写真のしくみ ⑬ 背景がとろけるボケの正体は「光の円」だった
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
写真を撮ったとき、人物の顔はくっきり写っているのに、その後ろの景色がふわっととろけたようになっていることがあります。あの「ふわっ」の正体、気になったことはありませんか。
あれがボケです。
カメラ好きの人たちが「このレンズ、ボケがきれいだなあ」とうっとり語るあの「ボケ」。実はこれ、光がちょっとしたいたずらをした結果なんです。今回は、ボケがどうやって生まれるのか、その正体を光の「円」から読み解いていきましょう。
ピントが合わない光は「円」になる
まず、ピントが合うとはどういうことか、思い出してみましょう。
レンズの仕事は、光を一点に集めることです。遠くの小さな光、たとえば夜の街灯を思い浮かべてみてください。レンズがピントをぴったり合わせると、街灯から来た光はセンサー(フィルムでも同じです)の上で、キュッと小さな一点に集まります。これが「ピントが合っている」状態です。
では、ピントが合っていない場所から来た光はどうなるでしょう。
答えはこうです。光は一点に集まりきれず、「円」になって広がってしまいます。
想像してみてください。虫めがねで太陽の光を紙に集めた経験はありませんか。ちょうどいい距離に持っていくと、紙の上にキリッと小さな光の点ができます。でも虫めがねを少し近づけたり遠ざけたりすると、光の点はぼわっと大きな丸に広がっていきます。
あの丸こそ、ボケの正体です。
カメラの中でも、まったく同じことが起きています。ピントの合った場所の光はセンサーの上にきちんと「点」として届きます。でもピントからずれた場所の光は、センサーの上に「円」として届いてしまいます。写真のあの「ふわっ」は、無数の小さな光の円が重なり合って生まれているんです。
錯乱円(さくらんえん)という名前
この「ピントがずれてできる光の円」には、ちゃんとした名前がついています。錯乱円(さくらんえん)といいます。英語では Circle of Confusion、略して CoC と書かれることもあります。「混乱の円」とは、なかなか大げさな名前ですよね。
でも、よく考えると的確でもあります。本来なら一点に集まるはずの光が「迷子」になって散らばっている状態ですから、たしかに「混乱」しています。
そして、ここが大事なポイントです。錯乱円が大きいほど、写真の中では大きくボケて見えます。
ピントから少しだけずれた場所では、錯乱円は小さいです。だからボケもほんのわずかで、ぱっと見ではピントが合っているように感じます。実は、カメラの世界で「ピントが合って見える範囲」、つまり被写界深度(ひしゃかいしんど)というのは、この錯乱円が「人の目では点と区別がつかないくらい小さい」範囲のことを指しています。ピントが「ぴったり」合っているのは厳密には一枚の薄い面だけなのですが、その前後に、錯乱円が十分に小さくて実質的にシャープに見える領域があります。それが被写界深度です。
ピントから大きくずれた場所だと、錯乱円はどんどん大きくなります。光が広い範囲に散らばるので、もとの形がわからないくらいにとろけて見えます。
夜景の写真でよく見かける、キラキラした大きな光の丸。あれは街灯やイルミネーションの光が、大きな錯乱円として写ったものです。ピントが合っていれば小さな光の点にすぎないものが、ピントを外すと美しい光の玉に変身します。なんだか魔法みたいですが、全部ちゃんと光の理屈で説明できる現象なんです。
ボケの「形」は絞りで決まる
さて、ボケの丸をよく観察してみると、いつも完璧な「丸」とは限らないことに気づきます。ときどき六角形だったり、八角形だったりします。あれはいったいなぜでしょう。
答えは、レンズの中にある絞り(しぼり)の形にあります。
絞りとは、レンズの中にある「光の通り道の大きさを調節する仕組み」のことです。何枚もの薄い金属の羽根が重なり合っていて、羽根を動かすことで光の入り口を大きくしたり小さくしたりします。ちょうど、人間の瞳が明るいところで小さく縮み、暗いところで大きく開くのと同じ役割です。
