光と写真

Light behaves in ways worth understanding. These entries trace the physics of a flash, the chemistry of film, the geometry of a softbox. Some are technical. Others ask why we bother to photograph anything at all.

光と写真

星の光がフィルムに届くまで

デジタルカメラで星空を撮るのは、ある意味で素直な作業だ。ISOを上げて、シャッターを開けて、センサーに光を溜める。露光時間を2倍にすれば、記録される光の量も2倍になる。比例関係がきちんと成り立つ。 フィルムでは、そうはいかない。 相反則不軌という厄介者 フィルムの感度には、教科書通りにいかない領域がある。相反則不軌(reciprocity failure)と呼ばれる現象だ。 通常、フィルムの露光は「光の強さ × 時間」で決まる。これを相反則(reciprocity law)という。ISO 400のフィルムで、ある絞りとシャッター速度の組み合わせが適正露出なら、光の強さを半分にしてシャッター速度を2倍にしても、同じ露出が得られるはずだ。 しかし、露光時間が長くなると、この法則が崩れる。フィルムの感光乳剤に含まれるハロゲン化銀の結晶は、光子を受け取って潜像核を形成するが、光子の到達間隔が長くなりすぎると、形成途中の潜像核が安定する前に崩壊してしまう。つまり、弱い光を長時間当てても、計算通りには感光しない。 星空撮影では、これが致命的に効いてくる。計算上は30秒で適正露出になる

By Sakashita Yasunobu

光と写真

物撮りは遠くから

物撮りがうまくいかない原因は、たいていシンプルだ。近すぎる。 被写体に寄れば寄るほど、手前と奥の距離差が相対的に大きくなる。結果、手前が膨らみ、奥がすぼまる。円筒形のボトルが台形に見え、箱の前面だけが不自然に大きくなる。これは「広角レンズの歪み」と呼ばれがちだが、正確ではない。歪みの原因はレンズではなく、距離だ。 パースペクティブは距離で決まる よくある誤解がある。「望遠レンズを使えば歪みが減る」。結論だけ見れば間違っていない。しかし理屈が違う。 パースペクティブ、つまり遠近感の見え方を決定するのは、カメラと被写体の距離だけだ。焦点距離は画角を変えるが、パースペクティブそのものには関与しない。同じ距離から撮れば、35mmで撮ってもトリミングしても、85mmで撮っても、パースペクティブは同じになる。 望遠レンズで「歪みが減る」のは、同じ大きさに被写体を写そうとすると、焦点距離が長いぶん後ろに下がらざるを得ないからだ。離れるから歪まない。レンズが歪みを消しているのではなく、距離が歪みを消している。 物撮りでマクロレンズの90mmや105mmがよく使われるのも、これが理由だ。マ

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光と写真

「いい写真」という言葉がすれ違うとき

「いい写真だね」。この一言に、どれだけの誤解が含まれているか。 あなたが「いい写真だね」と言ったとき、相手も同じ意味で受け取っているとは限らない。あなたは構図の美しさを褒めたつもりなのに、相手は「記録として価値がある」と受け取っているかもしれない。あるいはその逆。 「いい写真」の定義が会話で噛み合わないのは、感性の問題ではない。評価軸の問題だ。 5つの評価軸 写真を評価する軸は、少なくとも5つに分けられる。 記録。 何が写っているか。祖父母の若い頃の写真。震災の直後の街並み。もう取り壊された建物。記録としての写真は、そこに写っている「事実」に価値がある。構図が多少傾いていても、ピントが甘くても、そこに何が記録されているかが重要だ。 情報。 何を伝えているか。報道写真、商品写真、料理写真。これらの写真は、見る人に特定の情報を伝達することが目的だ。ニュースの現場で何が起きていたか、この料理がどれほど美味しそうか。情報としての写真は、伝達の正確さと効率が評価基準になる。 感情。 何を感じさせるか。子どもの笑顔、夕焼けの風景、祭りの熱気。感情としての写真は、見る人の心を動かすこ

By Sakashita Yasunobu

生きること

いいねの海に沈めなかった眼

SNSで「いいね」がたくさん付く写真を見て、何かが引っかかる。美しいのはわかる。技術的にも優れている。でも、好きになれない。この感情を「嫉妬でしょ」の一言で片付けるのは簡単だが、それでは何も分からないままになる。 「嫌い」の中身は一枚岩ではない SNSで伸びる写真に対する不快感は、少なくとも4つの異なる感情が混在している。 均質化への嫌悪。 タイムラインを流れる写真の多くは、驚くほど似ている。高彩度、シンメトリー、ゴールデンアワーの逆光、同じ観光地の同じ構図。アルゴリズムが「伸びる」写真を選別し、それを見た人が同じような写真を撮り、さらにアルゴリズムが強化する。結果として、個々の写真に罪はなくても、全体として均質な風景が広がる。嫌悪の対象は個別の写真ではなく、この構造そのものである。 演出への違和感。 「映え」のために食べ物を並べ直す。行ったことのない場所で撮ったかのように見せる。被写体が「写真のために」存在している瞬間。そこに感じる不自然さは、「撮るために生きる」と「生きた結果を撮る」の違いに対する感覚的な反応である。 嫉妬。 自分の写真が伸びないのに、似たような写真が数

