむき出しになるので、ホコリや傷にも注意が必要です。使いこなすには経験と根気がいりますから、上級者向けの裏ワザといえるでしょう。
この回のまとめ
今回は、マクロ撮影の原理と小さなものを大きく写すためのさまざまな方法を見てきました。
- マクロ撮影とは、小さなものを大きく写す技術のこと。ふだんの目では見えない小さな世界を、大きくくっきりと記録できます。
- ふつうのレンズには最短撮影距離という壁があります。レンズの繰り出し量に限界があるため、それ以上近づくとピントが合いません。
- マクロレンズは、レンズを大きく繰り出せる設計と、近距離でもきれいな像を結ぶ光学設計を両立させた専用レンズです。
- 撮影倍率は、センサー上の像の大きさと実物の大きさの比率のこと。等倍(1:1)なら、実物とまったく同じサイズでセンサーに記録されています。
- マクロ撮影では被写界深度がきわめて浅くなります。等倍撮影ではピントの合う奥行きがわずか1〜2mm程度になることもあります。これを補うために、深度合成(フォーカススタッキング)で複数枚を重ね合わせる手法が広く使われています。
- マクロレンズがなくても、接写リング(空っぽの筒でレンズを前に出す)、クローズアップフィルター(レンズ前面に付ける虫めがね)、リバースリング(レンズをひっくり返して拡大する)といった道具で、小さな世界への冒険を始めることができます。
次の回では、光が遠くへ行くほど弱くなるルールとストロボのしくみを見ていきましょう。