この「絞り羽根」がつくる穴の形が、そのままボケの形になります。
羽根が7枚なら、光の通り道はおおむね七角形になります。すると、ボケの光の丸もうっすら七角形を帯びます。6枚なら六角形に近くなりますし、9枚や11枚のように枚数が多いと、穴の形は円にぐっと近づくので、ボケもより丸くなります。
「丸ボケがきれい」と評判のレンズには、たいてい9枚以上の絞り羽根が使われていたり、羽根の縁がゆるやかなカーブを描く「円形絞り」が採用されていたりします。プロ向けのレンズが「9枚円形絞り」などと誇らしげに書いているのは、まさにこのためです。
ただし、ここにひとつ面白い事実があります。絞りを全開(開放)にしているときは、羽根の枚数に関係なく、ボケは丸くなります。 なぜなら、全開のときは絞り羽根がめいっぱい開いた状態になっていて、光の通り道がほぼ完全な円形になるからです。絞り羽根の少ないレンズでも、開放で撮れば丸いボケが得られます。ボケの形が多角形になるのは、絞りを少し絞ったときの話です。
夜、窓からイルミネーションや街灯が見える場所で、カメラのピントをわざと外してみましょう。絞りを変えて撮り比べると、ボケの形が丸から多角形へ変化するのがはっきりわかるはずです。自分のレンズの絞り羽根が何枚か、写真から数えることだってできますよ。
前ボケと後ボケ
ボケには「前ボケ」と「後ボケ」があります。
ピントを合わせた場所よりも手前にあるものがぼける。これが前ボケです。
ピントを合わせた場所よりも奥にあるものがぼける。これが後ボケです。
「どっちも同じようにぼけるんじゃないの?」と思うかもしれません。ところが、レンズによっては前と後ろでボケ方がちがうことがあるんです。
これには、レンズの中を通る光の曲がり方に関わる球面収差(きゅうめんしゅうさ)という性質が関係しています。少し難しそうな名前ですが、イメージで理解してみましょう。
レンズの中心を通る光と、レンズの端っこを通る光は、微妙にちがう場所に焦点を結ぶことがあります。この「ずれ」が球面収差です。そしてこのずれのせいで、錯乱円の中の光の分布が変わってきます。
- 錯乱円の中心が明るくて、縁に向かってすーっと暗くなる場合。ボケの境界がやわらかく溶け込んで、写真の中でなめらかにとろけて見えます。
- 錯乱円の縁がくっきり明るい場合。ボケの境界がはっきりして、少しざわついた印象になることがあります。
そして面白いことに、後ボケがなめらかなレンズは前ボケがやや硬くなりがちで、前ボケがなめらかなレンズは後ボケが少し硬くなる傾向があります。 これは球面収差の補正のしかたによるもので、レンズの物理的な宿命のようなものです。両方を同時に完璧にすることは難しいんですね。
だから、レンズの設計者たちはどちらのボケを優先するか、バランスを考えながらレンズを設計します。ポートレート(人物写真)でよく使われるレンズは、たいてい後ボケの美しさを優先しています。人物の背景をふんわりとろけさせたい場面のほうが圧倒的に多いからです。
「ボケ味」って何だろう
カメラ好きの人たちの会話に耳を傾けていると、「このレンズはボケ味がいいね」なんて言葉が飛び出すことがあります。
ボケ味(ボケあじ)とは、ボケの質のことです。量ではなく、質。「どれくらいぼけるか」ではなく「どんなふうにぼけるか」の話です。
「よいボケ味」とされるのは、たとえばこんなボケです。
- 背景がクリームのようになめらかにとろけて、被写体をそっと包み込むようなボケ
- 光の丸がやわらかく浮かび上がって、写真に奥行きと雰囲気を加えるボケ
一方、「うるさいボケ」「硬いボケ」などと呼ばれてしまうのは、こういうものです。
- ボケた部分に二重線のような輪郭が残って、ざわざわとした印象になるボケ
- 背景の形がぐちゃぐちゃに残ってしまって、見ていて落ち着かないボケ
では、ボケ味を左右するものは何でしょう。ひとつだけではありません。
- 絞り羽根の形と枚数。 円に近い開口ほど、光の丸がなめらかになります。