By Sakashita Yasunobu

日常の構造

あなたを撮った

街を歩いている。ふと、知らない人がこちらにレンズを向けている。シャッター音が聞こえたかもしれないし、聞こえなかったかもしれない。あなたの顔は、いまこの瞬間、誰かのSDカードに記録された。許可は求められていない。 あなたは怒るだろうか。それとも、気づかないまま歩き続けるだろうか。 ストリートスナップと呼ばれる行為がある。公共の場で、見知らぬ人を、断りなく撮る。撮る側はそれを「表現」と呼び、撮られる側はそれを「侵害」と呼ぶことがある。どちらも間違っていない。どちらも正しくない。この記事はその境界線について書くが、線は引けない。引けないということを、もう少しだけ丁寧に絶望してみたい。 シャッターという所有 スーザン・ソンタグは1977年の『写真論(On Photography)』で、写真を撮る行為を「所有」の一形態として記述した。 To photograph is to appropriate the thing photographed. 撮影することは、撮影された対象を占有することだ、と。カメラは記録装置であると同時に、

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光と写真

初めてのレンズに迷ったら

単焦点レンズを買おうと思ったとき、多くの人がまず迷うのが「35mm、50mm、85mmのどれを選ぶか」だ。結論から言えば、普段自分がどの画角で世界を切り取りたいかがわかれば、答えは自然と見えてくる。 スマートフォンで画角を体感する 自分に合う焦点距離を知る手軽な方法がある。スマートフォンのカメラでズーム倍率を変えながら撮ってみることだ。 たとえばiPhoneの場合、メインカメラは35mmフルサイズ換算で24mmから26mm相当の画角を持つ(機種によって異なる)。2倍ズームにすると約48mmから52mm相当になり、50mmの単焦点レンズに近い画角が得られる。Proモデルでは、48MPセンサーからのクロップにより28mmや35mmといった焦点距離のプリセットも利用できる。 ふだんスナップを撮るとき、どの倍率がしっくりくるかを意識してみよう。よく使う倍率がわかれば、それを35mmフルサイズ換算の焦点距離に読み替えるだけで、最初の一本の候補が絞り込める。 焦点距離と画角 焦点距離はレンズの光学的特性を表す値で、ミリメートル(mm)単位で示される。この値が小さいほど広い範囲が写り

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技術

ストロボのガイドナンバーは照射角でどう変わるか

ストロボの照射角(ズーム位置)を変えると、ガイドナンバー(GN)はどう変化するか。本稿では物理法則から理論式を導出し、Canon スピードライト EL-1の公称データと照合する。 GNの定義 GNはISO 100において次式で定義される。 \[ GN = d \times F \] \(d\) は被写体距離(m)、 \(F\) は絞り値である。 GNと光度の関係 光軸上の光度を \(I\) (cd)とする。逆二乗則より、距離 \(d\) における照度は次のようになる。 \[ E = \frac{I}{d^2} \] 適正露光の条件として、被写体面での照度 \(E\) と絞り値 \(F\) の間には \(E \propto F^2\) の関係がある(ISO感度一定)。絞りを絞るほど、

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光と写真

それでも日常を撮ろう

写真のモチベーションが尽きかけている。 ここ数ヶ月、カメラは防湿庫の中で眠っている。機材は揃った。技術的な知識もそれなりにある。それでも、自分の撮る写真がどうしようもなくつまらなく感じる。場所のせいだとか、機材のせいだとか、いろいろと理由をつけてきたが、そのどれでもないことにはもう気づいている。 写真を撮ること自体に行き詰まっている。そういう時期がある。 面白い写真とは何か SNSを開けば、見事な写真が無限に流れてくる。構図の一ミリの違い、完璧な水平、計算されたライティング。プロの写真家たちは、自分たちの技術がいかに繊細で審美眼がいかに磨かれているかを語る。 それ自体は事実だろう。プロにはプロの技術と経験がある。 だが、私は別にルーブル美術館に飾るために写真を撮っているわけではない。誰かから報酬をもらっているわけでもない。私の写真に対する要求は、強いていうなら自分自身が課しているものだけであり、もっと正直にいえば、高い機材を買ってしまった罪悪感かもしれない。 問題はもっと素朴なところにある。日常が、平凡すぎるのだ。 北欧のような息を呑む景色があるわけでもなく、決定的瞬

By Sakashita Yasunobu

技術

立体角の限界効果から求めるソフトボックスの最適サイズ

影の柔らかさは、被写体から見た光源の見かけの大きさによって決まる。光源の見かけが大きいほど影のエッジは緩やかに遷移し、柔らかい影が得られる。ソフトボックスを大きくすれば見かけの光源は大きくなるが、その効果には収穫逓減がある。 本稿では、ソフトボックスを均一発光する円盤と近似し、被写体位置から見た立体角を影の柔らかさの代理指標として定式化する。そのうえで、半径を増加させたときの立体角の増加率(限界効果)が最大となる最適半径を解析的に導出する。 モデルの定義 以下の仮定を置く。 * ソフトボックスを半径 \(R\) ( \(R > 0\) ) の均一発光円盤とする。 * 被写体上の注目点 \(P\) は円盤の中心軸上にあり、発光面中心からの距離を \(d\) ( \(d > 0\) ) とする。 * 影の柔らかさの代理指標として、点 \(P\) から円盤を見込む立体角 \(\Omega(R, d)\) を採用する。 なお、本モデルは軸上の1点に対する評価であり、被写体の広がりや光源の配光特性は考慮していない。 解析 円盤が張る立体角 点 \(P\) から円盤の縁

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技術

プログラムオートで撮るということ

写真を趣味にしていると、いつか必ず撮影モードの話に出くわす。「マニュアルモードを使えるようになって一人前」、「とりあえず絞り優先で」、「Pモードなんてフルオートと同じでしょ」。こうした声はインターネット上にもカメラ愛好家のコミュニティにも根強く存在する。 自分自身、長いあいだ何も考えずに絞り優先を常用してきた。絞りを自分で選ぶという行為に、写真をコントロールしている実感があったのだと思う。けれどあるとき、ふとPモードで撮ってみたら、思いのほか快適だった。それをきっかけに、各モードの仕組みを改めて考えてみることにした。 考えていくうちに、漠然と信じていたモード間の優劣が、思っていたほど自明ではないことに気づいた。以下はその整理の記録だ。何かを強く主張したいというよりは、自分が考えた道筋をそのまま書き留めておきたくて書いている。 露出の三要素と自由度 写真の明るさ、つまり露出は、シャッタースピード、絞り(F値)、ISO感度という三つの要素で決まる。 ここで一つ、見落とされがちだけれど重要な事実がある。「適正露出」という目標を一つ定めると、三つの変数のあいだに一つの拘束条件が生ま

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技術

ストロボで動きが止まる物理的根拠と限界

ストロボ(フラッシュ)を使えば動きが止まる。写真撮影における基本的な常識だが、閃光時間の実測値を確認すると、メカニカルシャッターの最高速や電子シャッターの速度と比べて意外と遅い。にもかかわらず、なぜストロボ撮影では被写体の動きが止まって見えるのか。本記事では、閃光時間の実測値とセンサー上の像移動量を定量的に計算し、「ストロボで動きが止まる」という現象の物理的根拠と限界を検証する。 閃光時間の定義 ストロボの閃光は瞬間的ではなく、急峻に立ち上がった後、減衰しながら持続する。この持続時間を表す指標として、国際標準化機構(ISO)の規格で以下の2つが定められている。 * t0.5: ピーク強度の50%以上が維持される時間 * t0.1: ピーク強度の10%以上が維持される時間 メーカーのカタログではt0.5が記載されることが多いが、t0.5はピーク付近の一部しか反映していない。t0.5の時間外にもなお相当量の光が放出されており、それが動体ブレに寄与する。実際の動体ブレを評価するには、t0.1の方が実態に即した指標である。 IGBT制御と出力による閃光時間の変化 現代のクリ

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技術

商品撮影で柔らかい光を作るモディファイヤー選び

商品撮影の仕上がりは、ストロボ本体の選択と同じくらいモディファイヤーの選択に左右される。本記事では「柔らかい光」を求める商品撮影の文脈で、モディファイヤーの選び方を原理から整理する。 光の柔らかさを決める原理 光の柔らかさ(影の境界がどれだけ滑らかか)は、被写体から見た光源の見かけの大きさで決まる。これは2つの要素に分解できる。 * 光源の物理的な大きさ: モディファイヤーが大きいほど光は柔らかくなる * 光源から被写体までの距離: 近いほど見かけの大きさが増し、柔らかくなる どれほど大きなモディファイヤーを使っても、被写体から遠ざければ見かけの大きさは縮小し、硬い光に近づく。モディファイヤーの選択と配置はセットで考える必要がある。 ソフトボックスの形状比較: スクエア vs. オクタゴン よくある比較として、60×90cmのスクエア(長方形)と直径95cmのオクタゴン(八角形)がある。 発光面積 スクエア60×90cmの面積は5,400cm²。オクタゴン95cmは八角形としてスクエアよりひとまわり大きい面積を持つ。面積が大きいほど光源の見かけのサイズが増すため

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