- レンズの設計(収差の補正のしかた)。 さきほど説明した球面収差のバランスが、ボケのなめらかさに大きく影響します。
- レンズの光学構成そのもの。 同じ焦点距離、同じF値でも、レンズの構成や設計思想が違えばボケ味はまるで変わります。
つまり、「ボケ味がいいレンズ」とは、単に明るいレンズ(F値が小さいレンズ)という意味ではありません。ボケの「量」は絞りの値や焦点距離、被写体との距離で決まりますが、ボケの「質」はレンズそのものの光学設計によって決まります。同じF1.8であっても、メーカーや設計が違えばボケ味はまったく異なるんです。
だからこそ、カメラ好きの人たちはレンズ選びに夢中になります。スペック表の数字だけでは見えない「味」がそこにあるからです。
「ボケ」は日本語が世界に広まった言葉
最後にひとつ、知っておくとちょっとうれしくなる話をしましょう。
英語で写真のボケのことを、そのまま "Bokeh" と呼びます。これは日本語の「ボケ(暈け)」がそのまま英語圏に広まった言葉です。
もともと日本のカメラ文化では、昔からレンズのボケ味について語る習慣がありました。「このレンズはボケがとろけるようだ」「あのレンズは後ボケが硬い」といった具合に、ボケの「質」を細かく品評する文化が根づいていたんです。
ところが英語には、ぼけた部分の「質」をひと言で表す単語がありませんでした。 "out of focus"(ピントが合っていない)や "blur"(ぼかし)という言葉はありますが、それはぼけているかどうかの話であって、ぼけの美しさや味わいを語る言葉ではありません。
1997年、アメリカの写真雑誌 Photo Techniques の誌面で、この日本語の概念が英語圏に紹介されました。ローマ字どおりに "boke" と綴ると、英語話者が "spoke" のように一音節で読んでしまうおそれがあったため、末尾に "h" をつけて "Bokeh" と綴られました。
以来、Bokeh は世界中の写真愛好家が使う共通語になりました。カメラのレビュー記事にも、レンズの商品ページにも、 "beautiful bokeh" "smooth bokeh" といった表現が当たり前のように並んでいます。日本人が昔から大切にしてきた「レンズの描写の味わい」への感性が、ひとつの言葉になって海を渡ったんですね。
この回のまとめ
この回では、写真の「ボケ」がどうやって生まれるのか、その正体を追いかけてきました。最後に、要点を振り返っておきましょう。
- ボケの正体は「光の円」。 ピントが合っていない場所から来た光は、センサーの上で一点に集まりきれず、円になって広がります。これがボケの正体です。
- この円を「錯乱円」と呼ぶ。 錯乱円が大きいほど、写真の中では大きくぼけて見えます。ピントが合って見える範囲(被写界深度)は、この錯乱円が十分に小さい領域のことです。
- ボケの形は、絞り羽根の形で変わる。 羽根の枚数が多いほど、あるいは円形絞りを使っているほど、ボケは丸くなります。ただし、絞り全開では羽根の枚数によらず丸くなります。
- 前ボケと後ボケは性質がちがう。 球面収差の補正のしかたによって、ピントの手前と奥でボケの質が変わります。後ボケがなめらかなら前ボケはやや硬くなる傾向があり、その逆もまた然りです。
- 「ボケ味」はボケの量ではなく質。 なめらかにとろけるボケもあれば、ざわつく硬いボケもあります。それを左右するのは、絞り羽根の形、球面収差の補正、そしてレンズの光学設計そのものです。
- "Bokeh" は日本語由来。 日本のカメラ文化で育まれた「ボケ味」の概念が、1997年にアメリカの写真雑誌を通じて英語圏に広まりました。今では世界共通の写真用語になっています。
ボケは、カメラが光を操る過程で自然に生まれる現象です。そしてそれを「美しい」と感じ、「味」として語り始めたのは、写真を愛する人たちの感性でした。次の回では、このボケをもっと自在にあやつるための鍵、「ボケの大きさを決める条件」に踏み込んでいきます。